Red Crow

紅姫

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それは運命で、決定事項で…⑥

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『総統を殺せ』

短いその文章がパソコンに表示された。


ついに来てしまった。


俺はパソコンを閉じながら、頭の中で計画を立てていく。



これは運命。
これは決定事項。

だから…俺は…。




















―夜

「リュウイ総統」

俺は食事を終えたリュウイ総統に声をかけた。

「どうした?」

「ちょっとお話したいことが…」

少し困ったような声で言う。リュウイ総統は一度首を傾げたが、すぐに優しく笑って

「分かった。俺の部屋でいい?なら行こうか」

そう言ってくれる。


予想通りだ。
優しい彼なら、困った様子の俺の話をすぐに聞いてくれる。
その為に部屋に連れてってくれるだろう。









「さあ、どうぞ」

扉を開け、入っていくリュウイ総統の後に続いて中に入る。

「座りなよ」

「その必要はありません」

俺は懐から銃を取り出して発砲した。

銃弾はリュウイ総統の脇を通り過ぎて後ろにあった窓ガラスを割り、パリンッと大きな音を出した。





「なっ!?」

「大人しくしててくださいね」

驚き振り返るリュウイ総統に銃を向けて近づき、後ろに下がるように顎でしゃくる。
リュウイ総統はそれに従い、ヒビの入った窓の前まで下がる。

「しゃがんでください」

「…」

黙ったまま、リュウイ総統は指示に従った。
それはその傍らに立ち、立ったまま、銃口をリュウイ総統の頭に向けた。

「ファル…どうして…」

「どうしても何も、俺の目的は最初からコレですよ」

驚いたように俺を見るリュウイ総統。
リュウイ総統は声に出さずに口を動かした。『ファル』その口は確かに俺の名前を呼んでいた。

「俺はあの国…カーフィア国の諜報員。この国を手に入れるための情報を集めるためにココに来たんですよ」

「…」

「驚きで声も出ませんか。俺も初めて貴方に会ったとき同じ気持ちでしたよ。まさか…自ら諜報員を国に誘い込んでくれるとは思いもしませんでしたからね。でも、お陰でこの国に容易に潜入できました。感謝しますよ、リュウイ総統。貴方のおかげだ」

「ファル…」

「この国に来てから…情報をずっとカーフィア国に流していました。昨日の夜、アチラからもう用済みだから総統を殺して戻ってこいと命令が出ましてね」

「…」

リュウイ総統はジッと俺を見ていた。
その顔は悲しそうで…それでいながら、何故か…俺を心配しているようにも見えた。

「貴方が死ねば…実質この国は終わりです。あぁ安心してください。貴方の仲間もすぐに貴方と同じ場所に行きますから、寂しい思いなんてさせません。どういう訳か、この国の幹部連中は俺のことをまるで疑ってませんからね。隙をついて殺すなんて容易です」

「…」

「さて…そろそろ、無駄話は終わりにしましょうか」

俺はリュウイ総統を引っ張りあげる。
俺が引き金に指をかけると








ドンッ



と扉が開き

「リュウ!」

「リュウさん!大丈夫ですか!」

ゾムとキースが飛び込んでくる。







「あぁ…来ちゃったかぁ…」

俺は銃口はそのままに顔を二人に向けた。


「ファルさん…?」

「お前…何してる」


驚くキースと怒りを顕にするゾム。

「どうしたんだ!?」

「外にいたらいきなり窓ガラスが割れたんだけど!?」

「リュウに何か…!?」

二人の後ろからルークとノア、アリスも姿を表し、俺を見て目を見開く。


「何してるんだ…ファル…」

「冗談でも笑えないぞ…」

「冗談なわけ無いだろ」


俺は引き金に力を込めようとする。

それを見てゾムがものすごいスピードで、自身の銃を取り出して


バンッ!!!


発砲した。





俺は弾丸を避けようと動きながらも、肩に被弾し…
衝撃で後ろに重心が傾き
ヒビ割れた窓ガラスにぶつかる。




ガジャン!!!!




