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カーテの記憶喪失を切欠に、例の魔導書は空前絶後の売れ行きになった。とはいえ、購入者からの、「全く効果がないではないか」というクレームがあとを絶たないらしいが。
結局、著作者がデタラメを書いた事がわかり、例の協会は魔導書以外のマルチ商法も悪質と判断され、損害賠償に追われている。
カーテにも、協会からいくばくかの賠償が支払われた。彼女はそのお金を、借金まで背負った被害者への救済をする慈善団体に全て寄付をしたのである。
「魔法が発動した唯一の被害者なのだから、賠償金はあなたこそ貰っておくべきだったのに」
そう言うのは、フック王子と結婚したランナーである。彼女は、真摯に人々を幸せにしたいと純粋に活動していた協会員を利用して、私服を肥やしていた貴族たちを根こそぎ暴き出した。その中に、元婚約者の王子や、彼が愛した女性の家もあり、またひと騒動あったらしい。
「幸いなことに、私も子どもたちもターモくんのおかげで金銭に苦労はしていません。家の経営も順調ですし。被害者の数を考えれば、微々たるものですが、本当に困ってらっしゃる方のお役に立てればと思うのです」
「損して徳をとれとはよく言ったもので、あなたのその行動が、普段はお金を出し渋る貴族たちの寄付を連鎖反応で増やしていったけれど。そうそう、例のインチキ魔導書なのだけれど、あなたという唯一の例外もあるから、禁書指定になったのよ」
「そのほうがいいかもですね。レールのように、また万分の一の奇跡が起こらないとも限りませんから」
「ただ、本を返却すれば、寄付金から報奨が出るようにはしたのだけれど、禁書になったことで、逆にオークションで高値で取引されているそうなのよね。全ての回収は不可能だから、フックが費用を出して、あの魔導書全てになんらかの阻害魔法をかけるための魔法を研究しているの」
「成果があるといいですわね」
ふうっとふたりでお茶を一口飲み込む。桜の花びらを浮かせた柔らかな茶葉の香りが、疲れた心をほっとさせた。
「それはそうと、今回も素敵な出産祝いをありがとうございます。娘が大きくなったら、喜んで遊びますわ」
「そうだといいのだけれど。自分の子にあげたいものはわかるのだけれど、カーテさんの子には何を贈ればいいのかわからなくて」
「一生懸命選んでくださったお心だけでも、充分すぎるほどですわ」
カーテの腕には、小さなウォンバットの赤ちゃんがすやすや眠っている。向かいに座るランナーの腕には、小さなゴリラの男の子が、興味津々できょろきょろ辺りを見渡していた。
「ははうえー、あっちにたんぽぽのわたげがいっぱいあったよ」
「おかあさまー、おうじひでんか、ロッドくんこんにちは!」
「おうじひでんか、ごきげんよう。ロッドでんかとあそんでよろしいでしょうか?」
「まあ、あなたたち。元気なのは良いことだけれど、泥だらけじゃない。王子妃殿下の前なのだから、もう少しお行儀よく……」
「まあまあ、カーテさん叱らないであげて。子供は元気なのが一番よ。お誘いありがとう。ロッドは小さいけれど、力が強いから気を付けてね」
「そう言っていただけると助かります。あなたたち、何かあったら、お父様にすぐ言うのよ」
ランナーの腕からぴょんと飛び降りたロッドが、やんちゃな三つ子と遊びだす。会話をしなかった三男は、ずっと様々な言葉を貯金していたのか、先日喋りだしたかと思うとあっという間に大人のような言葉を繰り出せるようになった。
少し離れた場所で、大きな人影と小さなころころが遊んでいる。元気な笑う声がここまで届いて心地いい。
「それにしても、カーテさんたちの愛情は果てしなく深いのねぇ」
「いきなりどうしたんです?」
「それが……」
ランナーが、最近多忙のフック王子とすれ違っていて悩んでいると相談してきた。
「きっと、わたくしは記憶を失ったら、カーテさんたちのように、もう一度心から結びつくなんてできないと思うわ」
「まあ」
産後のホルモンバランスの崩れもあり、ランナーは情緒不安定が続いている。カーテは彼女の隣に移動して背中をさすった。
