Red Crow

紅姫

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それは運命で、決定事項で…③

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「何でいないんだよ!」

と書記長室の扉をあけて中に入るとリュウイ総統が言った。
先程来たときと同じ無人の空間が目の前に広がっている。

「最初からここで待ってれば良かったですね、いずれは帰ってくるんですし」

よく考えればそのとおりである。

「全く…どこ行ったんだ、アイツ。おとなしく、部屋に居ろってんだ」

と、言いながらリュウイ総統は書記長室のソファに腰を下ろした。



「自分の所属している城の中を自由に歩いて、何故文句を言われなきゃならないんだ?」



聞き心地の良い声が後ろからした。
振り返って、俺は目を見開いて固まった。



間違いなく、今まで見た誰よりも美しい人だった。
明るい茶髪。
透き通るような白い肌。
桜色の形のいい唇。
そして、ルビーのような…輝く赤い瞳。
彼から視線を外すことができない。

彼はそんな俺の様子など気づいていないのか、ゆったりとした動きで俺達の方へ歩いてくる。
動くたびに、マントと共に揺れる茶髪がキラリと輝いている気がした。

「ユウ!」

「ユウさん!」

近づいてくる彼にリュウイ総統とキースが言った。
この人が…ユウ…。

「とりあえずおかえり、リュウ。色々と説明してもらえるかな」

彼は俺を見て言った。
真っ直ぐにその瞳で見られて、ビクリと身体が揺れた。

「さっきまで行ってた国から連れてきた!軍事演習を見て決めた」

「……そうか」

リュウイ総統はそれしか言わず、彼はもう諦めたように呟いた。

そして、俺に向き直り

「すまないね、まさか誰か連れてくるとは思わなかったから…。もう少し早く部屋に帰っておくべきだった」

とまず、詫び

「私はミール国書記長のユウィリエ=ウィンベリーだ。歓迎するよ」

と手のこちらに伸ばした。

「あ…ファルセダー=イミタシオンです。よ、よろしく…」

握手を求められたのだと気づいて、慌ててその手を握った。

柔らかく暖かな手の感触が伝わってきた。
ふとユウィリエの顔を見たとき、彼は何やら思案するような表情を浮かべていた。




「で?彼の対応は私がすればいいのかな?」

挨拶を終えて、ユウィリエがリュウイ総統に聞いた。

「任せていい?」

「そのつもりで探してたんじゃないのか?」

「まあ…そうなんだけど…」

バツが悪そうにリュウイ総統は言った。

「任せてくれて構わないよ。ただ…」

「ただ、どうしたんですか?」

「…いや、多分私より適任者がいるから、ソイツに預けるとしよう」

ユウィリエは自身の中で結論に達したらしい。

「まあ、ユウに全て任せるよ。ファルが居やすいようにしてあげて」

「了解」

ユウィリエの返事を聞いて、リュウイ総統は満足げに頷き、キースを伴って部屋を出ていった。






「さて…とりあえずだが、君の部屋を準備しよう。今日は休みな。多分、アイツ、今日は食事に顔を出さないだろうし…明日紹介しよう」

アイツというのが誰なのか分からないが、俺はユウィリエの言葉に頷いた。
どうも多分などと言いながらユウィリエの中では、結論が出ているような気がしてならない。

「そろそろ食事の時間だ。行こうか、食堂に案内しよう」

ユウィリエは俺を促し、部屋を出た。











「ねえ、前いた国での役職は?」

「え?」

食堂の席に着けば、どこからともなくやって来た男…確かゾムといったはず…が俺の隣に腰掛けて言った。

「あ…一応、兵士だったんだ」

誰かに役職を聞かれたらそう答えるようにしていた。
諜報員だなんて口が裂けても言えない。

「へ~、じゃあ、後で対戦しよう!!」

「え…?」

「いいだろ?決定な!」

「…わかった」

あまりに嬉しそうなゾムに頷く以外の答えを導き出すことができなかった。

「何だゾム。新入りに来て早々無理強いさせようとしてるのか」

「無理強いなんてしてないだろ」

近くを通ったらしい男、ルークがこちらの会話に入ってきた。

「お前が対戦しようと言ったとき、明らかに戸惑った声を出してたと思うんだがな」

「僕にもそんなふうに聞こえた」

ルークの隣にいた…ノアも言う。

「嘘だろ…」

「賑やかだな、どうしたんだ?」

食堂に入ってきたリュウイ総統が言う。近くにはキースもいた。