そのまま俺は窓ガラスを突破って…

重力のままに落下した。










これは決定事項。
これは運命。



落下しているとき、割れた窓から俺を見るリュウイ総統の姿が目に映った。






俺は目を閉じ…意識を手放した。



























目を開けると、白い天井が見えた。

ココは…。
いや、それ以前になぜ俺は…。

俺は上半身を起こした。
どうやら、ベッドで寝ていたらしい。

「あ、起きた?」

マオが姿を表し、俺に問いかけてくる。
その表情はいつもと変わらない柔和なもので…。


まるで…何事も無かったような…。
俺だけが夢を見ていたような錯覚を覚える。


「無理して動かないでね、ずっと寝てたし…肩の傷も治ってないんだから」


視線を肩にやれば、包帯が見える。
それが…あれは夢では無かったと俺に教えてくれた。

そして、片手がぬくもりに包まれていることに気づく。

そちらを見ればリュウイ総統が俺の手を両手で握りながらベッドにうつ伏せになり、寝息をたてていた。

「ついさっきまで起きてたんだけど…限界だったのかもね」

俺の視線に気づいたらしいマオが言った。

「ちょっと待ってて、今皆を呼んでくるから」

部屋を出ていくその姿を見送った。





俺は混乱していた。
なぜ?なぜ?
なぜ、俺は生きている?
なぜ、こんな所にいる?

頭の中が疑問で埋め尽くされていく。






ガチャッと扉が開いた。

「ファル!」

「良かった…目が覚めて…」

「ずっと起きないから心配してたんですよ」

入ってくる幹部連中。


良かった?
心配してた?


「何…言ってんだよ…」


俺は、声をもらした。

「お前ら、知ってるだろ!?俺は、お前らが崇拝する総統を殺そうとしたんだぞ!?なのになんで!良かった?心配してた?なんて言えるんだ!

そもそも何で…俺を生かした!?寝てる間に殺すことだってできただろ!?この国には何人もその力を持ってるやつがいるんだから!

仮に生かして情報を望んだとしても、普通地下牢にでもぶち込むだろ!?
何、ご丁寧に治療して、ベッドに寝かせてるんだよ!?

おかしいだろ!?」


思っていた疑問を全て吐き出した。

皆はそんな俺を見つめ、困ったように笑っていた。

なんだ?何故笑う?


「おかしいのはそっちだろ?」

最初に口を開いたのはアリスだった。

「そうそう。お前の行動には矛盾が多すぎた。例えば、扉だ。ちゃんと閉めればあんまり音が外に聞こえなくなるのに、きちんと閉めずに発砲した」

次に発言したのはゾム。

「背中を向けて立っていたリュウさんを狙って、外すのもおかしいです。初心者だって外しやしませんよ」

キースが言った。

「窓ガラスを割ったのもおかしいよね。威嚇したかったなら床でも撃てばいいのに。あれじゃ、外にも何かあったと伝えているようなものだよ」

ノアが続いた。

「何より…ゾムが発砲した時。ゾムはお前の拳銃を狙って撃っていた。そのまま立っていれば当たることもないはずなのにお前は『わざと動いて』銃弾に当たり、窓から身を投げた。まるで…」

ルークが言った。


「まるで、事故に見せかけて自殺しようとしてるみたいだな」


ユウィリエが言った。






バレていた。
全て…。
身体から力が抜けていく。







「情報を流してたとかリュウに言ったみたいだけど…調べたら君が流した情報なんて二束三文にもならないものばかり。僕やキース、ゾム、ユウの正体を知ってるくせにその事にはまるで触れていなかった」

追い打ちをかけるようにルナティアが言った。



「あ…いや…俺は………」

「リュウが言っていた。君、話している間中、とても苦しそうな顔をしていたって。裏切ることを嫌がるように…」

マオの言葉に…俺はもう何も言えなかった。











リュウイ総統を殺すことは、決定事項。
俺に課せられた運命。
でも、俺は…嫌だった。

少ししか共に過ごしていないのに…俺は…この国の皆が好きになっていた。

危険人物が多いけれど…優しくて暖かいこの人達を裏切るなんて…絶対に嫌だった。


だから…俺は計画を立てた。

事故に見せかけてスパイとして殺される為の計画を…。




それは失敗した上に、バレていたようだが…。




「そもそも…君がスパイだってことを、そこの二人は最初から知ってたみたいだし」

「え?」

マオが、ルナティアとユウィリエを見ながら言った。

「お前だって途中で気づいて私を問い詰めたじゃないか」

「何で…分かったんです?」

「この僕が、総統が行く国の情報を掴んでないとでも思うの?色んな国にスパイ送りこんでる事も掴んでたさ」

「…」

なるほど、と思わず納得してしまった。

「私は名前を聞いて、偽名だと思って、多分スパイだろうなと」

「名前?」

「ファルセダー、イミタシオン。どちらも『偽物』とかそういう意味がある言葉だからね。わざわざ、偽名使うのなんてスパイくらいなものさ」

首をすくめてなんてことないように言うユウィリエ。

「自分は…君が嘘をついたから気になった」

「嘘?」

「健康診断のとき、聞いたよね?悩みはないかとか色々。自分は嘘が見抜けるんだ。だから、何か悩んでいることに気づいた。それと、君の身体は無理して鍛えたように見えたから…もしかして…って」

