16 / 32
9
しおりを挟む
わたくしたちは、オームさまを中心とした丸テーブルの席につく。オームさまを囲むようにワットくんとわたくし。わたくしの隣にルクス、ワットくんとルクスの間にファラドという席順だ。
ファラドとルクスは、着席を断っていたが、オームさまだけでなくワットくんやわたくしに勧められたこともあり、席に着いた。
今日の夕食は、
「俺から話をする前に、ワット、何か言うことがあるだろう?」
「兄上?」
「ジュールに対して、お前はきちんと謝罪をしていない。お前は、世間の悪評などが事実と異なることで俺に対しては良い印象で考えていた。ところが、ジュールに対しては、最初から敵意に満ちた発言をしていた。噂を鵜呑みにした、自分の感情だけで。そうだな?」
「は、はい……」
オームさまの向こうで、ワットくんがしょげている。しょげすぎて、そのままハムスターになって砂に潜っていきそうなほどだ。
「オームさま、それは、ワットくんは、あとで、兄上が嘘の噂で傷ついたことがあったから、反省したとおっしゃっていましたわ。だから、オームさまに事の真偽をお聞きになられたのです。ですから、そんな風に言わなくても……」
わたくしは、本当ならふたりの会話に割り込むべきではない。だけど、敬愛している兄から厳しい視線と口調を投げつけられたワットくんは、まだ14歳。一応、当事者であるわたくしから、ワットくんのフォローをしたほうがいいと判断した。
「ジュール、ワットを庇う優しい気持ちはわかる。だが、これに関して口を出さないでくれないか? ワットは、自分で悪いところに気づいた。そのことは、弟を誇らしく思う。だが、ジュールに対しての無礼な言動は看過できない。ジュールは、俺の、あーおれの、つ、まなんだからな」
途中まですらすら話していたオームさまは、最後のほうがカミカミだ。たしかに、押しかけ名ばかり妻だけど、そこまで不満や嫌悪感を露わにしなくていいのに、とちょっとだけ不満に感じる。
「兄上、僕は、あとで謝ろうと思っていたんだ」
「あととはいつだ? こういうことは、時が経てば経つほど謝罪しにくくなるものだ。きちんと、皆がいるここで、謝罪しなさい。ただし、それをしないのであれば、今すぐこの部屋から出ていき、二度とこの家の門をくぐるな。留学先に戻って勉学に励むがいい。卒業まではこれまで通りの支援を続けてやろう」
弟を大事にしているだろう彼が、これほど厳しいことを言うなんて。あとで、わたくしとふたりっきりでの謝罪でもかまわない。だけど、これはけじめでもあり、しっかり優劣を示すための措置でもある。名ばかりだけど、一応は妻であるわたくしが、この家にとってワットくんよりも立場が上なのだ、と。
わたくしも、自分の妹や弟がオームさまに失礼なことをすれば、あれほどではないにしても、厳しく言うだろうと思う。
「……」
4人の前で、自分の愚かな行動をを認めるのは、とても抵抗と羞恥があるにちがいない。それでも、ワットくんならできる。そう信じて、心の中で握りこぶしを作って頑張ってと応援する。
オームさまもファラドもルクスも同じみたい。ワットくん自身は、わたくしに謝罪することとオームさまの厳しい言葉を考えるだけで精一杯で、皆の温かい光を宿した瞳に気づかないようだった。
「も……」
ワットくんが、一文字を口から出した。わたくしたちの体が、同時に少し前のめりになる。
(この山を越えたら、その先は、いつもの優しいオームさまが待っているわ。頑張れ、頑張ってーワットくん)
口に出して、エールを送ることができない。この気持ちが届けとばかりに、わたくしはワットくんを見つめた。
「申し訳、ございませんでした……。ジュールさんが、へび獣人というだけで、兄上が食べられたという馬鹿げた話を、確かめもせず信じ込んでしまいました。ヘンリーさんへのいじめをしていたことも。今思えば、どうしてあれほど簡単に信じたのかわからないほど、当時は無我夢中で……。本当は、最近のへび獣人たち捕食する者たちが、安易に他種族を食料にしないことをわかっていたんです。授業の近代史で学んでいましたし、兄上が食べられたから帰りたいと訴えたとき、先生もまさかと言っていましたから。ここに帰るまで、何度も調べる時間もチャンスもあったのに。僕は、結局、兄上が見ず知らずの女性に、取られたことが悔しかっただけだったんです。頭ごなしに怒鳴りつけてしまい、本当にすみませんでした」
頭を下げながら、そう言った彼の声が震えている。心の底からの言葉なのが、痛いほど伝わってきた。わたくしは、感動というだけでは足らない、温かい気持ちがこみあげて来て、ワットくんを抱きしめたくなった。
「及第点と言ったところか。ジュール、すまない。ワットには、まだまだ学術だけでなく、様々な教育が必要だろう。庇うわけではないが、両親から受けるべきしつけや教育が受けることができなかったんだ。今後のワットの成長を信じて、ここは許してやってはもらえないか?」
