僕がサポーターになった理由

弥生 桜香

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第一章

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 何のやる気も起きなくて僕はベッドに倒れ込む。

「……。」

 何故ひょうちゃんがそうなってしまったのか原因は確定した。
 でも、どうすれば彼が僕を思い出す事なんて分からない、原因となる人を見つけても戻らない可能性が出てきてしまった。
 もし、あの人がひょうちゃんの感情などが無くなっている事を知っていればどうにかしようとしただろう、間違いなくそこまでの事をあの人は望んでいるはずがないのだから。
 本当に今更過ぎる。
 確かに幼い頃は役に立たないだろうが、それでも、もっと早く皆が何か言ってくれればよかったのに。

「……紫織、大丈夫?」

 どのくらい経った頃だろうか、いつもだったら遠慮なんてせず僕の部屋に入ってくる母なのに、今日は控えめなノックと共に声をかけてくる。
 僕は応えようとして口を開こうとするが、正直今は何も話したくなかった。
 この口からどんな言葉が漏れるのだろう。

 ののしり言葉か。

 泣き言か。

 怖い。

 僕は何を口走ってしまうのだろう。

「大丈夫な訳ないわね。」

 扉の向こうで母がため息を零したのが分かった。

「少しでも落ち着いたら降りてきなさい。」
「分かった。」

 吐息のような、消えるような声を振りぼったが、母には聞こえたのか分からなった。
 母は何も言わずに扉から離れ、パタパタと音を立てて下に降りて行った。

「……。」

 ギュッと身を猫のように丸める。
 ごちゃごちゃとした思考。
 いや、思考じゃない感情がごちゃごちゃしているんだ。

 怒り

 悲しみ

 憎しみ

 嫌悪

 自嘲

 破壊欲

 羞恥

 嫌な感情ばかりがミキサーでかき回されたように自分の中でグルグルと渦巻いている。
 同じグルグルと回るのなら洗濯機ならこの感情も消えるのだろうが、残念ながら自分のこの感情を綺麗にするものは何もなかった。
 そして、時間だけが無駄に過ぎていく。
 普段だったら勿体ないと思うのに、今の僕は指一本動かす気力がなかった。
 まるで氷のように固まった手足がようやく動かせるようになったのは、自分の心が少し落ち着き始めた時だった。

「……。」

 体を起こし、溜まっていた肺からの空気を吐き出す。

「はぁ―――――。」

 まだモヤモヤしているが、それでも、先ほどではなかった。

「……下りないと。」

 気持ちを何とか切り替えてベッドから降りる。
 ふっと視線を感じて、そちらを見れば幸せそうに笑う幼い頃の自分とひょうちゃんの写真がそこにあった。

「……母さんの仕業かな。」

 自分では決して飾ろうとは思わない幸せの象徴。

「……。」

 コトンと音を立てて僕はその写真立てを自分の視界に入らないように伏せた。

「……ごめんね。」

 過去の自分とひょうちゃんに謝りながら僕はそれを直視する勇気がなかった。
 再び這い上がってきそうな何かを無視して、僕は待っているだろう母の元に向かった。

「……思ったより早かったのね。」
「……。」

 ドアを開けると苦笑した母と目が合った。

「何か飲む?」

 母の言葉に僕は首を世に振った。

「……………。」

 母は何故か僕をじっと見て、一つ頷く。

「お茶を煎れるわね。」
「え、いいよ。」
「いいから、座ってなさい。」
「……。」

 こうなった母には勝てないので、僕は大人しく椅子に座った。

「ほら。」
「ありがとう。」

 僕は母からお茶を受け取る。

「紫織。」
「……。」
「許せない?」

 静かな、凛とした声が僕の耳に届く。

「………………誰に対して?」
「……誰に対してかしらね?」
「……。」

 僕は返事の返し方を間違ってしまった。
 母は「許せないか」とただ訊いただけだ。
 それなのに、僕は「許せない」人物がいる事を前提に言ってしまった。
 ここは上手く隠すところだったのに。

 失敗した。

「紫織。」
「……。」
「彼女?」
「……。」
「………………自分かしらね。」

 母は僕をじっと見つめたまま逃さないようにそう言い放った。

「……あの子がした事は褒められるべき事じゃないわね、でも、心配をしてそうなった事は貴方も分かっているのよね。」
「……。」
「止められなかった、気づけなかった、そう思って自分を責めているのならそれは間違いなのよ。」

 母の言う言葉の意味が分からず僕は眉根を寄せる。

「貴方は当時幼稚園児だったのよ。」
「……分かっているよ。」

 分かっている。

 分かっているけれども…。

「頭では理解しているけど、心は自分を責めているのね。」

 僕の姿を見て母は僕の心情を言い当てる。

「いい加減、自分の中で抑え込むのは止めなさい。」
「……。」
「キャパオーバーしているのに気づいているのでしょう。」
「……。」
「女親に弱音を吐きたくなかったら、あの人にでも言えばいいけど、それも違うわよね?」
「……。」
「誰にも自分の弱ったところを見せたくないのは分かる、氷夏くんの前でしか泣けないのは前から知っていたけど、今の彼には頼れないの?」
「……今のひょうちゃんは僕を知らない、僕を「シオ」と呼んでくれないんだよ。」

 零れ落ちた言葉は濡れていた。

「僕との記憶が一切ない。
 他人なんだ。
 僕はずっと、ずっとひょうちゃんを求めていたのに…。
 彼の中には僕はいないんだ。
 いないんだよ…。」

 いない。

 いない。

 彼の中に自分がいない。

「本当にそうかしらね。」
「えっ?」
「本当にないのかしらね。」
「……。」
「あんなに仲が良かったのだから、あの子の中にちゃんと残っているわよ。」

 母はあのひょうちゃんとまだ会った事がない。
 なのに、何故この人は断定しているのだろう。

「それに諦める気なんてさらさらないのでしょ?」
「……。」

 諦める気?

 そんなのないに決まっているじゃないか。

 だから、こんなにも苦しんでいるのに。

 ……そうか、僕はただ疲れていたんだ。

 先の見えないゴールに全力で走って、ようやくゴールが見えたと思ったらそれは僕の想像していたものではなかったから勝手に傷ついて。

 そして、それに目を瞑ってまたがむしゃらに走っている。

 僕はただ渇を入れて欲しかったのかもしれない、それに気づいた母は無理やりこの場を作ってくれて、僕にやる気という弱った炎に薪をくべてくれた。

「諦めないよ。」
「ようやく貴方ららしい顔になったじゃない。」

 母は僕の顔を見てニヤリと笑った。

「ありがとう、母さん。」
「いいのよ、親子なんだからたまには甘えなさいよ。」
「善処します。」

 僕の言葉に母は小さく肩を竦める。
 彼女は分かっているのかもしれない、僕が次に甘えるのは彼女じゃなく……。

「さっさと、捕まえなさいよ。」
「うん、勿論。」

 絶対にひょうちゃんを捕まえる。

 覚悟してね。

 ひょうちゃん。
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