Red Crow

紅姫

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隔絶の都とゼロの騎士⑤

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~7日目

アリスを見送った後すぐに、城を出てルイたちの居る村に向かう。
今日は、勝負の日なのだ。


門につくとタデオが私に気づき、小馬鹿にするような笑みを浮かべる。

「ルイに剣術を教えてたんだって?」

さすがは小さい村。
そういった情報はすぐに広がるようだ。

「あぁ」

「今日はわざわざ、アイツが負けるところを見に来たわけか。ご苦労なことで」

「私が教えたのに、ルイが負けるわけ無いだろ」

「結構な自信で」

タデオはクスクスと笑う。

「決闘はどこで行われるんだ?」

「この村の中央広場さ。正午から始まる」

「そうか」

後2時間はあるか…。
ルイの所に行ってもいいが…一人で戦いに備えるのも必要なことだろう。

「なぁ、あんた」

どうしようか考えていれば、タデオが声をかけてくる。

「なんだ?」

「あんたには憧れの人がいるか?」

なんだ…いきなり…。

「オレにはいる。この国最初の騎士、ヘルバシオ=エリュ・ワン。元の名をヘルバシオ=グローヴ。
オレは、彼に憧れて、幼い頃から騎士を夢見ていた」

「…そうか」

そう答える以外の言葉が浮かばなかった。
コイツは何を思って私にそんな事を話すのだろうか。

「小さい頃から木刀を使って剣術を磨いた。天職を与えられるその日に兵士になれると信じて。…でも、オレの天職は『門番』。こんな田舎の…来客なんて年で見たって両手で余るくらいしかやってこない、そんな村の門番だ」

拳を振り上げてタデオは門を叩いた。
静かなその場にその音は大きく響いた。

「こんな事ってあると思うか?オレの夢はその瞬間に終わったんだ。…諦めなきゃないことはわかってた。でも…無理だったんだ」

「…そうか」

「分かってるんだ。本当は…ルイに戦いを望むことだって間違っているって。ルイにだって考えがあるのはわかってるんだ。でも…でも…」

「別に間違ってはいないだろ」

タデオは私を見上げた。

「え?」

「別に間違ってはいないだろ」

私は再度繰り返し、首をすくめてみせた。
私にはタデオが何故間違っていると言うのか分からない。

「望みを叶えるために手段を選ばないことは間違っていない」

私はそう思っている。
リュウの望みを叶えるために邪魔物を殺す事、それは一般的に見れば間違いだろう。
でも、私は間違いだとは思わない。それが、望みを叶える上で必要と感じるならば、行動に移して何が悪いと堂々宣言できる。

「それと、お前は勝手にルイが負けると思ってるみたいだがそれは違う」

私はタデオに背を向け歩きながら言う。

「勝つのはルイだ。お前は負けて、門番を続けるのさ」

















「お兄さん!」

目的もなく歩いていれば、声と共にかけてくる足音がした。

「ヴァレ」

「いよいよ、今日だね」

ヴァレは、グッと両手で握りこぶしを作りながら言う。

「今日、勝てば…ルイは兵士になって、騎士を目指して…そして…」

そう呟く顔は、どこか複雑そうだ。

「…少し話そうか」

私の言葉にヴァレはゆっくり頷いた。



こじんまりとしたこの村唯一と思われる喫茶店は、白髪の目立つマスターがカウンターに居るだけで、客の姿は見えなかった。
私達は一番奥の席に座る。
「ご注文は?」
と言うマスターの嗄れた声にそれぞれ答え、注文した品が来てから私は静かに口を開いた。

