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隔絶の都とゼロの騎士②
しおりを挟む~4日目
私はフラフラと塔から出て、住民区を歩いていた。
最初の3日ほどはアリスに着いて学校に行っていたが、力なくとも兵士、礼儀は行き届いているし、設備も良し、護衛の必要は無いように感じた。
資料作りなどで遅くなるアリスをこれから毎日待つのも時間の無駄なので、護衛はグラディア国の人たちに任せ(これまたロボットの様に淡々と仕事をしていた)私は国の視察をすることにした。
それにしても…。と私は歩きながらキョロキョロと視線をやる。
今私がいるのは王都の近くの住民区ということもあってか多くの人達が行き交い、店の家主達は声を出して客の気を引こうとしている。
しているのだが…。
活気はあるのだが、違和感を感じる。
思い起こされるのはミール国の城下。
商人たちは、ここのように客に声をかけ、多くの人達が行き交っている。
皆、生き生きと笑顔で仕事をしている。
「あぁ、そうか」
疑問が解消した私は思わず呟いた。
違和感の正体はそれだ。
ココの商人たちは活気こそあれ、どこか淡々と仕事をしている。笑顔は浮かべているがどこか嘘くさく、全く持って仕事を楽しんでいない。
何故、楽しくない仕事などしているのだろうか。
そんな新たな疑問が浮かんだが、ココには教えてくれそうな人などいない。
それにしたって…。
「全く…不気味な国だな…」
私の小さな呟きは嘘くさい客呼び声によってかき消された。
☆☆☆☆☆
グラディア国の王都からかなり離れた、雪海の森近くの住民区。
その住民区の近くの大木の根本に青年はいた。
本当に大きな木。
それこそ、大人が数人、輪になってようやく囲めるのではないかと思えるほどに太いその木に、青年は斧を振っていた。
ゴスッ
と鈍い音を出して斧が木に埋め込まれる。
しかし、その大木につけられている傷はまだ浅く、ほんの数十センチ程だった。
「ちくしょう…」
青年は呟き、小さく舌打ちした。
そして、再度青年が斧を振り上げた時
「何やってるんだ?」
その背中に声がかかった。
青年は振り返り、声の主を見て目を見開いた。
綺麗な人だ…。
青年は声に出さずに、口をそう動かした。
✻✻✻✻✻
ぽかんとこちらを見る青年に私は近づきつつ、その姿を観察する。
歳は…ルークくらいだろうか。
薄黄色のふんわりとした癖毛、髪よりは幾分色の濃い黄色の瞳。
少し肌寒そうに見える薄手のシャツを着て、古めかしい斧を持っている。
「やぁ、はじめまして」
そう言えば、ぽかんとしたまま青年は会釈した。
青年に声をかけたのは目にとまったからだった。
国の殆どの人物が嘘くさい表情を顔に貼り付けているなか、憎々しげに舌打ちする青年の姿はとても人間らしく見えたのだ。
「だ、誰?」
「私はユウィリエ。陸地にあるミールって国から来たんだ」
「ミール…?」
さすがのミール国の名も、隔絶の都の、それもど田舎に当たるであろう村の人には知られていないようだ。
「もし良かったら、少し話さないか?」
私が言うと、青年は斧を置きコクリと頷いた。
大木の根本に腰掛ける。
大きなその木の下はいい感じの日陰になっていて心地がいい。
「君の名前は?」
「ぼくは、ルイ。ルイ=マクノートン」
「よろしくルイ。君はこんな所で斧なんか振って何をやってるんだ?」
「仕事さ」
「仕事?」
「この木を切るのがぼくの仕事なんだ」
ルイは大木を見上げた。
この木を切るのが仕事…?
