Red Crow

紅姫

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血に濡れた汚れた手を①

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「ようこそ、いらっしゃいました」

とリュウイは客人を総統室ヘ向かい入れた。



当たり前だが、客人がリュウイと会うことは限りなく少ない。
だが、安全とわかっている相手は別だ。
総統と会わせることで、こちらが相手を信頼していることを示す。

今日来ている客人、ヒューズ国の国王、ブレンダン=マクパートランドはミール国の総統と会える数少ない交流相手である。






「それで…今日は何ゆえ?貿易の話は先日済みましたよね?」

リュウイの隣に腰掛けながら私は前に座るブレンダン国王に問いかけた。

「ええ、今日は貿易の話をしに来たわけではありません」

その言葉にホッとする。
この前、リュウイとキースに任せた貿易指針に何か不備があったのかと内心ずっとヒヤヒヤしていたのだ。


ブレンダン国王は私とリュウイを見て、意を決したように口を開いた。

「こんなことお聞きするのは無礼だとわかっているのですが…このミール国には障害者は居るものですか?」

「へ?障害者?」

リュウイは私を見る。

「…居ますよ。と言ってもここへやってきた移民の中で、戦争などで手足を失ってしまった者と言う意味ですが」

「そうですか…」

ブレンダン国王は少し思案するように顎髭をいじる。

「実は、我が国では最近、後天的に精神的に障害をもった者…精神障害者と呼ばれる者たちが増えていましてね」

「はぁ…」

突然の話にリュウイは困惑した声を出す。


「何が悪いのかもわからず、親も手を付けられない…。そこで我が国ではそういう者たちを1箇所に集めて生活してもらっているんです」

「…」

リュウイは思いっきり顔をしかめている。
まぁ無理もない。集めて生活してもらっていると言えばまだ聞こえはいいが、要は隔離してるということだ。

ヒューズ国は他の国に比べればまだ平和主義なところがある国ではあるが、すべてを国民の為に捧げる国ではない。
障害者を隔離し、見えないようにしている。その方が見栄えがいいのだ。

「治らないのはもしかすると、環境が良くないのではと思いましてね」

「つまり、ミール国でその者たちを預かれと?」

あまりに回りくどい言い方に、痺れを切らし私は言った。

「ええまぁ…。もちろん、全員ではありません。1人、2人でいいんです」

「えと…」

リュウイはまた私を見る。
私は少し考える。

障害者を預かるとなれば、国民達に世話を任せるわけにはいかない。私達で見ることになるだろう。しかし、ルナやゾム、キースに世話は無理だ。そういうタイプではない。リュウイは総統な為もともと選択肢から外れる。いつ暴れだすとも限らない奴を側にやるわけには行かない。そうなると、必然的に私がその障害者の担当となる訳だ。
リュウイが私を見るのもそういう意味だろう。私が決めろ、ということだ。

「…はっきり言って難しいと思います。精神障害者と話したことすらない私達に面倒はみれないかと」

「では、一週間お試しで預かるというのはどうでしょう!無理なら国へ返していただいて結構です」

どんだけ預けないんだ…この人は

「俺はいいと思うけど…」

と私を見るリュウイ。
しかし、その目は輝き、預かりたい!と主張している。
その目に逆らうなど、私には無理なわけで

「まぁ…一人くらいなら…」











「で、障害者がココに来ると」

私とリュウイからの報告を聞いて、興味なさげに言ったのはルナだった。

ゾムとキース、ルナを加えての幹部総会と言うなのお茶会はブレンダン国王が帰ってすぐに行われた。

「まぁ…そういう事だな」

「ふーん、頑張って」

ルナはお菓子に手を伸ばしながら言った。

「一応言っとくが、同じ城の中に居るんだからな。少しくらい面倒みろよ」

「ヤダよ、てか無理だよ」

「俺にも無理だな」

ルナの言葉に同調のはゾム。

「僕は、できる限り協力しますよ!ユウさん」

そう言ってくれたキースだが、顔は不安でいっぱいだ。


わかっていたことだが…やはり私一人で面倒見ることになりそうだ。
ルナやゾムは、仕事柄一人での行動が常だった訳で(アサシンが一人の仕事というなら私もだが…)頼りにはならないだろうと思っていた。
キースは一見良さそうたが…どこか人を苦手とする所があるため、こちらも同様、頼りにはならないだろう。


