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第三章 交わる記憶

096.代用品で作れるモノ

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 ◆◇◆







「「んーー、美味しいっ‼︎」」

 式典前日、今日はヴァスシードの皆さんとお茶会だ。
 エディオスさん達は昨日のように差し入れようにも追い込みが凄いらしいので出席出来ないとか。
 ヴァスシードの皆さんは今日以降は式典にかかりっきりで僕ともほとんど会えなくなるからと、ファルミアさんがお茶しようって言ってくれたからだ。
 それで昨日も作った即席ティラミスを振る舞うことにして、今ヴァスシードの皆さんが召し上がってくださったところだ。
 ご夫婦は同じ賛辞を送ってくださり、四凶しきょうの皆さんは無言でがっついていた。一人一個がガラスの大皿なんだけど、ひと口召し上がってからすぐに口にかき込む勢いが怖い。おかわり作れなくもないけど、糖分脂肪分過剰摂取は気にしなくていいのだろうか?

「自分のところでクリームチーズがあるのに、こう言ったデザートを作らなかったのは盲点だったわ」

 こちらごく普通の一人前を召し上がられたファルミアさんは、最後のひと口を入れてからコフィーを飲んだ。

「そんな難しくないですのに?」
「うーん、多分前世ではマスカルポーネにこだわってたかもしれないわ。作った覚えないもの」
「なるほど」

 お店で買う味に慣れて、それを再現しようとするから代用品が思いつかなかったかもしれない。
 僕が勤めてたレストランでは当然マスカルポーネチーズを使ってたが、母なんかがお菓子作りにコストをかけられない時はよく代用品で色々作ってくれた。僕もその習性が似て、レシピサイトや本なんかの知識を色々取り入れたのだろうね。店ではあんまり使わなかったけど。

「あー、ごちそうさま!   美味しかったよ、カティ」
「お粗末様です」

 ユティリウスさんも四凶さん達並みに召し上がられていたが、表情から見るにまだお腹に余裕はありそうだ。

「ミーアが色々作ってくれてたけど、こう言うのはなかったなぁ。たしかに来賓で城に集まってる諸国の者達には良い刺激だろうね?」
「お菓子に苦味を取り入れたのなんて、うちでもごく一部だもの。コフィーならまだ諸国にも馴染みがある飲み物だから、舌がびっくりし過ぎることもないわね」

 お茶はお茶でも緑茶なんかは流通箇所が少なくて、このお城でも需要があまりないからお爺さんな大臣さん達がたまに飲むくらいだそうだ。
 僕は今ファルミアさんがヴァスシードだとよく飲む抹茶ラテをご馳走になっている。甘いけど、すっきりしてて飲みやすい。

「実に美味だ」
「苦味があとから欲しくなるとは思わなんだ」
「もう一つ欲しい」
「であるな」

 四凶さん達も食べ終わったようだが、渾沌こんとんさんが他の三人を代表する事を言い出した。
 当然、主人のファルミアさんの目が光り、ビシッと指を向けた。

「人型の加減を覚えなさいって言ったでしょう!  原型の量まで食べたら際限ないんだから!」
『う……』

 際限ないとはどこまで胃袋の限界がないんだろう。
 今抹茶ラテと格闘してるクラウと良い勝負かな?

「けど、代用品は悪くないわ。私は出来るだけ同じ食材で作ろうとしてたけど、そこにこだわり過ぎるのもいけないから」

 と言うと、何か作ってみたいのでもあるのかな?

「何か作りたいのがあるんですか?」
「んー……そうね、ピザソースかしら」
「え?」
「ああ、違うわよカティ。市販の・・・が作りたいの」
「あー」

 トマトソースともまた違う市販のピザソース。
 ケチャップやマヨネーズとかの容器に保存されてたりするあれは、僕達イタリア料理人が作るものとは全く別物だ。
 まずケチャップもだが、混ぜ込んであるスパイスやベースの野菜達も全然違っているんだよね。

「帰国までそう遠くないもの。カティにピッツァの生地を習っても、伸ばしたり焼くのには修行時間が全然足りない。せめて、ピザソースさえ作れるようになれば……普通のパンで代用出来るかと思ってね?」

