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それは運命で、決定事項で…②
しおりを挟む朝、俺達諜報員は1つの部屋に集められていた。
全部で12人の、新しい諜報員だ。
そして、説明を受けた。
要約すると、俺達は普段は軍人達とは別メニューで訓練を受けることになるが、来客…他国の国王などが来国してきた場合には軍人と共に訓練し、そこで頭角を表わせとのことだ。
国王の目に止まれば、楽に諜報員として潜入できるからだ。
俺は今まで知らなかったが、この国では他国に育てた兵を渡す行為を長年やっていたらしい。
諜報員のことといい、この行為といい、俺はこの国についてまるで知らなかったのだと思い知った。
俺の憧れていたこの国の軍は…真っ黒に汚れてしまっているのだ。
部屋を出るとき、側近に呼び止められ耳元で囁かれた。
『医者を探しはじめた。見つかったらまた教えよう』
一方的に話を終えられ、俺達は訓練場に案内された。
それが…地獄の始まりだった。
今まで銃や剣なんて持ったこともない俺。
しかし、この国が俺に求めたのは…
「……っ!」
「何をやっているんだ!!しっかり狙え!!」
「っ!」
腹部を蹴られ、地面に横たわった。
身体を起こそうにも、手首につけられた重りのせいでままならない。
重りをつけた状態で銃で的を射抜く事ができるようになること。
重りをつけた状態で自由自在に剣を扱えること。
それを強要された。
そして……。
「や、やめてくれ!!」
目の前で鎖に繋がれ、叫ぶ名も知らない男。
「何をしている、さっさとやれ」
俺は男に向かって引き金を引いた。
襲ってくる吐き気。
人を殺せるだけの精神力を持てるように…俺は名も知らない人達を殺す訓練を受けた。
それが毎日のように続いた。
そんな地獄の日々を過ごし続けて、2年がたった。
未だに医者が見つかったという知らせはない。
大概の諜報員は6ヶ月もすれば、他国に行ったが俺は他国の国王などが来たときの訓練では手を抜き、目に止まらないように努め、その目を掻い潜っていた。
この国を離れてしまえば、父さんの事も母さんの事も情報が入ってこなくなってしまうからだ。
「聞いたかファル、今日の昼間に他国の偉い人がこの国に来るらしいぞ」
俺の後輩となった男ルフィノがある日言った。
訓練場に向かっている道すがらだった。
「今日か?」
「あぁ」
「珍しいな、冬に来るなんて」
と俺は窓から外を見た。
雪こそ降っていないが、分厚い雲が空を覆い、とても寒そうだ。
外交に来る国の人たちは暖かい時期を好むし、遅くてもピークは秋である。
「しかもかなり有名な国らしい。なんでも、その国の立地が神がかっているようでな、この国の上の人達はそこに軍を置きたいらしい」
なるほど…。じゃあ…。
「俺等も呼び出しをくらうかもな」
俺は呟いた。
その直後、インカムから呼び出しの知らせが耳に伝わった。
今回も俺は手を抜くつもりだったし、その有名な国とやらの偉い人の目に俺のことなんて映らないと思っていた。
だから……。
「ねえ!君!」
と手を握られたとき。
その優しい温もりを感じたとき、俺はとても驚いたのだ。
「俺の国に来ないか!」
キラキラと輝く黒い瞳に、俺は釘付けになった。
これが運命だというのなら、きっとこの出会いすらもすでに決定していたことで。
そして、いつか…。
この人物を殺すことになる。
それもまた決定事項なのだ。
「キース!俺、コイツ連れて帰る!」
「え?本気ですか、リュウさん?」
リュウさんと呼ばれた男の側にいた、キースなる男が困ったように声を出した。
よく見れば、国王と側近の姿も見える。
「本気に決まってるじゃないか!」
「いや…だって、さっきまで乗り気じゃなかったですよね」
「さっきはさっき。今は今だ!」
多分、リュウさんと呼ばれる男が有名な国とやらのトップだと思うのだが、若い気もするし、国のトップと側付きがこんなふうに話す姿は見たことがない。
こんな壁の無さそうな関係性が。国のトップと側付きの間に生まれるものなのだろうか。
「本人は了承しているんですか?」
キースと呼ばれる男が俺を見る。
対面して彼の顔を見る。
流れる金髪。同色の瞳。
やさしげな雰囲気を醸し出す男だ。
「あ、聞いてない」
「リュウさん…」
と困ったように眉を下げた。
「…」
「ごめんなさい、勝手にコッチだけで盛り上がっちゃって。何がなんだか分からないですよね」
優しい口調でキースと呼ばれる男が言う。
「そういや、自己紹介もしてないや」
と、リュウさんなる人がいい、俺に向き直る。
「俺はリュウイ。リュウイ=レラ=ウェンチェッター。ミールって国で総統をしている。よろしくな」
ミール…。
あの、平和な国と有名な…?
