Red Crow

紅姫

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隔絶の都とゼロの騎士③

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~5日目

あの村に行くと、門番であるタデオが剣を振るっていた。
鈍く銀色に輝く豪奢なデザインの剣。

「アンタ、また来たのか?」

こんな片田舎に物好きな、と瞳が言っていた。

「まあね、入ってもいいか?」

「どうぞ、ご自由に」

全く門番がこんなんで良いのかよ。
私は心の中で悪態をつきながら私は村に足を踏み入れた。



「おや、ユウィリエさん」

「こんにちは、アニセト村長」

ルイを探して村の中を歩いていると、アニセト村長と出会った。

「ルイを探しているので?」

「ええ、まぁ」 

「ルイならあの教会にいると思いますよ」

村長の視線を追えば、村で一番高さがある白磁の建物があった。

「ルイが何故教会に?」

「ルイは…」

言いにくそうに村長が言葉を濁す。

「ルイは…孤児なんですよ…」

「…」

私は何といえばいいのか分からなかった。

「この村の門の前に捨てられていた彼はあの教会で育てられた。

この村はねユウィリエさん。孤児が多いんです。
この田舎の村の門の前に、今まで何度、捨て子が放置されていたでしょう。

その捨て子たちは皆、あの教会に住んでいます。
神は…誰も見捨てない…。
神父はよく言いますがね…ならば、何故彼らは捨てられたのでしょうね。
子供にとっては、神様同然の自分の親に…」

独り言のようにゆったりと呟かれた言葉。
村長は口をつぐむと、私を見て

「突然こんな話を…部外者の貴方にして申し訳ない。

でも、貴方に聞いてほしいと何故か思ったんです」

少し悲しげに呟いた。




白磁の教会は周りが柵で囲まれ黒々とした門で固く守られていた。
トントンッと門を叩けば、数分後に薄く門が開かれた。

「どちら様で?」

こちらに警戒するような視線を向けたのは、40代そこそこに見える男だった。

黒い髪と瞳。
フレームのないメガネをかける知的な印象の男。
黒い服、胸元には銀色の十字架。
手に持つ分厚い信書。

この男が、神父であることは容易に想像できた。

「はじめまして、ユウィリエと言います。ルイがここに居ると聞いてきたのですが」

「あぁ、貴方が」

神父は警戒を解き、門を大きく開いた。

「話は聞いていますよ。どうぞ、こちらに」

人好かれしそうな笑みを浮かべて、神父は私を中に導いた。


「昨日、貴方の話を聞いたんですよ。何でも、ルイに剣術を教えてくれるとか。
彼が木刀を握るところは久々に見ましたよ」

私の前を歩きながら神父は語る。

「おじいちゃんに習ったと、ルイは言ってましたけど…その…」

「えぇ、彼の本当のお祖父様ではありません」

私の言いたいことを読みとってくれた神父は、少し悲しげに言う。

「ルイの言うお祖父様は…ワタシの父です。この教会の元神父。天職で神父になったにも関わらず…木刀を握って剣舞を磨くような…変わった父でした」

話を聞くに、お祖父様は亡くなっているのだろう。と私は推測した。

「ルイが物心つくときには、父はかなりの高齢でしたから…お祖父様呼ばわりされても仕方ありませんね」

神父は苦笑した。

「…えっと…神父?1つ確認しておきたいことがあるのですが…」

「あぁ、ごめんなさい名乗ってませんでしたね。ハシントです。ハシント=ブレアム。と言っても村の人はワタシを神父と呼ぶので名前で呼ばれることのほうが少ないのですが」

「ハシント神父、1つ聞いても?」

「何でしょう」

「貴方がルイの父親代わりだと思って聞きます。貴方はルイが兵士になることに…賛成ですか?」

「…」

神父は無言で立ち止まり私を見た。
私もまた立ち止まる。

「兵士になるという事は、人を傷つけ…最悪は殺すことになります。神父である貴方は…それを認めますか?」

神父は無言で、ゆっくり目を閉じる。
何を考えているのか、私には分からない。

しばらく後、神父は笑みを浮かべて



「子供の夢を否定する権利が…親にあるとお思いですか?」



と言った。

私は無言で彼に微笑み返した。
神父はそれに満足そうに頷き、歩き出した。






案内されたのは、教会の裏にあたる場所だった。
裏口の扉をあけて、通される。
そこには数本、寂しげに木が生えているだけで、雑草も数えるほどしかない。
コレが、あの木の影響か。と私は心の中で呟いた。

「あれ?」

その木の影に、人を見つけて、その姿に見覚えを感じた。

「ヴァレ?」

「え?あ、お兄さん!」

声をかければ、ヴァレは私を見て小声で言った。

こげ茶のお下げは昨日のままだが、身につけているのは紺色の修道服だ。

「ヴァレもここの子なの?」

聞かない方がいいのかもしれないが、気になってしまい私は聞いた。

「違うわ。アタシは天職で修道女になっちゃったからここに居るだけ」

「あぁ、そう」

ホッと息を吐く。
昨日出会った二人とも親無しなんてつらすぎる。

「ヴァレリー、ここで何をしているんです?」

「あ…神父様」

神父はヴァレを見て眉をひそめた。
ヴァレは苦笑いを浮かべている。

「貴女には、ラケールと共にこの教会にいる幼き子達のお世話をするようにと言ったはずですか?」

「いや…その…」

「全く貴女は…」

神父が小言を言い始める。
ヴァレはその間もチラチラとある方へ視線を向ける。
少し体を動かしてヴァレが見ているであろうものを見る。

そこにはルイがいた。

1本の木の枝の先に紐でくくった木材をつらし、それをカンカンと木刀で叩いている。
どうやら、言っておいたとおり練習してくれていたようだ。

ヴァレが見ていたのはコレのようだ。

「だいたいいつも貴女は…」

とまだ小言を言っている神父からそろそろヴァレを助けたほうがいい気がして私は口を開く。

「まぁまぁ神父。ヴァレはルイの事が気になって、様子を見ていただけのようですし、そこまで怒らないであげてください。惚れてる男のことが気になるのは仕方ないことでしょう?」

「なっ!?お兄さん!?」

ヴァレは顔を赤くする。
神父はただ、はぁ…とため息をつくにとどまり、口をつぐんだ。

「違うの?」

と少々からかってみる。

「…」

より一層赤くなる顔が肯定を示していた。

「…わからないの」

ヴァレは言う。

「ルイの力になりたいけど…何をしたら力になれるのか…わからないの」

と。

それで様子を見てたのか。と納得する。
力になりたいと言うのなら、私が協力しようではないか。

「ヴァレ」

「なあに?」

「私の買い物にちょっと付き合ってくれないか?」

「え?」

「ルイにプレゼントしたい物があるんだけど、一緒に来ないか」

「!行く!」

言うが早いか、着替えてくる!!とヴァレは教会の中に消えた。

「ハシント神父、ヴァレを少しお借りしますよ」

「えぇ、構いませんよ」

もう何も言いません、と神父は苦笑しながら首を振った。





ヴァレを連れて、一度村長の元へ行き、ある許可を得て、村を出た。
向かうのは昨日倒れたあの木がある場所。

倒れた大木の一番高かった部分。
そこを昨日、気を倒したときと同じように赤いナイフで2,3m切る。

ズッシリとした重さと木とは思えない感触を手に感じつつそれを持つ。

「さぁ、行こうかヴァレ」

「う、うん」

呆然と私を見るヴァレに言えば、ヴァレはまるで壊れたおもちゃのように首を縦に振った。



村から離れた、王都近くの小さな小屋に私達はやってきた。
途中で息切れを起こしたヴァレを抱えて、時間も考えて小走りでやってきたが、小屋についたときには太陽が真上に登っていた。

ヴァレを降ろして、小屋の扉をノックする。

返事はないが、中で人が動く気配がした。
中にいるならと私はおもむろに扉を開けた。

鍵などかかっていなかった扉は簡単に開き、昼間だというのに薄暗い室内が目に飛び込んできた。
部屋の中で唯一光を放つのは、窯の中の火。
その前に胡座をかいて座っている大柄の男。
男の体躯を何かで表すなら私は彼を『熊』と表すだろう。
伸びきった髭と髪。
所々焼け焦げたあとのある服はいつ着替えたのかも分からない。
大きく節くれだった手。
そして、鋭い眼光。それこそ肉食獣を思わせる藍色の瞳がこちらを見ていた。


「だれだ」

ガラガラとかすれた、低い声が言った。

「はじめまして、ゴイト=ブラックモアさん。私はユウィリエ。貴方に仕事の依頼をしに来たんです」

「仕事?」

ゴイトは目を細める。

「俺は仕事は受けない」

「えぇ、聞いていますよ。貴方は自分が作りたいものを作る鍛冶師だと。それ故に、他人からの依頼は受けないとね」

エルドレッドに腕の立つ鍛冶師がいるかと聞いた時、彼の口からは数名の名前が上がった。
そして、付け足したように言われたのが、ゴイト=ブラックモアの名だった。
彼の作る武器は出来は素晴らしい。
しかし、彼の頭の中にあるのは自分の理想の追求であり、他人からの依頼として武器を作ることはしていない。
そう言っていた。

