Red Crow

紅姫

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女帝と戦争と死にたがり31

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No Side


ユウィリエが宿舎でダドリーを見つけた頃、その男は中庭近くの通路を歩いていた。

男の名はベニート。もう50歳近くの彼は、この城に仕えて20年以上のベテランだ。
今は戦争中ということもあり、家族のいない従者は城内に泊まることを許されていた。
ベニートもその一人。
彼はその歳でまだ伴侶がいなかった。

今は、城内外の見回り警備中である。
警備は交代制で、この時間はベニートの担当だった。

城内にいる殆どの者は、もう自室にこもっている。
見回るだけ無駄だと思うが、万が一敵兵が乗り込んでくる可能性も考えての見回りだ。

「誰もいないな」

と中庭を見てベニートは呟き、視線を通路の先に向けた。

「ん?」

通路の先から誰かがやってくる。

「止まれ!」

ビクリと体を揺らし、その人物は立ち止まる。
少し近づくと、自分と同じ従者の服を着た人物だった。
女と男、どちらも同じ服なため遠目では性別がはっきりしなかったが、近づくと胸の膨らみが確認でき、女だと分かった。

「何をしている」

「えと…」

「早く答えろ」

「み、道に…迷いました…」

「は?」

答えに思わず、素っ頓狂な声を出すベニート。

「わ、わたし…この前入ったばかりの新人で…まだ…城の部屋の配置が…わからなくて…」

「あぁ、そういうことか」

確かに、新人では迷っても無理はないかもしれない。とベニートは思った。

「えと…わたし達が泊まる部屋って…あっちでしたっけ?」

と指差す方向はまるで逆で。

「我々の部屋はあっち」

「あ…そうでしたか」

新人はそそくさとその場を去ろうとするが、呼び止める。

「待て。今は見回り中一応、報告書を書くんでな。名前教えてくれ」

「あ…、アラセリスです」

アラセリス?

その名にベニートは聞き覚えがあった。
確か…兵士から情報として聞かされた…。

「お前!MOTHERの!!」 

アラセリスはスッと目を細めた。

「あら?気づかれちゃった」

と、言い微笑み

「でもまぁ、もう終わりましたけど」

「え?」

体から力が抜ける。
通路に横たわるベニート。

「気づかれたのは予想外でしたけど…殺してしまえば同じですものね。それじゃ」

外へ向かって声をかけるアラセリス。
その声は聞こえない。
視界もだんだん黒く染まる。

歩いていく複数の足音を聞きながら…ベニートは息を引き取った。
















Side ユウィリエ


私が彼を発見したのは、城に入り、中庭のあたりに来たとき。

倒れた彼に私は駆け寄った。

皮膚に触れただけで感じる冷たさは死者のものでしかない。

「クソッ…」

城の中に入られた上に、また情報もない。

「奴らはどこへ行ったんだ…」

考える。
もしも私なら…どうする。

「国王の部屋を彼女達は知らないはずだ」

ならば、誰かに聞くだろう。
彼女たちならご自慢の色気でも使って。

そして、狙うならなるべく位が高いと思われる人物にする。
そうすれば、そいつも殺せて、国王も殺せて…一石二鳥だからだ。

相手もこの考えで動くとするならば…。


私のやるべき行動は1つだ。


私は城の中を音を立てずに歩き出した。

















Side テレ


トントンッ

と目の前の扉をノックした。

「はい?」

中から返事が帰ってきて、ワタシは口元に笑みを浮かべた。
やっと見つけた。



ここはハービニーの城の中。
その中でも、上層の部屋の前だ。
大概の城では、上に行くほどお偉いさんの部屋になる。
国王の部屋がどこだか分からないなら、こうしてお偉いさんの部屋を訪ねて聞けばいいのだ。

城のお偉いさんは、バカが多い。
何も苦労せずに地位を獲得してきたやつばかりで、自分で考えることを知らないのだ。
そういう奴は…いい鴨だ。


「どなた?」

と扉から顔を覗かせる男。

若く、警戒している様子は皆無。
普通、戦争中ならいないはずの重役だが、若いためにハブられたのだろうと推測する。

こういう、若い奴は親が偉くて、それによって地位を持ってしまった残念なやつだろう。

男は首を傾げてワタシを見る。

「お話があり伺いました」

とピシリと姿勢を整えて言う。

ワタシは今は従者の格好をしているため、お偉いさんを訪ねても『用事がある』の一言で話が通じるはずだ。

「あ、そうなの。遅くまでご苦労さま、どうぞ」

ほら、こうやって警戒もしないで入れてくれる。

「失礼します」

広い部屋に入る。
やはり、若くてもお偉いさん。いい部屋にいるものだ。


ワタシの心の中は黒く染まっていく。
ずるい、ずるい。
親が偉ければコイツも偉いのか。
全ては生まれたときに決まってしまう。
そんなの理不尽じゃないか。


「どうしたの?」

後ろからかけられた声にハッとする。
今は仕事中。
自己の考えに溺れる時間ではないのだ。

「あの…実はお聞きしたいことが…」

しおらしくそう言う。
後ろは振り向かない。普通ならそれは無礼にあたるが、今はそれでいい。
顔を合わせないことで男は今のワタシの表情を想像し、しおらしさは倍増させるだろう。

「そう、実はコッチも言いたいことがあってね」

「はい?」

かかった、と思った。
こういうバカはコッチが少ししおらしくすれば簡単に欲情にかられる。
自分の身体に、顔立ちに自信のあるワタシだからこそできること。
それを最大限に使って、相手を陥れる。

「何でしょうか」

と言いながら振り向こうとした。



ヒヤ…




その首筋に何か冷たいものが当たる。

「下手な芝居だ。そんなのに引っかかるのは、教養のないバカと親の七光りくらいだぞ」

それがナイフだと気づくのに数秒の時間を有した。

「さぁ、お前さんの上司のところへ案内してもらおうか」

声音は優しいのに、決して逆らうことができない。そう感じさせる強さがあった。

「わ、かりました」

それに頷くことしか、ワタシにはできなかった。















ハービニーの城の中庭にある茂みにワタシは男を案内した。

「テレ!」

ワタシを見たアラセリスさんは、声を上げ、コチラに近づこうとするが既で止まる。

ワタシの首筋に当たるナイフを見たためだろう。

「さすがはMOTHERの重役。部下が危険な目にあってるのに飛び込むことはないか」

心底面白そうに男は笑う。

「アラセリスだな。悪いが部下は人質にさせてもらってるよ。さぁ歩いてもらおうか。とりあえず、そこの城壁を飛び越えて…他に人が来ないところまで」

「…」

「城壁くらい飛び越えられるよな?安心しな、部下の安全は保証する」

この状況で安全を保証されても、説得力はない。

「…分かった」

「そうこなくっちゃ」

男はワタシ達を伴って、城壁に近づき、私を抱え上げて城壁を飛び越えた。
すごいジャンプ力だ。ワタシの分の重さがあるとは思えない。

後ろをついてきたアラセリスさんに、男は顎で方向を指示し、歩き出した。









「ここらへんでいいか」

小さな森の中で男は言い、ワタシを開放した。

「テレ」

「アラセリスさん…すみません、こんなことになってしまって」

「いいのよ」

ホッとしたように笑うアラセリスさんに微笑み返し、ワタシは先程までワタシを拘束していた男を見る。


もう、いい鴨だなんて思わない。

男はとても整った顔立ちをしていた。
空に浮かぶ月の光に輝く茶髪。
日焼けを知らなそうな白い肌。
そして何より目を引くのは、ルビーのように赤い瞳。


「話は何」

アラセリスさんが、ワタシを庇うように立ち、男に言った。

「無理だとは思うが、今すぐMOTHERに戻りな。そうするなら、この場は見逃してあげる」

「分かってるなら、わざわざ聞かないで。戻るわけないでしょ」

「そうです!」

アラセリスさんの言葉に賛同し、頷く。

「だよなぁ」

のんきにそう言う男。
その手元で何かが一瞬きらめいた。


ナイフ!?

ワタシは身構えた。
この男が只者じゃないのは明らか。ならば、一瞬で距離を詰められる可能性だってあるのだ。


「クッ…」


そんなワタシの横で、アラセリスさんが声をもらして、音をたてて床に倒れた。

「アラセリスさん!!」

「…っ!」

しゃがみ込み、アラセリスさんに近づく。
喉元に光るソレは、医療用のメスのような刃物だった。
まだ息はあるようだが、苦しげに呻くアラセリスさん。

「貴方、何を!!」

「何って、見ての通り。メスを投げただけさ」

いつ、どのタイミングで、ソレを投げたのか。ワタシには分からなかった。

「急所は外してる。今すぐ医者のところに連れていけばまだ助かるだろう」

視線をアラセリスさんに向けながら男は言う。

「もう一回だけ言う。今すぐMOTHERへ戻れ」






男の問いかけにワタシは答えることができない。
ワタシの視線はアラセリスさんを離れない。
私の頭の中はアラセリスさんのことでいっぱいだった。

初めてワタシを認めてくれた人。
初めてワタシを守ってくれた人。

この人が死ぬ?
そんなの…そんなの認めない。認めたくない。

助けたい、この人を。その為には…


「テ…レ…」

「アラセリスさん!!」


いつもの美しい声とはまるで違うかすれた、蚊の泣くような声。

「テレ…」

「喋らないでアラセリスさん!今すぐ帰りましょう」

アラセリスさんは、私を見て、目を細め、横に顔を振った。

「まえ…いっ…たでしょ?」

前、言った?
何を私は言われた?

考える、思い出そうと頭の中の奥深くまで探っていく。

『テレ』

頭の中でアラセリスさんの声がした。
それは、前、ワタシが彼女の部下になってしばらくたったころ。ハービニーとの戦争でワタシが初陣することを伝えられたとき。
やる気を見せるワタシにアラセリスさんは言ったのだ。

『ワタシが戦争に出るとき、心がけていることを教えてあげる』

自分の愛用する武器である短刀を手にしながら、言ったのだ。

『ワタシは、決して敵の前から逃げない。傷つけられて…相手が情を見せて逃がしてくれると言っても、逃げないわ』

なぜ?とワタシは聞いた。

『だって、そんな状態で女帝の前には立てないもの。ワタシはたとえ死んだとしても敵の前からは逃げない。傷ついても、何があっても、勝って女帝の前に立ちたいの』

そう言った。

そう言っていた。


ワタシはアラセリスさんの服からある物を取り、震える足に力を入れて立ち上がる。

何も言わずワタシ達を見ていた男を睨みつけ、腰から下げた短刀を抜き、左手に持つ。
もう一本の、アラセリスさんの愛刀だった短刀を右手で握る。


「…」


何も言わない男に向き直る。


「ワタシは…」


短刀を握る両手に力を込めて、腹から声を出す。


「ワタシは、テレ=ハッドン。お前に決闘を申し込む!ワタシと正々堂々戦いなさい!!」


男に向かって短刀の刃を向ける。

「フッ」

と男は笑った。

「いいだろう」

男はナイフを握る。

「私の名はユウィリエ。その決闘、受けようじゃないか。せいぜい、頑張ってくれよ?」

男は口元に笑みを浮かべた。
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