「ゾムが新入りをイジメてるんだ」

「ゾムさん…貴方もいい大人でしょうに」

「イジメてねぇよ!」

ギャーギャーと騒ぎながら会話する目の前の人たちを俺はポカンとした顔で見ていた。

総統が居るというのに砕けた口調が変わることはない会話。
壁がない…そんな関係。


「どうした?ポカンとして」

俺の前に食事の乗ったトレーを置きながら、ユウィリエが声をかけてきた。
いつの間に近くにいたのだろう。

「いや…その…」

俺はチラリと会話している人たちの方へ視線をやった。
ユウィリエはそれを見て、あぁ、と苦笑した。

「いつもの事だ、そのうち慣れる」

「え…?」

驚きの声を出してしまった。

「何を驚くことがある。お前だって今日から此処の仲間なんだぞ」

おかしな奴だな、そんなふうにユウィリエは言った。


『此処の仲間なんだぞ』


その言葉に心がえぐられた。

俺はいずれ…この人たちを裏切ることになる。
それはすでに決定事項で…。
それは…運命なのだ。


















部屋に戻った俺は、荷物を整理し、備え付けられていたテーブルの上に自身のノートパソコンを置いた。
電源を入れて、起動する様子を眺める。

『一日一回は報告を上げること』
あの国の国王から言われていた。
今日も一日とカウントするのかは分からないが、一応、無事にミール国に入ったことと幹部と言われる人達と顔を合わせたことは伝えておくべきだろう。

起動したパソコンのソフトを開き、メール画面を出す。

ミール国に入ったことを書き、次に幹部連中の名前と役職を書いていく。
そこでふと手を止めた。

今日会ったのは、リュウイ総統、ユウィリエ、キース、ゾム、アリス、マオ、ノア、ルーク。
彼らは食堂にも来ていて、軽く話もした。
だが、確かユウィリエは言っていた。『アイツ、今日は食事に顔を出さないだろうし…』と。
つまり、彼ら以外に一人会っていない幹部がいると推測できる。
しかし、それを入れても全部で9人。
国1つおさめているにしては人数が明らかに少ない。

兵士をもたないにしても…こんな人数で国を維持できるものなのだろうか。
ミール国の立地の良さは世界一と名高く、狙っている国も多いだろうに…。

そこでまた疑問が生まれた。
狙っている国も多い。それは確かだし、中にはあの国のように諜報員を仕込もうとする国もあるだろう。だが、中には即座に戦争をふっかけようとする国もあったはずだ。いや…そっちの方が多いだろう。
この立地を求めるのは戦時国が多いはずだ。
兵士のいない、平和主義な国。格好の獲物じゃないか。
なのに…ミール国は滅んでいない。
なぜ?


疑問は浮かぶが答えなんて出ない。
もしかすると、あの国もこんな疑問を持って諜報員を潜入させようと思ったのかもしれない。

ならば…俺はこれから…その理由について探っていかなきゃいけないのだ。



『此処の仲間なんだぞ』



その言葉が耳の中で蘇り、また心をえぐった。
















トントンッと扉を叩く音がして目を覚ました。
時計を見ればもう10時近かった。
慌ててベッドから飛び起きた。
報告をしたあとすぐにベッドに入ったのだが…起きるのが遅くなってしまったようだ。それだけ疲れていたのだろうか。

トントンッとまた扉をノックされる。

寝ぼけてふらつく足に力を入れて、扉まで行く。
鍵を回し、扉を開けた。

「おはよう」

「おはよ…ございます…」

かすれた声で前に立つユウィリエに言う。

「今まで寝てたのか?食堂に来ないから心配してたんだぞ」

クツクツとユウィリエは笑う。

「すみません…」

「いや謝ることはない。疲れてたんだろ。この城の食堂はいつでも開いてるしな。自分で調理だってできるし、いつ起きて飯を食おうが個人の自由だ。
ただ、あまりに遅いものだから心配になったんだ。風邪で寝込んでたり、床で倒れたりしてるんじゃないかとね。
元気そうで何よりだよ」

安心したようにユウィリエは微笑む。

「…」

「なんだ、変な顔して」

面白そうにユウィリエは笑った。

多分、本当に変な顔をしていたのだろう。自分でもなんとなく自覚している。
先程のユウィリエの言葉にそんな反応をしてしまったのだ。

あの国にいた時…風邪で寝込んで部屋を出れなかった俺を心配して見に来てくれるような人は一人もいなかった。
同室のやつですら、俺の様子など気にせず部屋を出ていった。
訓練の時間になってもやって来ない俺を、嫌そうな顔をして見に来たやつはいたが…。

