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第一章

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「おはよう。」
「あら、おはよう。」
「おっはよー。」

 知った後姿を見かけ僕は二人に声を掛ける。

「空野くんもこの時間なんだね。」
「ううん、今日は違うよ。二人はいつもこの時間なの?」
「そうね、基本はこの時間ね。」
「そうなんだ。」
「はー、それにしても、今日は体力測定か。」
「……。」

 あまりにも憂鬱そうにしている藤井さんに僕は訳を知っていそうな、林くんを見る。

「ああ、この子は能力測定なら自信満々なんだけど、それ以外の自らの力となれば自信ないのよね。」
「何で、持久走なんてものがあるのかな……。」
「ああ。」

 自ら苦手なモノを言う彼女に僕は納得する。

「持久走苦手な人多いもんね。」
「何で能力測定だけじゃダメなんだろう。」
「ちょっと。」
「……あっ!ご、ごめん空野くん。」

 林くんの静止の言葉に藤井さんはハッとなり、僕に謝る。
 うーん、特にそこまで気にしてもらわなくてもいいんだけどね。

「気にしないで、って言っても、駄目なんだろうね。」
「……。」
「……。」

 二人はジッと僕が傷ついていないか見ている。
僕としてはもう能力がないからって落ち込む時期は過ぎてしまったので、色々と吹っ切れた僕としては二人が気に病む方が堪える。

 さて、どうするか。

「じゃ、いつでもいいんだけど放課後、ドリンクを奢ってよ、二人でさ。」
「えっ?」
「そんなんでいいの?」
「本当は別にペナルティがなくてもいいだけど、それじゃ二人の気が済まないでしょ?」

 おどけたように言えば二人は図星なのか少し視線を逸らした。

「それだったらさ、折り合いをつけて解決した方が互いの為でしょ?」
「空野くん。」
「貴方って本当に。」
「えっと、僕と林くんはこのままゆっくりと歩いても予鈴前に着くけど、藤井さん教室少し遠いんじゃ?」
「えっ?ちょっと、今何時っ!」
「八時十五分だね。」
「マジで。」
「ほら、さっさと行きなさいよ。」
「うわーん。」
「本当に騒がしい子ね。」

 泣きながら走っていく藤井さんを苦笑しながら見送る林くんはとてもやさしい顔をしている。

「仲良しなんだね。」
「腐れ縁よ。」
「どんな縁でも大切にしないとね。」
「……。」

 何故かジッと見てくる林くんに僕は首を傾げる。

「どうかしたの?僕の顔に何かついている?」
「いえ、一瞬泣きそうな顔をしていた気がしたから。」
「……。」

 僕は一瞬驚くが、それはきっと瞬くほどの短い間だったので、林くんは気づかなかっただろう。

「僕は泣かないよ?」
「気の所為だったようね。」
「そうだね。」

 本当は気の所為じゃない、二人を見ていればどうしても思い出してしまう、彼の存在。

 少し寂しく思う、そして、思い出される彼の冷たい視線と、そして、あのマグマのような怒りがーー。

 何だよ、まるで寄らば切るみたいなあんな視線、僕何かした?

 いや、何もしていないよな、というか、よくよく考えなくても、していないよな?

 …向うが勝手に近寄るなと威嚇しているだけだし。

 そもそも、拒絶だったら前世の方がすごかった、ああ、アレは凄かったな、五歳くらいだったかな、いや、もうちょっと幼かったかもしれないが、そんな子供に雷を落とすわ、火の玉を出すわ、僕の頭上だけに雨を降らすわ、うん、酷いよね。

 お蔭で服の一部は焦げるし、髪が一部ちりちりになるし、びしょびしょになって風邪ひくしで踏んだり蹴ったりだったよな。

 でも、僕は諦めなかった。

 無視される事が当たり前で、こうやって自分を見てくれる人が恋しかったからだ。

 まあ、どこでどう道を踏み外して十の頃に恋人になって伴侶になったのかいまだに謎だけど。

 まあ、僕が逃げればいいんだし、というか、絶対に見返してやる。

「首洗って待っていろよ…。」
「何か不穏な言葉が聞こえたわよ。」
「えっ?ごめん、何か僕呟いていたかな?」
「いえ…。」

 やばいやばい、言葉に出てたかも、はぁ、それにしても、どうすればひょうちゃん、を見返せるかな?

 そうだな、やっぱり、無視できない存在になるしかないか。

 突っかかるか。

 でも、そうなると、ごみを見るような目で見るからマイナススタートか、それって、結構きついよな。

 相棒になるのがまずの目標だからな。

 そうなると、やっぱり、成績が良い方がいいよな。

 優秀な人間なら目をかけてもらえーー、ないな。

 ひょうちゃんが普通の人だったらこの方法でもいいけど、彼の場合はそんな基準は持たない。

 強いて言えば面白いか面白くないか。

 別に冗談とかを極める必要はないのだが、どちらかと言えば、人間的に面白いかどうかだ。

 つまりはひょうちゃんの常識から逸脱していてなおかつ、面白いと思わせる人間かどうかだ。

 本当に面倒な相手だな。

 でも、そんな面倒な相手を好いている自分はもっと厄介だ。

 ……どうにかして、彼を手に入れないと。最悪担当教員が彼に適当な人間を当て……れないな。

「本当にどうしたのよ。」

 どうやら遠い目をした僕に林くんが心配になって声を掛けてくる。

「何でもないよ。」

 僕は何とか笑いながらそう答える。

 はぁ、本当にひょうちゃんは厄介だろう、きっと先生がたが相性のいい人を当てたとしても、きっと彼の事だ、相手を潰しにかかるだろう。

 それは絶対に阻止をしないといけない。

 貴重な人材を潰す事になるうえに、いつか自分たちに手を貸してくれる味方を敵にする事に繋がる。

 取り敢えずは先生方の事だから自分たちでパートナーを決めろというはずだ。

 そうなると、僕は間違いなくあぶれる。

 自分で言うのもなんだけど、僕は無属性だから、きっと他の人たちにとって僕はごみ以下の存在だろう。

 たとえ、誰よりも運動や勉強ができたとしても、僕は雑魚としかみられない、そんな存在だ。

 だから、ある意味、藤井さんや林くんは稀有な存在だろう。

 無属性の人間である自分と付き合うのはデメリットしかないというのに、彼らはそんな事を考えず本当に普通の人間として僕を扱ってくれる。

 だけど、藤井さんでもきっと僕をパートナーにはしないだろう、一年生の間はパートナーは一人と決まっている。

 彼女の場合幼馴染である彼が一番望ましいだろう。

 そうなると、僕はどちらにしてもあぶれたままだ。まあ、あぶれていた方がまだひょうちゃんのパートナーになれる可能性は出てくるだろうが、だけど、あくまでも可能性の問題だ。

 きっと、ひょうちゃんのパートナーに選ぶのなら優秀な人間になるだろう。能力もそうだし、頭のいい人間が選ばれる

 だけど、僕はその一パーセントも満たない可能性に懸けるしかない。

「つまりは…この体力測定でかなりの成績を先生たちに見せつけないといけないという事か。」

 初めから手加減する気はなかったが、やる気が出て来た。

 絶対に負けない。

 僕自身の弱さからも。

 ライバルたちからも。

 そして、自分を見ないひょうちゃんにも僕は負けない。
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