Red Crow

紅姫

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女帝と戦争と死にたがり22

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Side フレデリック


「何か飲むかい?」

と話し終えたユウィリエに声をかけた。

「貰えるなら」

「コーヒー…いや、お前は紅茶派だったか」

俺は立ち上がり自分の分のコーヒーとユウィリエ用の紅茶をいれる。


「なぁ、フレディ」


背中から声がかけられる。


「なんだ」

「…夜ってこんなに長いものなんだな」

「何を今更」

「最近はこんなふうに感じることはなかったんたがな…」

「フッ…」

ユウィリエの前に紅茶のはいったカップを置く。


「ホームシックってやつか」

「そうかもしれん」

「なぁに、あと少しで帰れるだろ」

「まぁな」


ユウィリエはカップに口をつける。

「ココは堅苦しい…」

「堅苦しい?」

「誰もが勝利を目指してる。そりゃ誰だって勝負事には勝ちたいだろうけど…ココまで熱心だとまるで宗教だ」

「ココにいる奴らは殆どが自ら望んで戦場に立っているからね。宗教…言い得て妙ってやつだな。崇める対象が神ではなく王なだけであまり変わらないかもしれん」

「よくお前はこんな中でやって行けるよ」

ぼそっと呟かれた言葉。ユウィリエは、しまった、と言いたげな顔をして俺を見て

「すまん」

と謝った。

「気にするな」

俺は冷めたコーヒーに口をつけた。







「ユウ」

コーヒーを飲み終え、ユウィリエに声をかけると、瞑っていた目(本当にただ瞑っていただけだろう)を開き、目で『なんだ?』と問いかけてきた。

「明日もよろしく」

ユウィリエは、すっと目を細めて

「らしくない…」

と呟いた。

「純粋に言ってるんだがな」

「だかららしくないんだろ…」

ユウィリエは、何か言いたげだったが言わなかった。
だが、何が言いたいのか俺には分かっていた。


「疲れてるんだろ…寝ろよ。どうせ誰も来やしない。私一人で充分だ」


ぶっきらぼうに言われた。それが…彼なりの気遣いなことはすぐ分かった。

「なら、お言葉に甘えて」

立ち上がり、テントの出入り口に向かう。


「おやすみ」


「おー」



その声を聞いて、外へと出た。


















Side ユウィリエ


フレデリックが眠りに行って2時間ほど経ったとき


カサッ…


と小さな音がした。
布の擦れるような…そんな音。

次いで

カツッ…

という足音が聞こえた。


「誰だ?」

と出入り口に向かって声をかける。


「あ…えと…その…」


と、困ったような男の声。聞き覚えがあるが…誰のものかははっきりしない。

「入っても…?」

「どうぞ」

「失礼します…」

入ってきたのは深緑色の髪の男。確か…

「兵士長の…」

「マティリオ=リッジウェイっす」

そうだ。フレデリックのお気に入りだ。

「どうしたの?こんな遅くに」

「あ…いや…その…」

「スマンが、フレディは居ない。まだ起きてこないだろうよ」

「あ…フレデリック元帥じゃなくて、あなたに用事が…」

「私に?」

「個人的に話したくて…フレデリック元帥が眠りに来たみたいだったので、こうして…来てみたっす」

「そうなの…」

何だろうか。フレデリックに聞かれたくないような話なのだろうか。


「まぁ座りなよ。話は聞く」


マティリオはホッとしたように息を吐き、空いていた席に座った。

「で?話って?」

「実は…最近、妙な声が夢の中で話しかけてくるんす」

「妙な声?」

「はい…。それに…顔のない人間の影みたいなものも見えるんす」

「それで…なんで、私に相談を?そう言うのは、私じゃなくて医務にでも言えば睡眠薬くらい貰えるだろ?」

「それが…その…睡眠薬は貰ったんですけど、効果がなくて…。もしかして…変な病気にかかったんじゃないかと思って!でも、医者にはなんともないって言われて…」

と、不安を話していくマティリオ。
はて…私は何を聞かされているのだろうか。
エマヌエルの焦りを沈めたときといい、今のこの相談といい、私はこの国にカウンセリングでもしに来たと思われているのだろうか。

「他の人には相談できなくて…。ユウィリエさんはフリーランスの兵士だから、他の国で俺と同じような症状を訴える人と会ったこととかないかと思って」

「ちなみに…その妙な声とやらは何て君に語りかけるんだい?」

「それは…」

マティリオは言いにくそうだ。

「教えてくれないかな。もしかすると、力になれるかもしれない」

この言葉に嘘はない。
私の頭の中にはある可能性が浮かんでいた。

「…よそ者って」

「へ?」

「子供みたいな口調で…よそ者!、出てけ!って」

「…そんなことを言われた経験は?」

「小さい頃に…何度も…」

見た目からくるものだろう。
偏見ってやつだ。

「そうか」

「妙な声は、最後にこう言うんす…。顔のない影が真っ黒な手を伸ばしながら…言うんす」






「「この手を取ってみない?」」







マティリオは目を見開く。

「なんで…知って…」

「君は手を取ったの?」

マティリオの質問に答えず、私は聞く。

「怖くてそんなことできなかった!でも…毎日、毎日声を聞いていると…もう手を取ったほうが楽なんじゃないかって…そんなふうに思えてきて」

「いいかい、マティリオ」

私は、立ち上がり、マティリオの右肩に手を乗せる。


「君に語りかけて来るその夢は、決して病気なんかじゃないよ」


「え…」

「それに怖いと思うならその手を取る必要はない」

「…」

「ただ…もしも、その手を取ろうと思っているなら、一度きちんと考えたほうがいい」

マティリオは首を傾げる。

「ユウィリエさんは…これが何なのか知ってるんですか」

「…あぁ」

「あの…」

戸惑う彼に私は微笑む。

「ゴメンよ。これ以上は教えられない。これから先は、君が自ら選択し、得ていくものだから」

「…」

「ただこれだけは忘れないで」

私は彼の手を握る。





「その手を取るということは、多くのものを得ることになるが、同時に多くのものを失うことになる。

でも、不安になることはない。必ず理解者は居るから」





キュッと手に力を入れる。

「私もその一人」

「ユウィリエさん…」

マティリオは、握られた手を見つめていた。

「もし、その手を取る決心がついて、困ったことがあったらフレディに頼りな」

「え?」

「フレディも分かってくれる人だから。君を助けてくれるよ」

「はい」

不安なとこを吐き出してスッキリしたのか、マティリオは笑った。

「さ、もう寝てる場所に戻りな」

「はい!ありがとうございました」

マティリオはテントを出ていった。













「おはよう」

マティリオが去ってから30分後、起きてきたフレデリックが言った。

「おはよ」

「マティリオ、ここに来てたのかい?」

「知ってたのか」

フレデリックは苦笑する。

「気づくさ。で?なんだって?」

「お気に入りの事はやっぱり気になるか」

「そりゃね」

早く言えよと急かされたので、首をすくめて答えてやる。

「『この手を取ってみない?』と語りかけてくる夢を見るそうだ」

「!」

これでフレデリックにはきちんと通じたようだ。

「流石はお前が目をつけた奴だ」

「…だな」

「何かあったら支えてやってくれ」

フレデリックは真剣な顔で頷いた。



私は小さく笑う。
フレデリックがいれば大丈夫だ。

ここには居ないマティリオに私は心の中で語りかける。


『君は恵まれているよ』


と。


その夢は
カラー武器が持ち主を選ぶときに見せる、自身のトラウマ。

なぜ、そんなものを見せるのか。それは分からないが、その手を取れば、契約が完了するらしい。

最初は戸惑うが、彼の側には既にそれを乗り越えた者がいる。




彼はどんな選択をするのだろう。



少し、楽しみに思った。
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