「なんでまたそんな仕事を?そんなの、村の他の人に任せて、若いんだから兵士にでもなればいいのに」
兵士はこの国では身分が高い。と説明を受けた。
なら、ルイの様に若い人たちはこぞって兵士を目指すのが普通ではなかろうか。
「そりゃ…ぼくだって兵士になりたいけど…コレがぼくの『天職』だから…」
「『天職』?」
「知らないの?」
ルイは不思議そうに私に言った。
知らないことを伝えると、ルイは簡単に説明してくれる。
「この国では、15歳になると天啓の儀が行われるんだ。巫女が神様と話して、15歳になった子供たちに仕事を与える。その時与えられる仕事を『天職』っていうんだよ」
なんだそりゃ…。と思いながらも、王都の様子の理由がわかって納得もした。別に望んで仕事はしてなかったのだ。
「それで君はキコリになったと?」
「うん…」
…運がないというか…なんというか。
「でも、この木を切るのも大切な仕事さ。この木は村ができる前からここに生えていて…大地の栄養を独り占めしてるんだ。お陰で、村では農作物が育たない。だから…早くこの木を切らなきゃならないんだけど…」
ルイはチラリと木を見る。
視線の先には小さな切り込み。
「6年も斧を刺してるのに全然倒れないんだ…」
「6年?」
それでたったこれだけ?と続けそうになって慌てて口をつぐむ。
「今年こそ、武術大会に出たかったのにな…」
このままじゃ無理そう。とルイは呟く。
「武術大会って…兵士が騎士になれるかどうか決める大会だろ?ルイじゃどうやったって出れないんじゃ…?」
「この木を切り終われば、出れるんだよ」
意味がわからず首を傾げた。
「天職の役目を終えたら、次の役職は自分で決められるんだ。そしたら、ぼくは兵士になれる。
武術大会に出れる条件は『兵士であること』だから、学校に行っていない兵士でも、兵士になったばっかりでも出れるんだよ」
「なるほど」
私は立ち上がる。
今度は、ルイが困惑したように首を傾げた。
「何するの?」
私はその声かけには答えずに聞く。
「なぁ、その天職とやらには禁止事項とかあるのか?」
「禁止事項?いや…聞いたことないけど?」
「そうか。いい話が聞けたよルイ。だから…これはお礼だ」
私は、赤いナイフを取り出して6年もの間で傷つけられたその切れ込みめがけて、ナイフを突き刺した。
確かに硬いが、所詮は木である。
鎧すらも溶かすこのナイフで切れない謂れはない。
ギギッ!
と大木が倒れる。
ゴオォと大地がゆれた。
「これで兵士になれるな」
とルイに言う。
が、ルイは大きく口を開けて…こう言ってはなんだがとても間抜けな顔をして私を見ていた。
「どうした?」
「…」
聞いても何も答えないルイ。
全く…ずっと倒せなかった木が倒れたのだから喜べばいいのに…。
「ん?」
近づいてくる足音が聞こえた。
小走りで複数。
見れば村の方から多くの人達がこちらに向かって来ていた。
さっきの地鳴りを聞いて出てきたのだろう。
「ルイ!」
一番にやってきたのは、白いワンピースを着たルイと同じくらいの歳の少女だった。
「ヴァレ」
「ルイ!ついに倒せたのね!」
少女は感極まったようにルイに抱きついている。
なるほど…。
「すごい!すごいわ!ルイ!」
きゃあきゃあと話す少女に、ルイは困ったような笑みを浮かべている。
「ルイ」
今度はしわがれた声がルイを呼んだ。
声のした方を見れば、木製の杖をついた背の曲がった老人が立っていた。ヨタヨタとルイに近づいてくる。
かなりの高齢のようだが、その目に宿る輝きは衰えていないように見える。
「アニセト村長」
「そちらの方は?」
村長は私を見た。
そこでやっと、ルイに抱きついていた少女は私の存在に気づいたようで、顔を赤くしてルイから離れた。
「えっと…彼は…」
「はじめまして、ユウィリエと言います。ちょっとした事情で陸地の国から来て、観光してたらルイと会ったんです」
ルイが説明づらそうなので、私が口を開く。
「はじめましてユウィリエさん。そこの村の村長のアニセト=レッシングです。貴方はルイの天職全うの目撃者のようだ。もし宜しければ、村に一緒に来てはいただけませんか」
「構いませんよ」
「お前たちも、一度村に戻るぞ」
ゆっくりと村に向かって歩き始める村長の後に続いて、出てきていた村人達が歩き始める。
その後を少し遅れてルイと少女。
その後を私が続いた。
小さな門をくぐり村に入る。こじんまりとしながらも、田舎の暖かな雰囲気のあるいい村だ。と思った。
