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ほんわかムードになり、ワットくんも少し照れながらも笑顔を見せ始めた頃、オームさまが本題に入った。
「ジュール、この地域が15年、長くとも30年もすれば消滅してしまうのを知っているか?」
「ええ、出産可能年齢が激減しており、少子高齢化が加速するからだと聞いております」
「……それは表向きの理由で、他にもある。そちらのほうが問題でな。実は、俺が、若者を都心など比較的安全な地域に移住させているから、少子高齢化が進んでいる。都心にいった若者を頼りに、そちらに移住する家族も増えた。視察に行くのも、この土地を離れられない人々の説得に回っている」
「そうなんですね。でも、これと、オームさまの不名誉な噂と緊迫している財政とどう関係があるのでしょうか?」
「我々ハムスター獣人は、多産だ。戦争がなくなり、放っておいても人口は増え続ける。つまり、皆を受け入れることになった便利で職にも食にも困らない都心では、爆発的な人口増加が恐れられたんだ」
「ならば、この地域をもっと発展させて、若者を呼び戻せばいいのでは?」
都心よりも広大で、ハムスター獣人以外がほとんどいない。反対に、他種族がこちらに移住してくるといった問題はほとんどおこらないだろう。この地域の発展は、あまり頼りたくはないが兄の商売の拠点のいくつかをこちらにもってくることで、本家であるエイチ家や商会さえ没落や乗っ取りなどされなければ、ある程度は解決する。
ハムスター獣人の出産数や総人口についても、自然淘汰というか、ハムスター獣人たちも自然と出産数を抑えたりもできているのだから、それほど難しいことには思えなかった。
「違うんだ……。この地域が消滅の危機に陥っているのは、なにも人口減少だけが問題ではない。戦争の原因のひとつに、この地域の地下鉱脈の取り合いがあった。中には、無許可で乱雑に大きく坑道を広げる人々も多かった。互いに奪い合ったり、ずさんな工事を行うことで、この地域の2/3の地下には、途方もない数の崩れやすい地下道ができた。鉱物がとれなくなり、長い間放置されたことで、物理的にこの地域の土地が地盤沈下という消滅を迎えてしまう。先ほどの期間は、そのタイムリミットなんだ。それまでに、俺はこの地域の住民全てを、どこかに移住させたい。戦争の褒章は、金銭ではなく、この地方の民を都心に住まわせてもらえる永住権や、その支援に関わる補助金を貰っているんだ。俺の手元には、金は入ってこないが、国は単なる褒賞金とはくらべものにならないほどの額をこの地方につぎ込んでくれている」
なんと、文字通り、この地域が地図から消えてしまうのか。しかも、タイムリミットまで数年。両親や強力な味方がほとんどいない彼が、必死に悪条件であろうとも、領民の移住をすすめるわけだ。
「そんな理由があったのですね」
「もともと、気温も俺達にとっては寒すぎるし、魔物もでる。視察途中、ところどころ小規模の地盤沈下が発生していることもあるから、ジュールを連れていけなかった」
「てっきり、へびであることを恐れられているだけかと思っていましたわ」
わたくしが、自虐的にそう言うと、オームさまは何とも言えない表情で軽く笑い、ワットくんは少しばつの悪そうな顔をした。ファラドとルクスは、わたくしのこういうネタがしょっちゅうなので平常通り。
「でも、この地方の地盤の回復が見込めないのであれば、国民を安全な場所に移住させるのは、もともと国の仕事なのでは?」
「……俺が、あまりにも功績をたてすぎたことで、財務閣僚に睨まれてしまってな……。さっきもいったが、報奨金をぽんっと渡すだけのほうが安い。だが、その金額では焼け石に水だ。ほとんど負債にしかならないから、亀の歩みの国の事業を待っている間に、皆が物理的に土地と共に沈んでしまう。困っていると、先方が提案してきた。俺は、その取引である、俺の悪いイメージを植え付けて地に落としてもいいという内容に頷き、この地方の人々の安全を、何よりも優先的に守って欲しいと頼み込んだんだ」
「まぁ……」
結局、領民たちを心から思う田舎の領主は、自ら望んだこととはいえ、私利私欲にまみれた年寄官僚たちのいいように使われたというわけか。あのまま、国家の英雄のままでいれば、今使われている補助金の倍以上の利益をもたらすことも可能だったのに。
オームさまのご両親が生きておられたら。
戦争で身を粉にして働いてくれた彼に手を差し伸べる有力者がいれば。
ワットくんが主席卒業をして立派な官僚になっていれば。
そんな、オームさまだけがダメージを負うような取引にはさせなかったでしょうに。
だが、たらればは考えても仕方がない。もう取引は終わっていて、あとは残った高齢者を移住させるために説得するという、最終段階なのだから。
「今は少子高齢化のことだけで説得なさっておられるのではないでしょうか?」
「ああ、その通りだ。地盤が崩れて、この地域がなくなるなど言えなくてな。この時点で残っているじいさんばあさんたちは、頑固で……」
「兄上、いっそ地盤が崩れると正直に伝えたらどうでしょうか? そうすれば、住む場所がなくなるのですから、皆引っ越しをしてくれるのでは?」
ワットくんが、そう言ったことは、オームさまも考えていたようだ。でも、あえてそうしていないのだろう。
「領地が丸ごと地に沈むと聞いても、残った方々は、ここで産まれて生きたから、一緒に沈むと言いそうですわねえ」
わたくしがそういうと、オームさまやファラド、そしてルクスは黙って頷き、ワットくんは信じられないといった表情で、口と目を丸くした。
