完結 R18 セフレ呼ばわりされた私は、不器用な大柄医師に溺愛される 

にじくす まさしよ

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 いそかみクリニックの前を通った事があるけれど、奥にこれほど大きな家があるとは思っていなかった。
 
「雨に濡れているから、足元に気を付けて。油断すると滑って転ぶ」
「はい」

 クリニックの裏口から、砂利が敷き詰められた庭の飛び石を慎重に一歩一歩進む。見るからに冷たそうな小さな池はやや濁っていて、鯉がゆっくり泳いでいるのが見えた。

「きゃ……」
「気を付けてって言った側から……。自分ではしっかり歩いていると思っているようだけど、ふらついている。ほら、手を出して」

 私の動きを伺いながらゆっくり進んでいた省吾先生が、大きな手を差し伸べる。彼の言う通り、自分ではしっかり歩いていたつもりだった。
 差し伸べられた手を掴もうかどうしようか悩んでいると、ぐいっとやや強引に、でも優しく手を引かれた。

「あの、ありがとうございます」
「いいから。あと少しだから頑張って。それとも抱っこしようか?」
「はい、……え? ああ、あの、あの、そうじゃなくて、えーっと!」

 引かれた手と飛び石に集中していたために、どう返事をしたのか一瞬わからなかった。はい、と返事をしてしまい焦っていると、前を進む彼が笑い出す。

「ははは、冗談だから。あとよっつ。歩き慣れている俺たちも滑る危険地帯だから、本当に気を付けて」
「は、はいぃ!」

 恥ずかしくてたまらない。引かれた手が、しっかり私を支えてくれているのがわかる。転ばないように集中していると、間口の広い玄関にたどり着いた。

 学年があがるにつれて実習も課題も倍増していったために、あまり帰る事ができない実家を彷彿とさせる、一見冷たそうな落ち着いた雰囲気に懐かしい気持ちになる。
 現代の建築では見なくなった、入母屋いりもやがある大きな家の古い建築仕様がとても似ている。さらに、何十年も使い古されているのに毎日丁寧に磨き上げられた柱や廊下の重厚感や、凛と張り詰めた静かに佇む空気がそっくりだからだろう。

「ばあちゃん、ただいま。お客さん連れて来た」
「お帰り、聞いているよ。お風呂沸かしているから、お嬢さんを案内して。着替えは商店街で買って脱衣所にあるから」

 大柄な省吾さんの胸まで背がなさそうな、とても小柄なおばあちゃんが出て来た。姿勢が良くしゃんと歩いてとても元気がいい。

「あの、お邪魔します。この度は、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いいよいいよ。困った時はお互い様だからね。服は洗濯して干しているんだけど乾きそうになくて。私が適当に選んだ服でなんだけどそれを着てちょうだいね」
「はい、何から何までありがとうございます。ご厄介になります」

 省吾先生に連れられてお風呂をいただいた。リフォームしたのか、ユニットバスは新しく、でこぼこの床には金属石鹸のかけらすらついていなくて真っ白だ。
 薄手のタオルなども準備されていて、それで体を洗った。やや熱めのお湯につかると、全身ひりひりするほど一瞬痛むがそれが心地いい。

 お湯の熱さに慣れた頃、大切だと思っていた人に与えられた悲しみや、その後知り合った人たちの優しさを思い出す。あんなにも泣いたのに、枯れる事を知らない泉のように涙が溢れて止まらない。
 けれど、ほんの少し、僅かな心のすみっこにある、いそかみクリニックの人々がくれた温かさが、深くえぐれた傷をそれ以上傷つかないように覆ってくれているみたいだった。

 脱衣所に用意されていたのは、可愛いキャラクターが印刷された厚手のトレーナーと裏起毛のズボンだ。もこもこの靴下まであって、寒くないようにおばあちゃんが選んでくれたのかと思うと心がぽかぽかした。

「あの、お風呂頂戴しました」
「顔色が良くなったわね。お昼ご飯出来てるけど、食べれそう?」
「気分が悪ければ無理に食べる必要はない。だけど、水分だけは補給して」
「はい、ありがとうございます」

 消化の良くて体が温まるなべ焼きうどんが目の前に置かれ一口すする。食欲がなかったにも拘らず、鰹出汁のいい香りと優しい味付けのおかげで完食できた。

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「お粗末様でした。さあさあ、体が冷えないうちに休んで。二階の静かな部屋を準備したからゆっくりおやすみ」

 後片付けをしようとすると、おばあちゃんに背中を押された。有無を言わさないように省吾先生に手を取られて二階に行く。

「叔母さんが独身の時に使っていた部屋なんだ。さっきまで布団乾燥機でベッドは温めていたし、シーツは新しいものを使っているから。それにしても部屋が寒すぎるな。エアコンは、……あー、随分使ってないからスイッチつけたらヤバい。ファンヒーターをあとで持ってくる」

 いつの間にか、省吾先生から敬語が完全に消えていた。こっちの口調のほうが、彼らしいと思う。最初に感じていた、彼に対する怖そうなイメージはすっかり変わっていた。

 すぐに入るように促されてベッドに横たわると、布団乾燥機のおかげでシーツがぽかぽかだった。

「普段エアコンやファンヒーターを使って眠っていないので大丈夫ですよ?」
「この家は、今どきの冷暖房が効きやすい家と違って、古いから考えられないほど冷えるんだ。遠慮せず使って。あと、荷物もそこにある。悪いと思ったんだが身元がわからなくて学生証を見させてもらった。大学にはじいちゃんが連絡しているから安心して」

 省吾先生はそれだけ言うと部屋を出て行った。カバンはまだ濡れていたけれど、中の教材やノート、化粧ポーチなどは無事だった。
 スマホを取り出すと、友達のしおんから何度もメッセージが入っていた。すぐに折り返しのメッセージを送ると通話が鳴る。

「もしもし、しおん。ごめんね、心配かけちゃって」
「ほんとにー。一度も休んだ事がないあやねが休むんだもん。連絡しても返事ないし。先生から倒れたって聞いて皆心配してたよ」
「わぁ、そんな大騒動に……。どうしよ」
「あやねが元気そうだって伝えとくよ。昨日まで元気だったのに、何かあったの?」

 今すぐ聞いてもらいたい。だけど話したくないとも思う。脳裏に浮かぶ資さんが、悲しいほどに優しく笑っていた。

「……それが、ちょっと電話じゃあ言いづらい、かな……」
「じゃ、また会ったら聞かせて。明日は来れる?」
「うん、行けると思う。というか、行く」
「無理は禁物だからねー。あんまりにも辛かったら休みなよ?」
「うん、ありがと」

 しおんから事情を聞いたのか、クラスメイトたちから次々メッセージが届く。通知がピコンピコン立て続けに鳴る。けれど、それがまるで眠りを誘う音楽のようだ。

 温かいベッドに横たわっているうちに、目がとろんとしてくる。スマホを手にした瞼が降りて眠りについたのであった。






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