Red Crow

紅姫

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隔絶の都とゼロの騎士⑨

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ー11日目

「お願いします!!ユウィリエさん!!!」

「え?何?」

一夜明けて再びアリスと共に学校へやって来た私の両手を握り目を輝かせるチカに私は困惑を隠せなかった。

「昨日のジャレッド先輩との戦いを見ていて、あたし感激したんです!!あんなに綺麗なもの初めて見ました!なので」

「なので?」

「あたしの絵のモデルになって欲しいんです!!!」

「モデル?」

はい!!!と元気いっぱいに返事をし、腕をブンブンと(当然掴まれてる私の腕も)動かすチカ。
いやいや…まてまて…。

「それはちょっとなぁ…」

私の口からそんな言葉が漏れた。
後にアリスから『あんな情けない声を出すユウを見たのは初めてだった』と言われるほどに弱々しい声だった。

「なんでですか!!??」

「なんでって…」

私の頭の中にある理由は2つ。
1つは私はあくまでも護衛として学校へ来ている身だ。アリスと長時間離れるのはいただけないということ。
これが理由の一割。
2つ目の九割の理由。一応、世界中で名を馳せてるアサシンである私の顔を絵になんて残してほしくないのである。コンクールなんかに出されたら、私をRedCrowと知る奴が見たらいい笑い物にされかねない。

「顔を絵に描かれるのは…立場上、ちょっとなぁ…」

かなり濁してチカに言う。

「なら、顔の部分はぼかしますから!!」

どうやら引く気はないらしい。
こういう奴との言い合いは長引いても結局押し問答で終わるのだ。

「…しょうがないなぁ。ちゃんとぼかしてくれよ」

「はい!!」

どうせ長引くくらいならある程度の条件をつけて話を切り上げるに限る。

「では、早速行きましょう!」

私の手を引き歩くチカに引っ張られるように足を動かす。

それにしても……。

チラリと後ろに視線をやる。

なぜ私はジャレッドにあんな今にも殺さんばかりに睨まれているのだろうか。

私は首を傾げた。














✻✻✻✻✻

ー美術室

「そこに立って、この剣を構えてもらえますか?」

「ああ」

キャンバスをセッティングし終えたチカから受け取った模擬刀を構える。
鉛筆を動かす音だけが静かな美術室に響いた。

「なぁ」

数十分経った頃、私は口を開いた。
モデルは動いてはいけないと思っていたが、よく考えれば顔はぼかしてもらう訳だし、身体だけ動かなければいいはずである。

「なんです?」

チカも私が口を動かしたことに関して、文句は言わなかった。
暇になってきてたので、これ幸いとばかりに話をする。

「今までもこうやって誰かにモデルを頼んでたのか?」

「いえ、ユウィリエさんが初めてですよ」

「意外だな。ジャレッドにでも頼めばよかったのに」

ジャレッドは同性の私から見ても優美だと感じる顔立ちをしていた訳だし、チカはジャレッドの補佐なのだから話をするのも他の人より楽だったはずだ。
ジャレッドの人となりを見るに、チカの申し出を断るとは思えない。

「アイツだって見栄えの良い顔立ちしてるじゃないか」

と何ともなしに口にし、チカを見ると何故か彼女は両手で顔をおおっていた。
手の隙間から覗くチカの顔は赤みがかって見えた。

「どうした?」

「む…無理ですよ…」

独り言を言うようにチカは呟く。

「ジャレッド先輩をじっと見ながら絵を描くなんて…無理です…!」

「…」

フルフルと頭を振るチカ。


あぁ…そういうやつ?
と私は内心で呟いた。


「そりゃあ、ジャレッド先輩を初めて見たとき…綺麗な人だなぁって思ってましたよ。でも、先輩の近くに行くことなんてできなかったし…遠目で見るだけで満足だったんです」

聞いてもないのに語りだしたチカの話に耳を傾ける。

「まさか、ジャレッド先輩の補佐になれるなんて思わなくて!毎日顔を合わせてお話できるだけで…こう…心が満たされてくっていうか…」

頬を赤らめながら話す彼女は、とてもキラキラとして見えた。

これが恋する乙女の美しさというやつなのか。
恋をすると女は綺麗になるというが…なるほど。いい得ているようだ。

ふいに私の頭の中に先程、私に殺さんばかりの視線を向けていたジャレッドの姿が頭に浮かんだ。


あぁ…そういうやつ?
私は思わず苦笑した。
全く…ココは兵士育成の学校ではなかったのか…。恋愛なんぞにうつつを抜かす奴が少なくとも二人はいるようだぞ、校長先生。
と心の中で教えてやる。伝わるわけないのだが。

まぁ、若いうちは恋愛ごとだって力の一部になるだろう。

と未だに顔を真っ赤にさせているチカを見ながら思った。









「ちょっと休憩しましょうか」

とチカが言ったのは絵を描き始めて1時間ほど経った頃だった。

「立ちっぱなしで疲れたでしょう?」

別に1時間ほど立っていたところで疲れる体力はしていないのだが、チカ自身にも休憩は必要だろうと思い、「お言葉に甘えて」と体の力を抜いた。


その時、私の耳は確かにその音を拾ったのだ。



「ウグッ……」とくぐもったアリスのうめき声を…。
















❈❈❈❈❈
Side ジャレッド

「クソッ」


身動きするたびにジャラジャラと音をたてる、自分の腕を拘束する鎖をみながら悪態をつく。

「ウグッ……」

「アリス先生!!」

目の前にはシリルによって口元を、キムによって身体を抑えられたアリス先生の姿。

「動くなよ、お前らは人質なんだからな?」

ケタケタと笑うシリルを睨みつけながら、
“全部、俺のせいだ……”
と、唇を噛み締めた。







一時間ほど前のことだ。
チカがユウィリエさんを連れて美術室へ行くのを見送った。
その時から、モヤモヤとしたものを感じていた。


確かにユウィリエさんはとてもきれいな容姿をしている。
精巧に作られた美術品だと言われても信じてしまいそうなほどに。
だからチカが“描きたい”と思うのも無理はない。
そこにそれ以上の他意はないことも分かっている。


だけれども……。
チカが自分以外の男と、嬉しげに…楽しげに歩いていく様を見るのは気分の良いものではなかった。

また、誘われたのがユウィリエさんであるという点も……。

自分の容姿を褒めるわけではないし、ユウィリエさん程綺麗な顔立ちをしているとは決して言えないだろうが、自分もまた他者から『キレイだ』『カッコイイ』と言われるくらいの容姿をしているし、何より彼女は自分の補佐なのだから……
『絵のモデルになってほしい』
と自分に頼んでくれても良いではないかと


そんな事を思ってしまう。

「ジャレッド?」

「!」

ハッと思考の中から浮上すると、隣に立っていたアリス先生がこちらの顔をのぞき込んでいた。

「大丈夫?ボーッとしてるけど?」

「は、はい。大丈夫です」

いけない、いけないと頭を振る。
今は大事な時期なのに、こんな風に心を乱してどうする。

「なら良いけど……」

と言ったあとアリス先生はクスクスと笑う。
なんだろうかと思いつつ、彼の顔を見詰めれば、彼はチカとユウィリエさんが歩いていった方を指差しながら口を開いた。



「心配ならついていけば良かったのに。
 ユウがチカに何かするなんてことは絶対にないって保証するけど、好きな子の事だもの。
 心穏やかじゃいられないんでしょ?」



一瞬、何を言われているのか理解できなかった。

アリス先生の言葉を頭の中で繰り返して、飲み込んで、ようやく理解したとき、体の中の血液が沸騰したかのように体が熱くなった。


「な、なんで……!?」

「なんでって、君を見てればわかるさ」


クスクスと笑うアリス先生はとても楽しそうだった。
それに憤慨する気持ちよりも、自分はそんなに分かりやすかっただろうかとか、ならチカにもこちらの気持ちがバレているのだろうかとか、恥ずかしい気持ちや焦りが頭の中に浮かんでは消えた。


「大丈夫、チカには気づかれてないと思うよ」


まるで心を読んだかのようにアリス先生は言った。

「ジャレッドもチカも、自分のことになると感が良くないみたいだね」

肩をすくめながら、ヤレヤレというように彼は言う。

「それって……どういう……」

「二人とも自分の気持ちに気づいているくせに、相手の気持ちには全く気づいてないって意味さ」

「??」

「君たち、思っている以上に鈍感だね」

見てて面白くはあるけど……とアリス先生は笑った。
何でもお見通しとでも言うように言う彼の言葉を、自分の良いように受け取っていいものだろうか。
チカも自分のことを………。



「あの…アリ………!」



ス先生と続くはずだった言葉は、頭に感じた衝撃によって口から出ることは無かった。




「ジャレッド!!!うわっ!!」





最後に聞いたのはそんなアリス先生の声だった。














ポーン……
遠くで、そんな音が聞こえた。
それは学校の鐘の音。
学校が始業してから1時間が経ったことを知らせる鐘の音だった。

目を開ける。

鈍色の天井が見えた。
視線を動かせば、よく訓練時に使う木刀や弓矢などが見える。
ココは……物置か……??