こんなふうに、様子を見に来てくれて、心配したと言ってくれて、無事でよかったとほほ笑みかけてくれる人は初めてだった。


「おい、大丈夫かよ」

と焦ったように言い、俺の顔に手を伸ばすユウィリエ。何かを拭うようにその手は動く。
自分が泣いてることにその時気づいた。

涙は、ボロボロとこぼれ落ちる。
止めようと思っても止まらない。

「具合でも悪いのか?マオのところに行くか?」

心配そうに聞いてくるユウィリエ。
頬に触れる優しく暖かな手。
その手が、俺の中の何かを溶かしているんじゃないか、そう思うほどに俺の目からは涙がこぼれ続けた。













どうにか落ち着いた俺は、顔を洗って、朝食をとり、ユウィリエに連れられて廊下を歩いていた。
手には自身のノートパソコンを持っている、ユウィリエにそうするように言われたのだ。

「昨日も言ったが、君には私よりも適任者が居るから今からソイツに会わせる」

「はい」

最初こそ心配そうにしていたユウィリエだが、俺の様子を見て大丈夫だと判断したのかその事については何も言わなくなった。


「ココだ」

廊下の端の部屋の前で立ち止まる。
ユウィリエはノックもせずに扉を開けた。

中には多くのモニターとパソコンが置いてあった。
ゴチャゴチャとした机に突っ伏している背中が見えた。寝ているのか、呼吸にあわせて黒い髪が上下に動く。

「おい起きろ」

ペシンッとその背中をユウィリエは叩いた。
モゾモゾと背中が動き、大きく伸びをすると、くるりと椅子を回して彼がこちらを見た。

黒い髪。前髪を金色のピンで留めている。
猫を思わせる金色の瞳は少し充血していて、寝不足であることを伺わせた。
鼻筋に眼鏡の跡がある、今はしていないが普段はしているのかも知れない。

「なんだよ、ユウ…」

「なんだよじゃないだろ。昨日の夜伝えておいただろ、新入りを連れて行くって」

「…あ~そういえば」

あくびを噛み殺しながらその男は、目をかいた。
その様子を見てユウィリエは、はぁとため息をついて俺を見た。

「こんなんでも一応この国ができた頃からいる幹部だから安心してくれ」

「はぁ…」

「一応って…酷いなぁ」

ガシガシと頭を掻いて、男は俺を見る。
ユウィリエとはまた違った眼力のある。

「名前は?」

「ファルセダー=イミタシオンです」

「…」

彼は何かを考えるように顎に手をやる。
昨日初めてユウィリエにあった時も同じような反応をしていた気がする、何をそんなに考えているんだろう。

「よろしく、僕はルナ。ルナティア=ハーツホーン」

「よろしくお願いします」

「ルナはココで情報の管理をしている。君はルナの仕事を手伝ってあげて。前いた国でも情報部に居たんでしょ?」

「え…」

「あれ?違う?」

ユウィリエは、おかしいなぁ、と首を傾げた。

「何で…そう思ったんですか?」

「その手だ」

「手?」

「握手した時、指先の腹の部分が若干硬くなってた。そして少し指紋が薄い。きっと、キーボードを叩き続けたからこんなになったんだと思ったんだが…」

「…」

一瞬、手を握っただけでそんなところまで分かるのか…。俺は驚愕した。

「そういえば、昨日ゾムに兵士だったと言ってたな…。リュウも軍事演習を見て決めたと言ってたし…情報部の人じゃないのか?」

「…えぇ、まぁ」

「へぇ~珍しい、ユウが間違えるなんて」

ルナティアは心底驚いたと言うように呟く。

「でも、俺。もともと情報部志望で…パソコン好きなんです。だから…」

「なら良かった。是非ここで君のパソコン能力を活かしてくれたまえよ」

ユウィリエが安心したように言った。

「ルナ、彼の対処は私が任されたが…すべて君に一任するよ」

「りょーかい」

ゆるく返事をするルナ。
ユウィリエは、頑張れと俺の肩を一度叩き、部屋を出ていった。





「よーし、じゃあ早速だけど…」

そう言ったとき、



ぎゅるるるるる…




ルナの腹が盛大に鳴り、

「僕、ご飯食べてくるわ…座って待ってて」

部屋を出ていくルナの背中をポカンと俺は見送った。

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