2 / 204
夢喰い
第2話『スッポン雑炊』
しおりを挟む
ここは……いったいどこなのだろうか。
鈴の音につられて、ビルの隙間を通って来ただけだ。栄の表通りに出るだろうとは思ったが、そうではなかった。
「いらさいませ~!」
「寄っておくれやす~、いい酒揃ってるよ~?」
「ほらほらほら! お兄さん、寄っとくれ~?」
勧誘文句などは、ついさっきまでいた錦三の歓楽街となんら変わりない。
だが、彼らの見た目が違っていた。
狐耳、たぬき耳。猫耳に犬耳。
顔も、人間のようでいて違うのもいる。
思わず、美兎は夢か、と頬をつねっても痛いだけに終わり。さらに、前に進もうとしたら頭に何かを強くぶつけてしまったのだ。
「い゛ったーい!?」
かなり大声を出してしまったが、周りの喧騒が鎮まる様子はない。
そんなことよりも、頭を強くぶつけたことで星が飛んでしまうくらいの痛みを感じたが。……やはり、誰も気にかけてくれない。
(……悪酔いして、変な夢見てるのかな…………?)
けれど、この痛みは……と思っていると、誰かに肩を軽く叩かれた。
「……大丈夫ですか?」
男性の声。
けれど、キャッチとかナンパとかではなくて、本当に美兎を心配しているような優しい男性の声だった。ゆっくりと振り返れば、変な猫耳とかはない普通の男性の顔が見えた。と言うことは、あの変な人達は何かの仮装なのだろう。今は春なのでハロウィンも何も関係ないが。
「……はい。大丈夫……です」
「それなら良かった。すごい音が聞こえてきたので……」
「……あはは……」
情け無い。
悪酔いしていたのもだが、人様に心配をかけるようなことまでも。思わず、ぺこぺこ謝っていたら、口に違和感を感じた。
あの鈴の音で消えていたと思っていた吐き気が、ぶり返してきたのだ。
「うっ……!?」
「? どうしました?」
「すみま……うぇ……!?」
「! 僕の店そこなんです! お手洗い使ってください!」
「……う……は、い」
その男性の店は、ちょうど美兎がぶつかった看板の後ろだと分かったのは。
トイレでリバースしまくって、胃の中のものが空っぽになった後だった。
店の中は、こじんまりとしたカウンターがほとんどの小さな空間。テーブル席は、奥に座敷がちょこんとある程度。
美兎は出入り口の引き戸に近い席に座らせてもらい、カウンターテーブルに突っ伏していた。初対面の人に無様な姿を見せてしまった恥ずかしさもあるが、まだ体力が回復していないのもある。
店員は男性しかいないようで、狭い厨房で何かを作っているようだった。紺色の板前さんのような服装を見る限り、ここのメインは和食なのだろうか。
気力が少し回復してきたら気になってきた。悪酔いしていた原因が、何も食べずに酒だけかっ食らってせいもあったからだ。
かつお出汁とも違う、優しいお出汁の香気が鼻をくすぐる。空きっ腹に刺激してくるようなその香りに、次第に顔が上がっていく。
顔を上げると、男性と目が合い、彼はにっこりと笑ってくれた。決してイケメンとも言い難い顔つきなのに、何故か美兎はドキッとしてしまう。
「落ち着かれたようで何よりです」
「……ご迷惑、おかけしました……」
「いえいえ。お顔もすっきりしたようですね? お腹の空き具合はいかがです?」
「? ちょっと……空いてます」
「でしたら、これはいかがでしょう?」
そう言って、彼が出してくれたのは。さっきから香ってくるいい出汁の匂いそのもの。質の良さげな陶器の器に、米、卵、刻みネギとあとひとつなにかが入っている……。
「雑炊、ですか?」
「びっくりした胃を落ち着かせるのにいいですよ? どうぞ、お召し上がりください」
「じゃあ……」
ネギ以外にも何か薄ネズミ色の欠片が混ぜ込まれている。だが、それが気にならないくらい、出汁の良い香りと卵の火の入れ方。
相変わらず鼻をくすぐる出汁の香りは、自炊をしないわけではないが市販の出汁とは思えない、良い香りだ。わずかににんにくの香りがするくらいしかわからない。
卵は、普段のランチでも早々お目にかからないくらいの、ふわとろ加減に見えた。胃の中を綺麗さっぱりにしてしまったから、きゅるると自然とお腹が鳴ってしまう。昼も、携帯食で簡単に済ませてしまったから。
ひと口、口に入れると。
「!?」
口の中で、卵と米がほぐれた。
味わったことのない出汁の旨味を程よく吸っている米のとろみが、舌の上でほぐれるのだ。追い打ちをかけるような卵の優しいふわとろ加減。あとひとつ、何か粒々としたものがやってきたが。噛んでも少し苦味を感じるくらい。
もうひと口、粒の部分を意識して口に入れたら苦味は感じたが正体がよくわからない。だが、決して嫌とかではなくて、その粒のわずかな苦味が出汁の旨味をさらに引き立てているような。
表現が難しかったが、美兎はひと口ひと口味わって食べていく。
「いかがでしたか?」
「! 美味しいです! これ……なんの雑炊ですか?」
おかわりはいかがかと聞かれたので、美兎は遠慮なく器を渡した。
男性は器を受け取ると、後ろにあるコンロの鍋からよそい、小ネギを散らしたのだった。
「スッポンですよ?」
「……スッポン??」
月とスッポンと言うことわざに出てくるような、あのスッポンかと美兎は首を傾げるしか出来なかった。
鈴の音につられて、ビルの隙間を通って来ただけだ。栄の表通りに出るだろうとは思ったが、そうではなかった。
「いらさいませ~!」
「寄っておくれやす~、いい酒揃ってるよ~?」
「ほらほらほら! お兄さん、寄っとくれ~?」
勧誘文句などは、ついさっきまでいた錦三の歓楽街となんら変わりない。
だが、彼らの見た目が違っていた。
狐耳、たぬき耳。猫耳に犬耳。
顔も、人間のようでいて違うのもいる。
思わず、美兎は夢か、と頬をつねっても痛いだけに終わり。さらに、前に進もうとしたら頭に何かを強くぶつけてしまったのだ。
「い゛ったーい!?」
かなり大声を出してしまったが、周りの喧騒が鎮まる様子はない。
そんなことよりも、頭を強くぶつけたことで星が飛んでしまうくらいの痛みを感じたが。……やはり、誰も気にかけてくれない。
(……悪酔いして、変な夢見てるのかな…………?)
