月の光に照らされた夜に。

梧 哉

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 出て行った後姿を眺めやり、ライラは小さく息をついた。
 目まぐるしく過ぎた時間は僅かだったが、休憩にはならなかった。

 まさか、執務の休憩時間に求婚とか。普通ならありえないわよね……。

 それでも、彼らしいと思う。

 触れただけの唇は熱を持っていて、先程の情景を思い出させるには十分だった。

「お嬢様、これからの予定はどうされますか?」

 ノックをしたあと入ってきた侍女に、ライラは意識を切り替える。

「残っている書類ものはある? 満月になったら、わたしは使いものにならなくなるから、先を見越して見ておくわ」

 今日中に仕事は終わらせておかなければならないだろう。満月中は本能が獣化を求めてくるため、それを拒むのは体力も気力も必要になる。

「わかりました、確認してまいりますね」

 執務室から出て行く侍女を見送ったあと、ライラはゆっくりと背伸びをする。

「さて。やりますか」

 ライナスは『紳士でいられるのは今日だけ』と言った。彼は嘘をついたことがないから、それは本当なのだろう。

 しばらくは、ペンが紙の上を滑る音と紙をめくる音が響く。

 小さなノック音が響き、ライラが書類を読みつつ返事をすると、静かに入ってきたライナスが目を細めた。それは一瞬のことで、誰も気づいていないようだ。

「お嬢様、休憩にしましょう。効率が悪くなりますよ」
「そうね……そうするわ」
「ミルクティーをご用意しました」

 持っていた書類を置いて、ソファへ移動する。

「マドレーヌも一緒にどうぞ」
「ありがとう」

 ミルクティーはライラが好きな紅茶だ。もちろん、気分によってストレートやフレーバーティーも飲むが、仕事がたてこんでいるときなどは、ミルクティーかコーヒーを飲むことが多い。

 カップを持ち上げれば、ふわりと優しい香りがする。

「明日が満月だからといって、仕事のしすぎです」
「そうはいっても、明日は使いものにならないじゃない? だから、少し前倒しで仕事をしているだけよ」
「お嬢様に倒れられては困ります」
「大丈夫よ。これぐらいで倒れたりしないわ」

 カップをソーサーに置いて見上げると、無表情の彼がそこにいる。その瞳は、この部屋に誰もいないからか、少し怒っているように見えた。

「あなたが心配なのですよ」

 言って、ライナスは腰をかがめる。

「今日だけだと言ったはずです。明日になれば、おれは君を手放せない。たとえ仕事で疲れているのがわかっていても」

 執事ではない自分の姿を見せるのは、まだ少し違和感がある。けれど、彼女はきっと、それすらも愛おしいと微笑んでくれるだろう。

「……これはわたしの我儘わがままなの。ライナスと一緒にいるときに、他のことに気を取られたくないから」

 指先でライラの顎を持ち上げ、口付ける。

「おれを執事からただのにするのは貴方だけだ」
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