「はじめまして、僕はキース=ティリットです。総統補佐をしています」
頭を下げて礼儀正しく挨拶するキース。
「リュウさんが君をミール国に連れて行きたいって言ってるんだけど…無理強いはしません。もし良ければ、僕達の国に来ませんか」
「…」
国王と側近の視線が俺に突き刺さる。
その視線は、拒否することを許してはくれない。
「喜んで」
俺は果たしてちゃんと笑って言えただろうか。
国を出る前に俺の持っていたノートパソコンにあるソフトが入れられた。
ミール国の情報をこの国に渡すためのものと、この国からの指令を受信するためのものだ。
これから、俺の諜報員としての仕事が始まるのだ。
「ごめんなさいね」
と車の中でキースが俺に言った。
リュウイは背もたれに体を預けて眠ってしまっている。
「何が?」
「突然だったから…迷惑をかけてしまったと思いまして」
「いや…そんな事は…」
これから、こちらのほうが迷惑をかけていくのだから…とは言えない。
「でも、後悔することは絶対にありませんよ」
「え?」
「ミールはいいところですから」
「…」
笑みを浮かべて心からそう言っているであろうキース。
俺も昔は…自分のいたあの国をいいところだと思い、信じ、国のために働きたいと思っていたのだ。
何故…キースは…
「なんで…」
「はい?」
「なんでそんなに自信満々に言い切れるの?」
ポロリと口から溢れた言葉。
「…」
キースはそんな俺に微笑み、話してくれた。
「僕もミール国に…ミールの人達に救われたからです」
「え?」
「今心からミールにいれてよかったと思ってます。だから、言い切れます。絶対に後悔はしませんよ」
「…」
キースはきっと…本当にミール国が好きなのだろう。
そう遠くない未来。俺がミール国の総統であるリュウイを殺した時…キースはどんな顔をするだろう。
そんなことを思った。
「そう言えば…お名前聞いてませんでしたね。伺っても?」
「あ、あぁ…俺は…」
不意に聞かれて、思わず本名を言いそうになってしまった。
「ファルセダー。ファルでいいよ」
「よろしくお願いします、ファルさん」
キースは笑った。
その後もキースと俺は話した。
同い年と分かって意気投合して、いろいろな話をした。
楽しかった。
あの国で諜報員となるべく訓練していた時にはまるで感じなかった感覚だ。
もしも…俺が諜報員などではなく、普通の人間だったなら…。
俺は、コイツと…友達になれていただろうか。
それは、あり得たかもしれない世界の話で…。
現在では決してありえない話なのだ。
これが運命だというのなら…俺は……。
この世界を恨まずにはいられない。
国につくとすでに空が暗くなっていた。
「とりあえず、ユウに会ってもらおうかな」
城に入るとリュウイ総統が言った。
「ユウ?」
「この国の書記長です」
書記長…。つまり、総統の右腕で実質的ナンバー2。
「どんな人?」
と俺はリュウイ総統の後を歩きながらキースに聞いた。
「うーん…一言で言い表すのは難しい人ですね…」
「…」
どんな奴だそりゃ…。
「ただ…」
キースは俺を真っ直ぐに見てはっきりと言った。
「この国で最も信頼していいのは、頼りになるのは、間違いなく彼です」
と。
「ユウ~」
と言いながらリュウイ総統がノックもせずに扉を開けた。
中には誰もいなかった。
「あれ?ここにいると思ったのに」
「書記長室に居ないって事は…。何かの用事で誰かに会いに行ってるのかもしれませんね」
ここは書記長室だったのか。
部屋を見回した。
広々とした部屋。キチンと整理整頓されている。
「しょうがない、探しに行くか」
リュウイ総統の後を追い、部屋から出た。
「あ、おかえり…?」
「…」
部屋を出てすぐ、廊下を歩くソイツらと出会った。
黒髪に赤い目をした男と白髪に深い青色の瞳をした男だ。