「どんな子が来るんだろうねぇ、精神障害者でしょ?暴れるとかそういう系?」

「それはない」

と、キッパリ言ったのはリュウイだった。

「俺がちゃんと頼んだからな」
と胸を張る。







私が預かることを了承したあと
『預かるにあたり、お願いが2つあります』
真剣な顔でブレンダン国王にリュウイは言った。
『何でしょう』

『1つめはなるべく障害が軽めの人を寄越してください』

『それはもちろん』

『2つめは、できるだけ頭のいい人を。書類整理や作成が出来るくらいの人を寄越してください』

『書類整理ですか?』

『はい。ユウィリエ書記長の側にいるならば、書類整理くらいできて欲しいです。ユウィリエ書記長にも仕事がありますからね、ずっと付きっきりというわけにも行かないですし、仕事しながら面倒見れる人であってほしいです』

『なるほど…わかりました』










「書類整理ができる、暴れないくらいの奴は来るわけね」

今度はゾムが興味なさげに言う。

「そうみたいだね。まぁもし暴れてもユウがどうにかするでしょ」

「そうですね」

ルナの言葉に頷くキース。

もちろん、どうにかするさ

「少なくても、リュウに危害を与えるような真似はさせない」

「ちょっと、僕らも守ってよ!」

やいのやいのと声を出す連中の言葉を聞き流しながら、私は近日やってくる相手を思って内心でため息をついた。










ー3日後

ほぼ日が暮れかかり、夜も近いという時間にブレンダン国王が、一人の男と従者を連れてミール国を訪れた。
男にリュウイやキース、興味なさげだったルナとゾムの視線が集中する。

「これが彼のプロフィールです」

従者からそれを受け取り、私もその人物に目を向けた。


まだ少年と言っても通用しそうなくらい若く見える。が、障害者と言うのなら少なくても18歳以上なのだろう。チラリと見たプロフィールにも19歳と書かれている。

癖のついた黒髪を男にしては少し長めに伸ばし、前髪は赤いピンで留められている。
私と同じ赤い目をしており、どこか不安そうにキョロキョロと視線を彷徨わせている。

「はじめまして、よく来たね!俺はリュウイ=レラ=ウェンチェッター、この国の総統だ。名前、聞いてもいいかい?」

リュウイがいつもの調子で話しかける。
初対面の奴といつもの調子で話せるのは、リュウイの凄いところだと私は思う。


「…」


そして、その言葉に答えようとしない奴を初めて見た。
いつもならリュウイのあのフレンドリーさに大概は出鼻で警戒心が砕けて、相手もある程度こちらに心を許すのに

「こりゃ、相当、精神的にきてるかもね」

同じことを思っていたらしいルナが小声で私に言った。

「なぁ名前くらい教えてくれよ。そうじゃなきゃ、なんて呼べばいいか分からないじゃないか」

「……ノア=アリソンです」

小さい声で囁くように言われた言葉。

「ノアだな!よろしく」

差し出されたリュウイの手。
しかし、ノアは距離を取って

「ごめんなさい…握手は…ちょっと…」

と胸の前で自分の手をにぎり合わせる。その手には手袋がはめられていた。


「すみませんね…コイツは極度の潔癖症みたいでして」

ブレンダン国王が言う。
詳しくはその資料に書いてあります、と従者が補足した。


「受け渡しは終わりましたし、我々は失礼します。一週間後、また来ます。そのときに、どうするか教えてください」


そう言い残し、ブレンダン国王と従者は帰っていった。


「…」

一人残されたノアは、じっと下を見てうつむいている。

「…お前ら、仕事に戻っていいぞ。あとは私が」

そうルナ達に言うと、皆、自分の部屋へ戻っていく。


私は改めてノアを見る。
ノアもその視線に気づいたのか私を見た。

「はじめまして、ノア…って呼んでいいかな?」

コクリ

ノアは小さく頷いた。

「よろしくノア。私はユウィリエ=ウィンベリー、この国の書記長をしている。君がこの国にいる間は私の元にいてもらうよ」

コクリ

「分からないことがあったら何でも聞いてくれ」

コクリ

……こりゃ、ほんとに相当かもしれない。
警戒心が強すぎる。


「あの…」


恐る恐る口を開き、ノアは言う。


「なんだい?」

そう聞くと、ノアは意を決したように言う。



「手洗い場はどこですか」




「は?」

それが、私とノアがかわした、初めての会話らしい会話だった。
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