「ルイの幼馴染の話を聞いた」

ちょうど、氷でいっぱいのレモネードの入ったコップにストローを差していたヴァレの手が止まる。
ストローの先が氷を突き、カランと乾いた音を立てる。

「…そう」

「うん。その幼馴染にルイが抱いている感情も理解したつもりだ」

「…そう」

「ヴァレ、私はあんまりそういう事に詳しくはないが…君が悩むことは何もないと思うよ」

「…」

ヴァレは顔をゆがめた。

「悩むな…なんて酷なこと言うのね、お兄さん。悩むに決まってるじゃない…。

…聞いたかもしれないけど、ルイの想い人はジャンヌっていうの。ジャンヌ=ルウェリン。

ルイが…ルイがジャンヌを好きだって事…知ってるんだもの、誰よりも近くで見てきたから…」

ヴァレは無理やり笑いながら言う。

「アタシとジャンヌはね、従姉妹なの。ルイにジャンヌを紹介したのもアタシ。

何かを思って二人を会わせたわけじゃないわ。ただ、ジャンヌにアタシの友達を…紹介したかっただけなの。

でも…予想外だったなぁ…」

じんわりと目に涙が浮かぶ。

「好きな人に…好きな人が出来る瞬間に居合わせちゃうなんて…全く予想外だったよ」

確か…ルイは幼馴染であるジャンヌが罪を侵したのは6歳と言った。
つまり、ルイがヴァレの紹介でジャンヌに出会ったのはそれよりも前という事になる。
そんな幼い時にした恋。
ヴァレにとってそれは初恋と呼べるものだったのではないだろうか。

「ジャンヌもね、少なからずルイに惹かれていたはずよ。…懐かしいなぁ、ジャンヌと話していると、何故か話題にいつもルイの名前が出てきてた。

お似合い…だったのよ。二人。

ジャンヌは、間違いなく村で一番可愛い子だった。
綺麗な金髪でね、真っ白な肌でね、とても綺麗な黄緑色の目をしていたの。
容姿だけじゃないわ。ちょっと勝ち気なところはあったけど…友達思いで…いつも笑顔で笑ってる…とっても良い子だったの。

ルイは…そんなジャンヌに自分は不釣り合いだと思ってたみたいだけど…アタシから見たら…これ以上無いってくらい、お似合いだった」


ツウっとヴァレの頬に涙が落ち、顎まで流れる。


「諦めた…つもりだったのよ。
二人がお互いを好きなら…友達として応援しなくちゃって…そう思ってたのよ。

でも…。

ジャンヌが…連れて行かれた時…。アタシ…思っちゃったの…。

ジャンヌが居なくなったら…ルイはアタシを見てくれるかもしれないって。
ジャンヌの事、諦めて…アタシを見てくれるかもって。


アタシ…最低だわ…」


ポタポタとテーブルに涙が零れ落ちる。


「…ルイは諦めなかったの。ジャンヌとまた会うって…諦めなかったの。

本当は…本当は…。

応援してあげなきゃいけないって分かってるの。

でも…どうしても、思っちゃうの。
行かないでって。
ずっとこの村に居て…アタシの側にいてほしいって。
心はジャンヌのものかも知れないけど…アタシから離れないでほしいって…思っちゃうの。


アタシ…本当に…最低だわ…」


「そんな事無いよ」

私は少し身を乗り出して、泣いているヴァレの頭に手を置き、数回撫でる。

「ヴァレは最低なんかじゃないよ。最低なわけないよ」

「でも…アタシは…」

「ヴァレは…誰よりもルイを想ってる。まだ数日しか一緒に居ないけど私には分かるよ。
口では諦められないとか…応援できないとか言ってたけど、君は誰よりもルイに寄り添ってたじゃないか」

あの木が倒れたとき、誰よりも先にルイのもとに来たのはヴァレだった。
タデオがルイに絡んだとき、内容はどうあれ真っ先に抗議したのはヴァレだった。
ルイが木刀を持つようになった時、自分の天職すらもおざなりにしてルイを見守っていたのはヴァレだった。