 ファルミアさん達の滞在期間は、式典祭が終わってから約一週間後。今日含めても約二週間ちょいだ。
 そのうち時間が取れたのも今日くらい。とても生地伸ばしの練習をしてる暇なんてない。

「だとしたら、作るしかないですか」
「ケチャップはあるんだけど……問題はウスターソースよっ」
「「「「ウスターソース??」」」」」

 わからないヴァスシード側の皆さんはこぞって眉を寄せた。

「ウスターソースですか」

 悪くない。
 調味料としては最適だし、下手な香辛料を加えない分味が一発で決まるもの。

「ねえ、どう言うソース?」
「香りも独特だけど、味が複雑で濃厚なのよ。単体で使うと用途が限られてくるけど……他の材料と混ぜ合わせればまた違った味わいになるの」
「作るのが難しいんだ?」
「前世は市場で流通してたものばかり使ってたし、わざわざ作る概念がなかったのよ」
「僕作れますよ?」
「え?」

 挙手して答えれば、ファルミアさんが目を丸くされた。

「つ、作れるの?」
「思いっきり難しい材料じゃないものでしたら」

 母親が余ったスパイスや香味野菜を活用して、たまに作ったことがあったのだ。
 無論、唯一の娘だった僕も手伝いはしてたから作り方は覚えている。
 それを説明すれば、ファルミアさんのお顔が輝き出した。







 ◆◇◆






 思い立ったが吉日。
 厨房に突撃して早速マリウスさんに打診してみました。

「まったく新しい、ソース……ですか?」

 ひと通り説明はしてみても、ウスターソースなんて未知の部類になるソースはマリウスさんでもやっぱり聞いたことがないみたい。副料理長のライガーさんも首を捻ったくらいだ。

「仕込みはマトゥラーのソースより時間がかかりますが」
「それをピッツァのソースの?」
「具体的にはそのピッツァのソースにすべく必要なソースね。パンに塗って同じように焼くのに最適だわ」
「……興味深いですね」

 概要を説明すれば、マリウスさんも乗り気になってくださった。

「仕込みに人手はいりますかな?」
「そうですね、野菜の方を出来ればお願いしたいです」
「では、我々もお手伝いさせてください。ライガー、お前の方はどうだ?」
「ひと段落してますので大丈夫ですね」

 と言うわけで、まずは材料集めだ。
 出来上がる量に比べても、材料は有り余る程必要なので集めては台に乗せていくのを繰り返していく。
 今回の作業でクラウはユティリウスさん達に預けている。ちょうどお眠の時間だったから、彼が子守を買って出てくれたのだ。

「こんなにも使うのね……」

 ファルミアさんが驚くのも無理はない。
 家庭で出来なくない材料達でも、その量は圧巻的だ。
 スパイス達もだけど野菜がとにかく豊富に必要になってくる。

「野菜と果物をすりおろしたりみじん切りにしましょう」

 用意した野菜達は、にんじん、玉ねぎ、りんご、セロリ、にんにく、生姜、トマト。
 トマトは皮を湯むきして潰すけど、他は全部皮を使えたりするものは剥かずにすりおろしたりみじん切りしたりする。セロリの葉っぱも使うからそれは先に千切っておくよ。これをコックの皆さんにお願いしました。
 ちなみににんじんはチャロッツ、生姜はジャインでセロリはコーネリだ。
 下ごしらえをお願いしてる間に僕とファルミアさんはスパイスの方に取り掛かる。

「こうしてると薬草術をするのと似てるわね」

 何をしてるかと言うと、乳鉢に用意したスパイスを入れて乳棒ですり潰し作業をしています。
 中身は黒胡椒の粒、クローブ、割ったシナモンととうがらし。ハーブやスパイスは特別な名前はないらしいから、ピックアップはファルミアさんに教えてからマリウスさん達に伝えてもらったのだ。
 呼び名は人によって変わるらしいが、シナモンだと『葉巻みたいな香辛料』のような感覚で覚えるそうな。
 ちゃんとした方がいいかもしれないけど、僕なんかが口出し出来ないからね。
 乳鉢ですり潰しが出来上がってきたら、僕が別でおろし金で頑張ってすりおろしたナツメグもこれに加えます。
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