Red Crow

紅姫

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女帝と戦争と死にたがり⑫

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Side  ラルフ


「クソっ…!おい、大丈夫か!」

俺は、その女から目を話さないようにしながら、近くで倒れる仲間に声をかける。

「は、はい…。ラ…ルフ…たい…将」

返事はあったが、途切れ途切れで早く治療してやらねば…死ぬのは時間の問題だろう。



どうしてこうなった。
俺達は優勢だったはずだ。
現に、今相手側で立っているのはたった1人。
それ以外の兵は倒したのだ。
なのに、残ったたった一人に壊滅されかけている。

女の顔は、ユウィリエが教えてくれた要人物の中になかったはずだ。
だからと言って油断したわけじゃないが…まさか…こんなことになるなんて…。



「なぁんて、退屈なのかしら」

女が口を開いた。
グッと奥歯を噛み締めて、剣の先を女に向けるが、女に恐れる様子はない。

フフフと笑って俺を見ている。

「ワタクシ、気は長いほうですけど…飽きてきましたわ」

長い髪の毛先を弄び、余裕な様子で女は言った。

「ッ…」

「そろそろ、終わりにしましょうか」

女は手に持つ、槍を大きく振りかぶりながら、すごい勢いでコチラに向かってくる。

速い!

剣でどうにか防ごうとしたが、

「クッ!」
手に鋭い衝撃。
カッキンと音を立てて、持っていた剣が弾き飛ばされる。

女とは思えない力の強さだ。


「これで、最後ですわ!」

女がもう一度、槍を振り下ろした。



成すすべなし



悔しさから、歯を噛みしめる。



キーンッ!




と高い音がした。

「なんですの!」

「!!」

俺の前には、攻撃を防がれ驚いた表情をしている女と…


「あ、アニキ…!」


ユウィリエの姿があった。
















Side ユウィリエ


「大丈夫か、ラルフ」

「はい、アニキ!」

女のもつ槍を、さっき拾った細剣で防ぎながら聞くとラルフからしっかりとした返答が返ってきた。

「ラルフ、ここは任せな。部下たちをテントへ連れて行って、早く治療してもらえ」

「え、でも…」

「急げ!助かる命も助からなくなるぞ!」

「!…はい!」

ラルフが部下たちに指示を出し、傷が浅いものが重傷者を支えながら歩いていく。

私はそれをチラリと確認してから、女に向き直る。



やはり、見たことない…。
新戦力か。


「ッツ!」


と力を込めて、槍を弾き返す。

少し距離を取り、女を観察する。


色白な肌。
ウェーブのかかった長い金髪。
タレ目でやさしげな印象を与えてくる瞳。
身体を包むのは他の兵がつけていた鎧とは違った。
ピッタリと身体に合わせて作られたような、胸元が大きく開いた藍色の戦闘服。大きく開いたところからは豊満な胸が覗いている。
その上に鎧のつもりなのかプレートがついている。
下も、ふんわりと広がったミニスカート。
ヒールが低めなブーツ。
手には身長と同じくらい長い槍を持っている。


「貴方、誰ですの!」

声が少し裏返っており、動揺しているのがわかる。

「人の名前を聞くときは、自分から名乗るのが礼儀ってもんだぞ。お嬢様」

小馬鹿にしたように私が言うと、女は、頬を赤らめる。

「…そうですわね。ワタクシとしたことが…」

フーと息を吐き、女は改めて背筋を伸ばし、戦闘服のスカートの裾を持ち、どこぞの令嬢かのように足を曲げながらお辞儀をする。

「ワタクシ、グラシア=ウィルモットと申しますわ。以後、お見知りおきを」

ウィルモット…聞いたことがない名だ。
令嬢に見えるように振る舞っているだけで、本来は民家の出だろう。

「ご丁寧にどうも。私はユウィリエだ」

頭は下げずに言う。
それにムッとした表情をするグラシア。

「ワタクシが頭を下げたというのに、貴方は下げませんの?」

「あいにく、もうすぐ死ぬ奴に下げる頭は持ち合わせてなくてね」

色白の肌がどんどんと赤く染まっていく。

「なんて無礼な方なの!ココで死ぬのは貴方ですわ!」

グラシアが槍を構える。

私も背負っていたバックパックを下ろし、細剣を持ち直す。
あまり使ったことはない武器だが、まぁ大丈夫だろう。
この時ばかりは、どんな武器でも使いこなせるよう鍛えてくれた師匠に感謝である。

私とグラシアは間合いを取って見つめ合う。
聞こえてくるのは互いの息遣いと風の音のみ。



カランッ




と風がどこからか持ってきた(本当にどこから持ってきたのか疑問でしかない)空き瓶が転がっていた石に当たり乾いた音を出したのを合図に、私とグラシアは同時に動き出した。















Side グラシア


互いの息遣いと槍と細剣がぶつかる音だけが、その場を支配していた。

強い…!
強すぎる…!

目の前の男、ユウィリエを見ながらそう思った。

こちらは息が上がり、はっきり言って限界が近いというのに…。

「疲れてきたのか?」

と口元に笑みをたたえながらユウィリエは言う。

少しも息が乱れていない。

「まだまだ…余裕ですわ」

強がって言ってみせるが、相手には強がっていることがわかっているのだろう。

「そうでなくっちゃ…なっ!」

スッとコチラとの間合いを詰めて、喉元へ細剣の先が接近する。

「ッ!」

ギリギリで避ける。
その隙をついて、攻撃しようと槍を動かすが軽く避けられる。

そして、逆にこちらに向かって伸びてきていた細剣に切りつけられる。

戦闘服にはいくつもの切り傷がつけられ、血も流れ、藍色で目立たないとはいえ、その部分を濃く染め上げている。
スッと鼻で息をすると、自分から出ている血から香る鉄臭さが鼻についた。


限界が近い。
体力の限界もそうだが…自分の服に目を向ける。

もう、血で濡れた部分のほうが多い服。
1つの場所からの出血は少なくても、それが10、20と増え血が流れ続ければそれは致死量となる。


本気の攻撃ができるのは…あと一回が限界…。


次の一撃に全てをかける…!