「他人に献身的に尽くせるっていうのは…とても素敵なとこだよ。
私はジャンヌを見たことがないからあれだけど…ヴァレだって十分魅力的だよ。

それに、別にルイとジャンヌは付き合ってる訳じゃないんだから、遠慮なんてする必要なんてないだろ?」

「!」

「あ、そろそろいい時間だ。私は行くよ。お金は出しとくからゆっくり飲んでからおいで」

私は席を立った。

「お兄さん…ありがとう」

ヴァレの横を通ったとき、小さくそんな言葉が聞こえた。












「あぁ、ユウィリエさん」

「こんにちは、ハシント神父。ルイは?」

「ルイなら今風呂にいますよ。今の今まで剣を振って汗だくだったので、無理やり浴室に突っ込みました」

ニコリと笑う神父。
…意外とこの神父手荒いな。

「そうですか、会場までは一緒に行こうと思って来たんですが…」

「教会で待てばいいですよ、さぁコチラに」

がしりと手を掴まれ、教会の方へ連れて行かれる。
…意外とこの神父手荒いな。
そう思いながら、引っ張られるままに足を動かした。



よく考えれば、今日まで何回か来ているはずなのに教会内部に入るのは初めてだった。
こげ茶の木材で造られた廊下を歩く。左右の壁には等間隔で扉が並ぶ。
扉の間隔的に部屋は個室。多分、この教会で暮らしている…ルイのような子達の部屋なのだろう。

