Red Crow

紅姫

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女帝と戦争と死にたがり⑭

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Side エマヌエル


ど…どうしよう…

岩陰に隠れながら、そっとその様子を見ていた。
隣ではパコが眠たそうに目をこすっている。
普段と変わらない様子に…羨ましい思いともっと緊張感を持てと言いたい気持ちになる。

「ちょっと、君!」

とキャルヴィンがその女に声をかける。

あぁ…どうしよう…

体の全身から血が引いていく感覚がした。





………
……



ーー30分ほど前

レジナルド大将の命令により、兵を連れてパコと共にこの場所に来た。
そこには、キャルヴィンと他の兵がいた。

「追加ってお前らかよ」

とキャルヴィンはため息をつき、

「うわ…出張ってたのお前かよ。来るんじゃなかった」

とパコが頭を抱え、

「なんだと!」

「あぁ!?」

と喧嘩を始めた。

「や、やめてよ。こんな時まで…」

と二人を宥めながら、呆気にとられる兵に「大丈夫だよ」と声をかけて、まだ戦ってないというのに疲れてしまった。
それと同時に少し、懐かしさを覚えていた。




俺とパコとキャルヴィンは今でこそ、立場が違うが、同時にこの国の兵に志願した、いわゆる同僚だった。
兵と言えど、若い奴らが集まればその中でグループができるのは必然で、幼馴染で親友同士な俺とパコの組み合わせのところにキャルヴィンが入ってきたのだ。

キャルヴィンのことは入兵当時から話題になっていた。どこかの貴族の息子で、兵団でもすでに高い位置が決まっているとかなんとか…。嘘か真かは知らないがそんな噂が確かに存在したのだ。

初めてキャルヴィンが俺達に声をかけてきたときの印象は最悪だった。
ぶつかってきたのはキャルヴィンの癖に
『庶民が、道を塞ぐんじゃねぇ!』
と1言。

それに珍しくパコが怒って
『庶民だろうが貴族だろうが、今は同じ立場なんだから偉そうなこと言ってんじゃねぇ!』
と食ってかかった。
ソリが合わなかったのだろう。

あの時は本当にヒヤヒヤした。苦労して入兵したのにキャルヴィンとの事のせいでパコが、そして側にいた自分が脱退させられるかもしれないと。

しかし、そんな事はなかった。ましてや、何かにつけてキャルヴィンは俺達のもとにやってくるようになったのだ。
その度にパコと口喧嘩し、時には手まで出ていた。


『なんでアイツ、いつも俺らのところに来るんだ…』
とパコはいつもブツクサと言っていたっけ。

なんとなく…俺にはキャルヴィンが来る理由が分かる気がした。
パコはキャルヴィンを貴族の坊っちゃんとは扱わないのだ。対等に接してくれるのだ。
それは、彼にとって新鮮で、とても嬉しいことではないだろうか。
だから俺も途中からキャルヴィンに対して、敬語を使ったり、遠慮をすることがなくなった。

