Red Crow

紅姫

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血に濡れた汚れた手を③

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ノアがやってきた日の次の日
私はいつものように目を覚した。

ちょうど、窓から日の出が覗く頃である。
アサシンを長いことやっていると、睡眠時間が短くなる。だが、その分深くなるため、疲れることはない。

「……ん…ん」

その声は聞こえてきた。

もう起きてるのか?
私は音をたてないようにそっと隣の部屋、私の寝室へ続く扉を開けた。

「なんだ…寝てるじゃないか」

中を確認して私は呟いた。
彼は寝ていた。ちょうど、扉の方向を見るように横になってくれていた為、目をつむっている事が確認できた。

単なる寝言か

私はまた扉を閉めようとしたが、途中で手を止め、ノアを見た。
目元が光っている。
あれは…涙?

「ご…ん、……ね…さ」

涙を流し、彼は何かを言っていた。

「ごめ…、ア…ねえ…ん」

震える声は、





「ごめん、アナねえさん」





確かに、そう言った。









ノアが起きていたのは、6時頃だった。目が赤くなっているが、ノア自身は気づいていないのかもしれない。何度も目をこすって、違和感を拭おうとしている。

「あんまり擦るな」

手を止めようと自身の手を伸ばしたが、ノアはすごい勢いで、私の手から距離を置いた。

「ああ、ごめんよ。触らないから」

私は両手を挙げて、触らないとアピールしながら言った。

「…」

ノアは私との距離を元に戻した。
それを見てから私はノアに話しかけた。

「私、今から朝食を作りに行くんだけどノアも一緒に来てくれるか、別に手伝えとは言わない。ずっと手を洗っててもいいから私の目の届く範囲にいてほしい」

コクリ

ノアが頷いた。




ミール国の城の中の食事は普段は厨房で働いてくれてる国民達が作ってくれるが、彼らにも休みの日がある。

今回は異例ではあるが一週間の休みを料理人たちに言い渡してある。
精神障害者が城の中にいるのに国民達を城に呼ぶのは…と言うリュウイの配慮だ。


まぁ…無駄だったようだが…
私は廊下を歩きながらノアをちらりと見る。

多分、彼は精神障害者では無いだろう。
私が思うに、彼の潔癖症みたいな症状は、何らかの心的ショック、いわゆるトラウマからくるものだと私は思っている。
今朝のあの言葉…。
やはり、原因は姉の自殺か
だが…ごめんとは?
姉の自殺と潔癖症の繋がりは?

わからないことは多い。






「……」
トントンッとリズミカルな音が厨房で響く。

「お前、料理できるんだな」

私はノアの包丁さばきを見ながら、言った。

厨房に着くなり、手を洗い出したノアが私が食材を出した直後に手洗いをやめ、包丁を握ったときもおどろいたが、見事な包丁さばきにも驚いた。

「…施設ではご飯は当番制ですから、ある程度は」

「なるほどねぇ」

負けじと包丁を持つ手を動かしながら、私は頷いた。

「得意料理は?」

「…シチューですかね」

「じゃあ、昼はそれにするか」 

「……」

何も答えないノアに、私は手は動かしながら目線をノアに向けた。
彼は真剣そのもので包丁を動かしている。
その口元は笑っている。


料理好きなのか


私は、ノアが見せた初めての笑みを眺めながら思った。



彼と共に作った朝食が相当な出来栄えであり、好評だったことは言うまでもない。






朝食が終わり、私とノアは書記長室へ戻った。
「さてと、とりあえず書類を整理しないといけないんだけど…やり方を説明しないとね」

昨日まで何もなかった机の上に、大量の書類がのっかっている。
私達が朝食中に、国民の代表者が持ってきてくれたものを、従者が置いて行ったのだ。


「この国での書類整理は、軍事処理とかそういうのじゃない。貿易での利益の算出とか、店をやってる人たちから来る輸入依頼物の把握だよ」

コクリ

「算出の方は私がやるから、君は依頼書を見て、まずは職業ごとに書類を分けて、その中で何が何個必要なのかまとめてもらっていいかい?そこのソファに座ってやってくれ」

コクリ

頷くと彼は早速、書類整理に取り掛かる。


暇さえあれば手を洗っている
と書かれていたが…そんな素振りは今のところ見えない。
やる事があればいいのか
それともただ今は洗いたくない気分なのか


「途中で手を洗いたくなったら言ってくれ、ついていくから」

コクリ
書類を分けながら、ノアは頷いた。


途中で2回ほど手を洗うために洗面台に向かいはしたが、30分ほど手洗いを終えてくれ、作業は結構順調に進んだ。

「うん、いいね」

最後の書類を確認し、私はノアに声をかけた。

ノアはかなり頭が良いようだ。
最初は所々ミスがあったが、一度したミスを繰り返すことはないし、効率も良くなっていった。

「予定より早く終わったし、休憩しようか」

ノアに声をかけ、茶でも入れようと立ち上がる。その時、


トントンッ
と扉をノックする音がした。

「ユウ、入るよ」
やって来たのはルナだった。
「頼まれてた資料が出来たから届けに来たよ」

「わかった、あとで読むから机においておいてくれ」

「はいよ」

スタスタと机まで歩き、バサリとルナは資料を机にあげた。

「今から休憩なんだが、一緒にお茶でもどうだい?」

「もらう!」

元気に言うとルナはノアの向かい側のソファに腰掛けた。

私は3人分のカップを用意し、紅茶を注いだ。



「はい、今日の紅茶はアッサムだよ」

「へー、赤いね」

「そういう紅茶だからね」

ルナは興味深そうにカップの中を覗く。

「綺麗な色だろ?私はこの色が大好きだ。味もいいから飲んでみてくれ」

ノアの前にカップを置き、私は隣のソファに腰掛けた。

「…」

「ノア?」

カップを見つめたまま固まるノア。
その顔は血の気が引いて、若干青白い。

「あ…ああ…あああ…」

「ノア?どうしたんだ?」

「あああああああ!!!」

「!」

ノアは叫びながら、頭を抱え込む。

「どうした、大丈夫か?」

「やめろ!!」

ノアに触れようとした手はその大声で止まる。
しかし、ノアは私を見てはいない。
それは私でもルナでもない、この場にいない誰かに向けた言葉のようだった。


「やめろ!!アナねえさんに何をするんだ!!!」


ノアは叫ぶ。


「あああああああ!!ごめんよ、ごめんよアナねえさん」


泣きながら、ここにはいない誰かを見ながらノアは言う。




「気づいてたのに!!」




そう言うと、ノアは両手を見て、怯えた目して



「ああああああああ!!!」



そう叫んで、意識を手放した。
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