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33 強面騎士団長は、世界一頼もしい

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 男は、放った長剣が、侍女の背中からダインの胸の前まで貫くだろう確信していた。

 これまで相手の隙をついた攻撃を失敗させたことはない。なぜなら、投げた普通の剣の真下で、闇に紛れるようにもうひとつの剣が黒く塗りつぶされて隠れていたからだ。しかも、刃には1トンもの象を即死させるほどの毒が塗られている。これに気づいき防いだ人物など、今までひとりもいなかった。

「だから、遅いと言っている」

 ところが、呆れたかのような冷静な声とともに、ウォーレンはその二本の剣を大剣の一振りで薙ぎ払った。金属がぶつかる音が短く鳴る。銀と黒の刃が、ダインたちから遠く離れた床に転がった。

 それは、男が初めて失敗をした瞬間だった。

「お前……、俺様の邪魔をするなっつってんだろう!」

 成功率100%だった暗器の攻撃を防がれた男は、狂ったように剣を振り回す。

 彼が何をどう動かそうとも、ウォーレンの足を移動させることすらできない。しかも、先程かすっただけのウォーレンの剣の衝撃のせいで、腕が麻痺した状態が続いている。誰よりも強いと自負していたというのに、幼い子どもの遊戯よりもみっともない動きしかできなかった。

 目前に立ちふさがるウォーレンは、男にとってまさに鉄壁の要塞そのものだった。

 ならばと、口に含んでいた毒針を、ウォーレンの眉間めがけて吹き出した。しかし、それもウォーレンは煩わしそうに手で払いのけただけで目的を果たせない。

 男は、完全に敗北したことを悟り、両膝を冷たい床についた。完全にしびれた手で、剣を持つこともせずだらんと腕をたらす。

 男のこれからの未来は暗い。激しい尋問の末に死刑にされるだろう。公爵の悪事について自白したところで、免れないほど男の手は、人々の涙と血で染まっている。

 無様に処刑されるくらいなら、奥歯に仕込んだ毒を飲み込もうとした。だが、口を閉じることができないよう猿ぐつわを噛まされてしまう。

 唾液を口角から垂れ流しながら、男はウォーレンを睨み続けた。

「ラトレス、この男もいつも通りしておいてくれ」
「はっ!」

 一緒に来ていたラトレスが、立つこともできない男をどこからともなく出した箱に器用に入れ、その場から運び出した。

「マーモティ、外の連中は?」
「すでに邪魔な連中を、ラトレスたちが箱に入れて運び終えております。人質たちも、ゴリールが全員安全な場所まで連れていきました。公爵には、侍女が姿を消したと、協力者が報告をすでに行っています。やつは怒り心頭ですが、確認も人任せにして陣頭指揮はとらないため、命じた捜索も協力者たちがしているふりをしていることなど気づかないかと。そもそも、人質のことなど興味がなさそうなので、バレるとは思いませんが」
「ああ。だが、油断はするな」

 そこに、先ほどの男そっくりの人物が現れた。

 青白い顔の侍女を気遣いつつ、ウォーレンたちの様子を伺っていたダインは、再び危機が訪れたのかと、男を見た瞬間体が強張る。

「団長、どうです?」
「ん? ああ、リオンか。少し臭いが足らないな。あいつからは、肉ばかりを食っている体臭がした。それに、タバコでやられた喉の音のほうがいい」
「参ったぜ、これでも十分臭うようにしたんだがなぁ。ははは、俺様に限って、バレるようなヘマなんかしやしねぇよ」

 リオンは、体臭だけはどうしようもないと、男がしていたように肩をすくめて、ウォーレンの言った通りに声色を変えた。

 ダインは、リオンの声色や口調、そして公爵のいる本邸に向かう足取りでさえも、ウォーレンと戦う前の男そっくりなことに、驚きとともに関心する。

 自分では敵うはずがない男を軽くあしらい、有能な部下たちを従えるウォーレンの凄さに圧倒された。

 ウォーレンたちの手によって救出された人質たちは、すぐに医者の診察を受けた。ウォーレンとの婚約式のために王都に来ていたアイーシャたちの手厚い看護と、栄養価が高く消化によい食事のおかげで徐々に回復の兆しを見せる。

「アイーシャさん、母さんを助けていただき、本当にありがとうございました」
「いえ、私は大したことはしていないわ。お礼なら、このことに尽力してくださったウォーレン様に」
「……俺は、あなたを誘拐して公爵に渡そうとした。それに、あなたに失礼な事をたくさん言った。俺のしたことは、謝罪だけですむはずはない……。本来なら、俺は騎士団長の手で粛清されていてもおかしくはなかった命だ。だけど、俺や母さん、それに他の苦しんでいる人たちのために、騎士団長や騎士たちを動かしてくれたのはあなただ。だから……」

 ダインは、あれからずっと意識を失ったままのの手を取りつつ、アイーシャに頭を下げる。

 脱出前から衰弱しきっていた彼女は、男の襲撃によって更に体に負荷がかかりすぎた。
 懸命の治療で、ようやく危機を脱したばかり。余談が許されない状況ではあるが、あと一日救出が遅れていたなら、とうに命の灯は消えていただろう。

 ダインが、アイーシャから病床の母に視線を移動させる。すると、ぴくりと瞼が震えた。血色を失った瞼がゆっくり開く。その瞳の色はやや濁っていた。酷い環境下で過ごした彼女は、目の機能を失っている可能性もあったが、光を失ってはいなかったようだ。

「ダイン……」
「母さん! ああ、やっと目を開けてくれた……。俺がわかるんだね? 大丈夫なのか?」
「ええ……。ダイン、あなたこそ……」
「俺は、どうもないよ。この通りぴんぴんしてる」

 血の繋がりはないが、それよりももっと深く強く結ばれた絆は切れることはない。ふたりの互いを思いやる姿に、アイーシャの胸が熱くなった。

「ダインさん、私に感謝をと言うのなら、ふたりともたくさん食べて、はやく元気になって。それが一番のお礼よ。それに、お母さん、ダインさんのことは心配しなくていいと思うわ。だって、世界一頼りになる人がついているんですもの。ね、ウォーレン様!」
「ん? ああ、そうだな。侍女殿は、まずは体を治すことに集中するといい。心配せずとも、ダインは今回のことで十二分に貢献した。あともう一働きしてもらわねばならないが、恐らくは、酌量減軽されるだろう」

 ウォーレンは、隣で幸せそうに自分を見上げるアイーシャの手を取る。自分や騎士たちが、ディンギール公爵家に向かっている間、彼女は生きた心地がしなかっただろう。
 こうして、無事に任務を果たせたのは、ダインが彼らに協力を惜しまなかったおかげでもある。

 幸せそうなダインたちの姿もだが、何よりも笑顔のアイーシャがいる。そのことが、ウォーレンにとって最大の褒美だと思えた。

 はじめは、ダインの口を無理やり割らせようとしていた。もしもそうしていれば、彼女は今のような微笑みを浮かべず、悲しい思いを抱いていただろう。

 ウォーレンは、甘いかと思ったものの、アイーシャの言葉通りにしてよかったと心から思ったのである。





 
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