それから、キャルヴィンが俺達の前で笑うことも増えた気がする。
パコは、相変わらずだったけど…それでいいと思えたんだ。








何故こんな事を思い出したのか…それは分からないが、ふっと頭に浮かんだのだ。

「フン、お前がいるって知ってたら来なかったよ」

とプイッと顔を背け、俺の腕をつかむパコ。
コレはパコの癖。
助けろと言う合図である。

「まあまあ…落ち着いて。全員揃ったわけだし、そろそろ、移動しよう。敵が来ちゃうよ」

「…まぁお前が言うなら」

とキャルヴィンが呟く。

そう。こうして、間を取り持って話を前にすすめるのは俺の役目。



ようやく、歩き始め、少しした時異変に気づいたのはパコだった。

「おい、止まれ」

と俺や後ろを歩く兵に指示を出す。

「どうした?」

「アレ」

と、指差す先には一人の人影。

「敵じゃん!でも一人?」

「静かに、バレるよ」

パコに言われ、両手で口を抑える。
敵の様子を窺うが、コチラには気づいていないようだ。

「なんでですか!たった一人で来た敵なんかに負けやしませんよ」

という声が後ろから聞こえる。キャルヴィンが、フレデリック元帥からの連絡を受けているようだ。

まだ何か言っているようだが、近くで兵達がざわつき始め、それに対応していて聞き逃してしまった。



「俺、行ってくるね」

と通信を終えたキャルヴィンは、まるで『散歩、行ってくる』とでも言うようなノリで言った。

「みんなはココで待ってて」

と言い残し、さっさと行ってしまう。


「ちょ、ちょっと!」

声をかけるもキャルヴィンは止まってくれない。

「どうする?」

「どうするって…一人で行かせるわけには行かないだろ」

俺は、兵達にこの場で待つように伝え、嫌がるパコを連れてキャルヴィンの後を追う。




キャルヴィンの姿を捉え、岩陰に隠れながらどうやって連れ戻そうかと思っていると、キャルヴィンはいきなり敵の前に立ち

「ちょっと、君!」

と声をかけたのだ。



………
……







「僕のこと?」

と、敵は言う。

長い前髪から覗く黒い瞳がギョロリと動く。
真っ黒な…まるで、おとぎ話に出てくる魔女のようなドレスを着ている。
手にしている銀色に輝く刀。刀と言っても、長刀と言うには短く、短刀と言うには長い。と言うような長さのものだ。

「そう!君のことさ。君はMOTHERの兵士だね」

「うん」

「こんな所にノコノコ出てきたの?」

「うん」

敵は鬱陶しそうにキャルヴィンを見ながら、答える。

「そうか、運が悪かったね!俺の前に出てきちゃうなんて!」

出ていったのはキャルヴィンの方なのだが…。

「ここで会ったからには、君には死んでもらわないとね!」

「死ぬ?」

「そうさ!」

「なんで?」

「なんでだって?そんなの、ココが戦場で…目の前に敵がいるなら倒すのが通りだろ!」

敵はコテっと首を傾げる。

「君は敵?」

「そうさ!俺はハービニーの兵士長だからね!」

「そう、なら…」




グサッ





「殺さなきゃ」


何が起こったのか分からなかった。
ただ、気づいたときにはキャルヴィンの背中から敵の手にしていた刀の先が飛び出ていた。


「ガッ…」

「…」

敵は刀をキャルヴィンの身体から抜く。

ダラダラと血を流し、口からも吐血しながら倒れた。


「キャルヴィン!」

俺は思わず、飛び出していた。

「キャルヴィン…!キャルヴィン!」

名前を呼ぶも反応がない。

「そんな…」

キャルヴィンの様子に、絶望する。
頭が混乱する。
しかし、少しだけ残った理性が俺のミスを指摘してくる。


「あ…」

しまった。
飛び出してしまった。
敵の前に出てきてしまった。

目線を上げる。

敵は、俺がこんなに騒いでいるのに、刀についた血を触ってはネチャネチャと弄ぶ、という行為をしていた。

なんだ…コイツ…。
でも…今のうちに…。



今のうちに、何ができるっていうんだ。




どうする?と脳が自分に問いかけてくるが、答えなんて出てこない。

その間も敵の出す、ネチャネチャという音が聞こえて…俺は耳をふさぐように手を当てた。


カチッ…

何かが手に触れた。そして、指が沈みこむ。何かを押した?

何なのか、さっぱり分からない。
頭が混乱する。





『はい?』




突然聞こえてきた第三者の声。
聞き覚えがある声だ。
…そうか、インカムか…。
頭の冷静な部分が答えを見つけ、助けてほしいと混乱した部分が口から言葉を出す。


「あああ、あああのぉ!キャルヴィンが、て、敵に!血が出て!刀で!返事がなくて…!」


何言ってんだ。と頭の冷静な部分がツッコミを入れてくるが…止まらない。

「敵が、血を、ネチャネチャって!刀の血を触ってて!それで!それで!」

何の脈絡もない言葉がただただ口から発せられる。
それで…それで…とあがっていく息遣いがうるさい。
目の前が真っ白に染まっていく。




『落ち着け』





「っ!」

スッと耳に入ってきた心地いい声。
出かかっていた言葉を飲み込んだ。
ハァハァとした自分の息遣いを、ドクドクとした心臓の音を身体で感じる。


『いいか。大きく息を吸え』


声に従う。


『止めろ』


クッと喉に力を入れる。


『ゆっくり吐きな』


スッと力を抜く。



ドクドクとした心臓の音が感じられなくなる。



『落ち着いたな。言われた順に話せ。

まず、お前は誰だ』

「エマヌエル=スウィンナートン」

『今どこに居る?方向で構わん』

「SE方向」

答えながら、どこかで俺は考えていた。
この声の主は誰だろう。
フレデリック元帥や大将ではない。
インカムを持っている人なんて限られているし…。

あ、あの人か

『おい、聞いてるか』

「は、はい!」

確か…名前は…

「ユウィリエさん…」

『ん?』

「あ、いえ。何でもないです」

『そうか。なら報告を続けてもらうぞ。敵は何人で、誰が負傷したって?』

「あ…」

そうだ。その話だった。

「敵は一人…。キャルヴィンが…刀を刺されて…血を…。声をかけても…反応がなくて…」

『敵はコチラに興味を示してないんだったな。

いいか、今から言うことを実行しろ。

キャルヴィンのどちらの手でもいい、手首に触りな』

言われた通りにする。





……トクッ




「う、動いてる!弱いけど、動いてる」

『そうか、良かった。まだ生きてるんだ。

近くに仲間はいるか?』

近くにはパコが居る。

「はい…」

『なら、ゆっくりでいいから他の兵も連れてテントに戻りな』



「エマ!危ない!!」



カッキン!!


と鋭い音が頭上でした。

パコの剣と敵の刀が交わっていた。

通信に気を取られて、敵を見ていなかった。
コチラに気がついて、攻撃しようとしていたのをパコが助けてくれたのだ。

「あれぇ?敵、まだいたんだぁ」

のんびりとした口調で敵が言う。

どうしよう…これでは逃げられない。

「ッ…!」

パコは相手の刀を押さえ込むだけで手一杯な様子。
逃げようと声をかけたところで…逃げ切れる保証もない。
でも、早くキャルヴィンを治療してもらわなければ。

「エマ」

パコの声にハッとする。

「ソイツ、まだ生きてるのか?」

「うん…生きてるよ」

「そっか。ゴキブリ並の生命力だな…」

こんな時まで…
冗談を言いパコは小さく笑う。

「さっさと連れてけ」

「え?」

「オレがこいつの相手してるから、さっさとテントに連れてけ」

「そんな!駄目だ!」

そんなことしたらパコまで…

「それ以外に、ソイツ助ける方法があるのかよ!」

「…」

答えられない。
確かに…キャルヴィンには時間がない。
でも…パコだけ残せば…。

最悪、俺は二人の親友を失うのだ。

そんなの絶対嫌だ。


『少年』


耳元で声がした。そういえば、通信したままだった…。

『黙っていていい。耳だけ傾けろ』

声は優しく、強く俺に言う。

『今、お前の為に戦っている奴の言っていることは正しい』

そうだ。わかってる。

『そして、お前が納得できないのも正しい』

パコが正しくて、俺も正しい?

「違う!俺は。俺は間違ってる。俺がすべき事は…だって…」

『大切な友人を助けたいと願う心が間違っているわけ無いだろう』

「!」

『いいか、よく聞きな。そして、すぐに考えろ。

お前たちから少し離れたところには一般兵がいるだろう。

一般兵にだって人は運べるんだ。

だが、その場でその敵と戦い、時間を稼ぎ、誰も犠牲を出さずにすむにはお前たちの力が必要だ。

そして、お前にはそれを可能にする武器がある。

なら、お前のやるべきことはなんだ!少年!』


俺は動き出した。

まずは…

「パコ、ちょっと待ってて!」

声をかけて、キャルヴィンを抱えて一般兵がいる所まで走る。

「班長!」

一般兵が俺に声をかけてくる。声をかけている暇はないんだ。

「お願い。キャルヴィン兵士長を今すぐテントに。そして、皆もテントに戻るんだ」

「え…」

「任せたよ」

「……はい!」

返事を聞いて、俺はパコの元に戻る。

腰の剣を抜き、敵の顔面めがけて突きつけた。

「!」

パコと敵が離れる。

「エマ」

「パコ、時間を稼ぐよ。キャルヴィンがテントに着くまで絶対コイツを先に進ませちゃ駄目だ」

「うん!」

俺達は剣先を敵に向け、構える。
倒すのは無理でも、時間は稼がねば

『30分持ちこたえな』

「え?」

『今すぐ行ってやりたいが…こっちも敵がいてね。




必ず行くから、死ぬな』


「はい!」

プツン…と通信が切れた音がした。


そして、俺達は同時に動き出した。
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