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春先の冷たい嵐が吹き荒ぶ。古い家屋が壊れそうなほどの暴風の中で、朝日が昇り全てを照らした。
「ん……まぶし……」
幸せな夢をまだ見ていたい。カーテは、身じろぎをしてシーツを被る。ガタガタと、風のせいでうるさい音がするものの、再び夢の中に誘われそうになったのに邪魔された。
「カティちゃん、カティちゃーん。あーさだよー」
「んー。あと10分」
「もうすぐごはんだよー。僕、お腹すいちゃった」
「私はすいてないの。ごはんなら、先に食べてちょうだい」
「えー、僕、カティちゃんと一緒じゃないと食べれないよ。食べないと死んじゃうよー」
「そうね、食べないと死んじゃうわね。……、……? うぇつ……?」
今は自分の部屋で寝ているはずだ。自分ひとりだけか、もしかしたら侍女がいるくらいで、男の声がするわけがない。だが、どう聞いても、自分に声を掛けているのは男だ。
この家で比較的自由に自室に入ることができるのは、男は父くらいしかいない。
あらぬ声を聞き、カーテの頭がようやく起きた。目をぱちっと開けて、一体誰だと声の主を確認する。
「おはよう、カティちゃん」
眼の前に、ふっくらした顔の少年がいた。むくんだ瞼ごしに、小さくてきれいな瞳が見える。
彼は寝間着を着ていて、寝起きなのか髪がぼさぼさだ。寝間着の前がはだけており、ぽよんとしたお腹が、こんにちはーしていた。
「ど、どちらさまで?!」
相手は自分を知っているようだ。というか、距離が目茶苦茶近い。非常に仲の良い兄弟か、恋人や夫婦のような近さである。
パジャマパーティをするにしても、男子にはあまり興味がないため、友人たちは全員女子。体が男子で中身が乙女的な子などもいない。
そもそも、男子込のパジャマパーティーなど言語道断。ありえない。
更に言えば、眼の前の人物のことなど一ミリも知らない。考えてみたものの、クラスメイトや同級生でもない。ご近所さんでもない。挨拶どころか会ったことすら皆無だった。
そんな男の子が、あられもないネグリジェ姿の自分の隣で、にこにこ満面の笑顔でいるのだ。カーテは驚愕のあまり悲鳴をあげることすらできなかった。
「やだな、カティちゃん。はは、寝ぼけてるの? 僕だよ。君のタッセルだよ」
「タッセル様……?」
「タッセル様とか、久しぶりに聞いたなぁ。いつもみたいに、ターモくんって呼んでよ」
「ターモ様? は?」
「僕の名前がタッセルで、種族がマーモットだから、ターモくんねって、出会ってすぐに、カティちゃんがつけてくれたんでしょ。そろそろ起きてよ。もう、くすぐっちゃおうっかな? それとも、おはようの、き、キスがいい? あ、もちろんほっぺだよ。カティちゃんが望むのなら、く、くく、唇に……」
彼は照れながらも優しい笑みを浮かべて、カーテの頭を撫でてくる。ぷよぷよで温度の高い手のひらが気持ちがいい。思わず、うっとり目を細めかけた。
ここはカーテのベッドの上。その場所にいる自分も、勿論寝間着姿だ。この季節にはまだ早いが、この間買ったばかりの、春用ふりふりシースルーレースがかわいいネグリジェ。部屋の冷たい空気が肌に触れ、ふるりと体が揺れる。
「カティちゃん、寒いの? だから、そんな薄いネグリジェはやめとこうって言ったのに」
眼の前の少年が、寒くて震えた彼女を抱きしめた。ふわっとしたお肉は、体温が高いせいか汗ばんでいる。やや湿っていて気持ちが悪い。
「これでよし。もう寒くないかな? カティちゃん、かわいーね。はい、おはようのきき、キスだよ」
そう言うと、ちゅっと彼が頬にキスをした。目を見開いて彼を見ると、もう一度しようとしてくる。
今度は唇をめがけて。
勝手にベッドに入り込んでいた見知らぬ男の子に、ファーストキスを奪われそうな危機的状況だと、ようやく脳が理解した。
自分の肌と、彼のぬるっとした肌がぶつかった場所が、気持ち悪いと体が震える。
「あれ、まだ寒い? ほら、もっとこっちに寄って……」
カーテは、自分を更に抱きしめようとしている彼を、両手で力いっぱい突き飛ばした。
「あ、あなた誰なの? 誰か、だれかぁ!」
彼女の突然の行動に、彼は面食らった。その隙に、半狂乱で泣き叫び続ける。
「か、カティちゃ、どうしたの? ね、落ち着いて?」
「やだやだやだ! あっちいけ! この痴漢! 変態!」
「ちかんだなんて……。どうしたんだよぉ……」
