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第二章

三年目のトナカイくんと私

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「ティーナ、何かあったのか?」

「ん……? あ、ううん。なんでもないの。次行きましょう」

 なんでもない事なんてない。番に会えた喜びの気持ちも、幸せな瞬間も、その後の切り裂かれるような胸の痛みも残っている。だけど、今は仕事中だ。

 番に出会えたものの、相手には恋人がいる。すごく仲が良さそうだった。

 これ以上、私に出来る事はないし、彼と私が交差する事なんてこの先一切ないのだから、番と結ばれなかった同胞と同じように、悲しいけれど諦めなきゃいけない。そうしなきゃ番が困るし、私が現れた事でふたりの仲がおかしくなったら、彼が不幸になる。

 彼が幸せならそれでいい……。

 切り裂かれた胸にそんな風に言い聞かせても、その傷口はじくじくしたまま。さらにその傷を悪化させているかのように、胸がぎゅうっと痛んで涙が目尻に浮かんだ。小さな頃から憧れていた番との結婚式。皆に祝福されて、世界一幸せな花嫁になるはずだったのに……。

「なんでもないって、お前……本当に大丈夫なのかよ……。何かあったのか言ってみろって」

「ほんっと、なんでもないから。さあ、次行こ!」

 トナカイくんとは3年の付き合いだから、作り笑いをして誤魔化そうとするけれど通じなかった。私の番との未来はなくなったのだから、残り5件を早く回って、せめてトナカイくんをご家族の元に帰してあげたい。

 そう簡単には心の切り替えなんてできるはずもなく。所々記憶が飛んで、トナカイくんに声をかけられて一軒ずつ回った。

 テンションなんて高くなんて出来ないのに、楽しいふりをしてガチャを届ける。目の前の恋人や夫婦たちが羨ましくて妬ましい。私は二度と番と結ばれる事なんてないのに。

 なんで? どうして?

 自問自答したところで仕方がないし、結局たどり着く答えはひとつだ。最後の一件を終えた後、ひとりになりたくてトナカイさんが心配しているのを強引に帰した。

「トナカイくん。心配かけてごめんね。なんでもないから、早く奥さんとお子さんのところに帰ってあげて。私もきちんと帰るから大丈夫だよ」

「でもよ、お前……。そうだ、うちに来るか? 子供もティーナが来れば喜ぶ」

「ほんっと、大丈夫だから。お子さん眠いのを堪えて待ってるんでしょ。早く帰って」

「……じゃあ、帰るけど。ティーナは実家に帰るんだろ? ゆっくり休んで、また元気な顔を見せてくれよな。エミリアさんによろしく」

「うん、また……」

 あ、もうダメ。もう限界だ。

 私はトナカイさんのひくソリから降りた。勿論夜空の中を滑空している時だったから、そのまま地面に向かって落ちていく。

「おい、ティーナ!」

「だい、じょーぶ。だからー! またねー!」

 転移する事も出来たけれど、なんとなくこのまま落ちていたいと思った。そのまま地面に当たったらどうなるんだろう。番と結ばれないんじゃあ、もうどうなってもいいかなっていう馬鹿な考えになった。

「うう……。なんでなのよぉ……」

 お父様や伯母様のように、出会ったら愛し愛されて幸せいっぱいになれると信じていた。なのに、現実は、番と結ばれなかった大多数と同じように無残でみっともない、悲しみしかない事実だけが残った。

「こんな事なら、出会わなければ良かったのにぃ……ひぃっく……、うう……」

 どこかにいるという神様は不公平だ。今すぐ、私にも番と結ばれる未来が欲しい。彼に甘い囁きをしてもらいたい。私も全身で彼を愛したい。

 でも、彼が愛を伝えて、その心も体も全てを捧げるのは、先ほどのユリという女性だ。腕を組んで寄り添って。とってもお似合いのカップルだった。
 

「かわいい子だったなぁ……ぐすっ。ヤンネ団長って呼ばれていたな。ヤンネさん。ヤンネ、さん……ぐすっ、ぐすっ……」

 私には、彼の名前を呼ぶ資格すらないというのに、ズルいと思った。ユリさんっていう女性は悪くないのに、彼女さえいなかったら、今頃はひょっとして彼と抱きしめ合っていたのかもしれない。


