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第二章
一人前未満のサンタと番
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「ティーナ、こちらに来て3回めのイブなんだが。今回は6件ほど頼めるかな?」
「所長、ティーナなら8件くらいは行けると思いますよ?」
「お前のノルマをティーナに押し付けようったってそうはいかないぞ。そんな風に言うなら15件に増やしてやろうか?」
「職権乱用! 横暴パワハラ上司! どう考えても無理でしょ! やれって言うなら、まずは所長がやって見せてくださいよ!」
所長さんが、ここに来て3年目になる私に去年より多く仕事を振ろうとした。私が入職してから、新人さんは毎年増えて行っているけれど、長続きする人が少ない。お調子ものの先輩がそんな風におどけて緊張した私を笑わせてくれるのが救いのように感じる。
私も先輩って呼ばれるようになってなんだかくすぐったい気持ちになっていた。後輩にみっともない姿を見せたくなくて、背筋を伸ばして「お任せください」って言ったものの、内心は自信がなくて心臓がばくばくしている。
今年のガチャはどんなものなのか。一度目で懲りた私は、ガチャのカプセルを開ける前にさっさと退散するようになったから、後日貰った人のお礼の手紙がないかぎり中身を知らない。
先輩の幾人かは、相手の反応が見たくて暫く様子を覗いているらしい。ガチャの中身を見て、困ったような態度をとるカップルがいても、なんだかんだで幸せそうにグッズを手に取ってふたりになれる場所に移動するのだそう。
「先輩がたが、私たちの分まで、たくさん受け持ってくださっているのは凄く嬉しいです。私も3回目ですし、少しでもお手伝いさせてください」
「ティーナ! なんてイイコなのー。流石私の後輩!」
デビューの時から、私のおねえさんのように指導してくれたり、悩みを聞いてくれる先輩が抱き着いてよしよししてきた。私よりもほっそりした先輩の背に手を伸ばして、よしよしをお返しすると、先輩も嬉しそうに笑った。
本当に、仕事は多忙すぎて残業だらけだし、休日返上も当たり前なんだけど、人間関係はすこぶるいい。私が番を探すためにここに来たのは、もう皆が知っていて応援してくれている。
番に会えたら結婚退職するつもりなんだけど、生憎、番にはまだ会えていない。だから、このままここで働くのも悪くないなあって思うのも本心だった。
クリスマスイブの日は、朝早くから出勤しないと間に合わない。先輩たちは、最短でいけるルートをシュミレーションしていて、ガチャをそりに乗せてトナカイたちとともに空を駆けて行く。
今回、私の担当する地域はこの近くだ。バルブルダング国といって、ホッキョググマ獣人のいる国だった。普段は温厚で滅多に怒らない人たちだが、大切な人やものを守るためには牙をむく。巨大な体躯なのに、繰り出される攻撃やすばやい動きは、世界最強であるハムチュターン族の中でも最強と名高い伯父様やお父様ですら手こずるという。鋭い爪、そして硬い岩をも砕く牙が、敵を瞬殺するらしい。
「一応、温厚な人物ばかりだが、念のためにしっかり防御を張っておくんだぞ。仕事が早く終わったら直帰していいから」
「はい、頑張ります!」
「ティーナは僕が守るよ」
「トナカイくん、ありがとう! では所長さん、行ってきまーす」
トナカイくんのひくソリに乗ると、ほぼ垂直のように空に駆けのぼっていく。ソリに固定されたガチャは、魔法で落っこちないようにしているけれど、最初の慣れない頃は、猛スピードで動くソリから振り落とされないように必死だった。
