16 / 32
14
しおりを挟む
離婚してから、初夏が過ぎ、短い夏になった。すぐに解決するかと思われたのだが、ロイエたちは用意周到で物的証拠をほとんど残していない。しかも、認識疎外などの魔法を使用しているため、証言もないまま捜査は難航しているようだ。彼女たちが逮捕されたという報告はまだなかった。
王都から派遣された警備団や、被害者たちの会の代表者たちは何をしているのだと、エンフィを除いた人々はやきもきしていた。
当のエンフィといえば、犯罪集団が捕まればいいと思いながらも、周囲の細やかな気配りと、ドーハンの心のこもった対応のおかげで、辛かったあの領地でのことを、気にはなるが思い出すことが少なくなった。今では昔と同じように笑顔を作ることができている。
いや、昔と同じようなではない。年齢と苦労を重ね大人の女性となった、彼女の笑みは人々をはっとさせるほど魅力あるものになっている。
「エンフィ様、イヤル様の領地の長から手紙が届いております……」
「ドーハン、見せて。何か月ぶりかしら……」
そんな彼女に、以前のことをなるべく思い出させないようにするために、かの領地からの手紙は全て彼女に見せないように厳命されていた。しかし、ドーハンだけは辛い状況であっても、彼女はその手紙を読みたいに違いないと、そっと手紙の存在を知らせたのである。
彼にとって、主は彼女の父であり、エンフィではない。そんな彼が、クビになるのを覚悟して差し出した一通の手紙を読むと、めったに怒らない彼女が激怒したのである。
領地の去り際に自分たちで頑張ると誓ってくれていた長たちからの手紙は、良い報せとは正反対だった。手紙によると、ロイエたちはエンフィが見つからないことに腹を立て、全地域の税率をいきなり50%あげたのだ。税金を納め続けた村は困窮し、その命令に逆らった村はいつの間にか領地に入り込んでいた彼女の部下たちによって略奪が繰り返されていたのである。
「そんな……! わたしは大人しく領地から出て行ったのに、どうしてこんなことに」
領地の惨劇を想像するにつれ、エンフィの心は怒りと悲しみが渦巻く。一緒に里芋を育て、それを中心に産業を栄えさせて村を少しずつ整備した。その時に関わった人々の笑顔が、一瞬で悲鳴をあげ苦痛と涙で汚れる。
「こんなこと、許されないわ。ねぇ、ドーハン、王都から警備団が向かったままなのよね? 治安を守る彼らに介入していただくことはできないのかしら?」
「恐れながら、自治領での税率などは領主の独断である程度は決めることができます。たとえ、税率が300%になったとしても、です。また、略奪行為に関しては、領主側は知らぬ存ぜぬの一点張りで、警備団としても踏み込めない状況なのかと……」
「たいへんだわ……すぐに向かわないと」
手紙を手にしたままエンフィが立ち上がる。しかし、ドーハンが彼女を止めた。
「エンフィ様、落ち着いてください。エンフィ様が向かわれても何もできません。それに、もうあなたとは関係のない土地のことです」
「ドーハン、あなたまでお父様たちと同じことを言うのね。あなただけは、わたしの気持ちを汲んでくれると思っていたのに」
エンフィはやり場のないいら立ちをぶつけるように、ドーハンに厳しい視線を投げつけた。いつもなら彼女に甘いドーハンは、その視線を真っ向から受けエンフィを椅子に座らせる。
「エンフィ様、あなたが思っている以上に現地は荒れ果てているでしょう。領地を荒らしている集団が、例のならず者たちの集まりであるのなら、男だけでなく、女性や子供たちも想像以上に恐ろしい目にあっているに違いありません。そんな中、ロイエたちが一番邪魔に思っているであろうあなたが向かえばただではすみません。今すぐに手をさしのべなければならない無関係の領民のことも大切でしょう。ですが、彼ら以上にあなたを愛している私……ゴホン、ご家族のことも考えてください」
ドーハンは、真剣な表情をしながら、座らせたエンフィの顔を直視する。彼の言葉に、エンフィの沸騰していた頭の温度が下がった。
「ドーハン……。あなたが言うことは正論だわ。でも、わたしは彼らと約束したの。何か、手に負えないことがあれば連絡をするようにと伝えたのは、わたし自身なのよ。そのわたしが動かなければ、一体誰が彼らのために動いてくれるというの?」
「エンフィ様、相手は魔法を使うことができます。あいにく、私もあなたも魔法を使うことが出来ません。ロイエたちに対抗するには、王都の警備団すら手を焼く相手ですから、もっと強力な魔法使いが必要なのです。その人物に心当たりでも? 魔法使いたちが集まる魔塔の連中は、大金を積んだとしても、地方の論争ごときではおそらく動かないでしょう」
「……ひとり、知ってるわ。彼なら、一瞬でならず者の10人や20人やっつけてくれる」
「そんな人物と知り合いで? ならば、すぐにその方に依頼すれば。しかし、そのような魔法使いがエンフィ様の身近にいるなど、知りませんでした。ご結婚されてからのお知り合いでしょうか?」
「…………ドーハン、あなたも知っている人よ。この屋敷の人、全員が知っているわ」
「私も知っている男ですか? そのような人物に、心当たりはありませんが……。どなたか名前を伺っても?」
ぼつりと小さな声でエンフィが彼に伝えた名は、ドーハンを驚愕させたのである。
王都から派遣された警備団や、被害者たちの会の代表者たちは何をしているのだと、エンフィを除いた人々はやきもきしていた。
当のエンフィといえば、犯罪集団が捕まればいいと思いながらも、周囲の細やかな気配りと、ドーハンの心のこもった対応のおかげで、辛かったあの領地でのことを、気にはなるが思い出すことが少なくなった。今では昔と同じように笑顔を作ることができている。
いや、昔と同じようなではない。年齢と苦労を重ね大人の女性となった、彼女の笑みは人々をはっとさせるほど魅力あるものになっている。
「エンフィ様、イヤル様の領地の長から手紙が届いております……」
「ドーハン、見せて。何か月ぶりかしら……」
そんな彼女に、以前のことをなるべく思い出させないようにするために、かの領地からの手紙は全て彼女に見せないように厳命されていた。しかし、ドーハンだけは辛い状況であっても、彼女はその手紙を読みたいに違いないと、そっと手紙の存在を知らせたのである。
