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第87話 ギルド長は新婚らしい

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「でも、ちょっと意外でしたー」
 俺はやがて、首を傾げて微笑んだ。「わたしはてっきり、神殿とギルドの関係って友好的というか、ずぶずぶの関係だと思ってたんでー」
「ずぶずぶ……」
「だから、神殿の悪い噂を聞いて、ギルドで依頼を受けるのも不安だなーとか思ったりして。でも、そういうわけじゃないんですね? もしかしてギルドの人たちって神殿のお偉いさんとは反発している感じなんですか?」
「何でそんなことを聞くんだ?」
 茶髪チャラ男がふと怪訝そうに眉を顰める。
「だって、こうやって何か調べさせてるじゃないですかー。わたしだって、ギルドで活動してますし、何があったのかなって事情を知りたくなるのも当然じゃないですか?」
「まあ……そうだけど」
 と、茶髪と黒髪が気まずそうにまた視線を合わせる。
 一瞬、俺はアイテムボックスにある自白剤(小)を思い出し、こいつらに飲ませればもっと色々聞き出せると考えたものの、下手な動きをすればもっと疑われるだろうと思い直す。
 そして、頑張ってチャラい女を目指してみる。
 そう、お手本はロクサーヌである。男に媚びを売るような、甘えたような口調。色気で男の警戒心を失わせるのだ!

 ……うん、さすがに無理だな。俺の心が折れそう。

 とはいえ。
 色々なものを吐きそうになりつつも、俺はわざと小首を傾げて微笑んで見せる。
「だって、ギルドと神殿がつながってるってわたしは聞いてて。ギルドで得られる報酬とかもピンハネされてるんかなーとか思っちゃって。上納金っていうんですか? もしかしてそういうのを神殿に取られているから、わたしたちみたいに依頼を受けて動く人間には雀の涙みたいな報酬しか出ないんかなって思ってたんです」
「……いや、それはないよ」
 さすがに茶髪がドン引きしたように俺を見た。「そこまで悪いギルドじゃないと思うけど」

 悪いギルドじゃない、か。
 俺は瞬時に思考を巡らせる。つまり、上手く丸め込めばギルドが俺たちの味方につく、ということではなかろうか、と!
 ミカエルたちが今、色々探っているだろうけど、万が一その動きが神殿にバレたら全面対決だ。厄介ごとに巻き込まれたくないとギルドが逃げる前に、つながりを作っておくのも重要じゃないだろうか。
 少なくとも、いざとなった時に敵に回られると困る。

 つい、俺はニヤリと笑ってしまう口元を手で隠し、目の前の男二人をまじまじと見つめた。

「ちょっと興味本位で訊くんですけど」
 俺がさらに笑みを強くして言うと、黒髪は何か予感をしたのか厭そうに身を引いた。
「……何だ?」
「情報提供っていくらもらえるんですか?」
「は?」
「何?」
「いや、お兄さんたちが今、こうやって調べて色々とギルドに報告したら、いくらもらえるのかなーって」
「何でそんなことを」
「実はですね」
 俺はそこで、ぐい、と身を乗り出しつつ、親指でポチの方を指し示しながらさらに声を顰めて続けた。「あっちの馬鹿がですね、凄い借金を持ってるんですよ。そのせいで、ギルドで魔道具の素材回収の依頼を片っ端から片づけているんですけど、全然借金返済の先が見えないんです」
「借金」
「借金」
「だから、わたしもちょっと頑張って情報を集めてくるんで、ギルド長とやらに話をつけてくれたら嬉しいなーって」

 俺がちょっと困ってしまうくらいの僅かな沈黙の後、黒髪がため息をついて頭を掻く。
「危ないから情報を集めようとか思わない方がいい。お前が考えているよりずっと、神殿を敵に回すのは危険なことだ」
「解ってますよ」
 ちっちっと指を揺らしながら、俺はどや顔で笑う。「でも、お……わたし、凄く強いし大丈夫」
「いや、それより」
 茶髪チャラ男が心配そうに俺の顔を見つめ直した。「借金持ちのって……もしかして、婚約者持ちって言っていたけど、彼がそう? 確かに美形だけど、もしそうなら別れた方がいいんじゃないの」
「アレは違いますよ」
「アレ……」
「アレの弟がわたしの婚約者なんですけど、身内に借金持ちがいると困るじゃないですか。だから、尻を蹴飛ばしながら働かせてるんですけど、すぐサボる馬鹿なんです。わたしはアレのことを心の中でポチって呼んでますが、犬より馬鹿」
「ポチ……」
 黒髪がとうとう頭を抱えたが、茶髪はちょっとだけ面白そうに俺を見て笑う。
「確かにあんたは強そうだ。主に、気が」
「否定しません」
「いや、待て」
 黒髪が慌てたように手を上げた。「身内でも借金持ちは危険だろう、別れた方がいい。お前さんは可愛いし、次の婚約者など簡単に見つかるはずだ」
「んー、後で考えます」
「そんなに……婚約者に惚れてるのか?」
「顔がいいんです」
「顔」
「顔」

 何とも言えないような表情を向けられた俺だが、気にしない。呆れたというか、同情されたのだろうか。

「とりあえず、ここ、神殿に近い店だから色々と噂も情報も入ってきますし、何かあったらギルドに行きます。ええと、わたしはアキラといいますがあなたたちは?」
 二人は少しだけ困ったように口ごもっていたが、やがて黒髪はターク、茶髪はパトリスと名乗った。そこそこ精力的に活動しているから、ギルドでも名前を知られているらしい。受付で二人の名前を出してくれたら、呼び出してもらえるように言っておく、ということを約束してくれた。
 ありがとう、俺の幸運値。

「それと、ギルド長ってどんな人ですか? 若いですか?」
 俺は気になっていることを訊いてみる。よくあるライトノベルだと、すげえ美女がギルド長だったりすることもあるんだが。巨乳だったりするとさらに嬉しい。

「五十歳くらいのおっさんだ」
 黒髪――タークがそう言うと、俺は心の中で呟いてしまう。さようなら、俺の幸運値。まあ、そう簡単に心躍る展開はないよな。
 逆に、おっさん相手なら俺の美少女アバターも役に立つだろうか。
 色仕掛けとまではいかなくても、ちょっと微笑めばコロッと味方になってくれるかもしれない。
「……意外と悪そうな顔してんなー」
 茶髪が冷めたコーヒーをすすりながら、呆れたように言う。
「酷いこと言いますねー。まあ、ちょっと笑いかけたら報酬弾んでくれるかな、くらいしか考えてませんけど」
「充分悪い」
「それに、ギルド長は新婚だ」
 黒髪がそこで口を挟んだ。「若い嫁さんをもらって浮かれてるから、下手なことをすると怒らせるかもしれない。ちなみに職場結婚だから嫁さんもギルド内にいる」
「なるほど」
 それは重要な情報である。
 俺が適度に距離を取って接しないと、焼きもちを焼いた若い奥さんが実家に帰ってしまうかもしれないということだ。それで恨まれたら味方になってもらうという目的も果たせない。

「よし、解った」
 俺はふと、彼らに気づかれないようにアイテムボックスを探り、取り出した瓶をチラつかせた。「これをギルド長への賄賂にします。喜んでもらえたら、ちょっと割のいい依頼を回してもらうってことでどうでしょう」
 赤い液体の入った瓶を彼らは胡乱気に見つめ、眉を顰める。
「賄賂ってお前」
「何だそれ」

 俺は『ふふーん』と笑いつつ、ちょっとだけ焦らしつつ囁く。
「……精力剤です」
「せ」
「お前」
「超・絶倫になれること間違いなしの特別な薬です。多分、凄く高価な薬なんだと思うんですけど、効果抜群だから売り払うのは慎重にしないと駄目なやつ」
「どこで手に入れた」
 黒髪はふと表情を引き締めて瓶と俺の顔を交互に見やる。
「ほら、そうやって出所を探られると困るんですよ。作った人が気難しい相手で、名前をバラしたらもう二度と売ってもらえなくなるから」

 ――まあ、作ったのは俺だけどな。
 しかも、効果が(大)だからヤバいはずだ。

「疑うんでしたら、薬の鑑定ができる人に見せてください。自慢の逸品だと思います」
「……そうか」
 やがて、茶髪が俺の手から瓶を受け取った。咎めるような視線を送る黒髪に対して、茶髪――チャラ男パトリスは苦笑して見せた。
「面白そうだし、いいんじゃないか。俺、ちょっと興味出てきた。まさか、こんな店でこんな面白そうな女に会うなんてな」
「面白そう……?」
 タークは眉間に皺を寄せつつも、やがて諦めがついたのか頷いたのだった。

 食事を終えて出て行く二人を見送りながら、ミカエルたちが帰ってきたら自慢しようと思った。
 いやあ、店番しながらいい仕事をしたぜ、俺。俺はやればできる子である。

 で、ポチはずっと寝てる。
 本当に使えねえ。
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