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第三の男
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「マリア……」
蕩けるような瞳、柔らかな声と口調。優しい手でそっと肩を抱かれて、マリアは胸がドキドキしっぱなしであった。強引だが優しい雰囲気と口調にコロリといきそうだ。
「ああ、そろそろ交代の時間ですね。また……」
「あ、はい、……スティーブ」
スティーブは、満更でもなさそうなマリアの表情を見てこのまま他の二人を出し抜きたいと思うがぐっとこらえた。
そもそも、マリアがこの部屋に入って来た瞬間、四人で奥の寝室に行くことも可能だが、自分だけでなく他の男たちもマリアとの会話を望んだ。
それは、どの男たちもマリアの心を心底得たいと思っていたからであり、マリアが来るまでの間で話し合いをして手を出さないという決め事をしていたからに他ならない。
マリアの手の甲にキスを優しく落としたあと、スティーブは出て来た白いドアをくぐっていなくなったのである。
「スミレも、それぞれの人に他にはない魅力があるって言ってたなあ……。ほんとにそうだわ……」
状況が状況だけに、受け入れないといけないとはいえ、非日常的な空間と、これまでなかった男性との会話で、マリアは二人を比べるのではなく、アーロンにはアーロンの、スティーブはスティーブの真心や誠意がある事を知り心が温かくなった。熱を持ってしまった頬に手を当てて、少しでも冷まそうとするが効果がない。
スティーブは、アーロンが準備した紅茶がなくなると、彼もまた違う茶葉で紅茶を淹れてくれた。二人ともお茶を淹れるのが上手だ。これは花婿修業の一環で、現代社会では男が家事全般出来て当たり前なのだ。
冷めてしまっても美味しいその紅茶は、ほんのりと甘く、柑橘系の香りがする。恐らくフレーバーティーなのだろう。ほっと一息つき、先ほどまでのクラクラとするような彼との時間を思い出していると、最後の白いドアが開いた。
そこから現れたのは、夜を溶かしたかのような黒髪と、赤い瞳を持つ30歳くらいの男だった。浅黒い肌としなやかな、まるで豹のようななだらかな線を持つ美丈夫がマリアのテーブルの対面にするやかに座る。そして、長いすらりとした足を組んでニコニコとマリアを見ていた。
目の前の人物から何も話しかけられないので、マリアはコクリと唾をのんで口を開いた。
「あの……? あなたは?」
「ああ、これは失礼したね。あまりにもこの状況が嬉しくて言葉を無くして……」
「はぁ……」
マリアは、厚顔不遜といった雰囲気の男に対して、眉をほんの少ししかめる。名乗りもしない物言いや、口説きなれたような態度が、自分には合わないと思ってしまった。
「あの、ごめんね。自己紹介をしないとね。思った以上に緊張していたみたいで……。つい仕事のような口調になってしまった」
「いえ……」
ところが、マリアが不愉快に思った事を悟ったのか、男はしょんぼりと項垂れてしまった。まるで懐かない猫が耳を垂れて拗ねているかのよう。
「俺の名前はアダム・スコット。他の二人とも話をしたんでしょ? 彼らとはすでに話をしていてね、きっと馴れ初めを聞いたと思う」
マリアは、彼の名前を聞き目と口を丸く開けて驚愕した。そういえば、彼の姿を雑誌や新聞で何度も見た事がある。
なぜなら、彼は、世界一の不動産王だ。恐らく、所有資産はちょっとした国家の一年分の国庫を軽く上まるだろう。
彼の一言で、小さな国は一夜にして灰にもなり、栄華を極めるだろうと言われている男だったからだ。
「あ……、の……。何かの間違いじゃあ……? えと、勘違いじゃなかったら不動産王のアダム・スコットさんですよね?」
「たぶん、君の思っている通りだよ。でも、間違いなんかじゃないんだ。他の二人と同じように、俺は君と出会っている。でも、君はまだ小さかったから覚えていないと思うけれどもね」
「え、と? あの、でも、あなたなら、強引に事をいくらでも運べるんじゃあ?」
「うーん……。なんというか、俺にとって君は幼いイメージが強くてね、求婚した事はないんだ。今回、成長した君の情報が独身男性の元に来た時も、最初は君だと気づかなかったくらいなんだ」
「あの、じゃあ……」
尚更どうしてと続く言葉は、アダムが口に人差し指を立てたためにマリアの唇から紡がれる事はなかった。
「俺は、ずっと昔には貧困で喘いで乱れた国の血が流れているんだ。ほら、この肌。随分薄くなったけれど、やっぱり不快に思う人もいてね。さらにこの瞳……」
自重気味に小さくふっと笑う彼の瞳は、まるで血を溶かしたかのような深紅だ。確か、これほどの赤は珍しく、地方によっては悪魔のようだと忌避されるとかなんとか眉唾物の話は聞いた事があるとマリアは思った。
「え、と。肌や瞳の色でとやかく言うなんて、そんな視野の狭い人の言動は無視してもいいと思います」
彼のやや下げた視線が哀しくて、マリアは思わず思った事を口に出してしまった。すると、今度はアダムが目と口を丸くしてマリアをじっと見た後、肩を震わせて小さく笑い出したのだ。
「ククク……。ああ、やっぱり君だ。間違いない……。幼い君も、当時の俺に同じように言葉は違うけれど、そんな風に言ってくれたんだよ?」
「え?」
アダムは、足を組んだまま、体をずいっと前に倒して、まじまじとマリアを見続けた。
蕩けるような瞳、柔らかな声と口調。優しい手でそっと肩を抱かれて、マリアは胸がドキドキしっぱなしであった。強引だが優しい雰囲気と口調にコロリといきそうだ。
「ああ、そろそろ交代の時間ですね。また……」
「あ、はい、……スティーブ」
スティーブは、満更でもなさそうなマリアの表情を見てこのまま他の二人を出し抜きたいと思うがぐっとこらえた。
そもそも、マリアがこの部屋に入って来た瞬間、四人で奥の寝室に行くことも可能だが、自分だけでなく他の男たちもマリアとの会話を望んだ。
それは、どの男たちもマリアの心を心底得たいと思っていたからであり、マリアが来るまでの間で話し合いをして手を出さないという決め事をしていたからに他ならない。
マリアの手の甲にキスを優しく落としたあと、スティーブは出て来た白いドアをくぐっていなくなったのである。
「スミレも、それぞれの人に他にはない魅力があるって言ってたなあ……。ほんとにそうだわ……」
状況が状況だけに、受け入れないといけないとはいえ、非日常的な空間と、これまでなかった男性との会話で、マリアは二人を比べるのではなく、アーロンにはアーロンの、スティーブはスティーブの真心や誠意がある事を知り心が温かくなった。熱を持ってしまった頬に手を当てて、少しでも冷まそうとするが効果がない。
スティーブは、アーロンが準備した紅茶がなくなると、彼もまた違う茶葉で紅茶を淹れてくれた。二人ともお茶を淹れるのが上手だ。これは花婿修業の一環で、現代社会では男が家事全般出来て当たり前なのだ。
冷めてしまっても美味しいその紅茶は、ほんのりと甘く、柑橘系の香りがする。恐らくフレーバーティーなのだろう。ほっと一息つき、先ほどまでのクラクラとするような彼との時間を思い出していると、最後の白いドアが開いた。
そこから現れたのは、夜を溶かしたかのような黒髪と、赤い瞳を持つ30歳くらいの男だった。浅黒い肌としなやかな、まるで豹のようななだらかな線を持つ美丈夫がマリアのテーブルの対面にするやかに座る。そして、長いすらりとした足を組んでニコニコとマリアを見ていた。
目の前の人物から何も話しかけられないので、マリアはコクリと唾をのんで口を開いた。
「あの……? あなたは?」
「ああ、これは失礼したね。あまりにもこの状況が嬉しくて言葉を無くして……」
「はぁ……」
マリアは、厚顔不遜といった雰囲気の男に対して、眉をほんの少ししかめる。名乗りもしない物言いや、口説きなれたような態度が、自分には合わないと思ってしまった。
「あの、ごめんね。自己紹介をしないとね。思った以上に緊張していたみたいで……。つい仕事のような口調になってしまった」
「いえ……」
ところが、マリアが不愉快に思った事を悟ったのか、男はしょんぼりと項垂れてしまった。まるで懐かない猫が耳を垂れて拗ねているかのよう。
「俺の名前はアダム・スコット。他の二人とも話をしたんでしょ? 彼らとはすでに話をしていてね、きっと馴れ初めを聞いたと思う」
マリアは、彼の名前を聞き目と口を丸く開けて驚愕した。そういえば、彼の姿を雑誌や新聞で何度も見た事がある。
なぜなら、彼は、世界一の不動産王だ。恐らく、所有資産はちょっとした国家の一年分の国庫を軽く上まるだろう。
彼の一言で、小さな国は一夜にして灰にもなり、栄華を極めるだろうと言われている男だったからだ。
「あ……、の……。何かの間違いじゃあ……? えと、勘違いじゃなかったら不動産王のアダム・スコットさんですよね?」
「たぶん、君の思っている通りだよ。でも、間違いなんかじゃないんだ。他の二人と同じように、俺は君と出会っている。でも、君はまだ小さかったから覚えていないと思うけれどもね」
「え、と? あの、でも、あなたなら、強引に事をいくらでも運べるんじゃあ?」
「うーん……。なんというか、俺にとって君は幼いイメージが強くてね、求婚した事はないんだ。今回、成長した君の情報が独身男性の元に来た時も、最初は君だと気づかなかったくらいなんだ」
「あの、じゃあ……」
尚更どうしてと続く言葉は、アダムが口に人差し指を立てたためにマリアの唇から紡がれる事はなかった。
「俺は、ずっと昔には貧困で喘いで乱れた国の血が流れているんだ。ほら、この肌。随分薄くなったけれど、やっぱり不快に思う人もいてね。さらにこの瞳……」
自重気味に小さくふっと笑う彼の瞳は、まるで血を溶かしたかのような深紅だ。確か、これほどの赤は珍しく、地方によっては悪魔のようだと忌避されるとかなんとか眉唾物の話は聞いた事があるとマリアは思った。
「え、と。肌や瞳の色でとやかく言うなんて、そんな視野の狭い人の言動は無視してもいいと思います」
彼のやや下げた視線が哀しくて、マリアは思わず思った事を口に出してしまった。すると、今度はアダムが目と口を丸くしてマリアをじっと見た後、肩を震わせて小さく笑い出したのだ。
「ククク……。ああ、やっぱり君だ。間違いない……。幼い君も、当時の俺に同じように言葉は違うけれど、そんな風に言ってくれたんだよ?」
「え?」
アダムは、足を組んだまま、体をずいっと前に倒して、まじまじとマリアを見続けた。
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