「ユウィリエさん」

「んえ?」

声をかけるとユウィリエはポカンとした顔をする。
声をかけられたことに驚いたにしても、とても戦場でする顔ではない。

「ワタクシ、次の一撃に全てをかけますわ」

そう言い、動く。

「!」

ユウィリエが即座に細剣を構える。




そう、動くと思ってましたわ。





ユウィリエに接近すると槍を振り下ろすように見せかけて、隠し持っていた手榴弾の栓を抜いてユウィリエに向かって投げつけた。

即座に体をひねって、爆発に備える。
その時に、ユウィリエが呆気にとられて動けないでいる様子を見た。






ドガッン!!!!






大きな音が響きわたった。










風が爆発の煙を連れて去っていき、辺りの視界が開けていく。
ワタクシは、爆発の直前までユウィリエが立っていた場所へ向かう。

地面に大きく穴が空いていた。

ユウィリエの姿が見えない。
ワタクシは、静かに目を閉じる。

あの手榴弾はMOTHERの技術者が造ってくださった、通常のものよりも威力が倍以上あるものだ。
直撃すれば、身体なんて木っ端微塵である。
これがワタクシの最終兵器だった。

「卑怯な手を使ったのは…詫ますわ」

普通なら槍できちんと戦いを挑むべきなのに…。
自分がした行為は邪道であることは分かっていた。それでも…勝ちたかったのだ。



「別に、恨みやしないよ」



後ろから聞こえた声。

そんな馬鹿な…。
どうして…。

ゆっくり後ろを向くと、

「これは真剣勝負。勝てる手を使ってくるのは当たり前のことさ」

爆発で怪我をした様子がなく、赤いバックパックを手に持ったユウィリエの姿があった。














Side ユウィリエ


「どうして…」

と呟くグラシア。

「あぁ、爆発のこと?」

聞くと、グラシアは頷いた。

「君が手榴弾を持っていることは予想がついたよ」

「え?」

「戦場にそんなスカート履いてくる女は、大概、太腿に武器を隠し持ってるもんさ。長さ的に隠せるのは手榴弾くらいだと思ったのさ」

大きく目を見開き、トサッと座り込むグラシア。

「ハハ…ワタクシの、負け…ですわね」

自傷気味な笑みを浮かべ、私を見上げてくる。

「負けを認めるなら、別に命までは取らないよ」

「情けをかけてくださると」

「まあねぇ」

「フッ」

グラシアが笑う。
クスクスと笑う。

「そんな情け、クソくらいよ」

口調が変わった。

「戦いに負けたのに、生き残るなんて…そんなの兵士としての恥だわ」

「恥って…」

「そんなことしたら、皆、あたしのことを憐れむわ!!兵士の癖に戦場で死ねなかった、敵に情けをかけられて生き残った…なんて憐れなのって」

「憐れって…そんなわけ無いだろ」 

そんなことあるわけ無い。
MOTHERにそんなこと思うような奴がいるとは思えない。

「うるさい!!みんなみんな…あたしを憐れむ目で見るのよ!あたしは…あたしは頑張ってるのに…」

「お、おい?」

グラシアは私を見ていなかった。
どこか遠くを見ながら呟き続ける。

「ママに笑ってほしかったから何でもあたしがやったのに…パパに褒めてほしいから言う事聞いてたのに…みんな喜んでくれると思ったから頑張ったのに…

みんなみんな…最後にはあたしを馬鹿にした。嫌った。」

「…」

「それが嫌だったから…あたし変わったのよ。戦いの訓練も…人間関係も…全部全部頑張ったのに…。

最後はこのザマ?

敵に情けをかけられて、生き残って?

それが、戦士のやる事…?いいえそんな訳無いわ!

そんなの、あたしのプライドが許さない…!」

「!」

グラシアが近くに落ちていた槍を手に持ち、刃を自分の喉元に向ける。
その動きは傷付き、体力の限界のためか酷くゆっくりしていて…私は手にしていた細剣で槍を弾き飛ばした。

「うっ…うぅ…」

泣きだしてしまったグラシアに私は言う。



「凄いじゃん」






「え?」

困惑した声をだす彼女に私は続ける。

「初めてだよ。殺されるか逃げるかの選択をして、殺される方を選ぶ奴なんて。
皆、何かしら命乞いをするのに。

君のプライドってのは、よっぽど強いものらしい。

それを貫き通せるのは、素直に凄いと思うよ」

「あ…」

「強いものには、それなりの敬意をはらわないとね」

私は、細剣を地面に落とし、自身の愛用しているナイフを手に持つ。
グラシアに近づき、その刃先を喉元に突きつけた。

「殺してくれるのね」

自虐的な笑みを浮かべて私を見るグラシア。

全く…もうすぐ死ぬというのにその顔はないだろ…。

「さよなら、グラシア」

別れの言葉を口に出すが、何故か心残りがある。
私はもっと伝えるべきことがある気がした。
私は目を閉じ、数秒考えて、答えを見つける。


ナイフが喉に刺さる直前、まだ聴覚が残っている時に私は言った。








「君は確かにこの戦場の誇り高き戦士だったよ」









グラシアは目を見開き、死ぬ直前にパクパクと口を動かし、微笑んだ。





『ありがとう』





彼女の音なき声が、私の耳に確かに届いた。
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