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女帝と戦争と死にたがり①
しおりを挟むSide ユウィリエ
カツッカツッ
と靴音を響かせてユウィリエは歩いていた。
カチャッ
と歩くたびに腰に下げられた剣が音を鳴らす。
普段…というか、ユウィリエは剣を好かないし、使わない。
しかし、今は剣を下げていた。
また、服装も普段とはまるで違う。
紺色を基調とした軍服、所々に赤と白のラインが入っている。
頭には服と同色の軍帽。中央には羽のついた獅子のマークがついている。
マントはつけているが、色は深緑色。
靴も革靴ではなく、ヒールのついた黒いブーツである。
普段の赤茶の軍服に赤いマントは見る影もない。
しかし、この場においてこの姿なのは仕方のないことだ。
「へえ、似合ってるじゃないか」
「着てるこっちは違和感しかないけどな」
目の前から歩いてきた男、フレデリック=フェネリーにユウィリエは言った。
「郷に入ったら郷に従えって言うだろ?我慢しろ烏」
「はぁ…わかってるよBee。一人だけ違う格好した奴が居たら目立つからな…」
「わかってるならよろしい。あと、二人のときはいいが、俺のことはBeeとは呼ぶなよ烏」
「アンタも、私を烏と呼ぶな」
「フッ…、そうだな。では、行こうかユウ」
「あぁ、案内よろしく、フレディ」
私は、フレデリックのあとをついて歩き始めた。
なぜ、私がココ、ハービニー国へやってきたのか…
それは、2日前まで遡る。
ー2日前、ミール国にて
「今…なんて?」
私は、資料を数えていた手をとめて立ち上がり、書記長室の入り口でピシリと気をつけをしている従者に言った。
従者は私の反応に困ったような顔をしているが…そんな事気にしている場合ではない。
今、彼が言った言葉は私にとって予想外のものだったのだから。
ノアも“どうしたの?”と言いたげに私を見上げている。
「すまないが、もう一度言ってもらえるかい?」
「はっ!ハービニー国の国王専属側付きと名乗るお方がいらしています。
総統閣下に報告したのですが…書記長殿に頼めとのことでしたので、報告に上がりました。
いかがいたしましょう」
先ほどと全く同じ事を言う従者。
どうやら、私の聞き間違いなどではないらしい。
私はストンと椅子に座り直す。
リュウイがコチラに対応を任せてきた理由も思い当たるし…従者が報告に来たのも頷ける。
だが、1つだけ分からない。
何しに来たんだ?アイツ
私は頭の中で呟きながら、従者にソイツを書記長室へ連れてくるように言った。
失礼します、と部屋を出ていった従者を見送る。
「ノア、少しの間席を外してくれるかい?」
「え?」
「すまんな…今からくる客人は…ちょっと訳ありでね。君は会わないほうがいい」
「わ、分かった」
「ありがとう」
最近は客人が来ても、ノアに同席させることが多かった私がここまで言うと言う事がどういう事なのかキチンと理解してくれたノアに感謝する。
「じゃあ…ルークのところにでも行ってくるね。終わったら、呼んで」
頷いてみせると、安心したようにノアは書記長室から出ていった。
それから、数分後
トントンッ
「どうぞ」
従者が扉を開けて、客人を招き入れる。
「案内、ご苦労。下がっていいよ」
「はっ!」
従者が扉を閉め、足音が遠くに行くのを確認する。
「突然の来訪での面会を了承いただき感謝します。書記長殿」
うやうやしく頭を下げる男。
私は眉をひそめる。
「思ってもないこと口にするな」
「ありゃ、バレてたか」
フフッと笑う男、フレデリック=フェネリー。
「とりあえず座れよ。しっかり説明してもらうぞ」
「もちろんだ」
私と彼は向かい合うようにして、ソファに腰掛けた。
「で、何しに来たんだ?まさか、観光だとは言うまい?」
「当たり前だろ、観光だったらハービニー国の国王専属側付きなんて名乗ってここに入ろうとはしない。君の友とでも名乗って入れてもらうさ」
「いつ私はお前と友達になったんですかねぇ?」
「悲しいこと言うなよ」
全くもって話が進まない。
「そろそろ、本題に入ってくれないか?MOTHERが接近してる中、この国に何しに来た」
「MOTHERが来てるからこそ来たんだ。それに、お前が言ったから俺はここに来たんだぞ?」
はい?