不思議そうに俺を見る赤目の男。
青色の目の男は説明を求めるようにキースとリュウイ総統を見ていた。
「ただいま、ユウ知らない?」
「ユウならアリスと一緒に図書室にいるが…それよりも」
青色の目の男が答え、視線を俺に向けた。
「誰だ?」
「外交に行ってきた国から連れてきた」
「はぁ?勝手にか!?」
「一応、相手側には了承得てます」
キースが言えば、青色の目の男は落ち着いた。
「新しい仲間ってこと?」
「そのとおりだ、ノア!」
「わぁ~よろしくね」
嬉しげに俺を見て言うノアと呼ばれた男。
「えと…」
「あ、僕はノア。ノア=アリソン」
「ルークだ」
「俺はファルセダー。ファルでいい」
「よろしくね、ファル」
「よろしく」
二人は優しげに笑って言った。
「よし、挨拶も済んだみたいだし図書室に行くぞ」
とリュウイ総統が俺の手を握って引っ張る。
引っ張られるのにあわせて足を動かす。
「また後ででゆっくり話そうね、ファル」
と背中に声がかけられ、振り返れば二人が小さく手を振っていた。
「ユウ~」
と、図書室と思われる場所の扉を開けるリュウイ総統。
「珍しいリュウがここに来るなんて」
「おかえり~」
中にいた二人が言った。
黒髪、黒目の落ち着いた雰囲気の男と、灰色の瞳をしたグレーのパーカーの男だった。
「あれ?ユウは?」
「ついさっき出て行ったよ。マオの所に行くって」
「また移動したのかよ…」
ガクッと頭垂れるリュウイ総統。
「なあなあ、その人誰?」
灰色の目をした男が俺に顔を近づけてくる。
「外交に行った国から連れてきた」
「へぇ、よろしく~」
それで納得するのか…コイツは…。
「なるほど、それでユウを探してるんだ」
「そうなんですよ」
やさしげな瞳で俺を見つめる黒目の男。
「新しい仲間だな、名前は?」
ニヒヒと灰色の目の男は笑っていった。
「ファルセダー。ファルでいい」
「よろしくファル。俺はゾムーク。ゾムって呼んで」
「僕はアリス。よろしくね」
ゾムとアリスは笑みを浮かべて言った。
ゾムとアリスと別れ、俺達は医務室に向かっていた。
マオ、という人物はこの国の軍医らしい。
「マオ、ユウは!」
開口一番リュウイ総統が言った。
ポカンとした顔をしてリュウイ総統を見ていた男。
多分、彼がマオだろう。
黄色の髪に、エメラルドを嵌め込んだような瞳。
とても整った顔立ちをした男だ。
間違いなく、俺が今まで見てきた人物の中で5本の指に入るイケメンだ。
「ユーエなら、さっき話を終えて出ていったけど?」
「またかよ!」
リュウイ総統の様子に苦笑し、マオであろう人物は俺に視線を向けた。
「新しい仲間?」
「そうです」
「そっかぁ、よろしくね」
優しい雰囲気を醸し出す男、側にいるだけで癒やされそうだ。
「僕はマオ。医者だよ。何かあったら頼ってね」
と、マオは言った。
「なあ」
書記長室に向かいながら、俺はキースに声をかけた。
「はい?」
「なんで、みんな俺をすぐに受け入れるんだ」
「なんでって…」
キースは困ったように言う。
「だって、初対面なんだぞ。普通、警戒くらいするだろ」
「それは…」
と、キースは俺を見て笑う。
「それはきっと、リュウさんが君を選んで連れてきたと分かっているからですよ」
「え?」
「それだけ忠誠を誓っているんです。彼が選んだなら大丈夫だって」
忠誠…。
たったそれだけで?
「それと…」
キースは一度足を止めて、俺を見て言った。
「仮に君に何かあるとしても、大丈夫だと確信しているからです」
「え?」
「言ったでしょう?信頼していい、頼りになる存在がいるって。だから、大丈夫なんですよ」
キースはまた歩き始め、俺もその後に続いた。
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