【完結】真心スイーツとは、あなたの『痛み』が代金です

櫛田こころ

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第45話 眼精疲労にはオランジェット①

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 スライスしたオレンジを乾燥したものに、チョコレートが半分くらいかかっている……美しいお菓子『オランジェット』。

 単純な解析だと、スライスしたオレンジをそのまま天日干ししたのに、湯煎したチョコレートを軽く浸すだけでいいのかと思ったが。まるで芸術品とも言えるそれは『別物』だと感じてしまう。


「代金はいただきましたから、どうぞ。あなたの『痛み』相応のお菓子です」


 向かいに座るパティシエの男性が口にした言葉の意味はわからないが、目の奥が疲れてぼんやりしか見えない自分には甘い物が必要だ。言葉を鵜呑みにはしないが、まずはひと口と手拭きできれいにした手でオランジェットを持つのだった。



 *・*・*



 眼精疲労、というものなのかもしれない。

 仕事は基本的にデスクワーク中心。合間の休息時間にもスマホをいじったりするから、目を酷使して当然の結果だ。

 ホットタオルやホットアイマスクを試したものの、日に日に強くなっていく痛みにいい加減眼科に行くべきだと部長に半休申請を出し、近くの眼科に行くことにした。


(歩くのもしんどいな……)


 目の奥が痛いだけで、支障をきたす事態になるなど予想外。政彦は日ごろの行いが少し悪いか振り返ってみても、目を酷使してしまった日常のルーティンくらいだと自己反省するしかない。

 十年かそこらで携帯端末やPC機器のレベルアップが飛躍し過ぎたせいもある。と恨んでも酷使したのは自分自身なので、また反省。

 いい加減、仕事だけでもブルーライトカットの眼鏡を着用するかと思うも、この間ゲームで少しばかり課金したので節約期間なのを思い出したために断念。

 本当なら眼科に行くのも億劫だが、仕事が出来なきゃ給料も出ないので仕方がなかった。結果、少し中くらいの眼精疲労と診断されてしまった。ゲームなどはほどほどにとのお達し付き。なので、ルーティンにしていたクエスト任務以外は寝て回復するしかない。

 部長にも、定時で上がれるように調整するようにと言われ、その日はサービス残業もすることなく久しぶりに定時で退社出来た。


(酒は飲まない質だから、なんか甘いもん……コンビニもいいけど、たまには菓子屋のでも)


 だが、菓子屋にすれば出費が……などと、うだうだしていたら住宅街が近くなってきた。ここまで来たらコンビニで弁当も買うついでに、と決めて足を動かしたが。少し遠くに聞こえてきた風鈴に似たベルの音に意識を向け、そちらへと勝手に歩いてしまった。



 チリン……リン。



 冬手前だというのに、夏によく聞くような軽やかな音。つい心惹かれたそれに、政彦の足はどんどん音源を見つけるべく歩いてしまう。ゲームでいうところのアイテムポイントのように、メロディが似ていて好ましく感じたからだ。


(え~? 人ん家にしては結構しっかりした音だな? 目は痛いけど、ちょっとだけ……)


 見てみたい、と考えていたらその場所らしきとこに到着。少し霞んでも見えた先には、真っ白な外装と大きなガラス窓が特徴の建物。内装もうっすら見えたが、そこは菓子屋らしい。今まさに求めていたところだ。テイクアウト専門に見えるが、待合用なのかテーブル席はひと組だけあった。

 冷やかしでもいいし、入るかと扉を開ければ……真正面の会計カウンターに美少女到来といいたくなるくらいの可愛い店員が立っていた。


「いらっしゃいませ」


 声まで完璧。ゲームやアニメのCV担当だったら、絶対ガチャで天井になるまで引きたいタイプだ。とはいえ、社会人になって幾年の政彦はそんなオタク気質を出せば大幅に引かれることくらい想定済みなので、ひとかけらも出さないように注意した。

 店員はこちらの注文が入るまで動かないのか、わざわざ声をかける接客はしてこなかった。政彦も買うかどうかは値段と品揃えを見てから決めようとしていたので、そこはありがたい。


「いらっしゃい」


 ショーケースを覗こうとしたとき、今度はイケボが聞こえてきた。そちらを向けば、自分と同じくらいの年齢ぽい男性パティシエが。声もだが顔もなかなかに味のあるイケメン。平等でないにしても平凡顔の自分に少し分けてくれといいそうなくらい、ここは楽園の端っこかと言いたくなる。

 だがしかし、変な言動を口にしてなにか不審に思われるのも嫌なので会釈するだけにした。


「……お疲れのようですね」
「あ、はい」


 ただ、彼から声をかけられるとは思わず、つい無難な相槌をしてしまった。


「うち、イートイン専門なので。そこはご了承ください」
「あ、そうなんですか?」


 それにしては席がひとつしかないのも変だなと思っていると、彼の手にあったキラキラ光る菓子が気になった。オレンジ色とチョコレート。あまり見慣れない菓子だが、たしか名前は。


「あ? これはオランジェットと言います。今日出来たばかりなんですよ」
「へぇ……」
「店長。セッティングはするので、お客様を」
「そうだね」
「は?」


 まさか、今のが注文のやりとりなのだろうか。支払いはあとでいいにしてもこんな手の込んだ菓子の値段だとドリンクセットでもそこそこいくんじゃ……と、けち臭い性分が出てしまう。

 皿を店員に渡し、こっちへと政彦をテーブルの方に連れてきたパティシエは何故か向かいに腰かけた。


「大丈夫です。代金は既に受け取り済みですから」
「……なに? 新手の詐欺とか??」
「いえいえ。代金の内容が違うからです。お兄さんの『痛み』を受け取りましたから」
「痛み? もしかして、疲れてるって言ったときに?」
「はい。ばっちりと」
「お待たせいたしました。凝り取りのオランジェットです」
「ぶっ!?」


 さっきの店員ではなく、別の若い青年が微妙なネーミングセンスとともにセットを持って来てくれた。紙しぼりも用意されていたが、口から出た唾は大したことがなかったので、手汗が少し気になった箇所をゆっくり拭く。

 そして、間近に見える美しいオレンジとチョコレートのオランジェットを、幾分か眺めてから手を伸ばした。
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