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隔絶の都とゼロの騎士⑦
しおりを挟む「それにしても驚いたな、ユウィリエさんがあんなに強いなんて」
ジャレッドが感心したように言った。
場所は変わって校内。
あの人混みの中、ジャレッドやマルティーナ達に引っ張られるように案内されたのは、『学食』と呼ばれる場所だった。
その名の通り、校内の食堂であり、生徒だけでなく先生もココで食事を取ることが多いらしい。メニューが豊富なのに値段が安い、と授業後ココで食事していたらしいアリスが私にこっそりそう言っていた。
昼食時間の為に人で溢れる学食だが、私達が座る6人がけのテーブルの周りは誰もいない。
まるで避けるようにテーブル一つ分ずつ挟んで座っている。
まぁ…無理もないか。
武術大会優勝候補二人に、臨時教師、それに突如現れて生徒を足蹴りした謎の男という組み合わせである。
一緒の席に座るテディーはかなり居心地が悪そうだ。
マルティーナがオススメするメニュー(味はまあまあだがかなりのボリューム)を食べながら私達は話していた。
「そりゃ、一応護衛だからな。あの程度できなくては守れるものも守れない」
正確には私は書記長という位にいるし、アサシンだからあそこまでの事ができるのだが。
なんてことないように言えば、マルティーナが口を開く。
「シリルはあんな感じですが…この学校の中では強い部類に入るんですよ」
「へぇ」
「優勝候補とまでは言いませんが…ダースホースと言われていますからね」
「あんなのがか?」
私は先程のシリルの動きを思い出す。
スピードこそあったが、そこまで強いとは思えなかった。
「父親が騎士で幼い頃から鍛えられていたんですよ、彼。学校内の戦績はあんまりパッとしませんが…手を抜いているだけかもと勘繰っている人もいるんです」
なるほど…。私は納得したと頷いてみせた。
「現に手は抜いているみただけどね。チカが言ってたよ」
ジャレッドが言う。
「チカ?」
「あぁ…そうだった。チカはオレの補佐。今は友人と共に食事中かと。会ったときに紹介するよ」
そう言えばジャレッドも6年生なのだから補佐が居るのだ。すっかり頭から抜け落ちていた。
「チカは、シリルの補佐のマノラと寮で同室でね。話を聞いてきてくれるんだ。それによると、シリルが手を抜いているのは確からしい」
手を抜くねぇ…。
「まぁ、手を抜いていたにせよ、あんなに簡単にシリルをぶっ飛ばすユウィリエさんの実力が凄いことは分かるがな」
話はそこに戻るのか…。
ジャレッドとマルティーナがコチラをジッと見ている。
その目には興奮の色が浮かんでいる。
「ユウィリエさん、この4日間は学校に来るんだよな?」
「…そのつもりだが?」
「じゃあ、一度手合わせ願いたい」
「わたしも!」
やっぱりこうなるのか…。
「…気が向いたらな」
そう答えれば、二人は嬉しそうに笑った。
「それ、俺も仲間に入れてほしいなぁ」
乱入者は呑気にそう言いながら、ズルズルと隣のテーブルを引っ張ってきて私達のテーブルにくっつけた。
私の隣に位置する席に座り、ドガッとテーブルに食事の乗ったプレートを置く。
そこには、5人前はありそうな量の食事が乗っていた。
席に座っている男はとても大食いには見えない容姿をしていた。
男にしては長めな黒髪。灰色の瞳。
線が細く、顔立ちと相まって声を聞いていなければ女と勘違いしたかもしれない。
ダボッとした黒いロングコートを身につけているせいで、線の細さが際立っている。
「せ、先輩…」
とその男の側で困ったような声を上げる少女も居た。
青っぽい紺色の髪のショートボブ。同色の瞳は、私達の顔色を窺うようにキョロキョロとしていた。
「レオ」
「よっ!ジャレッド、マルティーナ、テディー」
呆れたようにジャレッドが彼を呼んだ。
気軽に挨拶を返す様子を見るに、知人…しかもかなり親しい仲のようだ。
「それに、アリスセンセに、護衛さん」
スッと私の方へ手を差し出す彼。
「はじめまして、護衛さん。俺はレオ=マクラフリン。レオでいいぜ」
飄々としている風だが、隙がない。
「ユウィリエだ」
