Red Crow

紅姫

文字の大きさ
108 / 119

番外編 彼には敵わない

しおりを挟む


「調子はどうだ?リッカ」

「俺的にはもう大丈夫なんだけどね…」

「1週間も寝てた人をそう簡単に退院させれるわけないでしょ」

何やら荷物を持って医務室にやってきたユウィリエに俺が答えると、マオが口を挟んだ。









マオのもとで療養を始めて3日。
もう身体を動かしても大丈夫だと思うのだが、マオから良しと言われないため、俺は未だにベッドの上にいた。

この3日間、何度も皆が見舞いに来てくれ、ユウィリエやルナティア、リュウイとも敬語ではなく話すことができるまで仲良くなれた…と思う。
もともと、この国の人達はキース以外敬語なんて使っていなかったから、俺が勝手に萎縮していただけなのだろう。

「突然呼び出してごめんね、ユーエ。町の方で珍しい症状の患者がいるって連絡が来たもんだからさ…」

「構わないよ。仕事は一段落してたし、ノアもゾムに連れられて庭に行っちゃって暇だしね」

「ありがとう。ちょっとリッカが逃げ出さないか見てて」

「別に逃げ出しゃしないよ」

俺は言うが、マオはどこか心配そうだ。
別に…疑われるようなことはしていない。ただちょっと寝ているのに飽きて体を動かしたくなったから医務室を抜け出して走りに出ただけなのに…。

「安心しろ、マオが戻ってくるまでちゃんと見張っててやる」

「ありがとう、じゃあよろしく」

マオが出ていくのを見送ると、ユウィリエはベッド近くの椅子に腰掛けて

「大人しくしててね、リッカ」

と言った。










「全く…医務室を抜け出したりしなけりゃ見張りなんて立つことなかったのに」

「悪かったと思ってるよ」

「まぁ、ずっと寝たきりなんて暇なのもわかるけどな」

荷物の中から取り出した林檎の皮をナイフで剥きながら、ユウィリエは言った。

ナイフを握るユウィリエの姿は様になっているが、正体を知っているだけに少し恐ろしさも感じてしまう。
視線は否が応でもナイフにいく。

「なんだよ、そんなに見つめて」

「あ…いや…」

「ん?あぁ…ナイフを気にしてるのか。安心しろよ、新品だから」

どこに安心する要素があるのか。

「本当は厨房から果物ナイフ取ってくればよかったんだけどな…あれ小さくて使いづらいんだよ」

皿に林檎を盛り付けて俺に差し出すユウィリエ。

「どうぞ」

「…ありがとう」

1つ林檎を取り、口に運ぶ。
素朴な甘さが口の中に広がった。








「そういえばさ」

と俺はユウィリエに声をかけた。
ずっと疑問に思っていたことを、答えを知っているであろう彼に聞くいい機会だと思ったからだ。

「ん?」

「俺さ、なんで助かったんだ?」

「は?」

意味が分からないというようにユウィリエが声をもらした。

「いや…だって俺、窓ガラスから飛び降りたんだぞ?普通死ぬだろ」

「あぁ、そういう意味ね」

ユウィリエは納得、というように2、3回頷いた。

「そんなの私が窓ガラスの下で抱きとめたに決まってるだろ」

「決まってるだろって…」

ありえない。
だって、高所から落ちて来た60キロ前後のものを受け止めたらかなりの力が受け取り手にかかる。
なのに…。

「お前…骨折とかしてないじゃん」

「当たり前だろ」

「いやいや…おかしいだろ」

「上から落ちてきたお前一人受け止めたくらいで骨折するようなちゃちな鍛え方してないよ」

鍛え方の問題だろうか。
ありえない事なのだが…ユウィリエが言うならそうなのだろうと思えてくる。
多分、考えることを放棄したいんだろうな。

「もう一つ聞いていいか?」

「何なりと」

「お前は俺がスパイだと気づいてたんだろ?なら、何ですぐに俺を殺さなかった?」

「…」

ユウィリエは首をすくめて、困ったように笑う。

「なんでって言われてもな…必要ないと思ったからさ」

「必要ない?」

「あぁ」

「どういう意味だ?」

スパイが入り込んだのに殺す必要はない、とはそれいかに?

「必要ないと思った理由は2つ」

「1つは?」

「リュウがお前を選んで連れてきたから」

意味がわからず首を傾げた。

「リュウはさ…なんて言うかな…無意識だろうけど、本当に悪い奴に心を開くことはないからさ」

「悪い奴に心を開くことはない?」

「この国にはアサシンだの戦場荒らしだの居るけどさ、みんな性格とはいいだろ?」

「うん」

それは断言できる。
皆、良い人だ。

「だから…リュウが選んでお前を連れてきたのならお前は悪い奴じゃないだろうし、何よりお前が居なくなったらリュウが悲しむ。私はリュウが悲しむような事はしないよ絶対ね」

「…リュウに忠誠を誓っているから?」

「あぁ。リュウは私が生きる意味だからな」

ユウィリエはそう断言した。

「…俺さ、この国に来てお前らの正体を知ったとき思ったことがあったんだ」

「なんだ?急に」

「どうしてこんなに凄い人たちが、何の力もない…リュウみたいな人に忠誠を誓ってるんだろうって。

どんなに調べてもリュウに関するヤバイ情報は出てこなかったから…リュウが力で縛ってるわけでもないだろうしさ」

「ふーん、で?」

「でも…今なら分かる気がする」


思い浮かぶのは俺が起きた時のリュウの姿。
隈を作ってまで俺の側にいてくれた彼。
良かったと言ってくれた彼。
手を握りしめ続けてくれた彼。


「リュウは人に寄り添える人だものね」


彼は力を持たない。
でも、傷ついた人に、救いを求める人に、寄り添い、手を差し伸べられる人。
きっと、ユウィリエ達もリュウに救われたのだろう。だから、ユウィリエ達はリュウの為に動けるのだ。


「力を持たない彼がこの国で一番強い」


「よく分かってるじゃないか」

ユウィリエはクスクスと笑った。










「ただいま~」

とマオが帰ってきた。

「おかえり」

ユウィリエは立ち上がって、マオを出迎えた。

「どうだったんだ?患者の様子は」

「うん、珍しい症状ではあったけれど、原因はすぐに分かったから薬作って注射してきた」

「流石」

ユウィリエはパンパンと拍手した。

「じゃ、私は戻るかな。マオも戻ってきた訳だし」

「うん、ありがとう」

医務室を出ていこうとするユウィリエの背中に

「ちょっとまって!」

と声をかける。

「どうした、リッカ?」

「ユウィリエ、2つ目の理由は?」

「ん?」

「ユウィリエが俺を殺さなかった2つ目の理由!」

意味がわからなそうにしているマオを他所に

「あぁそれか」

とユウィリエは呟き、

「長年アサシンやってると、顔を見れば人殺しができる人か分かるようになるものさ」

と言った上で、いたずらっ子のような微笑みを浮かべて










「初めて会った日の夕飯の時から言っただろ?『お前だって今日からこの国の仲間なんだぞ』ってさ」










ウインクを一つしてユウィリエは部屋を出ていった。







まさか…。
最初からこうなる事を読んでいたってのか?

ありえない、がユウィリエなら…。
と思っている自分もいる。




「ハハ…敵わないな…」





俺は呟き、ボスンとベッドに身体を預けた。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜

黒城白爵
ファンタジー
 異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。  魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。  そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。  自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。  後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。  そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。  自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...