 クリスマスイブだから、世界中がお祝いをしていて大人たちは一晩中起きている。幸せそうに煌めく小さな町灯りが、どんどん目前に迫った。

 冷たい風が、急降下すればするほど、体を痛いくらいに叩いて来る。涙も鼻水もなにもかもが凍り付きそう。

 私なんて、いっそこのまま全部凍ってしまえばいい。そうすれば、この悲しみも、苦しみも、胸の痛みも何もかも忘れられるに違いない。

「ティーナー! わー、馬鹿馬鹿馬鹿! ひょっとして意識を失ってんのか? 落下し続けていてスピードがパねぇじゃねぇか! くそっ、間に合ええええっ!」

 ぼんやり、もうこのまま目を覚ますのもおっくうになって、目を閉じたまま落ちるに任せようとした時、トナカイくんの声が聞こえた。

 どうして、トナカイくんの声がするんだろう?

「トナカイ、くん? 帰ったはずじゃ?」

 いつも冷静なトナカイくんが大声をあげている事にびっくりした。

「なんだよ、意識があるなら早くなんとかしろよ! 地面にたたきつけられるぞ!」

「う、うん。〈落ちるのやめて宙にぷかぷか浮いて!〉」

 条件反射のように、トナカイくんに言われるがまま落下をやめると、ソリをひいた彼に説教された。

「全くよぉ。ティーナにとって僕はパートナーじゃねぇのかよ。相談する相手としてはトナカイだし不足だろうけどさ。3年も付き合って来たのに情けないぜ。僕だってそりゃ家に帰りたいけどさ、僕の大切なティーナパートナーがおかしい時に、さっさと帰れるもんか。ほら、僕ん家に行くぞ」

「え、でも。家族団らんのせっかくのイブなのに……」

「ええい。やかましい! 四の五の言わずにとっととソリに座りやがれ! ほら、行くぞ! 今日はうちでクリスマスパーティをするんだ。いいな? ほら、返事は?」

「う、うん」

 目が回るようなトナカイくんの口撃が続き、あれよあれよと言う間に彼の家に入っていた。奥さんやお子さんも起きていて、親子の仲睦まじい姿にほっこりする。

「ティーナちゃん、久しぶりねぇ。うちの人がいつもお世話になっています」

「ましゅ」


 トナカイくんの家は、山麓にある洞穴だ。ここは、風もなく外敵がほとんどこないために、小さな子供のいる家族にとって最適の住処だろう。以前、私が用意した魔法石のおかげで、外と岩からの寒さが和らいでいて少し肌寒い程度になっている。


「ティーナ、その辺に座ってくれ。人間とちがってお茶なんか出せないが、この間収穫した木の実があるからいっぱい食べろ」

「ありがとう。折角のイブにお邪魔します。そうだ、クッキーがあるんだけど食べますか?」

「クッキーだいしゅきー!」

 ソリは洞穴の入り口付近に置いたままだ。手ぶら出来てしまったので、アイテムボックスからクッキーを取り出した。クッキーは彼らの大好物だ。

 木の実を口に放り込むと、天然の果実の酸っぱさで身が引き締まる。後で食べたそれほど甘く作られていないクッキーが、激甘のジャムみたいに感じた。


 クリスマスイブをトナカイくんの家で過ごすとは思わなかった。奥さんは、トナカイくんが何も言わないのに何かを悟ったみたいで、私に何も聞いてこようとはしなかった。

 お子さんが眠った後、トナカイくんと奥さんに、私は番に出会った事、そして、番にはすでに恋人がいた事を伝えた。すると、トナカイくんは私の隣に来て体をくっつけて温めてくれた。奥さんは、お子さんを抱えるように座っていて目の前にいる。

 話しているうちに、涙が頬を濡らしていたみたいで、彼らがぺろぺろと頬を舐めてくれた。優しい気持ちが伝わる。どんどん溢れ出る塩辛いそれを、荒涼とした風にさらされた気持ちと一緒に、トナカイくんと奥さんがきれいに無くしてくれたかのように心が落ち着いていった。

「トナカイくん、奥さん……ありがとう……」

「ティーナ。今日は私たちが側にいるからゆっくり眠って」

「ティーナ、辛い事を話させちまったな……。ほら、目を閉じて」

「うん……」

 体温の高い彼らに寄り添い目を閉じる。ふたりからは慰める言葉も何もなかった。けれど、その事が今の私にとってとても有難い。彼らの気持ちは十分伝わって来る。
 
 優しい彼らの心遣いを感じながら、眠れそうにないって思っていたのに、いつの間にか夢の中に旅立っていったのである。








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