「…」

マオにはそんな力もあったのか、と驚く。
やはり…この国の人達は危険人物達だ。

でも…。

「皆、君のことを心配してたんだよ」

とても優しくて暖かい。






「それで…君に色々と説明をしなくちゃいけないんだけど…」

とユウィリエが口を開いた時、眠っていたリュウイ総統が起き上がった。

ゴシゴシと目をこすりながら、俺を見て、眠そうだった目を大きく開く。

「ファル!起きたんだな!1週間も眠ってたから心配で心配で…」

「1週間?」

俺はそんなに眠っていたのか。

「リュウは君が寝てる間ずっと側にいたんだよ」

マオの言葉に改めてリュウイ総統の顔を見た。
目の下に隈が見えた。
本当にずっと側にいてくれてたのだろう、いつ起きてもいいように…。

「良かったぁ、ファルが起きてくれて。安心したよ」

キュッと握っていた手の力を強くされる。

「リュウイ総統…その…」

何から謝ればいいだろうか。
銃を向けてしまったこと
酷いことを言ってしまったこと
ずっと騙し続けていたこと
謝らなければならないことが多すぎる。

「謝らなくていいよ。全部、ユウィリエ達から聞いた。辛かったね、ファル。
それと、ありがとう。もしも、本当に情報を流されてたら今頃この国はなかったかもしれない。
本当にありがとう」

あんなに酷いことをした俺に彼は言う。
『ありがとう』
そんなもったいない言葉を…。

目から涙がこぼれ落ち

「ごめんなさい…」

口から言葉がこぼれた。

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

俺はリュウイ総統の手を握りしめながら、ただただ謝り続けた。
謝って許されることではない。でも、謝らずにはいられなかったのだ。


「いいんだよ、ファル。君がやりたくてやった訳じゃないんだ。
君は何も悪くないんだよ」


優しいその言葉が、石化していた心を蘇らせてくれた気がした。






泣きやんで、落ち着いてくると、俺の頭もようやく働き出す。

「あの…あのあとカーフィア国から何かされたりとかは…」

計画は破綻した。
あの国なら無理やり攻め込んでくることも考えられる。
もし、俺が寝ている間にそんなことになっていたら…。

「カーフィア国は…その…言いづらいんだけど…滅んだよ」

「ほろ…んだ?」

「国王とその側近が殺されて、今までやっていた悪事の文書が国際警察に送り付けられたんだ。
カーフィア国は…もう国として機能していない」

殺された?
国王が?側近が?

「殺したのはRedCrow。文書もRedCrow名義で送り付けられたらしい」

今回ばかりはアサシンに感謝だ、と言うリュウイ総統。
俺の視線は無意識にユウィリエを見る。
ユウィリエは優しく微笑み、口を開く。

「国は機能しなくなったけど、国民たちは一致団結してあの地で生きてくと決めたそうだ」

「…なんでそんなこと知って」

「聞いてきたからね。
それと、君のお父さんのことはもう心配いらないよ。手術は成功。あと一週間もすれば退院できる」

「!」

驚く俺にユウィリエは事の次第を順に説明してくれた。




RedCrow(ユウィリエ)がカーフィアの国王と側近を殺した次の日にユウィリエとマオはカーフィア国に行ったらしい。
そこで、俺の母に会い話をしたそうだ。
国中に国王達の悪事は広まっていたから、母さんは俺を心配していたそうだ。
無事であることを伝えると、泣いていたらしい。