「ユウィリエ?…あぁ、だからアリスセンセはユウって呼んでたわけね。そっちのほうが短くて楽だな、俺もユウって呼んでいいか?」
「どこで聞いてたんだ?」
「さっき、舞台でアリスセンセがユウを呼んでるのを聞いたのさ」
馴れ馴れしい雰囲気だが、自然と警戒心を解いてしまいそうになる間合いの詰め方。
「構わないよ」
コイツはなかなかの手練だな。
私はそう思った。
「レオ、お前あそこにいたのか?全く気づかなかったが」
ジャレッドが言うと、レオが肩をすくめる。
「ん?そりゃ、終わったあたりでフラァと歩いてただけだからな。それまでは、木陰で寝てたさ。こんな天気が良くて、気温も最適。風も心地いい日に昼寝せずにいつするんだよ」
「…」
ジャレッドとマルティーナは呆れたような顔をする。
「お前なぁ…。仮にも武術大会優勝候補の一人がそんな呑気でどうするんだよ」
あぁ、やはり優勝候補だったか。と一人納得する。
「別に俺は優勝候補にしてくださいって願ってなった訳じゃない。気がついたらそう言われただけだ。俺は騎士になんてまるで興味がない」
「気がついたらって…お前ねぇ…」
「武術大会には出るが、決勝まで行ったらわざと負けるか、優勝しても騎士になるのは辞退するつもりさ。騎士になるくらいなら、傭兵でもやってたほうがよっぽど楽しそうだ」
「おい…」
ジャレッドが声をひそめた。
「それ以上は言うなよ。騎士の職を侮辱するのは重罪だ」
「っ…」
レオは軽く舌打ちした。
「全く…自由に発言すら許されないなんて…」
目録に確かにそんな事が書かれていたっけ。
しかし、こんな所で少し話しただけで重罪になるものだろうか。
「ま、まぁ今はそんな事いいじゃないか。今は武術大会に向けて頑張るのが先決でしょ?」
アリスが空気を変えようとみんなの顔を見回しながら言った。
「そうですね、アリス先生の言うとおりです」
マルティーナがそれに同意し、話の流れがまた戻った。
「そういやぁ、ココには優勝候補が一人少ないじゃないか」
そう言えば優勝候補は4人と言ったか。
「仲間外れはいけないなぁ。おい、クララ。ちょっと探して連れてこいや。なあに目立つアイツのことだ。すぐ見つかるさ」
「はい、先輩」
クララと言うらしいレオの補佐が立ち上がり、かけていった。
それを見送ってから、レオはまた食事に手を付ける。話しながら食べているというのに半分ほどなくなっている。
「アリス、もう一人の優勝候補の事何か知ってるか?」
「んー、戦ってるところは見たことないからなぁ。でも、成績はかなり良いよ。頭がいい…というより頭の回転が速いんだろうね」
「ふーん」
「もう少ししたら会えるんだ。見てからどんな奴か想像すりゃいいさ」
ほら、来たぞ。とレオが指を指し、私はそちらに視線を向けた。
ふんわりとした栗色の癖毛。透き通るような水色の瞳はややタレ目がちだ。
身長は私より少し低いくらい。レオほど線は細くないが『兵士』という視点で見るならば弱そうに見える。
柔和な雰囲気を醸し出しているが、背中から覗く水色の直剣にどうしても目が行ってしまう。
その後ろをクララと話しながら歩いてくるのは、多分彼の補佐である少女だ。
クララよりも少し背が高い。
暗めの赤いセミロングの髪と瞳。
友人とにこやかに笑いながら話す姿はかなり魅力的である。
「やっと来たな。ユウ、紹介するよ。コイツはユーゴ。後、補佐のモニカ。ユーゴ、この人がアリスセンセの護衛のユウ」
「大雑把な説明だな…レオ。はじめまして、ユウさん。ユーゴ=リルバーンです」
「モニカです、よろしくお願いします」
「よろしく、ユーゴ。モニカ」
「挨拶が終わったら座れ座れ!休み時間、あと少ししかないんだからな」
バシバシと自分の隣の椅子を叩くレオに呆れたように笑いながら、ユーゴが腰を下ろした。その向かいにクララとモニカが座る。
「ユウさん、さっきは凄い戦いぶりでしたね」
あぁ、またその話をしなければないのか…。
「オレ達もさっきまでそんなこと話してたんだ」
「気が向いたら手合わせしてくれるって」
「へぇ、それはそれは。是非、僕もその候補の一人に入れてほしいね」
気が向いたらな、と再度繰り返しながら私が頷けば、ユーゴは「ヨッシャッ」と片手をグッとする。
そんなに嬉しいものか?