「ランナー様」
故郷を離れて王子の妃になった彼女のプレッシャーは、想像以上なのだろう。名前をゆっくり呼んで、すすり泣く彼女の言葉をすべて聞いていった。
「私の時は、ターモくんがあきらめずに努力してくれたからなんです。フック殿下も、ターモくんと同じように、いいえ、もっとランナー様を愛して放さないと思いますわ」
「そうだといいのだけれど……」
彼女は、一度婚約を失敗している。そのことからも不安がつきないのだろう。
「そうに決まってますわ。だって、フック殿下のほうがターモくんよりも粘ちゃ、いえ、しつこぃ、いえ、束ば、んんっ、……とにかく、一生どころか魂すら離さなさそうなのですもの」
「え?」
カーテは、自身満々で、王子がどれほど諦めが悪いのか語った。一度気に入れば、ボロ雑巾のように古ぼけても大切にしていたり、小さな頃の失敗談や、タッセルとやらかしたことを暴露していく。
「ですから、ランナー様のことを世界一の宝物と豪語しているのですから、安心なさって」
それを聞いていたランナーは、頬を赤らめて嬉しそうにしている。すっきり言い切ったことが、彼女の憂いをなくしたと自己満足した。
ランナーとロッドを見送ると、さっきの話をこっそり聞いていたタッセルが、後ろから抱きしめてきた。
「カティちゃんは、僕の方が殿下よりも愛情が足らないって思ってたの?」
「え? そんなことは。さっきの話は、言葉のあやというか、ランナー様を元気づけようとしただけで」
「いいや、僕よりも殿下のほうがってはっきり言ってたよね。僕の愛情が、まだまだ届いてないってよーくわかったよ」
「いや、だからね?」
問答無用で寝室に連れ込まれる。正直育児にヘトヘトで、子供たちが生まれてから、やや淡白だった夜を過ごしていた。
それが良くなかったのかと、その夜は久しぶりに、わかったと伝えても、まだだと言われ、濃厚すぎる彼の想いを体に言い聞かせられたのだった。
R18 さっぱり記憶にございませんっ!~眼の前のだらし騎士(ナイト)は、私の婚約者らしい 完
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
結局、著作者がデタラメを書いた事がわかり、例の協会は魔導書以外のマルチ商法も悪質と判断され、損害賠償に追われている。
カーテにも、協会からいくばくかの賠償が支払われた。彼女はそのお金を、借金まで背負った被害者への救済をする慈善団体に全て寄付をしたのである。
「魔法が発動した唯一の被害者なのだから、賠償金はあなたこそ貰っておくべきだったのに」
そう言うのは、フック王子と結婚したランナーである。彼女は、真摯に人々を幸せにしたいと純粋に活動していた協会員を利用して、私服を肥やしていた貴族たちを根こそぎ暴き出した。その中に、元婚約者の王子や、彼が愛した女性の家もあり、またひと騒動あったらしい。
「幸いなことに、私も子どもたちもターモくんのおかげで金銭に苦労はしていません。家の経営も順調ですし。被害者の数を考えれば、微々たるものですが、本当に困ってらっしゃる方のお役に立てればと思うのです」
「損して徳をとれとはよく言ったもので、あなたのその行動が、普段はお金を出し渋る貴族たちの寄付を連鎖反応で増やしていったけれど。そうそう、例のインチキ魔導書なのだけれど、あなたという唯一の例外もあるから、禁書指定になったのよ」
「そのほうがいいかもですね。レールのように、また万分の一の奇跡が起こらないとも限りませんから」
「ただ、本を返却すれば、寄付金から報奨が出るようにはしたのだけれど、禁書になったことで、逆にオークションで高値で取引されているそうなのよね。全ての回収は不可能だから、フックが費用を出して、あの魔導書全てになんらかの阻害魔法をかけるための魔法を研究しているの」
「成果があるといいですわね」
ふうっとふたりでお茶を一口飲み込む。桜の花びらを浮かせた柔らかな茶葉の香りが、疲れた心をほっとさせた。
「それはそうと、今回も素敵な出産祝いをありがとうございます。娘が大きくなったら、喜んで遊びますわ」
「そうだといいのだけれど。自分の子にあげたいものはわかるのだけれど、カーテさんの子には何を贈ればいいのかわからなくて」
