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第4話 糧を得るのに
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政と朱里は、扉の奥の空間に入ってから進み続けた。
壁向こうの中などに道があるわけがないのに、灰褐色の空間の中をただただ歩き続けて行く道は、確かにあり続けていた。向かう先に何があるのか、ふたりは何があるのかわかっているのだろう。
ある程度の距離を歩くと、政はまたカードわざわざ一枚構えたかと思えば、先方に投げつけた。顕現も何もせずに今度は空間に刺したのみ。
刺さった箇所から、紙が曲がるようにぺろりとめくれていく空間の切れ端。
完全に垂れる前に、向こうから黄色く光る『店の扉』が見えてきた。扉に看板があるのか『かがり火』とメルヘンチックな文体で書かれているのが見える。
目的地だったのか、政は朱里の背を軽く叩いてやった。小さな背は、目的地なのがわかると少し弾んだ足取りで扉に向かう。感情の起伏が少ない彼女の中で、あの休み処は少し特殊なのは政も知っている。
朱里の背でも届きやすいドアノブを動かせば、からんと重いベルの音と共に開いた。
「毘古~、いるー?」
「おりますわ~。いらさいませ~」
店の中は小さい小さいカウンターがあるだけの場所。店員もひとり。朱里が持っていたはずのもふもふしたキツネと全く同じ顔の存在。ただ、尻尾だけはなく黒いコックスーツは着ているのだった。朱里がカウンターの椅子に腰掛けて顔が見えなくても、横に座った政が見せるように座り直させていた。
「朱里のぬいが媒介になったんか?」
「ええ、ええ~。いらしてくださる時に差し出される供物の贄。大変でしょうに、調達の方も」
「ええんや。其れら全てが……になるんよ。俺もやし」
「そうですな」
店員は左右に腕を伸ばす。コックスーツから伸びる腕の先にある手は『毛のない人間の手』。片手には古びた専門書のようなもの。片手には真新しい小さな籠。天秤が揺れるように上下に揺らし、最後に本と籠を前に。光ったかと思えば、籠の中には出来立てのフライドポテト。それを見て喜んだような声を上げたのは朱里だった。
「ぽてと、ぽてと~」
「どうぞお召し上がりを」
注文するのは同じ。朱里がこの店を利用する時はいつも同じ。糧を得るには、等しく同じく供物が必要となる。そのために、持っていた狐のぬいぐるみを最終的に代金がわりに支払うのだ。
わざわざ、『異界の店』を利用するためには。
政には糧を必要としないので、休むのに座るだけだが。横で一生懸命にフライドポテトを貪る幼子が可愛いだけでいい。
「朱里。急ぐ必要ないからゆっくり食べや。俺は気にせんでええ」
「しっかし。随分大きくなりはりましたなあ?」
貴方が、と店員は政の方に視線を向けた。頻度は多くないこの店の利用の度に、知りゆく姿が変わることを見てきた存在は少ない。朱里ではなく、政は毎回同じ姿ではないのを知られているのだ。頷く代わりに、形の変わったグラサンをずらした。目はカラコンでも仕込んだかのように、赤黒い瞳孔が光っていた。
「俺は『マサ』やからな。はじめの『タネ』が到着した瞬間から……添い寝出来る奴として仕える存在になる。同じか、別か。そんなの今の朱里から得た『蜜の香り』で外側なんていくらでも変わるわ」
「得た蜜の量はまだ少ないでっしゃろ」
「まだなぁ? けど、月の寝床に近い場所での『宣告』は出来たぜ? 『異界の扉』を寝床にしてる張本人には報せれた」
「ほう? それでうちにも久しぶりに来れたと」
「ああ」
カードを出さずに、細長い棒状のものを出す。管のそれは今どき使う者も少ない煙管。火を貸した店員は、政が気の済むように煙を吐かせた。
朱里は煙が前に来る頃には、籠の中のポテトを空にしていた。細い煙が目の前に来たら、まあるい目を閉じて小さな手を機械人形のようにカクカクと動かす。
【火が揺すぶり 舐める皆底 焔を枯らせ 雷を】
祝詞のような、呪文に近い言い方のそれは煙が二人を囲むまで続く。
くるくる回る煙が完全に二人を包んだ時には、『異界の扉』から出されたのか。朱里と政は廃屋らしき何処かの建物の中にいた。