私は改めて、4人の優勝候補を見回した。
皆、それぞれ特徴ある戦い方をしそうだ。ルイは勝てるだろうか…。
気が向いたら、とは言ったが情報収集のためにも1回ずつくらいは戦ってみてもいいかもしれない。
「そう言えば、ユウさん」
思案していれば、ユーゴに話しかけられる。
「なんだ?」
「ユウさんは、さっき武器を持たずに戦ってましたけど、普段使っているメインの武器は何なんですか?見た感じ武器を持っているふうには見えませんが…」
そりゃ隠しているからな。そう簡単に持っていることを悟られては相手の意表はつけない。
「ナイフだ。直剣とかはあまり好みじゃないんだ」
「そうなんですか、道理で武器が見えないわけですね」
「あぁ。お前みたいにおおっぴらに剣を出しとくのはオススメしないぞ。ココは学校だから良いだろうけど」
実際、敵を相手にするときは戦う直前まで相手に武器を知られないほうが有利なのは言うまでもない事である。
「そういうものですかね」
とユーゴが納得しかねるように言った。
こういう事は実際戦う立場になりないと分からないものである。
ちょうど話が途切れたそのタイミングで、昼休み終了の鐘がなった。
学食を出て、校庭に向かって歩いていると
「ジャレッド先輩!」
明るい声がした。
見れば、薄茶色の髪をお下げにした少女が片手を上げて立っていた。素朴な感じの愛らしい少女だ。
顔や腕に見える色とりどりの汚れは…絵の具だろうか。
「チカ、遅かったな」
ジャレッドが言う。
この子が、ジャレッドの補佐か。とても剣など握れそうに見えないが…。
「いや~、夢中で筆を動かしていたらこんな時間で…」
と頬を赤らめて身をすくめるチカ。
「ユウィリエさん、紹介します。彼女はチカ。オレの補佐で、美術部に入っています」
この学校には部活まであるらしい。
「近々、コンクールがあるとかで忙しくしてるんです」
「だって…出るんだったら優勝したいじゃないですか!」
ぷくっと頬をふくらませるその姿は、子供のようでありながらも彼女の魅力を引き立てている気がした。
「ジャレッド先輩達はこれから校庭に戻るんですか?」
チカが首を傾げる。この発言を聞くに彼女はまだ絵を書きたくてジャレッドに許可を得に来たのだろう。
「あぁ、そのつもりだ。チカは絵を書いてて構わないよ」
ジャレッドの言葉にチカは嬉しそうに笑った。
「私は一度、この学校の中を見てみたいな」
なかなかに広そうだし、アリスのいる学校がどんな物なのか見てみたかった。
「じゃあ、僕が案内する…」
よ。と続くはずだったアリスの言葉は響いた放送でかき消される。
『アリス先生、アリス先生。校長先生がお呼びです。校長室に起こしください』
これは…もしかして、先程シリルをぶっ飛ばしたことが問題になってしまったのだろうか。そのせいで、アリスが呼び出しを食らったらな私も付き添い、頭を下げるべきかもしれない。
「さっきのことかもな。私も行くか?」
とアリスに聞くがアリスは首を振る。
「違うと思うよ。前に校長先生に話してた事があって…結果が出たのかも。僕だけで行く」
そうか、と頷く。
さて、こうなっては一人で校内をぶらつくのもアレだし…校庭にいくか…。
と一人考えていると
「なら、校内の案内はアタシがしますよ」
チカがぽんと自身の胸を叩く。
それは願ったり叶ったりだが…。
「いいのか?」
「はい!おまかせください!」
「チカもこう言ってますし、言葉に甘えて構いませんよユウィリエさん」
ジャレッドもそう言ってくれたので、チカの言葉に甘えることにした。
☆☆☆☆☆
「ここが…」
と指を指しながら教えてくれるチカの後ろをついて歩きながら、校内を見ていく。