「私が?なんて?」
「この前の774の会合のとき、言ったろ?何か思いついたらミール国に来いと」
「あ~」
そんなこと言ったような…
「なんだ?総統を説得して私を戦争中だけでも引き抜きに来たと?その算段がついたと?」
「そういうことだ。烏、お前にも少しだけ協力してほしい」
「協力?」
「なぁに簡単なことさ。お前なら流れでどう協力するべきか分かるだろう」
フレデリックは、カチャリとメガネを直し、鋭い視線を私に向けて言った。
「オタクの総統に会わせてくれ」
ー総統室
「…」
「…」
机を挟んで向かい合うリュウとフレデリック。
リュウは警戒するようにフレデリックを睨み、フレデリックはその視線を受け止めリュウを見つめている。
二人とも口を開こうとしない。
リュウの近くで、キースがキョロキョロと心配そうに目線を彷徨わせながら見て、最終的、私に助けを求めるかのように視線を向けてくる。
私は“大丈夫”とキースに向かって頷いてみせる。
コチラは見ているしかないのだ。
フレデリックがどんな交渉をする気なのか、私は知らないのだから…。
最初に口を開いたのはフレデリックだった。
「突然の訪問、失礼しました。ですが、コチラが連絡しても貴方は了承しないでしょうから少し荒療治をさせてもらいました」
「…」
リュウは眉をひそめる。
が、言い返しはしない。
リュウは他の五大旧家との関わりを持とうとはしない。フランクリン家の奴が連絡したところで取り付く島もないだろうことは予想がつく。
「実は、この前五大旧家の当主会議がありまして、その時の決定事項についてご相談してくるよう国王に頼まれ、こうして出向かせていただきました」
「決定事項?」
「はい。今回もご欠席でしたので…。本来は文書で報告すべきなんでしょうが、内容が内容でしたので直接お伝えしようと」
「…」
リュウはフレデリックから目線をそらす。
キースが「へ?」と声をもらす。
そういえば…キースはリュウが五大旧家の1つであるウェンチェッター家の当主だとは知らなかったっけ…
普通、当主と言えば年寄りなイメージがあるし仕方ないか。
私は静かにするようにジェスチャーする。キースは両手で口元を覆った。
「なら、さっさと報告しろ。そして帰ってくれ」
ぶっきらぼうにリュウが言い、フレデリックは一度首をすくめる。
「では、報告させていただきます。
今回の当主会議にて、五大旧家がおさめる国の内部調査を行うことになりました」
「なんだって!?」
思わず口を挟んでしまう。フレデリックは片方の口角をあげる。
「内部調査?」
「はい」
リュウの言葉にフレデリックは頷き、続けた。
「国民からの信頼度や国の運営の内容の調査。あと構成員たちの調査や城の設備についてなどなどの調査を行うことになりました。
各国の幹部の中から1名ずつ調査員を選んでいただき、他の国に1週間ほど調査へ向かうのです」
「それで?」
「組み合わせが、オリオーダン・ウィドリントン・アットウェルで1組。ウェンチェッター・フランクリンで1組になりまして。
この国には我がハービニー国と交換で調査員を送り合うことになります。調査員には調査の後、報告書の提出が求められます」
ほお…と私は感心したようにフレデリックを見る。
よくもまぁ…こんな口からデマカセを噛まずに自信ありげに言い切るもんだ。
嘘をつくとき、片方の口角を上げるのがフレデリックの癖である。それを見て嘘だと分かった。
全く…他の五大旧家と関わることがないであろうリュウにだからこそバレることの無い嘘をよく考えついたものだ。
「そう…。それでソッチはいつ調査員を向かわせるつもりなの?」
「…そのことで相談があるのです」
「相談?」
「はい。今、我が国には調査員などに人員を割く余裕がないのです。できれば、送らずに終えたい。
ましてや、ミール国は治安がいいことや、国民からの信頼もアツい事は分かりきったことですから調査の必要などない。
というのが我が国の結論です。報告書も当たり障りなく書いとけば『平和主義』のミール国では疑われることもないでしょう」
「…まぁ…来ないにこしたことはないし…」
本当は絶対来てほしくなかったのだろう、リュウの顔には明らかな安堵の色が浮かんでいる。
「では、コチラからは送らないということで」
「ん?ソッチが送らないなら、こっちも送る必要ないだろ?報告書なんて…別にどうにでも書ける」
「そうは行きません。我が国には軍備があります。ミール国なら軍備に関して空白でも問題ありませんが我が国は違います。
ただでさえ忙しいというのにあとで疑われることは避けたいのです。