煙管を片付けた政は、何も言わずに朱里を抱える。廃屋に似つかわしいふわふわのブランケットで包んでから適当なところで寝転がる。
すると、固まったように彼らは動かなかった。
壁向こうの中などに道があるわけがないのに、灰褐色の空間の中をただただ歩き続けて行く道は、確かにあり続けていた。向かう先に何があるのか、ふたりは何があるのかわかっているのだろう。
ある程度の距離を歩くと、政はまたカードわざわざ一枚構えたかと思えば、先方に投げつけた。顕現も何もせずに今度は空間に刺したのみ。
刺さった箇所から、紙が曲がるようにぺろりとめくれていく空間の切れ端。
完全に垂れる前に、向こうから黄色く光る『店の扉』が見えてきた。扉に看板があるのか『かがり火』とメルヘンチックな文体で書かれているのが見える。
目的地だったのか、政は朱里の背を軽く叩いてやった。小さな背は、目的地なのがわかると少し弾んだ足取りで扉に向かう。感情の起伏が少ない彼女の中で、あの休み処は少し特殊なのは政も知っている。
朱里の背でも届きやすいドアノブを動かせば、からんと重いベルの音と共に開いた。
「毘古~、いるー?」
「おりますわ~。いらさいませ~」
店の中は小さい小さいカウンターがあるだけの場所。店員もひとり。朱里が持っていたはずのもふもふしたキツネと全く同じ顔の存在。ただ、尻尾だけはなく黒いコックスーツは着ているのだった。朱里がカウンターの椅子に腰掛けて顔が見えなくても、横に座った政が見せるように座り直させていた。
「朱里のぬいが媒介になったんか?」
「ええ、ええ~。いらしてくださる時に差し出される供物の贄。大変でしょうに、調達の方も」
「ええんや。其れら全てが……になるんよ。俺もやし」
「そうですな」
店員は左右に腕を伸ばす。コックスーツから伸びる腕の先にある手は『毛のない人間の手』。片手には古びた専門書のようなもの。片手には真新しい小さな籠。天秤が揺れるように上下に揺らし、最後に本と籠を前に。光ったかと思えば、籠の中には出来立てのフライドポテト。それを見て喜んだような声を上げたのは朱里だった。
「ぽてと、ぽてと~」
「どうぞお召し上がりを」
注文するのは同じ。朱里がこの店を利用する時はいつも同じ。糧を得るには、等しく同じく供物が必要となる。そのために、持っていた狐のぬいぐるみを最終的に代金がわりに支払うのだ。
わざわざ、『異界の店』を利用するためには。
政には糧を必要としないので、休むのに座るだけだが。横で一生懸命にフライドポテトを貪る幼子が可愛いだけでいい。
「朱里。急ぐ必要ないからゆっくり食べや。俺は気にせんでええ」
「しっかし。随分大きくなりはりましたなあ?」
貴方が、と店員は政の方に視線を向けた。頻度は多くないこの店の利用の度に、知りゆく姿が変わることを見てきた存在は少ない。朱里ではなく、政は毎回同じ姿ではないのを知られているのだ。頷く代わりに、形の変わったグラサンをずらした。目はカラコンでも仕込んだかのように、赤黒い瞳孔が光っていた。
「俺は『マサ』やからな。はじめの『タネ』が到着した瞬間から……添い寝出来る奴として仕える存在になる。同じか、別か。そんなの今の朱里から得た『蜜の香り』で外側なんていくらでも変わるわ」
「得た蜜の量はまだ少ないでっしゃろ」
「まだなぁ? けど、月の寝床に近い場所での『宣告』は出来たぜ? 『異界の扉』を寝床にしてる張本人には報せれた」
「ほう? それでうちにも久しぶりに来れたと」
「ああ」
カードを出さずに、細長い棒状のものを出す。管のそれは今どき使う者も少ない煙管。火を貸した店員は、政が気の済むように煙を吐かせた。
朱里は煙が前に来る頃には、籠の中のポテトを空にしていた。細い煙が目の前に来たら、まあるい目を閉じて小さな手を機械人形のようにカクカクと動かす。
【火が揺すぶり 舐める皆底 焔を枯らせ 雷を】
祝詞のような、呪文に近い言い方のそれは煙が二人を囲むまで続く。
くるくる回る煙が完全に二人を包んだ時には、『異界の扉』から出されたのか。朱里と政は廃屋らしき何処かの建物の中にいた。
煙管を片付けた政は、何も言わずに朱里を抱える。廃屋に似つかわしいふわふわのブランケットで包んでから適当なところで寝転がる。
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