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「葛西、おまえンとこはどうなんだ?」
編集主任である葛西晃二は、昶の一年あとに入ってきて、あっという間に主任という立場になった。
この編集という部門は重要な場所で、営業と組版の間を行き来する。だが、会長――社長の自身・父親だ――は、編集の社員を雑用のように思っているようで、手元の作業が落ち着き定時退社をしようとすると、「もう終わったのか」とわざとらしくやってくるのだ。
嫌がらせだと思う社員がいるのは当然でーー嫌がらせで間違いないのだがーー定時退社は会長がいないときにしかできず、そのうえ、納期間近だと深夜残業が当たり前だという、そんな過酷な部門だ。
そこでかれこれ七年、主任歴が五年という、素晴らしく忍耐強い青年なのだ。
「まぁ、女で頑張ってるの見ると、嬉しくなるよ」
言葉づかいは多少悪いが、それは彼なりの感謝の意。
「田口は今年で四年か。編集でそれだけ長い子はあまりいないな」
貴重な戦力である田口友姫は、深夜残業に文句は言っても妥協はしない、仕事に前向きな子だ。
「そっちはどうなんだよ?」
生ビールのジョッキを片手に印刷主任である柚木晴明へ視線をむけると、顎髭をはやした中年太り気味の男性がふっくらと笑う。
「ウチはあまりゴタゴタに巻き込まれないから、問題ない。それに、関本も十年目に入ったし」
晴明は小柄な男性で、十五年、この会社に勤めている。その下にいる関本和彦も十年目に入り、どちらもベテランの域だ。
「そっか。やっぱ問題はオレんトコだな。長続きしないからな」
グビグビと生ビールを飲み干し、ぷはぁ、と息を吐き出す。コトリと置いたジョッキを見つめて、両肩をすくめて見せた。
「編集は難しいね。おれたち営業が手伝っても、それを会長に見られちゃあ、突かれるのは編集だからなァ」
晶良は苦く笑う。
――編集をどうにか手助けしたいと思うのは、どの部門でも同じ思いなのだ。
「コッチでできそうなヤツは、全部まわしてかまわないって言ってるのに、葛西がきかないのよ?」
都もビールを飲みながら「どうにか言ってよ」と説得を持ちかける。
「そう言われてもな……」
「組版は奥さんがバックにいるんだから、どうにでもなるのよ? それに、フロアが完全に隔離されてるんだから、原稿と一緒に封筒に入れてきたら何が入ってるかなんてわからないんだからね」
「都、そろそろやめてやれ」
「もーっ」
都の隣に座っている晶良が頭をぽんぽんと叩いて宥めると、ふくれっ面した都がそっぽを向いた。
「まぁ、どうにかなるさ」
どうにかならなかったら、よろしくな。
葛西の言葉に、そっぽを向いていた都は、彼へと視線をちらりと向けてまたそっぽを向いた。
その口元には、小さく笑みが刻まれていた。
編集主任である葛西晃二は、昶の一年あとに入ってきて、あっという間に主任という立場になった。
この編集という部門は重要な場所で、営業と組版の間を行き来する。だが、会長――社長の自身・父親だ――は、編集の社員を雑用のように思っているようで、手元の作業が落ち着き定時退社をしようとすると、「もう終わったのか」とわざとらしくやってくるのだ。
嫌がらせだと思う社員がいるのは当然でーー嫌がらせで間違いないのだがーー定時退社は会長がいないときにしかできず、そのうえ、納期間近だと深夜残業が当たり前だという、そんな過酷な部門だ。
そこでかれこれ七年、主任歴が五年という、素晴らしく忍耐強い青年なのだ。
「まぁ、女で頑張ってるの見ると、嬉しくなるよ」
言葉づかいは多少悪いが、それは彼なりの感謝の意。
「田口は今年で四年か。編集でそれだけ長い子はあまりいないな」
貴重な戦力である田口友姫は、深夜残業に文句は言っても妥協はしない、仕事に前向きな子だ。
「そっちはどうなんだよ?」
生ビールのジョッキを片手に印刷主任である柚木晴明へ視線をむけると、顎髭をはやした中年太り気味の男性がふっくらと笑う。
「ウチはあまりゴタゴタに巻き込まれないから、問題ない。それに、関本も十年目に入ったし」
晴明は小柄な男性で、十五年、この会社に勤めている。その下にいる関本和彦も十年目に入り、どちらもベテランの域だ。
「そっか。やっぱ問題はオレんトコだな。長続きしないからな」
グビグビと生ビールを飲み干し、ぷはぁ、と息を吐き出す。コトリと置いたジョッキを見つめて、両肩をすくめて見せた。
「編集は難しいね。おれたち営業が手伝っても、それを会長に見られちゃあ、突かれるのは編集だからなァ」
晶良は苦く笑う。
――編集をどうにか手助けしたいと思うのは、どの部門でも同じ思いなのだ。
「コッチでできそうなヤツは、全部まわしてかまわないって言ってるのに、葛西がきかないのよ?」
都もビールを飲みながら「どうにか言ってよ」と説得を持ちかける。
「そう言われてもな……」
「組版は奥さんがバックにいるんだから、どうにでもなるのよ? それに、フロアが完全に隔離されてるんだから、原稿と一緒に封筒に入れてきたら何が入ってるかなんてわからないんだからね」
「都、そろそろやめてやれ」
「もーっ」
都の隣に座っている晶良が頭をぽんぽんと叩いて宥めると、ふくれっ面した都がそっぽを向いた。
「まぁ、どうにかなるさ」
どうにかならなかったら、よろしくな。
葛西の言葉に、そっぽを向いていた都は、彼へと視線をちらりと向けてまたそっぽを向いた。
その口元には、小さく笑みが刻まれていた。
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