ですから、コチラからはある程度見る目の有り応用が効く人物を送っていただきたい」
リュウは困ったような顔をする。
『ある程度見る目があって、応用が効く人物』
なんて、かなり注文が多いと言える。
「あ、じゃあ僕が行きますよ」
キースが名乗り出る。
「僕はこう見えても軍にいたことがあります。いろんな国の軍を見た事がありますから、軍がどんな具合かわかります。
報告書もうまい具合に書きますよ」
「いいのか?キース」
リュウは少し不満げだ。
「はい、僕が一番適任でしょう。ハービニー国にとってもミール国にとっても」
キースは笑顔で言う。
「ごめんね…頼むよ」
リュウも笑顔で返した。
「すみませんが、もしよければ書記長殿を寄こしていただけませんか?」
上手くまとまりそうだったのにフレデリックが爆弾を投下する。
「え?」
「できれば書記長殿を寄こしてください」
「駄目!」
リュウがバンっと机を叩いて立ち上がる。
「なぜです?」
「駄目なものは駄目!」
やっぱり。
こうなるよな…。
「あの…僕じゃ駄目なんですか?さっきの話を聞いてる限り、調査員の選任は自由の様でしたが」
キースが口を挟む。どこか焦った風に見えるのは何故だろうか。
「そのとおりですが、個人的に書記長殿を寄こしていただきたいのです」
「なぜ?」
フレデリックはチラリと私に視線を向け、リュウとキースに向き直り、今日一の笑顔を浮かべて言った。
「書記長殿、私の好みなんです」
ゾワッとした。
全身の毛が逆立った気がする。
冗談でも気持が悪い。
「なっ!」
とリュウが声を出す。
その声には本気の焦りが感じられる。
おい…
「だ、ダメですよ!!」
「キース…?」
いつの間にやら(気づけなかっただと…!)やって来ていたキースが私とフレデリックの間に立ち、両手を広げ私を守るように立つ。
「いくらユウさんが、そんじょそこらの女性より美人で可愛いからって!!そんな恐ろしいこと言う人の居る国にユウさんを向かわせるわけには行きません!!」
どうやら、フレデリックの冗談を本気に捉えたらしいキースが、大声で言った。
「何言ってんだよ…」
呆れた声が出た。
「だって!この人が!!」
「冗談に決まってるだろ」
「へ?」
ポカンとした顔をするキース。
その様子に、フレデリックがくすくす笑う。
「冗談ですよ。あ、もちろん。書記長殿を寄こしていただきたいのは本当ですが」
フレデリックが私に向かって片目を閉じ、何やら訴えてくる。
あ、協力ってそういう事ね…
「私は構わないよ」
「ユウ!」
「仮にも五大旧家のおさめる国に行くんだ。それなりの地位がある人物が出向くのが礼儀だろ」
「そうだけど…!」
「大丈夫」
不安そうな顔をするリュウにキッパリという。
「ちゃんと帰ってくるよ」
リュウが最も危惧していることに対して、自分の思いをしっかりと伝える。
「…絶対だぞ」
「おう」
ブスッとしながらも私が行くことを了承してくれた。
「決まりですね。では、出発はいつにします?迎えに参ります」
「2日後に出る」
仕事のことも考えた上で答える。
「総統閣下も同意で?」
「ユウがそれでいいなら」
「では、2日後に参ります。要件は以上ですので」
「うん、帰ってくれ」
シッシッと手で払う素振りを見せるリュウ。
フレデリックは首をすくめる。
「送ろう」
私はフレデリックを連れて、総統室を出た。
それからは、フレデリックを見送り、仕事の算段をつけるべく、作業し、荷物の準備をしと動き、
2日後、やって来たフレデリックの寄こした車に乗り込んだ。
フレデリックはハービニー国の国王、ホエル=ロタ=フランクリンに、『戦争するにあたり、凄腕の兵士であり、私の無二の親友が力を貸してくれるというから迎えに行く』と言ってきたらしい。
そりゃ、ホエルと私は会ったこともないのだからミール国の書記長だとはバレはしないだろうが…。
「無二の親友がフレデリック、ユウィリエと呼び合っているのは不自然だろ。俺はお前をユウと呼ぶからお前は俺をフレディと呼べ」
とのこと。
呼び名を変えることと仲の良さが比例するとは思えんが…まぁそうしろと言うならしてやろう。
………
……
…
そして、ハービニー国に着くなり、着替えさせられ、この格好になった訳である。
「これから、国王に会ってもらう」
とこちらも見ずに言うフレデリックに
「分かった」
と答え、足を進めた。
私の7泊8日の戦争付きの旅は始まったばかりである。
応援ありがとうございます!
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