そして、話しているうちに、父さんの病気のことを知ったマオが緊急的に手術してくれたらしい。
その日のうちに目を覚ます程、経過は良好だったらしい。

父さんと母さんにミールに来ないかと言ったが、二人はあの地で他の国民達と生きることを選択したそうだ。

「言伝を預かっているよ。

『貴方が生きたいと思う場所で生きなさい。ただ…時々は顔を見せに来て』

だそうだ」

「母さん…」

「で?どうする?」

どうする?とは、これからどうするか、という意味だろう。

『生きたいと思う場所』
俺にとってのそれは今は、この国、ミール国だ。
それは疑いようがない。


「私達は君を受け入れるよ」

「むしろ、大歓迎だ!」


ブンブンと腕を振りながら言うリュウイ総統。

嬉しい。
でも……。


「ごめんなさい、俺に…そんなこと望む権利はないです…。俺は…自分の意思じゃないとはいえ、一度、貴方を裏切った。それなのに…。

罰せられたって文句は言えない立場なんです…。俺には…ここにいる権利がない」

リュウイ総統は困ったように眉を下げる。

「罰って言われてもなぁ…どうしよう…」

「そこで助けを求めるのかよ…」

ふられたユウィリエは呆れたように言った。

「まぁ、彼の言い分も理解できるし…望みどおり罰を与えればいいんじゃないか」

「俺、ファルを罰したくなんてないんだけど…」

「そうか。リュウは彼のことは全面的に私に任せていたしな。かくいう私も彼のことはルナに一任した訳だし…お前がやったらどうだ?ルナ」

「そうだねぇ」

ルナティアは俺に近づく。

「上司だったわけだし、それがいいかもね。

君がしたのは、この国で最も重い罪。総統を危険な目に合わせたこと。

でも、それが君の本心じゃないのは明らかだし、同情の余地もある。

そこら辺を考えると…」

ルナティアはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「僕が良いと思うまでこの国で僕の補佐として働き続ける、って事でいいんじゃない?」


「…え?」

「ユウもリュウも文句ないね」

「ない!」

「じゃ、決定」

ポカンとする俺をよそに話は決まってしまった。


「ご愁傷さま。ルナのことだ、『良いと思うまで』なんて言ったことすぐに忘れるから、開放されるのはアイツが死ぬときだぞ。とんだ罰を受けることになったな」


ユウィリエが面白そうに言った。

「あの…」

「言っとくけど拒否権はないから。マオから働いてよしって言う許可が出たらちゃんと僕の部屋に仕事しに来るんだよ」

「…」

「わかった?」

「はい」

俺は頷いた。
もう、抗うだけ無駄な気がした。

優しいこの人達に着いていくのが一番いい、そう思えた。




「そうだ、ファル。君の名前、偽名なんだろ?本当はなんて名前なんだ?」

「え?」

「仲間なんだから、偽名で呼ぶなんておかしいだろ?」

「あ…俺の名前は…」


俺は久々に自分の本名を口にした。



「リッカ。リッカ=ウェイクリング。それが俺の名前です」


「リッカか。良い名前だな。よろしく!」


改めて俺はリュウイ総統の手を握った。






「あ…」

と声をもらしたのはノアだった。
彼は窓を見ていた。

「見て、雪!」

「ほんとだ、今年はまだ降ってなかったもんな」

はしゃぐノアに、ルークが言った。



窓の外を見れば、ひらひらと大きな雪の結晶が空から降っていく。




『リッカ』


ふいに母の声がした気がした。

それはあの日夢で見た母との思い出の中で言われた言葉。

『リッカ、その名前はね、昔の意味で、雪の結晶って意味がある言葉なの。雪の結晶を見れば誰もが笑って、立ち止まって空を見上げるの。だから、貴方も…皆を笑顔にできる存在になって…』


あぁそうだ。
母さんは確かにそう言った。


「うん!俺、そういう人になるよ!約束する」


無邪気な俺はそう答えたのだ。





降る雪を見て、皆、笑いながら話している。
その姿に俺も笑みを浮かべた。



今はまだ、母さんとの約束を守れてないけれど…。
この国でなら…俺もそんな存在になることができるのではないだろうか。
優しく暖かな人しかいない、平和で幸せなこの国でなら…。




いつかそんな存在になろう、と心に誓う。

そんな俺を応援するように、降ってくる雪の結晶がキラリと輝いた気がした。






俺はいつか総統を殺す。それは決定事項『だった』。
それが運命だと思っていた。

でも、運命なんて…そんなもの決まってなどいない。

…運命は変えられる。

幸せな未来は…必ず…


自分の直ぐ側にあるのだ。




皆を見ながらそう思った。
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