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エピソード-2
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ウォンバット獣人からヘビ獣人になったとはいえ、同じ獣人の世界だ。すぐに慣れ、わたくしは愛されて順調に育った。両親が同時に亡くなったことはものすごく悲しかったけれど、まだ若い兄が周囲の協力を得てわたくしを全力で守ってくれたこともあり、不自由なく過ごす。
ただ、どれほど新しい人生が素晴らしいものであったとしても、前世でのあの時を忘れる事はできなかった。どうせなら記憶の全てを無くして欲しいと思ったものの、それは贅沢というものだろう。
わたくしは、兄以外の男性が恐ろしくてたまらない。身近な男性ですら、会話のときは緊張で震えを抑えるのに必死だし、仕事で関わる以外での接触は避けてきた。
そんな経緯だからか、先ほどの、男性の手の感触が腰に残る。その部分を丸ごと切り取りたいくらい気持ちが悪い。
仕事から帰ってきた兄に、義姉からサプライズで紹介された男性に、会ってそうそうお断りされたことを伝えようとした。だが、一足遅かったようだ。
「ジュール、彼女から聞いたぞ? 先方が、普通に挨拶したと同時に、腕を捻り上げたそうじゃないか。さすが俺の妹は強いな。じゃなくて、初対面の男に乱暴するのはよくない。まあ、お前が理由なく、乱暴をするはずがないから、相手が失礼なことをしたのだろう?」
「『私は、ただ良かれと思ってサプライズを計画しただけなの。まさか、挨拶するだけで、ジュールちゃんがびっくりするなんて思わなかったわ。でも、予め伝えていなかった私が悪いの。だから、ジュールちゃんを叱らないであげてくれる? ただ、あの人がものすごく怒っていて……ねぇ、もう一度相手を説得してあげるから、チャンスをいただけないかしら』と、涙ながらに言われたのかしら?」
「お前、俺達を見ていたのか? 一文一句同じなんだが。全然気づかなかったぞ」
わたくしが、彼女が兄にすがって言そうなことを演技してみると、ドンピシャだったようだ。
「はぁ……、見てないわ。ただ、想像しただけ。100%当たるなんて思ってもなかったわ。ね、お兄様。お兄様は、彼女を愛しているのよね? 幸せにしたいのよね?」
「ん? ああ。これまでお前を疎まずに、一緒にお出かけしてくれる人は、彼女だけだっただろう? そんな彼女を知って、日を追うごとに俺と彼女は惹かれ合ったからな。両親のような愛とは違うが、俺なりに愛している。それに、こんな爵位の低い家に嫁に来てくれるんだ。地位は低くても、お金にだけは苦労はさせない自信があるぞ」
彼女の家は、由緒正しい伯爵家だ。といっても、3代前から家計は火の車どころかほぼ沈みかかった泥舟。しかも、彼女は4女で、お兄様をなんとしてでもゲットしたいに違いない。わたくしが、彼女の立場なら、言われたらそうすると思う。
それに、彼女は兄のことを本気で好きなのだ。欲と打算にまみれているだろうけれど、そんなものは貴族社会では当たり前だから、兄を想う気持ちも本物だと思うから、結婚を阻止しようとは思わなかった。
一応、身辺の調査もしているから、こういったことは兄も承知の上だし、身持ちはあれでもかたい。だから、反対する理由はそれほどなかったのである。
兄は、恋だの愛だのに完全に浮かれて感情に支配されず、彼女のことを大事にしつつも好き放題にはさせないだろう。
「お兄様、残念ながら、かの方には、わたくしよりももっとお似合いの女性がいるかと」
「要するに、嫌なんだな。お前以上に素晴らしい女性などないと思うが。とにかく、先方も一度はお前を断ったし、縁がなかったのだろう。なぁに、一度は彼女の顔を立てたから、やはりお前が結婚しないと言っても差し支えない。俺がなんとかしてやるさ」
兄には、わたくしの真意などお見通しのようで、すぐさま先方にこちらからもお断りしてくれた。
ただ、単にお断りするだけでは、義姉はますますわたくしを遠ざけようとするに違いない。そうなれば、ふたりの仲に亀裂が入るのが確定だろう。
色々不安要素はあるけど、わたくしさえ、この家から離れれば、きっと、愛し合っているのだからふたりは末永く上手くいく。
丸く収めるには、やはり嫁ぐことが一番だ。
「お兄様、わたくし、結婚に前向きに考えようと思います。ただ、結婚するなら、とある方がいいなと思っていて」
わたくしが、兄をまっすぐ見つめながらそう言うと、兄が目を丸くした。
「なんだ、お前。なんだなんだ。そういう相手がいたのか。うんうん、お前の選んだ相手なのだから、俺が反対するような人物ではないだろう。身分があまりにも上の男や道ならぬ相手なら無理だが、適齢期の独身でそこそこの男なら、俺も協力するから安心してその男のもとに行くといい」
「ふふふ、黙っていてごめんなさい。でも、言えば反対するかと思って。本当に反対しない? 絶対に?」
「俺が、ジュールの恋路を邪魔するような男だとでも? で、誰だ? お前の心を射止めた、世界一の幸せな男は」
「……それは」
わたくしが、胸を張ってその人の名前を言うと、兄は白目を向いて倒れてしまったのだった。
ただ、どれほど新しい人生が素晴らしいものであったとしても、前世でのあの時を忘れる事はできなかった。どうせなら記憶の全てを無くして欲しいと思ったものの、それは贅沢というものだろう。
わたくしは、兄以外の男性が恐ろしくてたまらない。身近な男性ですら、会話のときは緊張で震えを抑えるのに必死だし、仕事で関わる以外での接触は避けてきた。
そんな経緯だからか、先ほどの、男性の手の感触が腰に残る。その部分を丸ごと切り取りたいくらい気持ちが悪い。
仕事から帰ってきた兄に、義姉からサプライズで紹介された男性に、会ってそうそうお断りされたことを伝えようとした。だが、一足遅かったようだ。
「ジュール、彼女から聞いたぞ? 先方が、普通に挨拶したと同時に、腕を捻り上げたそうじゃないか。さすが俺の妹は強いな。じゃなくて、初対面の男に乱暴するのはよくない。まあ、お前が理由なく、乱暴をするはずがないから、相手が失礼なことをしたのだろう?」
「『私は、ただ良かれと思ってサプライズを計画しただけなの。まさか、挨拶するだけで、ジュールちゃんがびっくりするなんて思わなかったわ。でも、予め伝えていなかった私が悪いの。だから、ジュールちゃんを叱らないであげてくれる? ただ、あの人がものすごく怒っていて……ねぇ、もう一度相手を説得してあげるから、チャンスをいただけないかしら』と、涙ながらに言われたのかしら?」
「お前、俺達を見ていたのか? 一文一句同じなんだが。全然気づかなかったぞ」
わたくしが、彼女が兄にすがって言そうなことを演技してみると、ドンピシャだったようだ。
「はぁ……、見てないわ。ただ、想像しただけ。100%当たるなんて思ってもなかったわ。ね、お兄様。お兄様は、彼女を愛しているのよね? 幸せにしたいのよね?」
「ん? ああ。これまでお前を疎まずに、一緒にお出かけしてくれる人は、彼女だけだっただろう? そんな彼女を知って、日を追うごとに俺と彼女は惹かれ合ったからな。両親のような愛とは違うが、俺なりに愛している。それに、こんな爵位の低い家に嫁に来てくれるんだ。地位は低くても、お金にだけは苦労はさせない自信があるぞ」
彼女の家は、由緒正しい伯爵家だ。といっても、3代前から家計は火の車どころかほぼ沈みかかった泥舟。しかも、彼女は4女で、お兄様をなんとしてでもゲットしたいに違いない。わたくしが、彼女の立場なら、言われたらそうすると思う。
それに、彼女は兄のことを本気で好きなのだ。欲と打算にまみれているだろうけれど、そんなものは貴族社会では当たり前だから、兄を想う気持ちも本物だと思うから、結婚を阻止しようとは思わなかった。
一応、身辺の調査もしているから、こういったことは兄も承知の上だし、身持ちはあれでもかたい。だから、反対する理由はそれほどなかったのである。
兄は、恋だの愛だのに完全に浮かれて感情に支配されず、彼女のことを大事にしつつも好き放題にはさせないだろう。
「お兄様、残念ながら、かの方には、わたくしよりももっとお似合いの女性がいるかと」
「要するに、嫌なんだな。お前以上に素晴らしい女性などないと思うが。とにかく、先方も一度はお前を断ったし、縁がなかったのだろう。なぁに、一度は彼女の顔を立てたから、やはりお前が結婚しないと言っても差し支えない。俺がなんとかしてやるさ」
兄には、わたくしの真意などお見通しのようで、すぐさま先方にこちらからもお断りしてくれた。
ただ、単にお断りするだけでは、義姉はますますわたくしを遠ざけようとするに違いない。そうなれば、ふたりの仲に亀裂が入るのが確定だろう。
色々不安要素はあるけど、わたくしさえ、この家から離れれば、きっと、愛し合っているのだからふたりは末永く上手くいく。
丸く収めるには、やはり嫁ぐことが一番だ。
「お兄様、わたくし、結婚に前向きに考えようと思います。ただ、結婚するなら、とある方がいいなと思っていて」
わたくしが、兄をまっすぐ見つめながらそう言うと、兄が目を丸くした。
「なんだ、お前。なんだなんだ。そういう相手がいたのか。うんうん、お前の選んだ相手なのだから、俺が反対するような人物ではないだろう。身分があまりにも上の男や道ならぬ相手なら無理だが、適齢期の独身でそこそこの男なら、俺も協力するから安心してその男のもとに行くといい」
「ふふふ、黙っていてごめんなさい。でも、言えば反対するかと思って。本当に反対しない? 絶対に?」
「俺が、ジュールの恋路を邪魔するような男だとでも? で、誰だ? お前の心を射止めた、世界一の幸せな男は」
「……それは」
わたくしが、胸を張ってその人の名前を言うと、兄は白目を向いて倒れてしまったのだった。
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