なぜ自分はこんな所に?
そう思いながら頭を動かせば、痛みが走る。

小さく呻きながら、体を動かそうとするがうまくいかない。
そこで漸く自分の手が縛られていることに気がついた。


どうして?


「ん………?」

近くで自分以外の声がした。

視線を向ければそこには横たわるアリス先生の姿。

「アリス先生!」

「…ん……、ジャレッド?
 ココは……?」

どうやら、アリス先生は拘束されていないようで、その身を起こして辺りを見回している。

「多分、物置の中です」

「物置?何でそんなところに……って、ジャレッド!君、腕!」

「は、はい……気がついたらこの状態で……」

「ぇ……、待ってて、今外してあげるから」

コチラに近づいてくるアリス先生。
その体に第三者の脚がめり込んだ。

「っ!!」

「アリス先生!!」

衝撃で倒れたアリス先生に近づこうにも、体が拘束されていて上手くいかない。
ケホケホと咳こみながら身を起こそうとするアリス先生の近くにそいつ等は立った。


「シリル!!キム!!」


叫ぶ俺を無視するように、キムがアリス先生の体を起こし拘束する。
アリス先生は藻掻いているが、先程の衝撃や元々武術をやっていたわけではない人の力ではなんの意味をなしていなかった。



「クソッ」




身動きするたびにジャラジャラと音をたてる、自分の腕を拘束する鎖をみながら悪態をつく。

「ウグッ……」

「アリス先生!!」

目の前にはシリルによって口元を、キムによって身体を抑えられたアリス先生の姿。

「動くなよ、お前らは人質なんだからな?」

ケタケタと笑うシリルを睨みつけながら、
“全部、俺のせいだ……”
と、唇を噛み締めた。


チカのことになると周りが見えなくなる。
周りへの警戒を怠ってしまった。
普段なら……こんなミスは絶対にしないのに。



俺はどうにか鎖を抜け出そうと力を込めるが、虚しく鎖の音が鳴り響くだけだった。
そんな俺を見て、二人は汚い笑い声を上げていた。









❁❁❁❁❁

Side ユウィリエ

その声を聞いたと共に美術室の窓を開けて、外へと飛び出していた。
『えっ!ココ4階……!』
とチカの焦ったような声が聞こえた気がするが、今はそれどころではない。

とても小さかったが……あれは間違いなくアリスの声だった。


校庭へと走り、アリスと別れた場所へ向かう。
そこには誰もいなかった。


対決をしている舞台付近も人を掻き分けるように走り抜けながら見て廻るが、アリスも一緒に居たはずのジャレッドの姿も無い。


「どこだ……どこにいる、アリス!」


探しながらポツリと呟く。
舞台端まで来て、ここには居ないと引き返そうとして、自分のことを見つめる視線に気がついた。


バッと後ろを振り向けばそこに立っていたのは………



「マノラ………」



おどおどとした様子のシリルの補佐だった。


「何のようだ。
 すまないが、今は君の話を聞いている暇は……」


「シリル先輩からの伝言です」


私の言葉を無視するように彼女は口を開く。

「!」



「『アリス先生とジャレッドをあずかった。
 一人で物置小屋まで来い』
 とのことです」



それだけ言うと彼女は立ち去ろうとする。
その手を掴んで、私は彼女の動きを止めた。


「何であんなやつに従う?」


「………」


「昨日の『助けて』ってどういう意味だ?」


「………」


そんなことを聞いている場合じゃないと分かっているが、聞かずには居られなかった。

マノラは決して答えようとはしなかった。
ただ、掴んでいる腕から彼女が震えていることだけは伝わってきた。


そっとその手を放して私は問いかけた。


「突然、すまなかった。
 その物置小屋ってどっちにある」


マノラは何も言わずに、ただ手を持ち上げてスッと右側を指差した。


「ありがとう」


呟くようにお礼を言って、私は其方へ向かって駆け出した。









見つけたその建物は、例えるならコンクリートの箱だった。
一部に窓はついているものの、それと扉以外には何もなくただそこに鎮座している。

ノックもなしに扉を開ける。
相手は余裕なのか、扉に鍵すら付いていなかった。


「ユウィリエさん!!」


「あぁ、来ましたか。
 遅かったですねぇ」


私を見て声を上げたのはジャレッド。
次にニタニタとした笑みを貼り付けたシリル。

一番聞きたい声が聞こえず、私は視線を巡らせる。
そして……


シリルの前。
キムによって拘束され、何度も蹴られたのか服を汚し項垂れるアリスの姿を見つけた。


クワッと頭に血が上るのがわかった。



「お前ら……ただで済むと思うなよ……」



服の中から一本のナイフを抜き出して、私はシリルに向けた。
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