けれど、この痛みは……と思っていると、誰かに肩を軽く叩かれた。
「……大丈夫ですか?」
男性の声。
けれど、キャッチとかナンパとかではなくて、本当に美兎を心配しているような優しい男性の声だった。ゆっくりと振り返れば、変な猫耳とかはない普通の男性の顔が見えた。と言うことは、あの変な人達は何かの仮装なのだろう。今は春なのでハロウィンも何も関係ないが。
「……はい。大丈夫……です」
「それなら良かった。すごい音が聞こえてきたので……」
「……あはは……」
情け無い。
悪酔いしていたのもだが、人様に心配をかけるようなことまでも。思わず、ぺこぺこ謝っていたら、口に違和感を感じた。
あの鈴の音で消えていたと思っていた吐き気が、ぶり返してきたのだ。
「うっ……!?」
「? どうしました?」
「すみま……うぇ……!?」
「! 僕の店そこなんです! お手洗い使ってください!」
「……う……は、い」
その男性の店は、ちょうど美兎がぶつかった看板の後ろだと分かったのは。
トイレでリバースしまくって、胃の中のものが空っぽになった後だった。
店の中は、こじんまりとしたカウンターがほとんどの小さな空間。テーブル席は、奥に座敷がちょこんとある程度。
美兎は出入り口の引き戸に近い席に座らせてもらい、カウンターテーブルに突っ伏していた。初対面の人に無様な姿を見せてしまった恥ずかしさもあるが、まだ体力が回復していないのもある。
店員は男性しかいないようで、狭い厨房で何かを作っているようだった。紺色の板前さんのような服装を見る限り、ここのメインは和食なのだろうか。
気力が少し回復してきたら気になってきた。悪酔いしていた原因が、何も食べずに酒だけかっ食らってせいもあったからだ。
かつお出汁とも違う、優しいお出汁の香気が鼻をくすぐる。空きっ腹に刺激してくるようなその香りに、次第に顔が上がっていく。
顔を上げると、男性と目が合い、彼はにっこりと笑ってくれた。決してイケメンとも言い難い顔つきなのに、何故か美兎はドキッとしてしまう。
「落ち着かれたようで何よりです」
「……ご迷惑、おかけしました……」
「いえいえ。お顔もすっきりしたようですね? お腹の空き具合はいかがです?」
「? ちょっと……空いてます」
「でしたら、これはいかがでしょう?」
そう言って、彼が出してくれたのは。さっきから香ってくるいい出汁の匂いそのもの。質の良さげな陶器の器に、米、卵、刻みネギとあとひとつなにかが入っている……。
「雑炊、ですか?」
「びっくりした胃を落ち着かせるのにいいですよ? どうぞ、お召し上がりください」
「じゃあ……」
ネギ以外にも何か薄ネズミ色の欠片が混ぜ込まれている。だが、それが気にならないくらい、出汁の良い香りと卵の火の入れ方。
相変わらず鼻をくすぐる出汁の香りは、自炊をしないわけではないが市販の出汁とは思えない、良い香りだ。わずかににんにくの香りがするくらいしかわからない。
卵は、普段のランチでも早々お目にかからないくらいの、ふわとろ加減に見えた。胃の中を綺麗さっぱりにしてしまったから、きゅるると自然とお腹が鳴ってしまう。昼も、携帯食で簡単に済ませてしまったから。
ひと口、口に入れると。
「!?」
口の中で、卵と米がほぐれた。
味わったことのない出汁の旨味を程よく吸っている米のとろみが、舌の上でほぐれるのだ。追い打ちをかけるような卵の優しいふわとろ加減。あとひとつ、何か粒々としたものがやってきたが。噛んでも少し苦味を感じるくらい。
もうひと口、粒の部分を意識して口に入れたら苦味は感じたが正体がよくわからない。だが、決して嫌とかではなくて、その粒のわずかな苦味が出汁の旨味をさらに引き立てているような。
表現が難しかったが、美兎はひと口ひと口味わって食べていく。
「いかがでしたか?」
「! 美味しいです! これ……なんの雑炊ですか?」
おかわりはいかがかと聞かれたので、美兎は遠慮なく器を渡した。
男性は器を受け取ると、後ろにあるコンロの鍋からよそい、小ネギを散らしたのだった。
「スッポンですよ?」
「……スッポン??」
月とスッポンと言うことわざに出てくるような、あのスッポンかと美兎は首を傾げるしか出来なかった。
20
あなたにおすすめの小説
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる