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第91話 薬師

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「ってな感じでギルドの協力が得られるんじゃないかと」

 俺はミカエルたちに何があったのか教えてもらった後、こっちの収穫も伝えた。相変わらずメイド服の格好だったから、妙にミカエルの視線が突き刺さってきて痛い。
 とりあえず、そんな微妙な空気を誤魔化すためにやっと起きてきたポチの評判を落としておいた。ずっと寝てました、使えねえ、という俺の感想を伝えたらさすがのミカエルの視線もポチに向いた。いかにも咎めるようなものが。
 ポチは『何で言った!?』と言いたげな視線を俺に投げてきたが、「疲れてるんだから寝てしまったのは仕方ないだろう」と開き直ることにしたようだ。たまの休日を楽しんだ、というその様子に、セシリアに軽く頭を殴られていた。

 でもまあ、お互い、色々と情報収集はできた方だと思う。
 俺が気になったのは、会話の流れで聞いた三峯の意見。『邪神』というのが神殿の中にいるんじゃないか、ってこと。
 なるほどな、と思うのと同時に。
 そういや、マチルダって奴はどこにいるんだ、と改めて恨めしく思った。答え合わせができないってのは、何かともやもやするものだ。俺たちをこっちの世界に呼び込んだんだから、責任は取ってもらいたい。

 で、そんなやりとりをした後から、それぞれ忙しくなった――んだと思う。
 大天使ご一行は王宮魔術師と色々話し合いを進めていて、聖獣を使って国王陛下と連絡を取り合っている。相手が神殿ということもあって、外堀を埋めてからではないと行動を起こせないらしい。

 三峯は神殿の様子を観察しながら、魔道具制作を頼んでいる奴のところに行くことが多くなった。どうやら神殿から依頼を受けている魔道具制作はそこそこ順調に進んでいるようで、この勢いならば浄化の旅とやらもそろそろ始まるんじゃないかって話だ。

 で、俺たちはと言えば。三峯が店を空けることが多くなったので、喫茶店の店番もするし、ポチがギルドの依頼を受けて、その付き添いをすることが活動のメインとなった。
 サクラは不思議と三峯のことを気にかけているようで、店番を喜んで引き受けている。まあ、メイド服のカオルをいじって遊ぶのが楽しいのかもしれないが。

 俺はその合間に、マチルダ・シティに戻ることが多くなった。
 目的は主に薬の調合である。レベルが上がって新しい薬が調合できるようにならないかな、と色々やった結果。
 (小)しか作れなかった惚れ薬と自白剤が、(大)まで作れるようになった。新しく解毒薬(小)が作れるようになった。
 念のため、解毒薬をミカエルに飲ませてみて、呪いが解除できないかと試してもらったが、全然効果はなかった。
「できれば神殿とやり合う前に呪いは解いておきたいんですが、そう上手くはいかないものですね」
 とミカエルは笑いながら言う。全然残念そうでもなく、余裕すら感じられる笑みだ。
 確かに、ミカエルもセシリアと同じように精霊魔法とやらが使えれば、凄い戦力になるんだろうが。
「安心してください。それでも、私はあなたを守りますから」
 そう俺の手を握ってくる彼の手を必死に振り払いながら、視界の隅で楽しそうにこっちを見るサクラの目がちょっとうざく感じていた。何か変なことを考えている目である。

 まあ、そんな感じで数日があっという間に過ぎて。

「ああ、久しぶり」
 俺たちが朝一番でギルドに寄った時、そんな声をかけてきたのは例のチャラい男、茶髪のパトリスである。入口を入ってすぐのところにあるホールには、軽食を出しているカウンターがある。そこで肉を挟んだパンとお茶を飲んでいた彼が、俺たちの姿に気が付いて声をかけてきたわけだ。

 こちらは俺とサクラとカオル、ミカエルとアルトとポチ、というメンバー。セシリアと王宮魔術師のアルセーヌはちょっと王都に行ってくる、と言って不在である。
 パトリスも一人で朝食をここで済ませているようで、前回一緒にいた黒髪のタークとかいう男はいなかった。

「あれ、もしかしてそっちの彼が婚約者?」
 パトリスはミカエルを見て何やら察したのだろう、にやりと笑って俺の肩を叩く。そして、近くに会った椅子に座るように促してくる。ホールの中にはパトリスと同じように、ギルドの依頼を受ける前に朝食をここで、と考えている連中が椅子に座ってサンドイッチだかホットドッグだかを食べてのんびりしていた。
「えーと、ああ、まあ」
 俺は歯切れ悪くジャパニーズスマイルで曖昧に誤魔化しながら、つい椅子に座ってしまう。それと同時に、ミカエルが笑顔でパトリスに話しかけた。
「ミカエルと言います。婚約者が世話になったようで」
「いや、世話なんてしてないけど」
 パトリスはニヤリと笑い、軽食を取るための小さなテーブルに頬杖をついた。「なるほど、顔、ねえ」
「顔……?」
 ミカエルが怪訝そうに首を傾げ、俺は慌てて話題をそらした。
「それより、その後、どう? 薬、ギルド長に渡してくれた?」
 俺がそう訊くと、パトリスは「ああ」と頷いた。
「結果はどうなったか知らないけど、渡した渡した。いや、飲んだのかどうか気になるね」
 楽しそうに目を細めた彼だったが、ふと何かに気づいたように動きをとめ、ギルドの受付に向かおうとしていた人影に手を振った。

「よう、エリゼ! 最近、一緒に行動してる可愛い子はどうした? フラれたか」
 急に声をかけられた男性は困惑したようにこちらを見て、パトリスの顔を確認すると苦笑して見せた。
「ちょっとここ数日、彼女は体調が悪いようでな。宿屋で休んでる」
「ああ、アレか。女の子だもんな」

 と、微妙な会話をする彼ら。ここが日本だったらセクハラ発言で問題になるところだ。
 エリゼと呼ばれた男性は、パトリスの言葉に気まずそうに視線を宙に彷徨わせ、ふと俺たちに目を留めると首を傾げた。
「お前こそ、新しい仲間ができたのか?」
「いや、違う違う」
 チャラ男パトリスは手を軽く振ってそれを否定した時、ちょうどホールの奥の方から見覚えのある男が声をかけてきた。黒髪の男、タークである。
「ちょうどよかった」
 そう呟いた彼は、俺たちの顔を見回してから足早にギルドの受付の若い女性のところに向かってしまう。そして、一言二言その女性と会話していると、カウンターの奥から別の女性が姿を見せる。その長い黒髪の女性は、ギルドの受付嬢が着ているような服装ではなく「まるで男装ですか」と言いたくなるようなピシッとしたパンツ姿で背筋を伸ばして立っている。
 年齢は二十打前半だろう。女性にしては短めの髪を首の後ろで一つに束ねている。顔立ちは整っているが、どちらかと言えば『女性にモテる』タイプ。可愛いのではなく、格好いいと言われる感じの。

 しかし何やら微妙にバタバタしているな、と他人事のように考えていると、気づけばエリゼという男性はギルドの受付へと行ってしまっていたし、俺たちの前にはタークと男装の麗人がいた。
 何だ、どうした。俺たちに用なのか。

「失礼します。あなたが例の薬を持ってきた方ですね?」
 そう言った彼女の目は、真っ黒であるのに奇妙な輝きも含んでいた。真剣な表情で真面目な口調を心がけているようだったが、そわそわした態度は隠せない。
「えー、はい」
 俺はそう頷きつつ、そっと周りを見回した。
 サクラもカオルも興味津々と言った様子で目の前の女性を見つめているが、ミカエルは少しだけ警戒して目を細めていた。
「わたしは薬師のガブリエル・ヴィアットと申します。もし可能でしたら、ギルドの奥の部屋でお話しできませんでしょうか」
 彼女は頭を軽く下げながらそう言うと、俺に手を伸ばしてきた。ミカエルと同じように、エスコートでもするんですか、という感じの動きだった。

 っていうか、ガブリエルか。
 二人目……いや、三人目の天使扱いでいいだろうか。
 ミカエルと三峯とガブリエル。
 何だこの、天使率の高さ。
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