Red Crow

紅姫

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忌み子と花売り①

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『忌み子』
それは、望まれずに産まれてしまった子供

古い考えにとらわれている家では、双子の片割れをそう呼ぶことがある。


………
……



「おい!何しやがる!!」

ゾムが大声をあげながら、両手で檻の棒を掴み揺さぶる。

「出せ!!俺達が何をしたってんだ!!」

しかし、誰もそんな声には反応せず、ゾロゾロとその場を離れていく。

「クソっ!!」

カーン
とゾムが蹴りあげた檻の棒が音を立てた。


「君、大丈夫かい?」
その音を聞きながら私は隣にしゃがみこむ少年に声をかけた。

まだ10歳かそこらの少年だ。
ボロボロでブカブカの服を着て、やせ細った腕と足を覆い隠している。
頬等は煤で汚れたように黒い部分があり、ボサボサの髪が彼の黄色い瞳を隠している。

「ごめんなさい…」

かぼそい声が言う。

「ぼくのせいで…ごめんなさい…」

彼は


「生まれてきて…ごめんなさい…」


そう言った。






私とゾムがその村、ゼード村を訪れることになったのは、とある花売りと私がミール国で出会った事が始まりだった。








ー1週間前

夕刻、私はミール国の城下の町を歩いていた。
俗に言う視察である。

「特に変わりはないかな」

一通り、見終えた私は城へ戻ろうと身体の向きを変えた。
その時


「キャッ」


誰かにぶつかり、その人物が声を上げて、地面に座りこんだ。


「すまない、周りを見てなかった。大丈夫かい?」

座りこんだその人物に手を差し伸べながら私は聞いた。

「だ、大丈夫です…。ありがとうございます…」

その少女は私の手を取り、立ち上がった。


10歳くらいだろうか
白を基調とした花の刺繍入りのワンピースを着て、腰まである髪をおろしている。
腕には何かが入ったバスケットをさげている。
少し長めの前髪が黄色い瞳を隠している。可愛らしい顔をしているだけにそこだけがちょっと勿体なく感じた。

それにしたって…

「見ない顔だね」

私が言うと、少女はビクンッと身体を揺らした。

「…村から…お花を、売りに…」

とバスケットを持ち上げる。

ミール国では、こういった、近くの村から商売に来る者たちも受け入れている。
その人物については、よっぽど危ないものを売ろうとするもの以外は国の上の方まで報告は来ない。
花を売りに来たという少女のことが、私の耳に入ってなくても何ら問題はない。

「そうかい。小さいのに偉いね」

「いえ…そんなことは…」

私と目を合わせることを避けるようにチラチラと視線をうつす少女。

「もうすぐ日が暮れる。そろそろ村に帰ったほうがいいよ」

「…全部売れるまで、帰れないの…」

「え?」

「全部売らないと…怒られちゃうから…」

少女はバスケットを抱えるようにしてうつむいた。

どんな親なのだろうか
こんな小さな子に仕事をさせ、挙句に全部売るまで帰るなと言い、売らないと怒るなんて…。

「だ、大丈夫です。売れないわたしが悪いんです」

私が露骨に顔をしかめたからだろう、少女は言うが、全くフォローになってない。

「1本おいくら?」

「え?」

「買ってあげるよ、いくら」

「あ…」

少女が口にした値段は、花にしては高値だった。

「皆さん…高いと言って、買ってくださらないんです…」

少女は小さく言った。

確かに高値ではあるが…

「残り何本あるの?」

「…20本です…」

「そう、じゃあ全部買ってあげる」

「へ?」

「残ってる分全部買ってあげるから、早く帰りな」

私は財布からお金を取り出して少女に差し出す。

「いいんですか…?」

「ん?」

「だって…わたしから買うよりも…この国のお店から買ったほうが…安いから…」

「気にしなくていいよ」

「でも…高いし…」

「…?あぁそうか」

なぜそこまで遠慮するのかと思ったが、よく考えれば今日来たばかりの少女が私の身分を知ってるわけないのだ。

「名乗ってなかったものね。私はユウィリエ。この国の書記長をさせてもらってる」

少女は目を見開く。

「え…だって…お兄さん…」

「まだ若いって?」

コクコクと頷く少女に笑ってしまう。

「若くたって書記長は出来るさ。だから、お金の事は気にしなくていい。お花、貰えるかな?」

「はい!」

ニコリと笑って元気に返事をした少女はバスケットから花を出し、包んでくれる。

やっと子供っぽくなったなと私は思った。

大きな花束を受け取る。
黄色とオレンジの花は鮮やかで美しい。

「ありがとう」

少女に言うと、少女はペコリと頭を下げた。

「こちらこそです!これで今日は帰れます!」

「早く帰りな、暗くなっちゃうから」

「はい!」

返事をして、さようならと門の方へ歩こうとする少女と反対方向に歩こうとして、ふと気になり、少女の背中に声をかけた。

「ねぇ、どこの村から来たの?」

「ゼード村です」

少女は手を振り、走っていった。











「へー小さいのに関心な子だな」
と言うのはリュウイ。

「だろ?」

「それで全部買ってきちゃうユウはお人好しって言うんだよ」
と憎まれ口を叩くのはルナ。

「うるせぇよ」

城に戻り食事を待つ間、私はリュウイ達に先程の話をしていた。
食堂のテーブルに花瓶を起き、花をいける。

「綺麗ですね~なんて花でしょう?」

「僕…初めて見た」

キースは微笑みながら、ノアは珍しそうに花に目を向ける。

「俺は興味ないなぁ」
そう言うゾムだが花瓶にいけた花を指で触っている。

「マリーゴールドだな」

「分かるんですか?」

「あぁ」

花の名前を口にするとキースは私を見上げた。

「私も花は好きだからな」

「なるほど」

キースは視線を花に戻す。

「花言葉には『友情』とか『信頼』、『健康』ってのがあったはずだ」

「友情かぁ。俺達にピッタリだな!」

リュウイはニカリと笑う。

「でも、悪い意味もあるんでしょ?花言葉って良い意味と悪い意味があるって聞いたことあるよ」

ルナの言葉に頷きはしたが

「悪い意味は…何だったかな?」

思い出せなかった。

「いいじゃないか、良い意味だけ知っとけば」

リュウイの言葉に私も思い出そうとするのをやめた。

その後すぐに、食事が出来たと声がかかり、私達は席についた。
私の頭の中からは花言葉のことはすっかり抜け落ちた。










あの時
もしも、悪い意味の花言葉を思い出すことができていたなら、未来は変わっていたのかもしれない。










ーゼード村

少女は暗い村の中を走っていた。
向かう先は家ではない。

今日、初めて花が全部売れた。

その喜びを少女は誰よりも先にあの子に伝えたかった。


「はぁ…はぁ…」

少女は古びたボロボロの廃寺の前で息を整える。


「ねぇ!いる?」

少女は寺に呼びかける。

キシッと木がきしむ音がした。

「聞いて!今日ね、優しいお兄さんがお花、全部買ってくれたの」

返事はない

「あと少しでお金が目標額に届くの!」

返事はない

「そうしたら、そこから出してあげられる。もう少し待ってて」

返事はない


少女は寺に向かって微笑み、家に帰って行った。




少女の瞳には希望の光があった。





少なくとも、家に帰るまでは…



「え…」

少女は家に帰って、目の前に立つ男女の言葉を聞いて手に持っていたバスケットを落とす。バスケットに入っていたお金が床に散らばった。

「今…なんて?」

「お前が隠していた金は見つけさせてもらったと言ったんだ」

「まさか、こんな金を持ってたとはな」

「いつもコソコソ出かけては花をつんで売りに行ってたんだね」

女のほうが床に散らばったお金を拾う。

「や、やめて!それは…」

少女はお金を取り返そうとするが、大人に叶うはずもない。


「そんなにアイツを取り戻したいんなら、また金を貯めるんだな」


ニタニタと笑いながら言う男。

少女は涙で瞳を濡らしながら家を飛び出した。




向かう先は花園。

そこで少女はまた花をつみ始める。
月明かりで美しく照らし出されるオレンジと黄色のマリーゴールドに囲まれながら、少女は涙を流す。



「誰か…助けて…」


少女は呟く。




「誰か…気づいて…」




少女はつみ取ったマリーゴールドの花に頬を寄せて呟いた。










マリーゴールドの花言葉には、『友情』『信頼』『健康』というものがある。





そして




『悲嘆』


『絶望』




少女は、マリーゴールドを売り、人々に声なきメッセージを伝え続けた。


しかし、その意味を理解してくれる買い手は今まで居なかった…。

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