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「アイリス、人間の国は、君にとってそれほど暮らしにくいのか? 学園では、生徒は校則を守るという義務がある。それに我々や生徒会が目を光らせているから、それなりに学園で過ごせているんだが、社会に出れば人間への偏見を持つ獣人たちがほとんどだ。つまり、学園のように守ってもらえない。思った以上につらい目に逢うかもしれないんだぞ?」
「……それでも、あの国よりはマシだって思えるんです……。だって皆さんは、わたくしを人間として見てくれるじゃないですか。ひとくくりで嫌われていても、わたくしを白い髪だからって、見たら人生が終わりみたいに、存在そのものをないように扱わないじゃないですか……。ハリー先生には考えられないかもしれませんが、わたくしのように白い髪の人間は、無視されたり、酷いことをされるんです……」

 わたくしは、追い出されて婚約を解消されたこと以外にも、家でされたことを話した。先生は黙って聞いてくれている。ラドロウに10段上の階段から落とされた時は腕と足首を骨折をしてしまい、治療も不十分だったから今でも足首がうまく動かせないことも打ち明けてしまった。

「守るすべを持たないアイリスを階段から突き落とすとは、恐ろしいことをする残酷な人間もいるんだな……。同じ種族なのに……。足を引きずっている時があるのはそのせいだったのか。だから、アイリスは走るのがあれほど苦手だったんだな……。リーモラにも相談しなかったのか?」
「リーモラさんには、ある程度はお話しました。でも、もう関係ない場所ですから黙ってもらえるように頼んだんです」
「そうか」
「本当は、誰にも言いたくなかったんです。だって、言ってしまったら、自分がどれほど惨めで世界から必要とされていない存在だと認めてしまうことになりますから。でも、過去の仕打ちをこうして口にして、自分で認めなければ前に進めないと思ったんです」

 ハリー先生は、黙ったままわたくしの言葉を聞いてくれた。ひとつ先生に告白するごとに胸が痛んだけれど、不思議と涙は出ない。

「アイリス、個人的には応援したい。だが、アイリスの人生を、一時の勢いのまま先生が後押しするわけにはいかない。無責任な大人にはなりたくないからね」
「先生……」

 やはり無謀なことだったかと俯く。この国の在留資格は、学園を卒業する日の月末まで。万が一にも不法滞在をすれば、先生たちに迷惑がかかる。それだけは嫌だった。

 そこからは、あの地獄に戻らなければならないのかと思うと、真っ暗闇に放り出された気分になった。

「だからといって、方法がないわけではないぞ」
「え?」

 絶望がわたくしを襲った瞬間、ハリー先生から難しい顔をしていくつか提案された。

「まず、ラストーリナン国からオウトレスイリア国への永住権を手に入れること。ただ、これは家族の同意と信頼できる身分の保証人が3人必要なうえに、申請から許可が下りるまで数年かかる」

 歴史的に、これまで人間が獣人の国を侵略しようとした経緯がある以上、必要不可欠の申請だ。だから、これに関してはかなり厳しい審査になる。しかも、除籍されたわたくしでは、初段階で躓いているため不可能だ。

「次に、獣人の誰かと結婚すること。これについても、不正がないかかなり調べられる。政略や虚偽は認められない。もしもそんなことが露見すれば、本人たちだけでなく、夫になる相手の家族や親せきも厳しい裁判にかけられ、地位も名誉も財産を失う」

 そんなリスキーなことは考えていない。そもそも、わたくしは、クアドリ様以外の男性と結婚など考えられなかった。不思議と、クアドリ様のことを考えても、ハリー先生をまっすぐに見て真剣に対峙しているからか、いつものように彼を猛烈に慕う気持ちがあまり沸いてこない。膝の上に置いた手をぎゅっと握って次の言葉を待った。

「あとは、この学園で総合一位になること」
「総合で、一位、ですか……」

 学力だけなら、これでも自信がある。誰にも負けないように、これからも必死で頑張るつもりだから。けれど、体力や戦闘などは魔法が使えないわたくしは万年最下位だから難しい。ペアのジョアンさんのフォローがあっても、一位ははるか高い壁の向こう側だ。

「あとは、仮の滞在許可だな。観光などの旅行目的、短期の仕事などだ。ただ、期限は3か月以内と短くて、再度入国するには一年以上の期間をあけなければならない」

 一歩も踏み入れたくないというのに、それは本末転倒でしかない。


「それにな、どの方法を選んでも、人間が永住権を得るためにオウトレスイリア国に大金を納めなければならないんだ。その額は……」

 ハリー先生が言った金額は、実家の財産の半分ほどだった。奨学金と支給されている小遣いが収入源のわたくしでは、到底叶わない。

「わたくしには、不可能ということなんですね……」

「アイリスが不正をするはずはないだろうし……。ああ、もうひとつあった。学園在籍中に陛下も認めるほどの功績をあげ、陛下直々の許可を得ることだ。それなら、国に納めるお金は免除され、しかも陛下直々の保護を得られる。例えば、ずっと以前、両国の戦争を終わらせるために尽力した人間がいてな。その人間や、学会で新たな発見をして発表した人物などが代表例だな」

 確かに、トレーひとつとっても、わたくしはひとりで何もできないことが多い。きっと、人間が留学してくる学園だからなんとか暮らせる。

「……わたくし、可能性が0,1パーセントでもあるのなら、それにかけてみたいです」
「だが、かなり厳しいぞ? どれほど頑張っても無理かもしれん。魔法が使えないアイリスがこの国で出来る仕事があるかというと、難しい。人間関係も問題だが、この国は人間の仕様で作られていないんだ。暮らしていくには、かなりの不便や、我慢しなくてはいけないことがたくさんある」
「もともと、白い髪で産まれた瞬間から、全てをあきらめてきたんです。今からのことも、ダメでなんです。頑張ることは、誰にも負けません。だから、わたくしに出来ることで、諦めることがひとつでも無くなるのなら、そこに向かって行きたいんです」


 わたくしがそう言うと、ハリー先生は全面的に協力すると、満面の笑顔で頷いてくれた。




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