気になることがあるといえば、家や店はレンガ造りで少し雰囲気とはあっていない気がする。
あの木があったことで農作物が育たないと言っていたから、多分他の木々すらも育たなかったのだろう。
小さな村の中央地と思われる場所に、小さな水の溜まり場があり、そこに皆が集まった。
「ルイ」
「はい!」
村長に名を呼ばれ緊張した面持ちで返事をしたルイが前に出る。
「お前はあの木を倒し、天職を全うした」
「いや…あの…それは…」
と、たじろぐルイ。ルイの視線はこちらを向いている。
「ユウィリエさん」
「はい?」
「貴方はそれを目撃した。間違いありませんね」
「そうですね。確かに木が倒れるところを見ましたよ」
私は頷いた。
「ルイ、天職の全うおめでとう」
「は、はあ…」
気のない返事である。
「お前には、次の職を決める権利がある。お前は次に何になりたい」
「ぼく、は…」
ルイはパクパクと口を動かす。
「ルイ!はっきり言えばいいのよ!」
と先ほどの少女が言う。少女もルイが兵士に憧れていることを知っているようだ。
その言葉に背を押されたのかルイは決心したように口を開く。
「ぼくは…兵士になって…騎士を目指したい」
その言葉に村長はゆっくり頷いた。
「分かった。ならば、ルイ、お前はこれからは兵士として…」
と話している途中で
「ちょっと待った!」
と、誰かが口を挟んだ。
人をかき分けて出てきたのは、背の高い男だった。
ガッチリとした体格に、防御の意味があんまりなさそうなアーマーを身につけている。
切れ長の瞳がチラリとルイを見る。
その目には、ルイを小馬鹿にするような色が浮かんでいた。
「村長、そんな奴を兵士にするくらいなら、俺を兵士にしろ!」
「タデオ」
タデオと呼ばれた男は、フンッと鼻を鳴らしてルイの隣に立つ。
無礼なやつだ。
クイッと服の裾を引っ張られた。
そちらを見れば、ルイに抱きついていた少女がいた。
「なんだい?」
「お兄さんこの村の人じゃないからタデオのこと知らないと思って」
説明してあげようと思ったの、と少女は小声で言った。
「ありがとう、是非お願いするよ。…確かヴァレって呼ばれてたね」
私も小声で返す。
「ヴァレリーよ。ヴァレリー=シーモア。ルイの友達みたいだし特別にヴァレって呼んでいいわ」
とヴァレはフフッと笑う。
こげ茶の髪をお下げにした、顔にそばかすのある少女。
あんまり人目を引くタイプではないが、笑顔はかなり魅力的だ。
「ルイの隣にいるのはタデオ=オルセン。この村の門番よ」
「門番ってあの小さな門の?」
「そう。この村には人なんて殆ど来ないから…仕事なんてあってないようなものだけど」
ヴァレは首をすくめた。
「タデオは昔から兵士に憧れてたの。それこそ物心ついたときからね。でも、天職は門番。とても悔しがってたわ」
「なるほど…だから、今出てきた訳だね」
なんとなく、察しがついた。
ルイのような何かをすれば天職を全うできるような仕事なら、次の職に兵士を選ぶことができる。
でも、タデオの様に終わりのない仕事を天職にされてしまえば、兵士の夢は一生叶わない。
だから…。
「ルイを変わりの門番にして、自分が兵士になろうとしている…」
「うん…」
ヴァレは神妙に頷いた。
そして視線を前に向ける。
「こんな弱い奴が兵士になったって意味ない!騎士になんてなれるわけないし、武術大会にでてこの村の恥さらしになるだけだ!
でも、俺は違う!門番の仕事をしながら身体を鍛えてきたんだ!ルイなんかより俺が兵士になるべきなんだ!」
「タデオ。今、天職を全うしたのはルイだ。ルイの次の職をお前が決める権利はない」
静かに村長は言う。
が、タデオは引き下がらず、矛先をルイに向けた。
「なら、ルイ!俺と勝負しろ!」
「しょ、勝負?」
「俺と決闘しろ!俺が勝ったら俺が兵士になりお前が門番になれ!お前が勝ったら俺は引き下がろう」
引き下がろうも何も…タデオが言っていることはめちゃくちゃだ。
こんな勝負受ける必要はない。
「なんでそんなこと…」
ルイも難色を示している。
「逃げるのか?そんな腰抜けに兵士なんて出来るわけ無い」
と小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「何よ!!!」
「おい…ヴァレ」
隣で大声を出したヴァレが止める間もなく前に出ていく。
これはまずいのでは?
「ルイ!やってやりましょう!!こんなやつ、けちょんけちょんにしてやればいいのよ!!」
「ちょっと…」
「決まりだな。そうさなぁ…3日時間をやるよ。3日後、ココで決闘だ。せいぜい、足掻くんだな」
タデオはニタニタと笑ったあと背を向けて歩き出す。
ヴァレはその後ろ姿を睨みつけていた。
そして、当事者のルイはアタフタと視線を右に左に動かしている。
全く…大変なことになったな…。
他人事のように私は思った。
「どうするんだよ!こんなことになっちゃって!」
「ごめんルイ。でも、あたし、黙ってられなくて…」
場所は変わってあの木が生えていた、今では大きな切り株と倒れた木がある草原。
ルイとヴァレは切り株に腰掛け、私は倒れた木に腰を降ろしている。
「まあ、決まっちまったものは仕方ないさ」
「そうよ!」
私が言えば、ヴァレがまた勢いづく。
「今はどうやってタデオを倒すかを考えましょう!」
「無理だよ…相手はあのタデオだよ。村で一番の力持ちなのに…」
「そうかもしれないけど…。でも、ルイだってこの木を倒しちゃうくらい凄いんだから大丈夫よ!」
「…この木を倒したのはぼくじゃ無いんだよ…」
「え?」
ルイの視線が私に向いた。
「え?お兄さんが倒したの?」
「そうだよ」
「でも、さっき、ルイが木を倒したところを見たって…」
「私はそんな事言ってない。私は『気が倒れるところを見た』と言ったんだ。ルイが倒しただなんて一言も言ってない」
ヴァレはぽかんと私を見る。
「それにそんな事特に問題じゃないだろ?誰か他の人に手伝って貰っちゃいけないとか禁止事項はないと聞いた。現に木は倒れてルイの仕事は無くなったんだから、どっちにしたって同じことさ」
あっけらかんと私は言った。
「ルイ、剣術の経験は?」
「…昔、おじいちゃんに少し習ったくらい」
「何か武器になるようなものを持ってる?」
「この木を切るために使ってた斧と…家に、木刀くらいは残ってるかな…」
うーん…何とも頼りない。
「ねぇ、お兄さん」
やっと復活したヴァレが私の腕を掴んで言う。
「何?」
「ルイに戦い方を教えてあげて!」
「え?」
「だって!お兄さん強いんでしょ!?ならお願いよ!」
「…ぼくもお願いしたい、ユウィリエ…」
懇願する二人に
「…分かったよ」
頷く以外の選択肢があっただろうか。
✻✻✻✻✻
「で、教えることになったと」
今日のことをアリスに伝えると苦笑しながらそう言われた。
「ああ、素振りぐらいはしておけと言ってきたんだけど…育てるのは難しいだろうな」
「なんで?いつもノアに教えているように教えればいいじゃないか」
「そうはいかんよ」
アリスは首を傾げる。
「ノアは剣術経験が一度もなかった。だから…こう言ってはなんだが私が好きなように教えることができた。一番面倒なのは少し剣術の経験がある奴なんだよ。少しでも経験があると癖ってものができる。それを見ながら合ってるやり方を探さないといけない」
「へぇ~、教える側も考えるんだな」
「何はともあれ…明日、ルイの実力を見てからだな。まずは、それ以外の問題を解決しないと…」
「それ以外の問題?」
「あぁ」
トントンッ
ノック音がした。
「ユウィリエ様」
入室してきたエルドレッドが紙の束を抱えて私の前に立つ。
「頼まれていた資料です」
「ありがとう」
私は紙の束を受け取る。かなりズシッとくる重さが手にかかる。
「何を頼んだの?」
「内緒」
私はもらった紙をめくり中身を読んでいく。
「他に何か要望はありませんか?」
「あ、2つ教えてくれ」
「何でしょう」
エルドレッドに私は質問する。
「今年の武術大会はいつ頃行われる?」
「ちょうど今日から20日後ですね」
つまり…滞在期間で言うところの24日目か。
「もう1つの質問は何でしょう?」
「あぁ…」
私は聞いた。
「この国に腕の立つ鍛冶師はいるか?」
と。
応援ありがとうございます!
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