Red Crow

紅姫

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女帝と戦争と死にたがり⑰

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Side マカレナ


「ッ…!」

私は唇を噛み締め、目の前に立つ敵、ポーラを睨みつけた。

「あらぁ?さっきまでの威勢はどこへいったのかしら!?」

戦いを始めてどれ程の時間が経ったのだろうか。
感覚的には数時間経っているように感じるが…本当は15分と経っていないのだろう。
だって…まだ、空に浮かぶ夕日の位置が変わっていないのだから。

「もう少し、楽しめると思ったんだけど…見込み違いだったようね!」

アハハと大きな声で笑うポーラ。
私はより一層、唇を強く噛み締めた。

「まぁ?私が強すぎたってのもあるんだけど!」

ポーラはキンキンと耳に響く声で笑いながら、そう言った。




私とポーラの実力の差は余りにも離れていた。

自分の実力を過信していなかったと言ったら嘘になる。
だって…私は…頑張ってきたんだもの。負けるわけない。
そう思っていた。

フランクリンのおさめる国の軍に入って、女だからと馬鹿にされ続け、男どもがさっさと帰っていく姿を見ながら月明かりしか光源のない訓練場でひたすら剣を振るい続けた。

いくつも肉刺ができて、女の手とは思えない程厚く太く、柔らかさなんて欠片も無い手。
腹筋で割れ、女らしい柔らかさなんて見る影もない腹。
幼い頃は、細くて綺麗と言われた足も今となってはゴツゴツとした筋肉と多くの痣で装飾され、男物の服でなければ履けなくなってしまった。



女らしさを捨てた。



別に強制されて捨てたわけではない。自分で望んで捨てた。


ホエル=ロタ=フランクリン国王の近くに行きたくて…


ただの城下の娘だった私が、国王を初めて見たのは10歳の頃。無礼にも馬車に乗る国王に向かって大声で声をかけた私に彼は笑った。
その笑顔に心惹かれた。
彼の側に行きたい。
彼のために働きたい。


彼の力なりたい。


その一心でここまで来たのだ。

そして、今回の戦争。
私は、この国の…いや、国王の勝利のために自分の持てる力をすべて出し切り、必ず勝利をつかむと心に誓ったのだ。

なのに…私は今、恐れている。

目の前の敵の実力との差に。
絶対に勝てない、と怖気づいてしまっている。
細剣を握る手が小さく震え、細剣の鍔が揺れ、カタッ…と音を立てる。



「あらあら、震えちゃって。クールな顔して可愛いところあるじゃない!」



クツクツと笑って、ポーラは私を見下ろす。
声を出したくても、喉がヒュッと音を出すだけで…言葉が出ない。


「可哀想に。恐怖で言葉も出ないのね。

でもね、簡単に殺してなんてあげない。ゆっくりジワジワ殺してあげる!

時間はたっぷりあるものね」


ポーラは、直剣をゆらゆらと揺らして、のんびりと近づいてくる。

このまま…死ぬの…?

せめてもの抵抗に剣でも振るえたら良いのだろうが、そんな力は残っていない。
体力も限界で走って逃げることも…そもそも立ち上がることすらできない。




あるのは…このままでは死ねないという思いだけ。





このまま死ねばポーラは進み、怪我を負った兵達が多くいる拠点まで行ってしまう。
そんな事になれば…。
戦争での勝利はほぼ不可能になってしまう。




そう思ったとき…ふとつい最近ある人物から聞いた言葉が頭をよぎった。



「まずは、どこから始めようかしら?その綺麗な顔を壊すのは最後に取っとくとして…足を切ろうか?それとも腕?」

私の顔をのぞき込んでポーラは言う。

「…」

私は、細剣から手を離し、残った力で左腕をポーラの首にまわす。

「何よいきなり。最後の抵抗のつもり?そんな弱い力で私を絞め殺せるとでも?」

「…」

私は力を入れて、ポーラにほぼ密着する。

そして、服の中に隠していたソレを右手で取り出した。

「!それは!!」

気づいたポーラは私から離れようとするが、離してなんてやらないし、もう遅い。

最後に心で願う。



『ホエル=ロタ=フランクリン国王に、勝利を』





スッと目を閉じたと同時に






ドッッガアアアアン!!!!







轟音と薄い黄色の粉塵が空高く響きあがった。
















No Side


その人物は、その音を小さき敵に剣を向けながら聞いた。
敵の後ろ、かなり遠くで黄色の粉塵が空高く上がっている。
「あれは…!」
その人物は戦いの最中だというのに思わず声を上げた。
「おじさん?どうしたの?」
小さき敵はその様子に首を傾げる。
その人物は、一度フルリと頭を振って
「何でもありませんよ」
と、剣を構え直し言った。
その顔には、今にも泣きそうな…笑みが浮かんでいた。















その人達は、その音をテントの中で聞いた。
傷の痛みを訴える声や治療による痛みで上げられる悲鳴で騒がしかったテント内が一瞬、シンっとする。
ある人物は、治療していた手を止め、外へ飛び出した。
外へ出ると、他にも人がいた。皆同じ方向を見つめている。
そちらを見ると、空へ登っていく黄色の粉塵が見えた。
「…!」
ある人物は目を見開きそれを見ていた。
「マカレナ…」
ある人物はそう呟いた。














彼は走っている時にその音を聞いた。
すごいスピードで走っていた彼。とても急いでいたのだろうが、その音に足を止めて、後ろを振り返った。
空へ登る黄色の粉塵。
「…」
その粉塵をただただ眺める彼。



………
……


彼がその粉塵の意味を知ったのは、昨日の夕飯の時。
食事中の彼に、彼の知人はある物を手渡した。

「はい、コレ」

「…?」

隣に座ろうとしている知人を見ながら彼は首を傾げた。
手に乗っているのは鉄の塊。
ズシッとくる重さ…何か栓のようなものがついている…。


「手榴弾か」

「普通のじゃないけどね」

「普通のじゃない?」

「その手榴弾から出る粉塵には色がついているんだ」

「なんだ?狼煙にでも使えと?」

「狼煙…当たらずも遠からずだな」

彼の知人はフッと笑う。

「コレは自害ようだ」

「…」

ジトッとした目で彼は知人を見る。

「そう睨むな。お前が使うとは思ってないさ。ただ念の為さ。

俺や大将、兵士長も持ってる」

「ほう?」

「もしも、どうしても勝てない敵が現れて、周りに味方がいなくて…相手に殺されそうになった時、コレで相手もろとも吹っ飛ばせ」

「どうせ死ぬなら…ってことか」

「そう。色で誰が使ったのかがわかる。あ、この子のを知ってるのは兵士長以上の役職だけだ。くれぐれも他のやつには内密に。混乱を招くからな」

「ふーん」

彼は手で手榴弾を弄ぶ。

「一応、これも渡す」

ペラッとした紙が渡された。

「誰がどの色かを表にしたものだ。お前は赤、俺は紫って感じにな」

「ふーん」

興味なさそうに彼は言った。



………
……


黄色の粉塵は確か…

「マカレナ=マッキントッシュ…か」

彼は呟き、粉塵が消えるまでそれを眺め


「…」


消えると同時にまた走り出した。
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