人のいない学校内は静かでシンッとしている。
普段なら生徒でごった返しているかも知れないが、今日はそんな事もないため楽に見て回ることができる。
「なぁ、チカは校庭に出て訓練しなくてもいいのか?」
間を持たせるために私はチカに話しかけた。
「アタシは…その…言いづらいんですけど、あまり武術が得意ではなくて…兵士に天職が選ばれたのも何かの間違いなんじゃないかと思ってるくらいなんです」
「武術大会には出ないのか」
「はい。ジャレッド先輩の補佐として付き添いはしますけど、出るつもりはありません」
「美術部って言ったよな。絵を書くのが好きなのか?」
「はい!小さい時は画家になりたいと思っていました」
微笑むチカ。
その夢も天職によって叶わぬ夢となってしまったわけか。
「コッカー」
前方から男の低い声がして私達は立ち止まった。
細身でやや禿げかかった白髪の目立つ髪。
頬は痩けていて、眼鏡の奥の瞳は光がない。
「ベルトラン先生」
チカが言う。
コッカーというのは彼女の苗字か。
そして、目の前の男は先生。
「ユウィリエさん、紹介します。ベルトラン先生、美術部の顧問をしてくれているんです」
「へー」
答えながらも私はベルトランを見ていた。
ベルトランも私を見ていた。
何かを探るような…嫌悪するような…そんな視線が私に向けられている。
「コッカー」
また、ベルトランはチカを呼んだ。
「なんですか?先生」
チカがベルトランに近づこうとする。
パシッ
そのチカの腕を私は掴んで引き止めていた。
「ユウィリエさん?」
驚いたように声を出すチカ。
だが、私は何も言えなかった。私の目はベルトランを見て離れない。
何だろうか、この例えようのない感覚は。
ココがミール国ならば、私はきっとナイフを抜かないまでも握りはしたかもしれない。
「行こう…」
「え?」
「ジャレッド達のところへ行こう」
掴んだ手をそのままに私はチカを引っ張りながらベルトランに背を向けた。
背中に彼の視線を感じながら、早足で廊下を歩いた。
✻✻✻✻✻
チカを連れて校庭に出た私は、チカをジャレッドに預け(今日は側に付いていろ、と伝えればジャレッドは困惑しながらも頷いてくれた)、私はアリスを探しにまた校内に入った。
ベルトランという先生についてアリスから話を聞くためだ。
あの男には…絶対何かある。と私の直感が言っていたのだ。あからさまに、チカを連れ出してしまったが、いたしかたあるまい。
先程、チカが案内してくれた道順を思い出しながら校長室に向かう。
校長室は1階にあるのだが、1階1階が広いため、端の方にある校長室はやけに遠く感じる。
…。
私は足を止める。
そうすれば、先程から聞こえていた音もピタリと止まった。
「…何か用?」
私は振り向きながら言う。後ろには姿は見えなかったが、近くの教室の扉が少し開いていて、そこから影がのびていた。
影がゆっくりと動き、私の前に姿を現した。
「お前…確か…」
ほっそりとした小柄な少女はゆっくりと視線を私の目線に合わせた。
「…」
「マノラって言ったな。シリルの補佐…だったか?」
マノラはコクリと頷いた。
「何か用か?」
「…」
マノラは何か言いたげに口を開閉させる。
無理に急かしてはいけないだろう、と私は黙ってマノラが話し出すのを待った。
「…て」
「え?」
「…たすけて」
そう言って、マノラは私に背を向け走り去った。
追いかけようと思ったが
「あれ?ユウ?」
後ろからかけられたアリスの声に、走り出そうとしていた足を止めた。
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