「なら何故、ここに来た?」

「貴方に武器を作って欲しいからですよ」

当たり前でしょう?と言えば、ゴイトは更に目を細めた。

「だから、俺は…」

「stealarbor(スティールアーバ)が倒れました」

ゴイトが目を見開くのを見ながら、私は続ける。

「貴方が欲した素材がやっと手に入るんですよ」

ゴイトはジッと探るように私を見た。


stealarbor
それが、昨日私が倒した木の名称だ。
鉄の木
あの木を調べていた学者が名づけたらしい。
なぜそんな名前になったのかといえば、それはあの木の樹皮の特性に由来する。
固く硬く、斧でも少ししか傷をつけられない木の樹皮を学者が調べると驚きの結果が出た。
あの木の樹皮には、鉄と同じ成分が多く含まれており、それ故にあの硬さを持っていたのだ。
中でも、あの木の頂点の部分は、多くの太陽光を浴び、栄養を得ており、下手な物質よりも硬いと学者は推測していた。

「stealarborの一部を持ってきました。コレで剣を作ってください」

持ってきた木を彼に向かって投げ渡す。
なんの苦もなく受け取ったゴイトはその感触を確かめるようにそれを触る。

「本物か?」

「ええ、もちろん」

「…」

ゴイトはしばし、それを触り続け

「明日、また来い」

そう言うと、出て行けと言うように手を動かした。





「大丈夫なの?」

「何が?」

ゆっくり歩いて村へと戻る道中、ヴァレが聞いてきた。

「あんなオジサンに頼んじゃって」

「大丈夫さ、彼は明日にはちゃんと作ってくれてるよ」

「なんでそう言い切れるの?」

「彼はあの木を私に返さなかった。素材を渡し、それを受け取るという事は鍛冶師と依頼主との間に契約が結ばれたことを意味するのさ」

「そういうものなの?」

「ああ」

私が頷けば、ヴァレは納得行かない様子ではあるがそれ以上何も言わなかった。

「早く帰って、ルイの特訓も始めないとな。明後日の決闘にむけて」

沈黙を嫌った私が口を開けば、ヴァレは少し眉をひそめた。

「どうしたの?」

「勝てたら…ルイは兵士になって…武術大会に出るのよね」

「本人がそう言ってたからな」

「…お兄さん、ルイは騎士になれると思う?」

「さぁ、分からんよ。でも、素質はあるんじゃないか?」

チラッと見たルイの剣舞。
揺れる板に木刀を当てることは意外と難しい。でも、彼はミスすることなくやってのけていた。
才能はあるのかも知れない。

「ルイは…まだあの事を気にしてるのかな…」

ヴァレは蚊の泣くような声で言った。
その後、思い悩むようにうつむくヴァレに『あの事って?』と尋ねるタイミングを私は見失った。

私達は黙って、村へと向かって行った。







「ルイ」

「ユウィリエさん!」

教会に戻り、ヴァレが着替えてくると言って去っていくのを見たあと私はルイの元へ行った。

声をかければ、木刀を振る手を止める。

「ずっと振ってたのか?」

「ん?いや…休憩しつつね」

それはほぼずっと振ってた、と言うことだろう。
額に浮かぶ汗がそれを物語っていた。

「焦るのはわかるが、あんまり無理しちゃ駄目だぞ」

「分かってるよ、でも、一回振り始めたら懐かしくって」

ルイは笑った。
まだ体力は残っていそうだ。

「そうか。なら、今からちょっとルイの実力を見せてもらっていいかな?」

「もちろん!そのために来てくれたんだしね」

ルイは笑っていったあと、もう一本木刀を持ってくる、と言って走っていった。
…この村の若い子はとても行動力があるなぁ。
そんな事を思った。


ルイから木刀を受け取り、構える。
ルイもまた私と対面して、木刀を構えた。

「ルイのタイミングで来ていいよ」

「はい!」

返事をしたあと、ルイは地面を蹴った。

なかなかに速い。
普段から剣を握っていたわけではないのにこの速さは評価に値するだろう。

「はぁ!!!」

木刀を振り上げてから下ろすまでの間隔もなかなか良い。
隙がないが、焦って下ろしているわけではないとわかる。

自分の持っていた木刀でルイの木刀を受け止める。

「グッ…」

木刀を押し付けてくる力もなかなか。


今まで剣を握っていなかったのが勿体無いと思う程の才能がルイにはある。
きちんと修練を積んでいれば…今頃、騎士にもなれていたかもしれない。
私はそう思った。


ただ、今は戦い方を知らないが故に…

「わぁっ!!」

尻餅をつくルイの首元に木刀の切っ先を向ける。
まいったと言うように両手を上げるルイを見ながら心で呟く。



戦い方を知らないが故に…技術がない。




「明日から、本格的に剣術を教えてあげる」

「え?」

「今日はもう休みな」

「…わかった」

私は木刀をルイに渡し、

「また明日」

と手を振った。
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