その廊下の奥には大きな両開きの扉があった。
キィ…となんの躊躇いもなくハシント神父は扉をあけて私を中に招き入れた。


思わず息を呑んだ。

それぞれ違う美しい女性の絵の描かれた3枚のステンドグラス。
玉座に置かれる高級そうなピアノ。
等間隔に3列に並べられた長椅子。

ココは、大聖堂なのだろう。


「綺麗ですね」

お世辞抜きでそういった。

「あのステンドグラスに描かれているのがこの国の神ですか?」

「ええ、この国は3人の女神によって守られています。

ノルンという三女神を知ってますか?」

「運命の三女神、ですか」

私はステンドグラスを見つめる。
なるほど、確かにノルンの三女神だと思ってみればその絵に特徴を見出すことができる。

「左からウルド、ヴェルダンディ、スクルドですね」

「ユウィリエさんは知識も豊富なのですね、そのとおりです」

神父は両手を組む。

「この国の人々はノルンの女神達によって守られています。その為、冠婚葬祭の時には女神達に許しを得るのです」

「許し?」

「えぇ、例えば婚礼では女神の許しを得る前の唇を介しての接触は禁止です」

「それはまた…」

面倒くさい決まりがあったものである。

「冠婚葬祭以外にもこの国の人達は皆、何かを行うときには神のもとを訪れます。きっと、ルイもここに来ます。ここで待っていればいいですよ」

「そうさせてもらいます。あぁ、もし良かったらですけどこの国の法律全書などはありますか?先程の話を聞いてちょっと興味を持ちました」

「この国では目録と言いますが、存在しますよ」

神父は本棚から分厚い本を取ると私に渡してくれた。

「ありがとうございます」

神父が出ていくのを見届けて、私は目録を開いた。




数十分後やって来たルイが来るまでに私は目録を読み終えていた。

「ユウィリエさん」

「やぁルイ」

ルイは私の隣に腰掛ける。

「いよいよだな、頑張れよルイ」

「うん」

ルイは両手を組んで目を閉じ、祈りを捧げている。

「ノルンの女神よ…どうかぼくを見守りください」

神様など信じていない私にとってはどこか滑稽に見えるその行為も、この国の人にとっては当たり前のことなのだろう。

私も心の中で彼らの信じる神に形ばかりの祈りを捧げる。
『どうかルイが望みを叶えられますように…』











中央広場にはもう人が大勢集まっていた。
まるでお祭りのような騒ぎだ。この村の人たちにとっては運命を決める戦いも村を騒がすイベントなのだろう。

「…」

どこか緊張した面持ちのルイの背を叩く。

「大丈夫だよ、あんなに頑張ったんだ。勝てるよ」

「う、うん」

「作戦は前に考えたろ?作戦通り行けば絶対勝てるさ」

「うん」

「ほら、行ってこい」

私は中央広場の中心に向かってルイの背を軽く押した。
ルイが来たとわかると村人達が道を開けた。



ルイを見送ったあと、私も人をかき分けて前の方へ出る。
見れば、すでに対戦相手であるタデオは来ていたようだ。
二人が揃うとアニセト村長が口を開く。

「これより天職をかけた決闘を始める!!」

わぁーと完成が上がった。


「ルールは2つ。決して命は奪わないこと。最初に足以外の部位が地についた方が敗者とする。

では、始めるぞ!両者位置につけ!」


感覚を開けて二人が立つ。
シーンとした空気の中、二人は見つめ合う。


ルイの手にはプレゼントしたあの剣が。
タデオの手にはあの華奢な剣が握られている。
あの剣はやはりタデオの愛刀だったのか。


「はじめ!!!」


二人が動いた。



両者の剣の実力は少なくとも私の目には互角に見えた。
ただ、門番とはいえ日々鍛えていたタデオと木こりとして斧を振るう毎日だったルイとでは元々の体力や筋力に差がある。

やはり長期戦に持ち込むのは不利か。

私は戦いを見ながら思う。
ルイの剣の動きを見るに作戦を決行しているようだが…やはり、力が足りない。
あと…どれほどかかるだろうか。

剣を交えれば、押し負けるのかルイの体制が不安定になっていく。
立て直しは難しいだろう。
だが…アレも、あと少しで…。

ココは…。

「ルイ!!」

「!」

「押し込め!!!!」

「クっ!」

私は叫んだ。同時にルイが力を入れたのがわかった。



ピキリ



その音は静かに、でも確かに響いた。

キチリと落下したそれは地面に落ちた。
ドサッとタデオが尻餅をつく。


タデオが持つ剣だったそれは柄のみになっている。
私は一人口元に笑みを浮かべる。上手く行ったと。


タデオとルイの体力や筋力に差があることはよく分かっていた。
だから私はあえてタデオ自身ではなく、タデオの持つ剣を狙う作戦をルイに伝えていた。

華奢な剣は軽く早く動ける利点があるが、それ故に脆い。
特に刃と柄の接続部が弱い。
そこを狙って、剣を当て押し込めば剣が折れ、バランスを崩しタデオは倒れるだろうと予想できた。
そして、倒れたタデオの首に向かって…


「!」

刃先を向けて

『「降参してください」』

と言えばいい。と私はルイに伝えていたのだ。

ルール的に尻餅をついた時点でルイの勝ちなのだが、ルイはそのことに気づいていないようだ。


「勝者ルイ!!!!」


と村長が高らかに宣言する。
また、歓声が上がった。

「ル…」

「ルイ!!!」

私が声をかける前に、ルイの名を呼び駆け寄る影が見えた。
私は口をつぐんだ。

「おめでとう!ルイ!!」

「ヴァレ」

「これで兵士になれるのね」

「うん」

「良かったね、ルイ」

ヴァレの目元が光る。
やはり、ヴァレは良い子だ。
他人の喜びをまるで自分のことのように喜ぶことができる優しい心の持ち主だ。

「ありがとう、ヴァレ」

笑うルイに私は心の中で拍手を送った。



「ルイ」

「はい、村長」

「おめでとう、今日からお前は兵士となる。これから日々精進していってくれ」

「はい」

村長の言葉で、その決闘は終幕した。










「ルイ」

「ユウィリエさん」

場所はあの木が生えていた場所。
数日しか経っていないのに、薄っすらと雑草が生えてきたその場所に彼はいて、私も何故かルイはココにいると思っていた。

「おめでとう」

「ありがとう」

サァと風がふく。

「これからどうするんだ?村を出るのか?」

「いや…ぼくは中途の兵士だし、今から学校に通ってもついて行けないだろうから…この村で武術大会まで特訓しようと思う」

「そうか」

「もっと…もっと強くならなくちゃ。騎士になるんだから」

「そうだな…。私も時々で良ければまた教えに来るよ」

「ありがとう、ユウィリエさん!」

「どういたしまして。あと、別にさん付けで呼ばなくていいんだぞ。私がいる国にはお前と同じくらいの歳の仲間がいるけど、大概私のことをさん付けで呼びはしないし」

「え…でも…」

「いいんだよ。私がいいっていうんだから。『ユウ』で構わない」

「うん。ありがとう、ユウ」

日がだんだんと暮れる中、私達は黙ってその様子を眺めていた。
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