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優しい鬼でも涙は流す⑤
しおりを挟むーマットン家にて
ルークは、静かに天井からその部屋へ飛び降りた。
そこはマットン家の当主、ギード=マットンの部屋である。
今、マットンは家族と食堂で食事中だ。
今のうちに…
ルークは、部屋を見渡し、棚に近づいた。
ギードは宝石好きで有名で、棚には多くの宝石が並んでいた。
「あった…」
その棚の中で一際輝く、黄色の宝石。
『エリシア』
に間違いない。
ルークは、棚を観察する。
ガラス張りでどこからでも宝石が見えるようになっている。
台の下の方に鍵がついていて、鍵が開けば蓋があがるのだろう。
罠は…見当たらない…。
さて…どうしようか…。
ルークはしばし考えたあと、とりあえず鍵を開けようと、用意していた道具を使って解錠に取り掛かった。
カチャ…
「よし」
鍵が外れ、蓋が開く。
やっと、このときが来た。
ルークは『エリシア』に手を伸ばす。
「動くな」
かけられた低い声。
ピタリと後頭部に当てられた硬い感触に手を止める。
「本当にやってくるとはな、白鬼」
「誰だ」
ギードの声ではない。聞き覚えのない声。
ここに来る前に、この国の幹部連中の声は全て聞いた。
昔から声を覚えることには自信がある。
絶対、この国の連中の声ではない。
「白鬼が来るかもしれないから雇われてくれとギード国王から頼まれてなぁ
まったく…いろんな国の宝石を盗んでる盗人だと聞いたからどんな手練かと思ったが…まさか後ろに立ってもこちらの存在に気づかないようなド素人だとは」
しまった…もうすぐ『エリシア』が手に入ると興奮していて、注意が散漫になっていた。
「ド素人を殺すのは忍びないが…これも仕事なんでね…
恨むなら、自分の運と実力を恨みな」
男の指が銃の引き金にかかる音がした。
「その言葉そっくりそのまま返すよ」
すっと耳に入る声がした。
「だ…」
「おっ…!」
ルークに拳銃を突きつけていた男は、最後まで言葉を発することなくルークにもたれかかってきて、バランスが崩れる。
「あ~悪い」
闖入者が片手で男の襟首を掴み、ルークから男を退ける。
赤く長いマフラー
赤い瞳
RedCrow
「…」
「宝石とらないの?」
首を傾げてみせるRedCrow。
やっぱり…何度聞いても…この声は…
「ユウィリエ…書記長?」
RedCrowの目が大きく見開かれた。
「驚いた、まさかバレるとは…」
「声が同じじゃなかったら分からなかったよ」
「うーん、この姿の時は声も変えたほうがいいのかぁ」
呑気に話すユウィリエ。
…たった今人を殺したやつとは思えない。
「なんでここに?」
「仕事さ。もちろん、裏のね」
「…このタイミングでこの家に来たのかよ」
何も今じゃなくてもいいじゃないか…
ましてや、この場には国王いないし…
「…国王なら食堂だぞ」
「そうなんだ」
「…?」
興味なさげに言うユウィリエ。
「行かないのか?」
「必要ないからねぇ」
「国王暗殺に来たんだよな?」
「誰がそんなこと言ったの?」
ポカンとユウィリエを見つめるルーク。
「私がここに来た目的は君を守ることだよ、ルーク。ノアに頼まれたんだ」
「ノアが…?」
「ノアは、君をとても気に入ったみたいでね。君を国の仲間にしてほしいって総統に頭を下げたくらいだ」
「!!」
「無論、君がやりたい事も理解した上でのノアの思いだ。ノアから伝言を預かってるよ」
ユウィリエは優しい瞳でこちらを見る。
「『国王様のお墓参りが終わって、心の整理がついたらまた会いに来てください。
待ってます』」
「っ…!」
頬に暖かい何かが伝う。
そこで、自分が泣いているのだと気づいた。
「…俺、またミール国に行ってもいいの?盗人なのに…」
「もちろん。なんたって書記長がアサシンなんだぞ?いつでもおいで」
それもそうかと妙に納得がいく。
「ま、その前にやることができちゃったみたいだけど」
「え…?」
「20…30か」
バンッ
と勢い良く開けられた扉。
兵士がゾロゾロと入ってくる。
「どうやら、そこの死体さんが死ぬ直前に連絡したみたいだ。全く面倒事を増やしてくれるよ」
ユウィリエは手にナイフを握る。
さっさと片付けようと歩を進めようとするユウィリエの前にルークが手を出し、足止めする。
「なんだ?」
「ここは俺が倒す」
「ほぉ…なら、お手並み拝見といこうか」
ユウィリエがナイフをおろすのを見て、ルークは双剣をぬいた。
もったいないな…
私は戦いぶりを見て思う。
行動に隙が多いし、剣のふるい方も未熟。
全て我流ゆえに、戦い方の心得がないのだろう。
だが…才能はある。
だからこそ、『青』が彼を選んだのだ。
カラー武器にはそれぞれに1つずつ特徴がある。
双剣『青』の特徴それは、両方の刀が全く同じということだ。
どんなにすごい鍛冶師であっても同じ刀を作ることはできないと言われていたが、双剣『青』はその概念を壊した。
重さ、形、全てが同じ刀
それ故に扱いが難しい。
左右の筋力は利き手などもあり、同じとは言えない為、少なからず誤差が生まれてしまうのだ。
実際、ルークも少しではあるが左手の刀の扱いが雑だ。
本当にもったいないな…
少しきたえれば、彼は化けるのに…
「ふぅ…」
敵を全員倒したルークに私はパチパチと手を叩く。
「おつかれさん、もう来ないだろうし…宝石持って逃げようぜ」
「あぁ」
「私も帰るわ。…もしもさ、君が私達の国に来るなら…その時は私が君を鍛えてあげる」
「え?」
「君はまだ強くなれるよ。それじゃ…」
「ま、待って」
呼び止められ、ルークを見る。
「何?」
「カラー武器は、武器自体が持ち主を決める」
いきなり語りだすルークに首を傾げた。
なんだ?何が言いたい?
「それ故に、普通の人にはカラー武器は持つことができない。持ち上げることすらも。
例外はその武器の持ち主と、他のカラー武器の保有者だけ」
私は目を見開く。
それは知らなかった…
だから…あのとき…
「なるほど…。つまり、あの時…私が城へ帰ったとき君が立ち上がっていたのは、私が帰らないと思ったからか。武器が持ち上げられなくて苦戦していると」
「あぁ」
「だから、あの時あんなに驚いていたのか」
私は、はぁとため息をつく。
知らなかったとはいえ、もう少し慎重に動くべきだった。
「ユウィリエも…俺と同じなのか?」
「…“同じ”の定理によるな」
「だから…その…。別に望んだわけじゃないのに力を手に入れて…困惑して…それでも手放せなかった…ってことさ」
なるほど…コイツは望まぬ力に困り果てていたのか。
だから、あれほどまでには未熟なのか。
誰かに力を使いこなすだけの技術を教わらなかったから…。
「もし…」
「?」
「お前が言ったことと同じ思いを私が抱いて生きてきたのかと聞かれたら…それは…
違う、としか答えられないなぁ」
「え…?」
「じゃあね、ルーク。また会おう。その時もまだ疑問に思っているようならその時に、その疑問に答えてあげる」
そう言い、呆然とするルークを残して私は天井へ向かって飛び上がった。
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