正直、全く怒っていないんだけど、あれが一般の令嬢や王族に対してなら大問題になる。わたくしは、きゅっと唇を結んだあと、つんっと顎をあげた。
「許します。もう二度と、思い込みで、人を傷つけるような言動はなさらないようにしてください。それが、謝罪を受け入れる条件ですわ」
「寛大な言葉、痛み入ります……。二度とないよう、今後はしっかり、自己研鑽にはげもうと思います」
通常、未成年の場合、両家の代表が話し合う。本人は謝罪だけで、あとは、被害者側が、金銭や山、土地などといった謝罪の形を求められることが多い。
そう言ったことも含めて、ワットくんは少しずつ覚えて行って、素敵な青年になれるといいなと思った。
「ふふふ、オームさま、ワットくんはとても賢くて勇気のある素敵な殿方ですわね」
「ああ、自慢の弟だ」
オームさまの短い言葉に、うつむいていたワットくんが顔をあげる。その目からは、だばーっと涙があふれ出ていた。
「ワット、今後は何かあったら、先ずは俺に相談するんだぞ? 俺がいなかったら、ファラドだってルクスだっている。ジュールも、お前の味方になってくれる、頼もしい人なんだからな」
「うん、うん……ぐすっ」
オームさまが、愛しい守るべき弟に、なんとも温かい瞳で頭を撫でている。優しい大きな手の下で、ワットくんは泣きながら、でも、嬉しそうにしていた。
ファラドとルクスは、着席を断っていたが、オームさまだけでなくワットくんやわたくしに勧められたこともあり、席に着いた。
今日の夕食は、
「俺から話をする前に、ワット、何か言うことがあるだろう?」
「兄上?」
「ジュールに対して、お前はきちんと謝罪をしていない。お前は、世間の悪評などが事実と異なることで俺に対しては良い印象で考えていた。ところが、ジュールに対しては、最初から敵意に満ちた発言をしていた。噂を鵜呑みにした、自分の感情だけで。そうだな?」
「は、はい……」
オームさまの向こうで、ワットくんがしょげている。しょげすぎて、そのままハムスターになって砂に潜っていきそうなほどだ。
「オームさま、それは、ワットくんは、あとで、兄上が嘘の噂で傷ついたことがあったから、反省したとおっしゃっていましたわ。だから、オームさまに事の真偽をお聞きになられたのです。ですから、そんな風に言わなくても……」
わたくしは、本当ならふたりの会話に割り込むべきではない。だけど、敬愛している兄から厳しい視線と口調を投げつけられたワットくんは、まだ14歳。一応、当事者であるわたくしから、ワットくんのフォローをしたほうがいいと判断した。
「ジュール、ワットを庇う優しい気持ちはわかる。だが、これに関して口を出さないでくれないか? ワットは、自分で悪いところに気づいた。そのことは、弟を誇らしく思う。だが、ジュールに対しての無礼な言動は看過できない。ジュールは、俺の、あーおれの、つ、まなんだからな」
途中まですらすら話していたオームさまは、最後のほうがカミカミだ。たしかに、押しかけ名ばかり妻だけど、そこまで不満や嫌悪感を露わにしなくていいのに、とちょっとだけ不満に感じる。
「兄上、僕は、あとで謝ろうと思っていたんだ」
「あととはいつだ? こういうことは、時が経てば経つほど謝罪しにくくなるものだ。きちんと、皆がいるここで、謝罪しなさい。ただし、それをしないのであれば、今すぐこの部屋から出ていき、二度とこの家の門をくぐるな。留学先に戻って勉学に励むがいい。卒業まではこれまで通りの支援を続けてやろう」
弟を大事にしているだろう彼が、これほど厳しいことを言うなんて。あとで、わたくしとふたりっきりでの謝罪でもかまわない。だけど、これはけじめでもあり、しっかり優劣を示すための措置でもある。名ばかりだけど、一応は妻であるわたくしが、この家にとってワットくんよりも立場が上なのだ、と。
わたくしも、自分の妹や弟がオームさまに失礼なことをすれば、あれほどではないにしても、厳しく言うだろうと思う。
「……」
4人の前で、自分の愚かな行動をを認めるのは、とても抵抗と羞恥があるにちがいない。それでも、ワットくんならできる。そう信じて、心の中で握りこぶしを作って頑張ってと応援する。
オームさまもファラドもルクスも同じみたい。ワットくん自身は、わたくしに謝罪することとオームさまの厳しい言葉を考えるだけで精一杯で、皆の温かい光を宿した瞳に気づかないようだった。
「も……」
ワットくんが、一文字を口から出した。わたくしたちの体が、同時に少し前のめりになる。
(この山を越えたら、その先は、いつもの優しいオームさまが待っているわ。頑張れ、頑張ってーワットくん)
口に出して、エールを送ることができない。この気持ちが届けとばかりに、わたくしはワットくんを見つめた。
「申し訳、ございませんでした……。ジュールさんが、へび獣人というだけで、兄上が食べられたという馬鹿げた話を、確かめもせず信じ込んでしまいました。ヘンリーさんへのいじめをしていたことも。今思えば、どうしてあれほど簡単に信じたのかわからないほど、当時は無我夢中で……。本当は、最近のへび獣人たち捕食する者たちが、安易に他種族を食料にしないことをわかっていたんです。授業の近代史で学んでいましたし、兄上が食べられたから帰りたいと訴えたとき、先生もまさかと言っていましたから。ここに帰るまで、何度も調べる時間もチャンスもあったのに。僕は、結局、兄上が見ず知らずの女性に、取られたことが悔しかっただけだったんです。頭ごなしに怒鳴りつけてしまい、本当にすみませんでした」
頭を下げながら、そう言った彼の声が震えている。心の底からの言葉なのが、痛いほど伝わってきた。わたくしは、感動というだけでは足らない、温かい気持ちがこみあげて来て、ワットくんを抱きしめたくなった。
「及第点と言ったところか。ジュール、すまない。ワットには、まだまだ学術だけでなく、様々な教育が必要だろう。庇うわけではないが、両親から受けるべきしつけや教育が受けることができなかったんだ。今後のワットの成長を信じて、ここは許してやってはもらえないか?」
正直、全く怒っていないんだけど、あれが一般の令嬢や王族に対してなら大問題になる。わたくしは、きゅっと唇を結んだあと、つんっと顎をあげた。
「許します。もう二度と、思い込みで、人を傷つけるような言動はなさらないようにしてください。それが、謝罪を受け入れる条件ですわ」
「寛大な言葉、痛み入ります……。二度とないよう、今後はしっかり、自己研鑽にはげもうと思います」
通常、未成年の場合、両家の代表が話し合う。本人は謝罪だけで、あとは、被害者側が、金銭や山、土地などといった謝罪の形を求められることが多い。
そう言ったことも含めて、ワットくんは少しずつ覚えて行って、素敵な青年になれるといいなと思った。
「ふふふ、オームさま、ワットくんはとても賢くて勇気のある素敵な殿方ですわね」
「ああ、自慢の弟だ」
オームさまの短い言葉に、うつむいていたワットくんが顔をあげる。その目からは、だばーっと涙があふれ出ていた。
「ワット、今後は何かあったら、先ずは俺に相談するんだぞ? 俺がいなかったら、ファラドだってルクスだっている。ジュールも、お前の味方になってくれる、頼もしい人なんだからな」
「うん、うん……ぐすっ」
オームさまが、愛しい守るべき弟に、なんとも温かい瞳で頭を撫でている。優しい大きな手の下で、ワットくんは泣きながら、でも、嬉しそうにしていた。
17
あなたにおすすめの小説
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【完結】お父様(悪人顔・強面)似のウブな辺境伯令嬢は白い?結婚を望みます。
カヨワイさつき
恋愛
魔物討伐で功績を上げた男勝りの辺境伯の5女は、"子だねがない"とウワサがある王子と政略結婚結婚する事になってしまった。"3年間子ども出来なければ離縁出来る・白い結婚・夜の夫婦生活はダメ"と悪人顔で強面の父(愛妻家で子煩悩)と約束した。だが婚姻後、初夜で……。
【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜
こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました!
※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)
狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。
突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。
だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。
そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。
共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?
自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。
真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。
狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。
私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。
なんとか生きてる。
でも、この世界で、私は最低辺の弱者。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる