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第五章 新たな一員
149.核心を突く
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「ふわぁあぁーーぅ」
「ふゅふゅぅ?」
だらしない声を出してしまうのは無理ありません。
翌日から組み込まれたセリカさんの家庭教師としての実習。
あれが、地球でも受けたことがない僕ですらスパルタで根を上げないのに必死こくくらい凄く大変で、終わった途端力が抜けて机に突っ伏したのだ。
「はい、お疲れ様です」
セリカさん本人は可愛い笑顔全開で教材の本を閉じていた。
少し顔を上げて見れば、実にいい笑顔でした。
ちょっと引いてしまったけど、生き生きとされてるから気落ちしていないよりはずっといいかと納得させることにした。
「けど、フィルザス神様と少しずつ語学の勉強はされてたし……元いた世界でも基礎教養は身につけていたのだと聞いてたから吸収する速度は悪くないわ」
「あ、ありがとうございます……」
一応専門学校に通ってた当時は、高校生と変わりない教育カリキュラムは組み込まれていたからね。大学生や短大生に比べたらそりゃ低いけど、目指してたものが違ってからそれに後悔はない。
「ただ、いずれはその身体も元に戻ってゼルお兄様の御名手として公表されるわ。私も頑張るけど、最低侯爵家くらいにまでの教養は身につけましょう? あとダンスもね」
「勘弁してください!」
ダンスなんてほとんどしたことないが、セリカさんの言うダンスはきっと社交ダンスだ。
日本人として生活してたらほぼ一生ない経験だと思ってたのに、やっぱり事情が変われば避けられないようだ。
「ダメよ。ダンスは簡単なのでも市民だって身につけてる大事な教養なの。カティアちゃんくらいの外見の子達でも出来て普通よ?」
「えー……」
これはもう避けられないみたい。
「市民程度から慣らすのはもう少し先にするとして、しばらくは文字と歴史中心ね」
「……はーい」
「ふゅ、ふゅぅ!」
「君はお勉強する必要ほとんどないでしょ!」
ただ眺めてるかお昼寝してるだけじゃないか!
羨ましくてクラウのほっぺをモチャモチャつねっても、本人は堪えるどころか楽しそうに手足をばたつかせているだけだった。
コンコン。
とここでノックが。
「はーい」
「カティ、私よ」
「あ、どうぞ」
ファルミアさんだったので許可を出せば、彼女は少しだけ扉を開けてから中に入って来られた。
「勉強は順調かしら?」
「きょ、今日のところは終わりました……」
「ふふ。職員見習いだったセリカだから厳しかったんでしょうね。気分転換に、昨日提案したエクレア作りはどうかしら?」
「します!」
料理ならいくらでもしたいです!
「セリカも遠慮せずにいらっしゃいな。その恰好だと汚れやすいから、変換で変えてあげましょうか」
「え、ですが……私がお邪魔しても足手まといに」
「何を言ってるのよ。あれだけのクッキーを作れるのもだけど、バルを手伝いしてたのなら普通の貴族令嬢以上に出来るはずだわ。女性が厨房に立つのもここ200年程でだいぶ認められてきてるし、イシャールに聞いたでしょうけど彼の今の右腕は女性よ。結構尻に敷かれてるらしいけど」
「リュシェイム伯爵家のシャルロッタ姫ですよね?」
「……シャルロッタさんもお貴族さんだったんですか」
就職選定基準がよくわかってなかったけど、伯爵って単語は疎い僕でも聞いたことがある。映画やドラマなんかの登場人物程度だけど。
「ここが特殊かもしれないけれど、今の調理場の幹部職は長子……長男や長女はいないらしいけど、位の上下問わず貴族が多いそうよ。派閥は昔あっても実力行使で認めさせたと聞いてるわ。争いと言っても料理でね?」
「クッキングファイト、ですか」
マリウスさんやライガーさんは想像しにくいけれど、イシャールさんやシャルロッタさんはわかりやすい。
「それは置いとくとして。私のことが世間に広まってからは少しでも料理を嗜むご令嬢が増えてきたそうよ? 何故か変に美化されて、ご令嬢方には憧れられちゃってるのよ」
「美化?」
「私の実家がああでしょう? 身分差を越えて結ばれた二人、とかで舞台化とかされてこの国にまで知れ渡ってるのよ。一回こっそり見に行ったけど、ぜんっぜん違ってたわ」
「も、もしかして……『愛は二人を結びつける』のモデルが妃殿下やユティリウス陛下だったんですか⁉︎」
「………見たのね、セリカ」
少しうんざりしていたファルミアさんに対し、セリカさんは逆に興奮状態だった。
どうやら、一度じゃない回数観に行かれたんだろう。
「ま、まあ、それはともかく……セリカの料理技術は誇っていいわ。もう少しレパートリーを増やせば、エディは喜ぶんじゃないかしら?」
「え⁉︎」
持ち直してからのファルミアさんの言葉に、セリカさんもだが僕も目を丸くした。
僕は昨日フィーさんに聞くまでまったく知らなかったのに、さすがはと言うかファルミアさんはどうやらセリカさんの気持ちに気付いてるようだ。
「ひ、ひ、妃殿下、な、何故」
「確信は持っていなかったけれど、昔話を聞いた時からなんとなくね? 私は40年程度しか付き合いはないけど、エディはいい男性だもの。幼馴染みなら余計に惹かれて当然ね。安心してちょうだいな。カティもいるから言ったのよ。奥手の者同士話し合うのもいいけれど、既婚者の意見も多少は聞いておいた方がいいわ」
いつ聞かれたかはわからないが、エディオスさん達との思い出話を聞いただけでピンと来るとは。
最後の言葉は僕の胸にもぐさっと突き刺さったが、ある意味僕以上の試練を乗り越えて結ばれたファルミアさんだもの。僕やセリカさんのことも他人事じゃ思えなかったんだろうね。
肝心のセリカさんと言えば、顔全体もだけど、見える肌全部が沸騰したかのように真っ赤に染まり上がっていました。
「で、で、でも、お兄様にはもう御名手が」
「いないわよ? ねぇ、カティ」
「あ、はい」
まさか、セリカさんご本人とは彼女がいるから今は言えないので隠しておくけども。
「え……いらっしゃら、ない?」
「いたらとっくに婚約発表だったりなんだったりしているはずだわ。ゼルもエディの相手が見つからなくてやきもきしてるけど」
見つからないのも無理はなかった。
200年近くも市民に紛れて生活していれば、お貴族さんだけのパーティーを開いたって見つかりはしない。
(あー、ファルミアさんに言いたいけどセリカさんいるから言えない!)
フィーさんも回り回って僕に伝えたからって、なんて責任の重い案件を背負わせたんだろう!
けど、彼自身がずっと抱えていたんだからフィーさんの方がもっと大変だったはず。
「まあ。御名手も最近は一回目ではっきりわかることが少ないからお互いに自覚を持てないらしいもの。ゼルはほぼ一発だったらしいけど、カティやセリカは鈍いところがあるみたいだから難しいのかもね」
「僕達はともかくとして。見つかりにくいんですか?」
「転生を繰り返し過ぎたからとかフィーは推測しているけれど、はっきりとしてないわね。だから市民達は普通に恋愛婚が多くてそれを御名手と認識しているそうよ。エディとリュシアのご両親が最近の代表かとも言われてたけど、フィーが確認したらきちんとした御名手だったそうだから」
たしか、お母さんは商人の娘さんだってエディオスさんは言っていた。
身分差は気にされる傾向は少ないと言っても、最初は色々あっただろう。
その身分すらない僕の場合も大丈夫とエディオスさんは言ってたけど……本当にいいんだろうか。
「そう言うわけでじゃないけれど、セリカもまだ諦めちゃダメよ? 経験などは消せるわけじゃないけど、貴女は立派な六大侯爵家の姫なのよ? その地位だけなら私の王妃よりも上なんだからもっと誇りなさいな」
「そ、そそそ、そんなことは⁉︎」
「本来なら私の方が気安く話せない側なのに……まあ、性格はどうしようもないから仕方ないけど、それより一緒に作るのどうするの?」
ああ、そうだった。
本来ファルミアさんが来た目的はお菓子作りについてだ。
セリカさんは少し口をつぐんでしまったけれど……だんだんとほっぺを赤くされてから小さく口を開けた。
「つ、作って……みたいです」
ぼそぼそとした声でもしっかり聞こえたので、僕とファルミアさんは顔を合わせて笑いあった。
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