「ティーナ、そろそろつくぞー」
「うん。まずは、お付き合いしたばかりの貴族のカップルね。あれ? 珍しいわね。今回は女の子に渡すんだ」
「だいたいは男の欲望丸出しガチャだから、男に渡すんだけどな。ま、どっちが回しても結果は同じだから気軽に行こうぜ」
「うん!」
私は、今年の18歳の誕生日にライノさんから頂いたブレスレットを指先でいじった。去年は、サンタの赤に似合うルビーのイヤリングとネックレスを贈られていて、誂えたかのように深い赤が輝いている。
お返しに、彼が好きだと言った色である黒翡翠のカフスボタンを彼の誕生日に贈った。珍しい黒翡翠には魔除けなどの効果があるとされ、疲れた体にパワーをくれる神秘的なオーラが宿っているらしい。そんな不確かなものじゃなくて、私が彼の健康と安全を願ったお祈りの魔法を込めたけれど。
ライノさんには、サンタが何を配っているのかは内緒だ。とてもじゃないけど言えやしない。下手すれば、はしたないって軽蔑されそう。それだけは絶対に阻止したい。
決して使おうとは思わないけれど……。実は、ちょっとは興味はある、かなー、なんて。興味がある程度だ。ちょっとだけ、うん。
「ティーナ、ついたぞー」
「うん」
なんだかおかしい。この場所に着た瞬間、胸の中が騒めき始めた。こそばゆいような、ひりつくような、ぎゅっと締め付けられたかのような、かといって歓喜に満ち溢れているみたいに胸が踊っている。
なかなか行かない私にしびれをきらしたのか、トナカイくんが少しイラっとした口調で問いかけて来た。しょっぱなから時間がかかってしまうと、トナカイくんまで帰れなくなってしまう。
家では奥さんと可愛い2歳になるお子さんが待っているのだ。一分でも早く帰りたいに違いない。
「ティーナ、どうした?」
「ううん、なんでもない。じゃ、さくっと行ってくるね!」
私は、ソリにのせたガチャを手に持って、大きな体躯の男性と、それに寄り添うかわいい女性の前にぼわんと煙を魔法で作り出した。
「メリークリスマース! イブに愛を語るお二方、おめでとうございます。厳選された抽選の結果、今年のプレゼントをあなたたちにサンタがお届けいたしま…………え?」
3回目ともなると、最初の口上も照れてしまうけれど慣れて来た。恥ずかしがらずに一気に言い切ろうとした時、カップルの男性と視線が合う。
どくん
その瞬間、胸の中にある小さな心臓が、大きく鼓動を打ったのを感じた。ああ、わかる。会えばわかるとお父様が言った通りだ。まちがいない。
目の前の彼が、探し求めていた番だ……。
「あ、あの……」
私は仕事中なことを一瞬で忘れた。そして、番に会えた喜びではちきれそうなほど、体も心も、どこもかしこも彼一色で染まったかのよう。彼の隣にいる女性の事も目に入らず、彼だけを見上げて一歩足を踏み出した。
「ヤンネ団長~私、こわぁい」
だけど、二歩目を踏み出そうとした時、彼の隣にいる女性が、私の事を恐れて彼にしな垂れかかった。そうだった。今、私はサンタクロースとして恋人たちにガチャを配っている最中だった。つまり、目の前の女性は、外ならぬ番の恋人なのだ。
こんな事、考えた事もなかった。少しは、他の皆と同じく、番に別のパートナーがいるかもしれないって思った事もあった。けれど、私には絶対に番と出会って結ばれるという根拠も何もない確信めいた希望だけがあったのだ。
信じられない。こんなの嘘だ。やっと巡り合った番に、私以外の恋人がいるだなんて、到底許容なんてできるはずもない。
やめて、私の番に近づかないで!
