Red Crow

紅姫

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それは運命で、決定事項で…①

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それがいつから始まったのか…俺は今でもはっきりと思い出せる。
それはもはや運命としか言いようがないものだろう。
そしてそのときには、すでにそれは決定事項で覆すすべなど俺は持っていなかったのだ。




それは、俺が22歳の時から始まっていた。
俺は昔から軍の情報部に憧れていた。
他国の情報を得て国のために働く、そんな存在に憧れていた。
だから、俺はコツコツとバイトをして貯めたお金でパソコンを買って、試行錯誤しながらスキルを磨いた。
細身で線が細く、運動能力にも自信はなかったが、パソコンの扱いならばこの国で一番だと言える自信があった。

それでも、武力での実力重視な軍。
俺が軍に入るなんて、とても難しいことだった。
だから…。

あの日。
俺の22歳の誕生日の日。
軍に入隊できるという手紙が届いたとき、俺はすごく…すごく…嬉しかったんだ。

でも、きっとそれすらも、この運命の一場面に過ぎず、計画の一部で、すでに決定されたことだったのだろう。











高級車が俺を迎えに来て、俺は城に案内された。
薄暗い廊下を歩いて、俺は国王のいる部屋へと通された。
部屋には国王とその側近が居て、逆光で顔が黒く見える中、二人の瞳だけが自分を見て輝いていた。

「ーーーーー、だな?」

その瞳を見ていれば、国王が俺の名前を呼んだ。

俺は自分の名前が好きだった。
両親が考えてつけてくれたこともあるが、何よりその響きが好きだった。

「君はこれからその名を使ってはならない」

「え?」

何を言われたのかすぐには理解できなかった。

「聞こえなかったのか?お前はもうその名前を口にしてはならないと言ったんだ」

「な、なぜですか」

「…」

国王は答えなかった。
側近も答えなかった。

名前を口にしてはならない。
その意味が何なのか。俺は知っている。
到底受け入れることなんてできなかった。
何かの間違いだと思った。

だが、頭の中である噂話が浮かんだ。
まさか…本当に…?


「俺に…スパイになれと言っているのですか?」


国王は答えなかった。
側近も答えなかった。
それは無言の肯定だった。


その噂は知っていた。
この国は他国にスパイを送って、情報を集め、目的のために他国の国王を殺していると。

でも、そんなの嘘だと思っていた。
この国に限ってそんな事はしていないと、なんの根拠もないのに俺は思っていたのだ。
それはきっと、軍の情報部に憧れ、国のために働期待と願っていた俺の願望だったのだろう。


「い、いやだ…」


俺は呟いていた。

国王と側近は静かに俺を見るだけだった。
まるで、俺の言葉になど興味がないと言いたげに、ただ見るだけだった。


「俺は…俺はそんな事するために、軍に入りたい訳じゃない…」


「君の意見なんて関係ないんだよ」


今まで黙っていた側近が言った。


「君がスパイになるのは決定事項なんだから」

「嫌だって言ってるだろ!俺は、スパイになんて…」


「お父さん、病気なんだってね。しかもかなりの難病らしいじゃないか。余命3年何だろ?」

「!」

俺は驚いて、口を開けたまま固まった。

「お母さんはお父さんの治療費の為に朝から晩まで働いてるんだろ?
それでも、平民には高値過ぎる治療費だ。
早く治療しなければ、死んでしまうというのに。
ましてや、まずは手術をしてくれる医者を探さねばならないときてる」