「一生懸命選んでくださったお心だけでも、充分すぎるほどですわ」
カーテの腕には、小さなウォンバットの赤ちゃんがすやすや眠っている。向かいに座るランナーの腕には、小さなゴリラの男の子が、興味津々できょろきょろ辺りを見渡していた。
「ははうえー、あっちにたんぽぽのわたげがいっぱいあったよ」
「おかあさまー、おうじひでんか、ロッドくんこんにちは!」
「おうじひでんか、ごきげんよう。ロッドでんかとあそんでよろしいでしょうか?」
「まあ、あなたたち。元気なのは良いことだけれど、泥だらけじゃない。王子妃殿下の前なのだから、もう少しお行儀よく……」
「まあまあ、カーテさん叱らないであげて。子供は元気なのが一番よ。お誘いありがとう。ロッドは小さいけれど、力が強いから気を付けてね」
「そう言っていただけると助かります。あなたたち、何かあったら、お父様にすぐ言うのよ」
ランナーの腕からぴょんと飛び降りたロッドが、やんちゃな三つ子と遊びだす。会話をしなかった三男は、ずっと様々な言葉を貯金していたのか、先日喋りだしたかと思うとあっという間に大人のような言葉を繰り出せるようになった。
少し離れた場所で、大きな人影と小さなころころが遊んでいる。元気な笑う声がここまで届いて心地いい。
「それにしても、カーテさんたちの愛情は果てしなく深いのねぇ」
「いきなりどうしたんです?」
「それが……」
ランナーが、最近多忙のフック王子とすれ違っていて悩んでいると相談してきた。
「きっと、わたくしは記憶を失ったら、カーテさんたちのように、もう一度心から結びつくなんてできないと思うわ」
「まあ」
産後のホルモンバランスの崩れもあり、ランナーは情緒不安定が続いている。カーテは彼女の隣に移動して背中をさすった。
「ランナー様」
故郷を離れて王子の妃になった彼女のプレッシャーは、想像以上なのだろう。名前をゆっくり呼んで、すすり泣く彼女の言葉をすべて聞いていった。
「私の時は、ターモくんがあきらめずに努力してくれたからなんです。フック殿下も、ターモくんと同じように、いいえ、もっとランナー様を愛して放さないと思いますわ」
「そうだといいのだけれど……」
彼女は、一度婚約を失敗している。そのことからも不安がつきないのだろう。
「そうに決まってますわ。だって、フック殿下のほうがターモくんよりも粘ちゃ、いえ、しつこぃ、いえ、束ば、んんっ、……とにかく、一生どころか魂すら離さなさそうなのですもの」
「え?」
カーテは、自身満々で、王子がどれほど諦めが悪いのか語った。一度気に入れば、ボロ雑巾のように古ぼけても大切にしていたり、小さな頃の失敗談や、タッセルとやらかしたことを暴露していく。
「ですから、ランナー様のことを世界一の宝物と豪語しているのですから、安心なさって」
それを聞いていたランナーは、頬を赤らめて嬉しそうにしている。すっきり言い切ったことが、彼女の憂いをなくしたと自己満足した。
ランナーとロッドを見送ると、さっきの話をこっそり聞いていたタッセルが、後ろから抱きしめてきた。
「カティちゃんは、僕の方が殿下よりも愛情が足らないって思ってたの?」
「え? そんなことは。さっきの話は、言葉のあやというか、ランナー様を元気づけようとしただけで」
「いいや、僕よりも殿下のほうがってはっきり言ってたよね。僕の愛情が、まだまだ届いてないってよーくわかったよ」
「いや、だからね?」
問答無用で寝室に連れ込まれる。正直育児にヘトヘトで、子供たちが生まれてから、やや淡白だった夜を過ごしていた。
それが良くなかったのかと、その夜は久しぶりに、わかったと伝えても、まだだと言われ、濃厚すぎる彼の想いを体に言い聞かせられたのだった。
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最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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