【完結】真心スイーツとは、あなたの『痛み』が代金です

櫛田こころ

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第8話 慢性の腰痛に琥珀糖②

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 琥珀糖のレシピを直接見たことはないのだが、たしか乾燥させる手間がかなりかかるイメージがあったような覚えがある。自然乾燥なので、機材を使わない昔ながらの技法。それを気軽に食べさせてもらえるなんて……と、青とグリーンのグラデーションが美しいそれを手に取る。

 小さいひし形だったので、ひょいと口に放り込めば……寒天どくとくの歯ごたえよりも、しゃりしゃりした半生触感が面白いと思った。


「すっごい、不思議……なしゃりしゃり。けど、甘くておいしい」
「それはよかった。ほうじ茶とよく合うよ?」
「あ、お茶……気づかなかった」


 添えられていた熱いマグカップに今気づき、ひと口飲めば甘さが渋みで洗われるかのように気持ちがいい。今度は別のを……と、交互にペアリングを楽しんでいたらあっという間に皿の上が空っぽに。

 ショックは抱えていても、腹は減るものなんだなと逆に安心感が出てきた。


「うん。気持ちのいい食べっぷり。そして、この代金の発生料……これはこれは」


 パティシエの男性がよくわからないことを言い出すと、真宙の前に一本指を立ててきた。何か質問でもしたいのだろうか。


「? あの?」
「加賀谷くん。うちに就職する気、ないかい?」
「え? でも、僕さっき別のとこで」
「失業した理由は『痛み』が酷いから……だろう?」
「なんで、それを」
「君がさっきまでいたところから、連絡があったんだよ。俺の店の噂話だけで、辿り着いたあの店長から」
「……店長?」


 わざわざ、失業保険以外の手筈を整えてくれたのだろうか。しかし、噂話というのがよくわからない。たしかに、菓子の味は申し分ないし、職は欲しいとは思っていても……立ち仕事が満足にできないままでは意味がない。そう思っていると、次の説明がきた。


「ここは代金を『痛み』で支払うことのできる店なんだ。君は俺の弟子にしてもいいくらい、『痛み』を抱え過ぎている。それは腰痛だけでなく、妬み僻みから受けてしまう『才能』も含めてね?」
「……バカにしてます?」
「してないしてない。ほら、一度立ってごらん?」
「痛いのに嫌なんです……け、ど?」


 料金をちゃんと支払うために立ち上がるのも苦だったはずが、すっと立ち上がることが出来。杖無しでもあれだけ酷かった腰の痛みがちっともなくなっていたかのように感じた。

 とんとん、と膝関節で痛みがないか確認してもまったく同じ。真宙をここしばらく悩ませてきた元凶が、菓子を食べただけで治るなんて魔法か薬なのか……わけがわからなくなりそうだった。


「代金はしっかり。しかし、君のような逸材はどこにいっても『同じ痛み』を受けてしまう。だから、噂の中に混じらせ導いてもらったよ。俺の跡継ぎにもふさわしい、二代目よ」


 パティシエの男性の言っている意味が、今度はすとんと心の中に落ちてくるように受け止められた。真実は見て感じて決めるがそれ、とも言うが。まさしく、その通りだった。噂が真実なら、あの店長は失業保険以上の『門出』を真宙にくれたのかもしれない。本人はそう思ってなかったにしても、だ。


「……僕を、弟子にしてくれるんですか?」
「一定の給与とかは心配しなくていい。こことは別で、ちゃんと支払いに問題ない仕事もしているから。俺は、いずれそっちに専念しなくちゃいけない」


 娘もいるけどね。と、カウンターにいる彼女を手招きしたが……まるで、ビスクドールをそのまま切り取ったかのように可愛らしい顔立ちと身長の女の子だった。


「若葉です。条件を満たしたのであれば、私の同僚ですね」
「そ。この子をお嫁さんにしたいとか、それは好きにしていいけど」
「は? お父さん、二代目にしたい人にそんな責務押し付けないで」
「腕前確定だから、夫婦経営も面白いじゃないか」
「……だから、母さんから別居扱いされるんじゃない」
「今からでも迎えに行くさ!!」
「あの……条件って、なにを?」
「あ、それは」


『痛み』を代金に支払い続けるのは、あるところの契約が欲する『現象』を抑えるため。

 神あやかしでもない、土地特有の『条件』をかなり長い時間吸わせていくのは店主も同じく。客だけではどうしても足りないので、一定条件を満たす人間が必要となったと知るも。

 真宙が引き継ぐ前にパティスリーを経営していた吾妻あがつま親子だけでは追い付かず、噂をそろりそろり流した結果……客として、真宙が来たわけである。

 一種の人柱に近い条件だが、『痛み』をそれなりに吸わせれば小旅行程度なら行き来可能なのも立証済み。

 再就職先は、客の対応よりもまず『修行し直し』が一番だったため。真宙の菓子は主にディスプレイ用に使える見た目を鍛えることから始まったのだった。クリニックにも念のため再検査したが、奇跡としか言いようがないと医者が脱帽する結果だったので嘘ではないようだ。




 *・*・*




 そこから、八年。店長として就任したのは数年前程度。

 加賀谷真宙は、無事に『ル・フェーヴ』の城主として君臨出来たのだ。と言っても、訪れる客以外は相変わらずスタッフでいてくれる若葉の舌をうならせる見本菓子を作るくらい。客がくるタイミングは先代に『勘』とやらを散々鍛えられたのと、あの鈴に見立てた呼び鈴の揺れる角度を見分けている程度。

 耳に届く音が鳴るのは、余程の痛みを抱えた客しかここにはこれない。

 境界線を引いて神隠しなどにしているわけではなく、単純に『見えない』『わからない』と土地が誘導しているのもあとになって知った。


「まだまだ。先代の腕前には敵わない。琥珀糖も僕なりに作っても……感動が薄くなるんだよなあ?」


 たまにレシピを検索したり、本を読んだりで試行錯誤しても。

 やはり、技術などが圧倒的に差があり過ぎるため……十年未満の若造では大していいものが作れないのかもしれない。

 と、思ったところで深呼吸をすることにした。『痛み』は留め具に相変わらず吸わせているが、思い込みを自分で詰め込むと……たまに、返ってくるような錯覚に陥るのだ。客にえらそうなことを言っている自分を恥じたと切り替え、ひとつ口に放り込んだ。


「あ、おいし」


 答えたのは厨房に来ていた若葉だった。同僚としてはずっといっしょでも、付き合うことなどは結局なく友人の延長戦のような関係はそのまま。今のようなつまみ食いをするのもしょっちゅうだ。


「ん。僕も美味しく感じる」


 ひとりで食べるより、まだふたりの方がいい。

 客たちがいつもびっくりさせてしまうが、向かいの席に座って眺めている時間は真宙にとっても嬉しいのだ。自分が手掛けた菓子を、今はちゃんと客に喜んでもらえていることに。昔は若葉ばかりに作っていたが、それは今もなのであまり変わりない。

 それでも、二代目としてこの土地を任されたからには。先代が『城』と称した『ル・フェーヴ』の看板をしっかり守る城主になろう。

 いつか、三代目になる誰かが訪れるかもしれないが。当分はこの立ち位置を楽しみたいので、簡単には明け渡しはしないけれど……それも、いつかなので待ち構えておこうと心の奥に置いておく。

 まだ、次へ伝えるのに相応しい菓子も用意できてないのだから。
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