カーテが思い切り手をブンブン振り回しているのに、男は一向に去っていくことはない。それどころか、ますます近づき、手を伸ばしてきたのであった。
「ん……まぶし……」
幸せな夢をまだ見ていたい。カーテは、身じろぎをしてシーツを被る。ガタガタと、風のせいでうるさい音がするものの、再び夢の中に誘われそうになったのに邪魔された。
「カティちゃん、カティちゃーん。あーさだよー」
「んー。あと10分」
「もうすぐごはんだよー。僕、お腹すいちゃった」
「私はすいてないの。ごはんなら、先に食べてちょうだい」
「えー、僕、カティちゃんと一緒じゃないと食べれないよ。食べないと死んじゃうよー」
「そうね、食べないと死んじゃうわね。……、……? うぇつ……?」
今は自分の部屋で寝ているはずだ。自分ひとりだけか、もしかしたら侍女がいるくらいで、男の声がするわけがない。だが、どう聞いても、自分に声を掛けているのは男だ。
この家で比較的自由に自室に入ることができるのは、男は父くらいしかいない。
あらぬ声を聞き、カーテの頭がようやく起きた。目をぱちっと開けて、一体誰だと声の主を確認する。
「おはよう、カティちゃん」
眼の前に、ふっくらした顔の少年がいた。むくんだ瞼ごしに、小さくてきれいな瞳が見える。
彼は寝間着を着ていて、寝起きなのか髪がぼさぼさだ。寝間着の前がはだけており、ぽよんとしたお腹が、こんにちはーしていた。
「ど、どちらさまで?!」
相手は自分を知っているようだ。というか、距離が目茶苦茶近い。非常に仲の良い兄弟か、恋人や夫婦のような近さである。
パジャマパーティをするにしても、男子にはあまり興味がないため、友人たちは全員女子。体が男子で中身が乙女的な子などもいない。
そもそも、男子込のパジャマパーティーなど言語道断。ありえない。
更に言えば、眼の前の人物のことなど一ミリも知らない。考えてみたものの、クラスメイトや同級生でもない。ご近所さんでもない。挨拶どころか会ったことすら皆無だった。
そんな男の子が、あられもないネグリジェ姿の自分の隣で、にこにこ満面の笑顔でいるのだ。カーテは驚愕のあまり悲鳴をあげることすらできなかった。
「やだな、カティちゃん。はは、寝ぼけてるの? 僕だよ。君のタッセルだよ」
「タッセル様……?」
「タッセル様とか、久しぶりに聞いたなぁ。いつもみたいに、ターモくんって呼んでよ」
「ターモ様? は?」
「僕の名前がタッセルで、種族がマーモットだから、ターモくんねって、出会ってすぐに、カティちゃんがつけてくれたんでしょ。そろそろ起きてよ。もう、くすぐっちゃおうっかな? それとも、おはようの、き、キスがいい? あ、もちろんほっぺだよ。カティちゃんが望むのなら、く、くく、唇に……」
彼は照れながらも優しい笑みを浮かべて、カーテの頭を撫でてくる。ぷよぷよで温度の高い手のひらが気持ちがいい。思わず、うっとり目を細めかけた。
ここはカーテのベッドの上。その場所にいる自分も、勿論寝間着姿だ。この季節にはまだ早いが、この間買ったばかりの、春用ふりふりシースルーレースがかわいいネグリジェ。部屋の冷たい空気が肌に触れ、ふるりと体が揺れる。
「カティちゃん、寒いの? だから、そんな薄いネグリジェはやめとこうって言ったのに」
眼の前の少年が、寒くて震えた彼女を抱きしめた。ふわっとしたお肉は、体温が高いせいか汗ばんでいる。やや湿っていて気持ちが悪い。
「これでよし。もう寒くないかな? カティちゃん、かわいーね。はい、おはようのきき、キスだよ」
そう言うと、ちゅっと彼が頬にキスをした。目を見開いて彼を見ると、もう一度しようとしてくる。
今度は唇をめがけて。
勝手にベッドに入り込んでいた見知らぬ男の子に、ファーストキスを奪われそうな危機的状況だと、ようやく脳が理解した。
自分の肌と、彼のぬるっとした肌がぶつかった場所が、気持ち悪いと体が震える。
「あれ、まだ寒い? ほら、もっとこっちに寄って……」
カーテは、自分を更に抱きしめようとしている彼を、両手で力いっぱい突き飛ばした。
「あ、あなた誰なの? 誰か、だれかぁ!」
彼女の突然の行動に、彼は面食らった。その隙に、半狂乱で泣き叫び続ける。
「か、カティちゃ、どうしたの? ね、落ち着いて?」
「やだやだやだ! あっちいけ! この痴漢! 変態!」
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