君と密かに恋をする

梧 哉

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 駅の地下にあるブティックを何件かまわり、みやこに見てもらいながら何着か購入した。
 さすがに仕事に着てくることはできない服もあって、少し恥ずかしい気もしたが、新しい服を見ると気持ちが上昇するのは止められない。

 土曜日まで、あと2日。




****




「お帰り、ねえさん」
「あら、珍しい人がいるわ。あきら実家ここに帰ってくるなんて、明日は雨が降るかもね」

 毛先に少しくせのある茶色の髪、肩甲骨あたりまで伸びた髪は、仕事帰りで1つに束ねられている。

 化粧っ気のない彼女の名前は、佐藤りん。昶の2つ上の姉だ。

 昶の家は祖母の代から印刷会社を経営していて、姉は三代目だ。姉は小さい頃から本が大好きで、部屋の中は本棚で埋め尽くされている。そんな彼女に、恋人ができたらしい。

「車を借りにきたんだ。土日に使わせてもらおうかなって」
「借りにって、昶が買った車なんだから言い方おかしいわよ」
「そうだけどさ、今のマンションだと必要ないし。使わないと勿体ないだろ?」

 昶は返答しつつ、玄関の小さなカゴに入れてあった車の鍵を手に取った。

「詳しいことは聞かないであげるから、素を出しすぎて嫌われないようにね」
「どうせおれから聞かなくてもたもつから入るんだろ」
「まあね」
「姉さんこそ、大丈夫か? おれ以上に違うだろ」

 仕事の時は落ち着いている彼女だが、プライベートでは甘えん坊なのだ。

「大丈夫よ、だって知ってるもの」
「え? 知ってるの!?」
「なによ、知ってて悪いの?」
「姉さん、よかったな」

 いい事が聞けた、と昶は子供のように笑う。
 彼女も表裏おもてうらのある人で、どちらの凛も好きになってくれる人はいなかった。なかば諦めていたのだ。

「わたしが大丈夫だったんだから、昶も大丈夫よ」

 したり顔で言う凛に「わかってる」と拗ねたように返事しながら、昶は靴を履く。

 心配してくれているのはわかっているが、少し照れくさい。

「うまくいったら、ちゃんと紹介しなさいよ」
「わかった、わかった。今からあれこれ言わないでくれよ。姉さんはおれのことより自分のことだけ考えてろよな」

 んふふ、と幸せそうに微笑む凛を振り返り、昶は両肩をすくめた。

「逃すなよ?」
「逃してもらえないわよ、今更」
「ん? ……あぁ、姉さんの方が捕まってんのか。なら、問題ないな。溶けるぐらい溺愛されてるって維が言ってたけど、なるほどねぇ…」
「あんたと思考回路が似てるから、気があうかもね」
「時間があったら会わせてくれよ」
「そっちもね」
「そのうちな」

 彼女、くしゃみしてるかもな。

 来実くるみのことを思い出し、昶は目を細める。

 どこまでなら、彼女は触れ合いを許してくれるだろうか。
 慣れていないとわかる彼女を溺愛すれば、きっと真っ赤になってくれるはずだ。
 ――食べないように自制できるかな……。

 どちらにせよ、土曜日が楽しみだ。
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