Red Crow

紅姫

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血に濡れた汚れた手を⑤

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ーとある荒野の地にて

ガタガタと揺れるていた車が突然止まり、うつむいていたノア=アリソンは顔を上げた。

まだ30分ほどしか走っていないのに止まるなんて…

窓の外に目を向けても、家一つない

こんなところで何をするんだ?
ノアはそのことを聞こうと隣に座るサントス=バッグを見る。

「…ココで、何をするんですか」

「それは…」
サントスはちらりと濁った瞳でこちらを見て


カチャリ


「お前を殺すんだよ」


ノアの額に銃を突きつけた。

「なっ…!」

ノアは後ろに下がろうとするが車のドアが邪魔をする。
ドアを開けようとするも、固く鍵がかけられあかない。


「逃げようとしたって無駄だ。鍵がかかっているし、周りは賊でいっぱいだ」

窓を見るとぞろぞろと、後ろからついてきてた車から武器を持った人相の悪い男たちが出てきていた。

「全く、国王も面倒なことをしてくれるよ…。よりにもよってミール国に預ける障害者にお前を選んじまうんだから」

ニタニタと笑い、ノアに近づくサントス。

サントスの手がノアに伸びる。
ノアは咄嗟に、その手をはらった。
その時

ノアの手がサントスが身につけていた帽子と眼鏡にあたり、それらが車の座席にボトッと落ちた。



「お前!!」



その顔を見てノアは驚く。

「あぁ、気づいてしまったか」

サントスはクツクツと笑う。



濁った瞳
卑屈な笑み
そして、右目の眉上にできた傷



間違いなく、それは姉をあんな目に合わせた男の顔だった。
そう思った瞬間、ノアの頭の中に




封印していた記憶が蘇った。






………
……



ヒューズ国のとある町にアリソン一家は住んでいた。
特別裕福なわけでもないが、特別貧乏なわけでもない。そんな普通の家族だった。


ー9年前

ノアはいつものように姉、アナ=アリソンと共に家で母親の帰りを待っていた。

父が亡くなり、母は夜遅くまで働いていたが、ノアが寂しい思いをすることが無かったのは姉であるアナのおかげだった。


アナはとても美しい少女だった。
亡き父譲りの金髪に、ノアや母と同じ赤い目。すっととおった鼻筋に形のいい唇。
まるでお人形のようだった。
そして、とても優しい姉だった。
ノアはそんな姉が大好きだった。


「ただいま」
と声がして、ノアはアナと共に母を出迎えるべく、玄関へ向かい


「はじめまして」
その男と出会った。



母はノアたちに、男をお父さんになる人と紹介した。
しかし、ノアはその男に好感を持つことはできなかった。

濁った瞳
卑屈な笑み

どちらも見ていて不快な気分になる。


アナも同じだったようで、ノアと二人で部屋に戻ると
「嫌な感じの人…」
そう言っていた。



男と共に生活をするようになっても、ノアとアナはなるべく、男と接触することを避けていた。
挨拶をしてきたとしても返すことはせず、通り過ぎ、目を合わせないように心がけた。

ノアは家の中でアナに手を引かれることが多くなった。
だからこそ
ノアは気づいていた。
男が時折、アナに気色の悪い目線を向けていることに

しかし、まだ10歳のノアにはその目が何を意味するのか、わかっていなかった。
だから、誰にもそのことを話さなかった。

その時、誰かに話をしていたなら…未来は変わっていたのかもしれない




あの日…
あの日はとても暑い日だった。
天気が良くて、遊びたい盛りだったノアは、友人達と外へ遊びに行っていた。

宿題があるからと言う姉を1人家に残して


それに気がついたのは偶然だった。
たまたま蹴ったボールが道路近くまで転がり、ノアはそれを拾いに行った。

その時、いつもあの男が乗ってくる車が、自分達の家の方向に向かって走っていった。

こんな明るい時に男が家に来たことはなかったし、同じ車を持っている人だっているのに、ノアはとても嫌な予感がして、ボールを友人に渡し、急いで家まで戻ったのだ。




家の前にあの男の車が止まっていた。

「ただいま、アナねえさん?」

声をかけるもアナの声は返ってこない。

ノアは家に上がり、部屋へ進んだ。

居間には誰もいなかった。母が棚を吊るからと置いて行ったハンマーや木の板が置いてあるだけだった。

部屋にいるのか?