彼にとって、主は彼女の父であり、エンフィではない。そんな彼が、クビになるのを覚悟して差し出した一通の手紙を読むと、めったに怒らない彼女が激怒したのである。
領地の去り際に自分たちで頑張ると誓ってくれていた長たちからの手紙は、良い報せとは正反対だった。手紙によると、ロイエたちはエンフィが見つからないことに腹を立て、全地域の税率をいきなり50%あげたのだ。税金を納め続けた村は困窮し、その命令に逆らった村はいつの間にか領地に入り込んでいた彼女の部下たちによって略奪が繰り返されていたのである。
「そんな……! わたしは大人しく領地から出て行ったのに、どうしてこんなことに」
領地の惨劇を想像するにつれ、エンフィの心は怒りと悲しみが渦巻く。一緒に里芋を育て、それを中心に産業を栄えさせて村を少しずつ整備した。その時に関わった人々の笑顔が、一瞬で悲鳴をあげ苦痛と涙で汚れる。
「こんなこと、許されないわ。ねぇ、ドーハン、王都から警備団が向かったままなのよね? 治安を守る彼らに介入していただくことはできないのかしら?」
「恐れながら、自治領での税率などは領主の独断である程度は決めることができます。たとえ、税率が300%になったとしても、です。また、略奪行為に関しては、領主側は知らぬ存ぜぬの一点張りで、警備団としても踏み込めない状況なのかと……」
「たいへんだわ……すぐに向かわないと」
手紙を手にしたままエンフィが立ち上がる。しかし、ドーハンが彼女を止めた。
「エンフィ様、落ち着いてください。エンフィ様が向かわれても何もできません。それに、もうあなたとは関係のない土地のことです」
「ドーハン、あなたまでお父様たちと同じことを言うのね。あなただけは、わたしの気持ちを汲んでくれると思っていたのに」
エンフィはやり場のないいら立ちをぶつけるように、ドーハンに厳しい視線を投げつけた。いつもなら彼女に甘いドーハンは、その視線を真っ向から受けエンフィを椅子に座らせる。
「エンフィ様、あなたが思っている以上に現地は荒れ果てているでしょう。領地を荒らしている集団が、例のならず者たちの集まりであるのなら、男だけでなく、女性や子供たちも想像以上に恐ろしい目にあっているに違いありません。そんな中、ロイエたちが一番邪魔に思っているであろうあなたが向かえばただではすみません。今すぐに手をさしのべなければならない無関係の領民のことも大切でしょう。ですが、彼ら以上にあなたを愛している私……ゴホン、ご家族のことも考えてください」
ドーハンは、真剣な表情をしながら、座らせたエンフィの顔を直視する。彼の言葉に、エンフィの沸騰していた頭の温度が下がった。
「ドーハン……。あなたが言うことは正論だわ。でも、わたしは彼らと約束したの。何か、手に負えないことがあれば連絡をするようにと伝えたのは、わたし自身なのよ。そのわたしが動かなければ、一体誰が彼らのために動いてくれるというの?」
「エンフィ様、相手は魔法を使うことができます。あいにく、私もあなたも魔法を使うことが出来ません。ロイエたちに対抗するには、王都の警備団すら手を焼く相手ですから、もっと強力な魔法使いが必要なのです。その人物に心当たりでも? 魔法使いたちが集まる魔塔の連中は、大金を積んだとしても、地方の論争ごときではおそらく動かないでしょう」
「……ひとり、知ってるわ。彼なら、一瞬でならず者の10人や20人やっつけてくれる」
「そんな人物と知り合いで? ならば、すぐにその方に依頼すれば。しかし、そのような魔法使いがエンフィ様の身近にいるなど、知りませんでした。ご結婚されてからのお知り合いでしょうか?」
「…………ドーハン、あなたも知っている人よ。この屋敷の人、全員が知っているわ」
「私も知っている男ですか? そのような人物に、心当たりはありませんが……。どなたか名前を伺っても?」
ぼつりと小さな声でエンフィが彼に伝えた名は、ドーハンを驚愕させたのである。
3
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。
汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。
元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。
与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。
本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。
人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。
そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。
「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」
戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。
誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。
やわらかな人肌と、眠れない心。
静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。
[こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
大人になったオフェーリア。
ぽんぽこ狸
恋愛
婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。
生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。
けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。
それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。
その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。
その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる