Red Crow

紅姫

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女帝と戦争と死にたがり30

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Side ユウィリエ


「クソッ!どこにいる!」

私はあたりをキョロキョロと見回しながら、走る。

ここは戦場ではなく、ハービニー国の城下。
私はしばらく前から、国民たちが眠りにつき、静まり返っている城下町を走り回っていた。


まったく…面倒なことになったものだ…。


脳内にフラッシュバックしてくるのは、先程…私がMOTHERに乗り込もうと腰を上げた後のこと。



………
……






「ユウ、大変だ!」

立ち上がった私にかけられたのは、焦ったフレデリックの声だった。

「どうした?」

「まずいことになった、もしかするとMOTHERの敵がハービニーに入国したかもしれない」

「は?」

なんでそんなことになるんだ?
と目で訴えると

「実は、一般兵の一人の行方がわからなくなってる。他の兵が最後に見たのは、俺達が帰ってくる前。戦場に出ていた奴は興奮冷めやらぬ状態で散歩に出たらしい」

「で、帰ってこないと」

「ああ。さっき、奴が散歩しに行ったっていう方向を見に行ったんだが…見つかった足跡が3種類。大きさ的に、2つは女。最初は男の足跡が不規則に並んでいたが、途中で止まってた。前には女の足跡。1つは一回引き返してる。3つの足跡は国に向かっていた」

「だからって、MOTHERの敵とは断定できなくないか?女の兵士と国へ帰ったとか…国民が戦場見たさに出てきたとか、考えられないか?」

「ない。ここに居る女兵士に確認したがテントを出てなかった。国民達は今は外へ出られないように門番が止めてる」

「なるほど。で?ソイツと連絡は取れないのか?」

「あぁ、戦場に出てたならインカムを持ってると思ってコールしているが、でやしない」

「うーん、でもなぁ。そういう戦い方をするのはアラセリスだが…。私が情報を与えてるし、あの会議で聞いたことは一般兵まで伝わってるはずだろ?」

「それが…」

ここで初めてフレデリックが言葉を濁す。

「居なくなった奴…とてつもない馬鹿でな。多分だが、聞いたはいいけど覚えてないと思うんだ…」

「…」

私は考える。

「つまり、私がせっかく教えた敵情報を全く覚えていないバカが、戦場の興奮冷めやらぬ中散歩に出て、敵に出会って、そんなことに気づかず情に惑わされノコノコとハービニーに入国させちまった可能性が高いと?」

「あぁ」

「……。まずくないか?」

「だから大変だって言ってるだろ」

私とフレデリックはしばし見つめ合う。


「ソッチは任せる」

「おう、コッチは頼んだぞ」


私はMOTHERに向けていこうとしていた足を反対方向に向けて走り出した。





………
……



それから、約一時間ほど。
未だに手がかりすら見つからない。


「ここにはいないか…」

あと見ていない場所と言えば…。
私の視線はある一点を見つめる。


「城の中…」


流石にどんなバカ兵士でも、(バカが思っているところの)一般人を城の中にいれるとは思わないが…。

「行ってみるか…」

私は走るスピードを上げた。










「おい!」

城の門番に声をかける。

門番はピシッと敬礼をし、私を見る。

「何でしょうか」

「ココをバ…兵士と女が通ったりしたか?」

「兵士…、あ、ダドリーさんが通っていきました。女性を二人連れていました」

「女二人?確かか?」

「はい、確かに二人でした」

一人はアラセリスだろうが…もう一人いるのか。
たぶん新手だろう。

「どこへ向かったかわかるか?」

「確か城には入らずにあっちの兵士宿舎の方へ行きました」

「わかった、ありがとう」

門番に礼を言い、兵士宿舎の方へと向かう。
普段は兵士でごった返している城の中も、今は殆ど人がいない。そのうえ、夜なためとても静まり返っている。


「…」

私は、建ち並ぶその宿舎を見た。
全部で30あるとフレデリックから説明は受けていたが、ここまで近づいてみるのは初めてだ。
ミール国で言うところの移民区にあるマンションのような感じだが、大きさは自国のそれより小さく、1部屋が狭そうだな、という印象。

引き戸を開けて、中でのんきに欠伸混じりで雑誌をめくっていた寮母に声をかける。

「こ、これはこれは。えっと…何か御用で」

と、背中に雑誌を隠しながら口元に作り笑いを浮かべる寮母。
口角がピクピクと動いていて、とても動揺していることが伺える。

「ここにダドリーとかいう兵士が来なかったか」

「ダドリー?」

と寮母は口にその名を出し、何度も頷く。

「あぁ、来ましたよ。お早い帰りだと思ったもので、記憶してます。1時間くらい前に来ましたとも。

ダドリーは元々は他の寮の兵士でねぇ。でも、ちょっと頭が弱くて他の寮母じゃ手に負えないってんで、アタシが面倒見ることにしたんですよ。

確かに頭は弱いけど、根はとてもいい子でねぇ。アタシはまるで自分の子供みたいに可愛がってますよ。
あの子も、アタシを親だと思ってくれてるみたいでねぇ。

この前も…」

「ダドリーとの思い出話を聞きに来たわけじゃないんだ」

そのままにしておけば何時間でも話していそうな寮母の話に口を挟む。

「女と一緒に来たろ?ダドリー達が入っていった部屋に案内してくれ」

「女だって?」

寮母は首を傾げる。

「あの子は女なんか連れてきちゃいませんよ。えぇ、いませんとも」

「なんだって?それは本当か?」

寮母はツバを飛ばさんばかりの勢いで話す。

「もちろんですよ。アタシが見間違える訳ありません。
ダドリーは一人でここに来たんです。
女を連れてきてれば、アタシは一声かけたはずです。でも、アタシは声をかけてはいませんからね。

あの子はそこの戸を開けて入ってきてたんです。もちろん一人で。
『おかえり』と声をかけると、あの子は照れたように笑ってました。その時隣には誰もいませんでしたよ。

『お酒がほしい』と言ったんでね、瓶を一本手渡したんです。

それで、自分の部屋に戻っていきましたよ。間違いなく自分の部屋にね。アタシの目がちゃあんと見てました」

「わ、わかったよ。その部屋に案内してくれ」

「そうは行きません。アタシだって寮母としての義務ってもんがありますからね。勝手に部屋に案内するわけには行きません」

変なところしっかりした寮母である。

「もしかすると危険な目にあってるかもしれないんだ!頼む、案内してくれ」

勢いに任さて寮母に言うと、しぶしぶ寮母は頷き、案内してくれた。

105とプレートの貼られた木製の扉の前で寮母は立ち止まる。

「言っときますけど、アタシが案内したのはアンタが無理に連れて行くように行ったからですからね」

「わかってる、責任は私だ」

「フンッ」

すっかり機嫌を悪くしてしまった寮母をよそに、私は扉を叩いた。中に人の気配はするため、ダドリーかは分からないが誰かしらいるはずだ。

「ダドリー?いるか?」

「…」

「おーい、誰かいるんだろ。返事しろよ」

「…」

返事がない。
私はドアノブに手を伸ばす。

カチャ…

ドアノブは簡単にまわった。

「入るぞ」

「ちょっと…!」

寮母が止めるのも無視し、扉を開ける。









「きゃあああ!!!」

中を見て、寮母は声を上げた。

扉をあけてすぐに見える小さな部屋。荒らされている上に、そこには血だまりとダドリーと思われる男が横たわっているのが見えた。

「あああああ…」

慌てる寮母。

「…っ」

ダドリーの手が少し動いた。それを私は見逃さなかった。

「まだ生きてる。おい!今すぐ医師を呼んで来い」

「は、はい」

部屋に上がりながら寮母に指示を出し、ダドリーに近づく。
後ろからバタバタと走っていく寮母の足音が聞こえた。


「おい、ダドリー」

初めて見る彼に声をかける。腹部には刃物でつけられたと思われる切り傷。

「…」

声は出ないようだ。手首を触るが、冷たく、脈も弱い。


医師が来るまで…もたないな…。


長年人殺しをやっていると見るだけでそういうことが分かるものだ。

ダドリーが何か言いたげに口をパクパクさせる。しかし、彼の意思を知る術は私にはなかった。

「…っ」

ダドリーは重いであろう腕を動かそうとする。
親指と人差し指を立て、何かを指差そうとする。


が、彼は力尽きたように腕をおろし、首からも力が抜けた。
もう、脈など見なくても死んでいることは明らかだ。


私はダドリーの目を閉じてやり、部屋を見回す。
荒らされた部屋。その何処かを指差そうとしていたダドリー。
何か、伝えたいことがあったのだ。

目に止まったのはクローゼットだった。
その辺りが一番荒らされていなかったからだ。
他は乱雑としか言い表せないほどに荒らされているのに…。
引き出しを開けてみると、きっちりと畳まれた下着やシャツがきれいに列を作って並べられていた。
他の引き出しも同様。
上の扉を開けると、ここ数日見慣れた軍服がハンガーにかけられていた。

「?」

気になったのはその服の並び。
吊り下げ部分の左端のハンガーには何もかかっていなかった。
本数は2本。

別にハンガーに何もかかっていなかったということに疑問を持ったわけではない。
それがあった場所が左端だった事が意外だった。

引き出しを見るに、ダドリーは几帳面なところがあるようだった。ならば、普通使っていないハンガーは右端に寄せないだろうか。
現に見てみると右端に数本の何もかかっていないハンガーがかけられていた。

と、言うことは…。

「ここにあった服を持っていった」

私は扉を閉めて考える。
何故、服なんて持っていく必要があるんだ。

フと目が何かを捉えた。
それは写真だった。
木の縁の写真立てにはめられた写真。そこには、ハービニーの従者が着ている服を着たダドリーの姿があった。


「……!」


私は、もう一度クローゼットの扉をあけて、中を確認し、インカムを操作した。


『ユウ?』

雑音とともにフレデリックの声がした。多分、雑魚(フレデリックと私にとっては)と戦っているのだろう。

「フレデリック、教えろ。ダドリーはハービニーの元従者だったのか?」

『ぇ、ああそうだ。従者だったが、兵に志願したんだ』

「従者のとき、使っていた服はどうした」

『ダドリーが持っているはずだが』

それを聞いて私はすぐに動き始めた。

『どうしたんだ?』

私が動いたことを察したのか、フレデリックは言う。

「まずいことになった。どうやら、MOTHERな敵はハービニーの従者の格好をして城内にいるらしい」

『なっ!』

「ダドリーは死んじまって、容姿とかの情報がまるでない上に、城内には何人従者がいるか正確にわからない。こりゃ、状況しだいじゃ一人ずつナイフを突きつけていくしかないな」

思わず軽口をたたいてしまうほどに絶望的な状態だ。

『ユウ、俺はそっちに行けない。コッチも絶望的な戦力差だ。もう何人死んだか分かったもんじゃない』

どうやらあっちも鬼気迫っているようだ。話が噛み合わない。

「んなこた分かってる。コッチに来いなんて言ってない」

『そっちは任せる』

「分かった」

インカムの通信が切れる。
やって来た医者とすれ違いながら、宿舎の外へ出る。

さて…。とりあえず…。

「城の中に入るか」

と呟いて、私は走り出した。
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