ノアは部屋の方へ歩く。

「やめて!」

扉に近づいたとき、姉の声が聞こえた。
泣き叫ぶような、そんな声が

ノアはソッと部屋の扉をあけて、中を覗く。


ノアの目には、涙を流し叫びながらベッドに押し倒された姉とそんな姉に馬乗りになるあの男の姿がうつった。


何をしているのかは分からない。
でも、姉が大変な目にあっていることは分かった。


だからノアは咄嗟に今に戻り、ハンマーを手にし、部屋の扉をあけて中に入った。

アナに夢中な男はノアの侵入に気づいていなかった。


ノアはそんな男の頭に向かって





ドスッ






ハンマーを叩きつけた。


「クッ…」
しかし、ノアは走ってきた疲れなどから上手く力が入らず、男に致命傷を与えるには至らなかった。
男は声を漏らしながら、アナから離れる。

濁った、爛々とした目がノアを見て、ハンマーで殴られた場所をおさえながら、男は部屋から出ていった。


「アナねえさん!」
ノアは姉に近づき、声をかける。

しかし

あんなにも綺麗に輝いていたアナの赤い瞳は輝きを失い、焦点が合わない目でどこか彼方を見つめていた。

あの男の血の生暖かい感触が手にありありと伝わった。





その後、どうしたのかは覚えていない。

ただ気がついたら、ノアは知らない部屋にいた。
真っ白な部屋。そこは病室だった。


後にやってきた医者からノアは、姉が壊れてしまったことを聞かされた。





「アナねえさん」
ノアは毎日姉の面会に行った。
しかし、アナがノアを見ることはなかった。
いつもどこか彼方を見つめていた。





そしてあの日…

病室の扉を開けると、いつもはベッドで寝ている姉が開いた窓の前に立っていた。

「アナねえさん?」

ノアが1歩前に踏み出すと、アナは


「!!」


飛び込むように窓から身を投げ出した。そして、落ちていった。



ドシャッ

そんな音が聞こえた。









「どうして…どうしてこんな事に…」

姉の葬儀のとき、母は泣いていた。

葬儀が終わり、ノアと母以外誰もいなくなっても母はずっと泣いていた。

母は姉がとても大切だったとだとノアは思い、自分が知っている事を全て母に伝えた。

そうすればきっと、母があの男をどうにかしてくれると思って

しかし





パンッ
母はノアの頬を叩いた。


ヒリヒリとした痛みを感じながら、ノアは母を見る。

「なんて、馬鹿なことをしたの!」

母は怒る。

「アナを渡しておけば、あの人はずっと私の側にいてくれたのに!!」

ノアは呆然と母を見た。


ノアがもう少し大きく、大人だったなら、その母親の様子を狂っていると気づくことができただろう。
しかし、ノアは幼かった。


だから


「おかあさん…?」

すがるように母親に手を伸ばす。

しかしその手は




「いや!触らないで!汚い!」




母親に触れることはなかった。

ノアは自分の手を見る。
そこには、


真っ赤な血がベッタリとついていた。



その時から
ノアには、自分の両手に血がついて見えるようになった。

ふと、目にすれば真っ赤な血が手から滴り、生暖かさを感じる。


ノアの心は壊れた。





その後、母は壊れた息子の面倒を見ることを放棄し、ノアは施設に入った。
施設にいても、彼の心は癒えることはなかった。

いつも手を洗い続ける彼を、誰もが変な奴だと言い、近づかなかった。

当番だからと施設のみんなの為に作った料理にも誰も手をつけてはくれなかった。




ノアは孤独だった。








………
……





「…っ」

ノアは両目から涙を流し、目の前で銃を構えるサントスを睨む。


「なんだ、その目は?」

サントスは銃を持たない手で、ノアの腹を殴った。

「あのときもそうだったなぁ」

また殴る。

「やめろ!」

とノアも抵抗するが、体格や経験の差があり抵抗になっていない。

「あのときも、お前はそんな目で俺を見て」

サントスはノアの手から手袋を外し、手首を強い力で握る。

「この手で」

ニタァと笑いながら


「俺を殴ったよなぁ」


手にあのときの感触が蘇る。

生暖かなあの感触

ノアが自分の手を見ると、その手は赤く血に濡れ、汚れていた。



「あああああ…」



ノアはか細く声をもらした。


「お前も辛いだろ?自分の罪を背負ってなぁ?」


サントスはそんなノアを見下した目で見つめながら言う。

「だから、ココでお前を殺してやるよ。もちろん、シナリオは考えてあるんだ」

得意げにサントスは喋る。


「他国の帰りにお前を連れて、ヒューズ国に帰ろうとこの道を通ったら、2組の賊たちが争っていた。その争いに巻き込まれ、お前は死亡。俺は命からがら逃げ出して、国に帰る…、劇的だろう?」


サントスは汚い声で笑った。



ちくしょう
ちくしょう、ちくしょう!

ノアの目からは悔しさやらなんやらで涙がこぼれ落ちる。

こんな男に、俺は殺されるのか?

サントスの指が銃にかかるのを見て、ノアは目を閉じた。






「そんなシナリオ認めるわけ無いだろ?」






聞き覚えのあるその声が聞こえた。


「ウオッ」

ドサッ


突きつけられていた銃の感触が消え、サントスの声と何かを落とす音がした。




「ノア」

名を呼ばれて、ノアは目を開いた。


「え…」


「良かった、どうにか間にあったみたいだな」


ノアは呆然と目の前の人物の顔を見つめ



「ユウィリエ書記長さん…?」


その人物の名を口にした。


ユウィリエは優しい瞳でノアを見つめた。
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