【完結】真心スイーツとは、あなたの『痛み』が代金です

櫛田こころ

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第7話 慢性の腰痛に琥珀糖①

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 ただただ誘われるがままに、その場所に来ただけなのに。

 自分はそこを『知っている』ような錯覚を覚えた。痛む腰をさすり、杖で支えながら歩く真宙は前を歩く壮年の男性に『おいで』と言われるがままに着た場所は。


「『ル・フェーヴ』。俺の城へようこそ、加賀谷くん」


 ひとつしかないイートイン席には、小さな女の子がお菓子を用意してくれていたのか。涼しげで少し濁り色にも見えた綺麗なグミかなにかの宝石たちだ。洋菓子ではなく、これはたしか和菓子に近いそれ。座って覗き込むと、表面がわずかに白く見えた。


「さ。せっかくだから、その菓子を食べてごらん?」


 用意されていたというのがよくわからないが、自分のためというのが存外に嬉しかったので杖をテーブルの横に置き、おしぼりで手を拭いてから……皿に手を伸ばした。



 *・*・*




 ヘルニアではないが、悪化し過ぎるとなる可能性のある腰痛だと医師に診断された。

 加賀谷真宙は製菓の専門学校を卒業したあと、そのままの流れで就活したところのパティスリーに就職したのだが。もともと姿勢を取るのが得意ではなく、すぐに腰に痛みを抱えてしまうところが欠点だった。

 なので、若い頃から整形外科にもしょっちゅう通っていたが治るような見込みはなかった。一時的にブロック注射のようなもので和らいでも、時間が経てば元通り。厄介極まりない持病と思っておくしかなかったが。

 なので、立ち仕事よりも多少分担を増やすことで腰への負担を減らすように、店長も指示を出してくれた。最初の頃はうまくいったが、半年も過ぎると医者に行く回数が結局増えてしまったため……終いには、立っているのも厳しくなった。さすがに休暇届けを出して医者にもレントゲンなどで検査し直してもらえば、その診断名だったのだ。

 早期発見と言えば聞こえはいいが、手術する手前なので薬でまずは養生しようという方針が決まるも。当然、就職先にはしばらく立てない。入社半年だと休職はできなくもないと言われたが、店長はあまりいい顔をしていなかった。腕前は悪くないが、障がい者手前であると厄介払いでもしたいのだろうと……なんとなく、察した。


「……お世話に、なりました」


 だから、真宙が先に辞職を宣言すればいい。言い難いことを先に言われるより、きっぱり自分が諦めればいいのだと思い込むことにした。失業にはなるが、事情が事情だからと店長からも『すまん』としか言われなかった。せめても、と失業保険くらいは工面できるように手配はしてくれたが。


(がむしゃらに、パティシエになりたかっただけなのに……あっさり、捨てたな)


 自分で道を選らんで、自分で捨てた。その通りなのに、腰の痛みは相変わらずだが気持ちは少しだけすっきりしていた。解放感に似た感情にしても、職を失ったことに変わりない。なので、失業保険をなんとかするためにハローワークには行かなくては。

 新調した折りたたみの杖は扱いづらいが、腰を少しでも和らぐためには慣れておくしかない。手術すれば治るとかの確定した病でないのは面倒だが、しっかり休むためにもとコツ……コツ、と前へ進むために歩いていたが。


 チリン……リン。


 夏も終わりを迎えたのに、ドアベルにしては風鈴に近いかろやかな音色。

 気になって顔を上げたら、横にはいつのまにか背の高い男性が立っていてびっくりしてしまう。物音もなく、いつから真宙の横にいたのだろうか。


「やあ、お客さんかな?」


 柔和な笑みに落ち着いた声。訪問販売の出張版かと思ったが、住宅街にほど近い場所で披露したら警察行き確定なのに……人はどうやら自分たちだけのようだ。

 おまけに、真宙は杖持ちなのでダッシュが出来ない体だ。とりあえず、逃げようかと考えているともう一度あの音が聞こえてきた。


「……パティスリー?」


 そう思える店構えが、男性のすぐ後ろにあった。よく見ると、男性が来ている服もコックスーツだったので、逃げる要素がひとつ減ったので落ち着きを取り戻そうとする。どうやら、退職したショックなんかが自分で感じていた以上にあったらしい。周りが見えないほど、杖で歩き回っていたみたいだ。


「そう。俺の城だよ」


 自分の持ち物をたとえる言い方が、少し子どもっぽいのに親しみやすさを感じ取れた。腰をさすりながら正面に移動してみると、小さな個人経営くらいの大きさの店が。ショーケースと会計カウンター以外はイートインかテイクアウト時の待合に使うテーブルセットだあるだけ。

 ひとりで切り盛りするにはちょうどいいテナントだ。真宙も独り立ちしたら……と、憧れるような外観とシステムだった。


「さ、中に入ろう。加賀谷くん」
「え? 僕、名前」
「ああ、大丈夫。知り合いから聞いていたんだ」
「知り合い?」


 とりあえず、おいでと言わんばかりにドアを開けてくれたので……中に入れば、涼しい風に包まれる気分になれて、ほっと出来た。


「いらっしゃいませ」
「わっ」


 女の子の声が聞こえてきたので、杖を落としかけたが痛みに耐えながらもなんとか踏ん張った。

 聞こえた方向を見れば、カウンターの方に背の小さい誰かが立っているように見えた。子どもにしては声変わりしていたので……単純に背の小さいバイトかスタッフだろうか。


「若葉。久しぶりのお客だ。見ての通りだから、あれを」
「……わかりました」
「加賀谷くんは、席に座ろうか? おじさんが誘導してあげる」
「いえ。少しは杖使えるんで」
「まあまあ、おじさんにつかまって」


 若葉というスタッフが動くより、断然遅いが席に着けば……用意してもらったのは、グミみたいな寒天の菓子だった。たしか、もともとは地方のお菓子だったものがチョコレートのように流通し始めたという和菓子だったはず。


「こ、はくとう?」
「やはり、菓子巡りするだけはある。地方菓子にも詳しいね?」
「……あなたが?」
「初回ではないが、悪くないと思っているよ? どうぞ、召し上がれ」
「けど、僕……お金、今」
「ああ、大丈夫。もうもらっているから」


 襟の留め具にある星をちょんちょんと触るのに、意味がわからないが。おごってもらえるのなら、と安易に受け止めてしまった真宙は……この綺麗な菓子を食べたい気力がなぜか出てきた。手が、自然と皿へと伸びていく。
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