「ジュール、この地域が15年、長くとも30年もすれば消滅してしまうのを知っているか?」
「ええ、出産可能年齢が激減しており、少子高齢化が加速するからだと聞いております」
「……それは表向きの理由で、他にもある。そちらのほうが問題でな。実は、俺が、若者を都心など比較的安全な地域に移住させているから、少子高齢化が進んでいる。都心にいった若者を頼りに、そちらに移住する家族も増えた。視察に行くのも、この土地を離れられない人々の説得に回っている」
「そうなんですね。でも、これと、オームさまの不名誉な噂と緊迫している財政とどう関係があるのでしょうか?」
「我々ハムスター獣人は、多産だ。戦争がなくなり、放っておいても人口は増え続ける。つまり、皆を受け入れることになった便利で職にも食にも困らない都心では、爆発的な人口増加が恐れられたんだ」
「ならば、この地域をもっと発展させて、若者を呼び戻せばいいのでは?」
都心よりも広大で、ハムスター獣人以外がほとんどいない。反対に、他種族がこちらに移住してくるといった問題はほとんどおこらないだろう。この地域の発展は、あまり頼りたくはないが兄の商売の拠点のいくつかをこちらにもってくることで、本家であるエイチ家や商会さえ没落や乗っ取りなどされなければ、ある程度は解決する。
ハムスター獣人の出産数や総人口についても、自然淘汰というか、ハムスター獣人たちも自然と出産数を抑えたりもできているのだから、それほど難しいことには思えなかった。
「違うんだ……。この地域が消滅の危機に陥っているのは、なにも人口減少だけが問題ではない。戦争の原因のひとつに、この地域の地下鉱脈の取り合いがあった。中には、無許可で乱雑に大きく坑道を広げる人々も多かった。互いに奪い合ったり、ずさんな工事を行うことで、この地域の2/3の地下には、途方もない数の崩れやすい地下道ができた。鉱物がとれなくなり、長い間放置されたことで、物理的にこの地域の土地が地盤沈下という消滅を迎えてしまう。先ほどの期間は、そのタイムリミットなんだ。それまでに、俺はこの地域の住民全てを、どこかに移住させたい。戦争の褒章は、金銭ではなく、この地方の民を都心に住まわせてもらえる永住権や、その支援に関わる補助金を貰っているんだ。俺の手元には、金は入ってこないが、国は単なる褒賞金とはくらべものにならないほどの額をこの地方につぎ込んでくれている」
なんと、文字通り、この地域が地図から消えてしまうのか。しかも、タイムリミットまで数年。両親や強力な味方がほとんどいない彼が、必死に悪条件であろうとも、領民の移住をすすめるわけだ。
「そんな理由があったのですね」
「もともと、気温も俺達にとっては寒すぎるし、魔物もでる。視察途中、ところどころ小規模の地盤沈下が発生していることもあるから、ジュールを連れていけなかった」
「てっきり、へびであることを恐れられているだけかと思っていましたわ」
わたくしが、自虐的にそう言うと、オームさまは何とも言えない表情で軽く笑い、ワットくんは少しばつの悪そうな顔をした。ファラドとルクスは、わたくしのこういうネタがしょっちゅうなので平常通り。
「でも、この地方の地盤の回復が見込めないのであれば、国民を安全な場所に移住させるのは、もともと国の仕事なのでは?」
「……俺が、あまりにも功績をたてすぎたことで、財務閣僚に睨まれてしまってな……。さっきもいったが、報奨金をぽんっと渡すだけのほうが安い。だが、その金額では焼け石に水だ。ほとんど負債にしかならないから、亀の歩みの国の事業を待っている間に、皆が物理的に土地と共に沈んでしまう。困っていると、先方が提案してきた。俺は、その取引である、俺の悪いイメージを植え付けて地に落としてもいいという内容に頷き、この地方の人々の安全を、何よりも優先的に守って欲しいと頼み込んだんだ」
「まぁ……」
結局、領民たちを心から思う田舎の領主は、自ら望んだこととはいえ、私利私欲にまみれた年寄官僚たちのいいように使われたというわけか。あのまま、国家の英雄のままでいれば、今使われている補助金の倍以上の利益をもたらすことも可能だったのに。
オームさまのご両親が生きておられたら。
戦争で身を粉にして働いてくれた彼に手を差し伸べる有力者がいれば。
ワットくんが主席卒業をして立派な官僚になっていれば。
そんな、オームさまだけがダメージを負うような取引にはさせなかったでしょうに。
だが、たらればは考えても仕方がない。もう取引は終わっていて、あとは残った高齢者を移住させるために説得するという、最終段階なのだから。
「今は少子高齢化のことだけで説得なさっておられるのではないでしょうか?」
「ああ、その通りだ。地盤が崩れて、この地域がなくなるなど言えなくてな。この時点で残っているじいさんばあさんたちは、頑固で……」
「兄上、いっそ地盤が崩れると正直に伝えたらどうでしょうか? そうすれば、住む場所がなくなるのですから、皆引っ越しをしてくれるのでは?」
ワットくんが、そう言ったことは、オームさまも考えていたようだ。でも、あえてそうしていないのだろう。
「領地が丸ごと地に沈むと聞いても、残った方々は、ここで産まれて生きたから、一緒に沈むと言いそうですわねえ」
わたくしがそういうと、オームさまやファラド、そしてルクスは黙って頷き、ワットくんは信じられないといった表情で、口と目を丸くした。
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