私は思わず、彼の腕に胸を押し付けてぴったりひっつく、私たちの邪魔をする彼の恋人を排除したくなった。だけど、そんな事をすれば、恋人を傷つけられた彼が悲しむ。番のそんな顔を見たくないし、傷つけたくない。
「ん? ああ、ユリ。大丈夫だ。こいつ、いや、この人はターゲットではなさそうだ。おそらく、噂に聞くサンタクロースだろう。あー、サンタさん。申し訳ないが、今はあなたと遊んでいる暇はなくてだな」
「なんだ、違うのかぁ、ざーんねん! それにしてもサンタ? サンタってあのサンタ? やっだ、私、見るの初めて~」
ふたりが、私の番が、私の目の前でお互いを守るように寄り添い囁き合っている。彼らの言葉など耳に入ってはこなかった。
「……はじめまして。おふたりにサンタからのプレゼントがあります。どうぞ、ガチャをお引き下さい……」
自分の体が、心が、まるで自分のものじゃないかのような気がした。マニュアル通りに、ユリと呼ばれた女性にガチャを差し出した。
この間の記憶は一切ない。カプセルが出た瞬間、私はトナカイくんの待つ空に帰っていったのである。
「所長、ティーナなら8件くらいは行けると思いますよ?」
「お前のノルマをティーナに押し付けようったってそうはいかないぞ。そんな風に言うなら15件に増やしてやろうか?」
「職権乱用! 横暴パワハラ上司! どう考えても無理でしょ! やれって言うなら、まずは所長がやって見せてくださいよ!」
所長さんが、ここに来て3年目になる私に去年より多く仕事を振ろうとした。私が入職してから、新人さんは毎年増えて行っているけれど、長続きする人が少ない。お調子ものの先輩がそんな風におどけて緊張した私を笑わせてくれるのが救いのように感じる。
私も先輩って呼ばれるようになってなんだかくすぐったい気持ちになっていた。後輩にみっともない姿を見せたくなくて、背筋を伸ばして「お任せください」って言ったものの、内心は自信がなくて心臓がばくばくしている。
今年のガチャはどんなものなのか。一度目で懲りた私は、ガチャのカプセルを開ける前にさっさと退散するようになったから、後日貰った人のお礼の手紙がないかぎり中身を知らない。
先輩の幾人かは、相手の反応が見たくて暫く様子を覗いているらしい。ガチャの中身を見て、困ったような態度をとるカップルがいても、なんだかんだで幸せそうにグッズを手に取ってふたりになれる場所に移動するのだそう。
「先輩がたが、私たちの分まで、たくさん受け持ってくださっているのは凄く嬉しいです。私も3回目ですし、少しでもお手伝いさせてください」
「ティーナ! なんてイイコなのー。流石私の後輩!」
デビューの時から、私のおねえさんのように指導してくれたり、悩みを聞いてくれる先輩が抱き着いてよしよししてきた。私よりもほっそりした先輩の背に手を伸ばして、よしよしをお返しすると、先輩も嬉しそうに笑った。
本当に、仕事は多忙すぎて残業だらけだし、休日返上も当たり前なんだけど、人間関係はすこぶるいい。私が番を探すためにここに来たのは、もう皆が知っていて応援してくれている。
番に会えたら結婚退職するつもりなんだけど、生憎、番にはまだ会えていない。だから、このままここで働くのも悪くないなあって思うのも本心だった。
クリスマスイブの日は、朝早くから出勤しないと間に合わない。先輩たちは、最短でいけるルートをシュミレーションしていて、ガチャをそりに乗せてトナカイたちとともに空を駆けて行く。
今回、私の担当する地域はこの近くだ。バルブルダング国といって、ホッキョググマ獣人のいる国だった。普段は温厚で滅多に怒らない人たちだが、大切な人やものを守るためには牙をむく。巨大な体躯なのに、繰り出される攻撃やすばやい動きは、世界最強であるハムチュターン族の中でも最強と名高い伯父様やお父様ですら手こずるという。鋭い爪、そして硬い岩をも砕く牙が、敵を瞬殺するらしい。
「一応、温厚な人物ばかりだが、念のためにしっかり防御を張っておくんだぞ。仕事が早く終わったら直帰していいから」
「はい、頑張ります!」
「ティーナは僕が守るよ」
「トナカイくん、ありがとう! では所長さん、行ってきまーす」
トナカイくんのひくソリに乗ると、ほぼ垂直のように空に駆けのぼっていく。ソリに固定されたガチャは、魔法で落っこちないようにしているけれど、最初の慣れない頃は、猛スピードで動くソリから振り落とされないように必死だった。
「ティーナ、そろそろつくぞー」
「うん。まずは、お付き合いしたばかりの貴族のカップルね。あれ? 珍しいわね。今回は女の子に渡すんだ」
「だいたいは男の欲望丸出しガチャだから、男に渡すんだけどな。ま、どっちが回しても結果は同じだから気軽に行こうぜ」
「うん!」
私は、今年の18歳の誕生日にライノさんから頂いたブレスレットを指先でいじった。去年は、サンタの赤に似合うルビーのイヤリングとネックレスを贈られていて、誂えたかのように深い赤が輝いている。
お返しに、彼が好きだと言った色である黒翡翠のカフスボタンを彼の誕生日に贈った。珍しい黒翡翠には魔除けなどの効果があるとされ、疲れた体にパワーをくれる神秘的なオーラが宿っているらしい。そんな不確かなものじゃなくて、私が彼の健康と安全を願ったお祈りの魔法を込めたけれど。
ライノさんには、サンタが何を配っているのかは内緒だ。とてもじゃないけど言えやしない。下手すれば、はしたないって軽蔑されそう。それだけは絶対に阻止したい。
決して使おうとは思わないけれど……。実は、ちょっとは興味はある、かなー、なんて。興味がある程度だ。ちょっとだけ、うん。
「ティーナ、ついたぞー」
「うん」
なんだかおかしい。この場所に着た瞬間、胸の中が騒めき始めた。こそばゆいような、ひりつくような、ぎゅっと締め付けられたかのような、かといって歓喜に満ち溢れているみたいに胸が踊っている。
なかなか行かない私にしびれをきらしたのか、トナカイくんが少しイラっとした口調で問いかけて来た。しょっぱなから時間がかかってしまうと、トナカイくんまで帰れなくなってしまう。
家では奥さんと可愛い2歳になるお子さんが待っているのだ。一分でも早く帰りたいに違いない。
「ティーナ、どうした?」
「ううん、なんでもない。じゃ、さくっと行ってくるね!」
私は、ソリにのせたガチャを手に持って、大きな体躯の男性と、それに寄り添うかわいい女性の前にぼわんと煙を魔法で作り出した。
「メリークリスマース! イブに愛を語るお二方、おめでとうございます。厳選された抽選の結果、今年のプレゼントをあなたたちにサンタがお届けいたしま…………え?」
3回目ともなると、最初の口上も照れてしまうけれど慣れて来た。恥ずかしがらずに一気に言い切ろうとした時、カップルの男性と視線が合う。
どくん
その瞬間、胸の中にある小さな心臓が、大きく鼓動を打ったのを感じた。ああ、わかる。会えばわかるとお父様が言った通りだ。まちがいない。
目の前の彼が、探し求めていた番だ……。
「あ、あの……」
私は仕事中なことを一瞬で忘れた。そして、番に会えた喜びではちきれそうなほど、体も心も、どこもかしこも彼一色で染まったかのよう。彼の隣にいる女性の事も目に入らず、彼だけを見上げて一歩足を踏み出した。
「ヤンネ団長~私、こわぁい」
だけど、二歩目を踏み出そうとした時、彼の隣にいる女性が、私の事を恐れて彼にしな垂れかかった。そうだった。今、私はサンタクロースとして恋人たちにガチャを配っている最中だった。つまり、目の前の女性は、外ならぬ番の恋人なのだ。
こんな事、考えた事もなかった。少しは、他の皆と同じく、番に別のパートナーがいるかもしれないって思った事もあった。けれど、私には絶対に番と出会って結ばれるという根拠も何もない確信めいた希望だけがあったのだ。
信じられない。こんなの嘘だ。やっと巡り合った番に、私以外の恋人がいるだなんて、到底許容なんてできるはずもない。
やめて、私の番に近づかないで!
私は思わず、彼の腕に胸を押し付けてぴったりひっつく、私たちの邪魔をする彼の恋人を排除したくなった。だけど、そんな事をすれば、恋人を傷つけられた彼が悲しむ。番のそんな顔を見たくないし、傷つけたくない。
「ん? ああ、ユリ。大丈夫だ。こいつ、いや、この人はターゲットではなさそうだ。おそらく、噂に聞くサンタクロースだろう。あー、サンタさん。申し訳ないが、今はあなたと遊んでいる暇はなくてだな」
「なんだ、違うのかぁ、ざーんねん! それにしてもサンタ? サンタってあのサンタ? やっだ、私、見るの初めて~」
ふたりが、私の番が、私の目の前でお互いを守るように寄り添い囁き合っている。彼らの言葉など耳に入ってはこなかった。
「……はじめまして。おふたりにサンタからのプレゼントがあります。どうぞ、ガチャをお引き下さい……」
自分の体が、心が、まるで自分のものじゃないかのような気がした。マニュアル通りに、ユリと呼ばれた女性にガチャを差し出した。
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