「なんで…それを…」

「…」

側近は答えなかった。
俺の問など答えるに値しないとでも言うように、側近はまた口を開く。

「軍の医療ならば、延命は可能だ。医者を探すのだって国から頼めばすぐに見つかるだろう。

個人でやっていたら絶対に父親は助からないぞ」

「…」

信じられない…。

「あ、貴方達は…俺を脅してるのか?」

「脅すだなんて人聞きが悪い。こっちは事実を話しているだけさ」

ニタっと側近は笑った。


信じられない。
こんなのが…俺が憧れた軍が守っている人達だというのか…。


「…」

側近は沈黙している俺に向かって歩いてくる。
近づくにつれて、側近の顔が見えてくる。

それは写真で見たことがある顔とは違って見えた。
薄い黄色の髪。
青白い顔。
薄い唇。
そして、死んだ魚のような濁った茶色い目。



気持ちが悪い。



そう思った。

「この紙にサインをしろ」

側近が手渡してきた一枚の紙。
契約書だ。

これにサインするということは、俺はスパイになるという事だ。


嫌だ!!
と心が叫ぶ。
でも、これにサインしなければ…父さんは…母さんは…。

「一応、文面は読めよ。あとで文句は聞かない」

目の前に突きつけられる紙。
見たくもない文字が目に飛び込んでくる。
 


『職務中、命を落としてもこちらは責任を取らない』

『もし諜報員であることがバレても、この国のことをバラシてはならない』

『命令は絶対。背くことは許さない』



何なんだ…。
何なんだよ…。

なんで俺が、こんな目に。



コレは…俺の運命で、すでに決まっていた決定事項で。





「クソ…」




俺には抗うだけの力などなかった。






















契約が済むと俺は一度家に返された。
これからは軍の寮に住むことになる。
そのための準備をするためだ。
与えられた時間は2時間だった。

逃げ出してしまいたかった。
でも、逃げるわけには行かなかった。


家には誰もいなかった。
父親は病院で、母親は仕事。
もう二度と帰ってこれないだろう家はとても静かだった。

必要最低限の荷物をまとめて、テーブルに置き手紙を残す。

自分がスパイになるということは伏せて、軍に入れるようになったこと、寮に行くことになったこと、国が医者を見つけてくれること、治療費をどうにかしてくれること…。


ポタっと机に雫が落ちた。
それは俺の目から流れた涙で。

とめどなく流れるソレを止めるすべなど俺は持っていなかった。
















軍に一応、兵士として迎え入れられることになっていた。が、受ける訓練は普通の兵士とは違うらしい。
当たり前のことだが。

俺が入る寮は、表向きは兵士のための寮。裏向きでは諜報員専用の寮らしい。

「君の同期は12名ほどいる」

寮に連れてこられて、案内してくれている側近はそう言った。
俺の他にもスパイになるために鍛えられるやつがいるらしい。

「部屋は3人部屋だ」

同じ境遇のやつと毎日一緒ということだ。


きっとそれには…互いを監視するという意味もあるのだろう。


部屋の前に立つと、側近は

「訓練は明日からだ」

それだけ言って去っていった。


俺は目の前の扉を数分見つめて、決心して扉を叩いた。
返事はないが扉を開ける。
二人の警戒心むき出しの視線が俺を突き刺す。
俺はつとめて明るい声を出す。

「はじめまして」

警戒が解かれることはないが、俺は構わず続けた。

「俺は…」

俺の名前は…。

「ファルセダー=イミタシオン。これからよろしく」

言い慣れない新たな自分の名前を口にした。


同室となった二人。
一人は俺よりも若そうに見える男。
背が高くてガッチリとした印象を受ける、まさに軍人といった感じの男だ。
彼はフィランダーと名乗ったが、その名も偽名なのだろう。

もう一人はレスターと名乗る男だった。
俺より10歳は年上だろう。黒髪の中に白髪が目立つ。
それでも、かなり屈強そうな身体をしていて、服からでも筋肉がついてることがわかる。

どちらも軍に居てもおかしいとは思わない、そんな存在だった。俺だけがこの空間でとても浮いているような気がした。

俺達は荷物を片付けながら、一言も話さず、でも、視線だけは互いの動きを観察し続けていた。









夜になると俺達は布団に潜った。
俺は頭の上まで布団をかけていた。
そうすれば…二人の様子など見えなくなり、俺は一人になれるからだ。
寝るときまで神経を尖らせていたくはなかった。

眠れなかった。
必死で目を閉じても、眠気など襲ってこなかった。


母さんはどうしているだろう。
手紙を読んでくれただろうか。

もう二度と会えないだろう…。そう考えれば目が熱くなる。
諜報員になるとはそういう事なのだ。


「…ッぁ」


自分のものではない苦しげな息遣いが聞こえた。

チラリと布団から顔を出して覗けば、それはフィランダーが出したもののようだった。
固く閉じた目。
眉を寄せて何かに耐えるように苦しげな顔をしながら涙を流している。
自分より若いであろう彼は、一体どういう事情で諜報員になどなったのだろうか。


「……ア…、……………れ」

今度はレスターの声がした。
彼も目を閉じていた。
夢でも見ているのか、イヤイヤと首を振っている。

「デリア…、許してくれ…」

女性の名前を呼び、必死に手を動かす彼。

彼は何を抱えているのだろうか。
それはきっと俺などにはまるで想像がつかないことものだろう。


今この場で苦しんでいるのは、俺だけではないのだということに俺は少しだけ安堵した。
そして、その感情に気づいて、自己嫌悪した。
自分はなんてことを考えているのだと。
これでは、まるで人が不幸で喜んでいるようではないか。



しかし、一度思った感情は簡単には消えてくれない。

安堵から襲ってくる眠気。
あぁ…おちる…。

俺は目を閉じた。










夢を見た。
小さい頃の夢だ。
まだ父さんは病気じゃなくて、小さい俺と遊んでくれていて…。
母さんがその様子を見ながら微笑んでいた。

二人とも厚手のセーターを着ているから、きっと季節は冬。
でも、雪は積もっていない。
外で遊ぶ俺はマフラーをグルグルまきにしていた。

走り回る俺は、ふと足を止めてが空を見る。
キラキラと何かが降ってくる。

雪だ。

父さんも母さんも、次々と降ってくるソレを見て笑顔を見せる。


『そろそろ、家の中へ入りなさい』


優しい母さんの声。
父さんに手を引かれ、俺は家の中に入る。

暖かな部屋の中で、父さんは俺の頭をなでて、母さんは窓から雪を眺め微笑む。

『ーーー』

名前を呼ばれた。

『その名前には…………………に……………………』

途中からなんと言っているのか分からなくなる。

『昔…………………では………………………………』

何?
なんて言っているの?


微笑む両親にヒビが入る。

ピキンと音を立てて、両親が、空間が砕ける。



足場を失った俺は、そのまま闇の中に落ちた。
そこで、声を聞いた気がした。







目が覚めた。
なんて、最悪な目覚めだろう。
今にも吐いてしまいそうな、気持ち悪さを覚えた。



『君は抗えない。コレは運命なんだから』



夢の最後で聞こえた声。

それは間違いなく…





自分の声だった。
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