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女帝と戦争と死にたがり32
しおりを挟むSide ユウィリエ
「うわああああ!!!」
と大声を上げ、地面に倒れる女、テレを見ながら私は内心で飽きを感じていた。
テレの短刀さばきは、初心者のそれと大差なかった。
いや、初めて両手で短刀をもったであろう彼女の動きは初心者より酷いとも言えるかもしれない。
全く…。
何を意地になっているのかは分からないが、無様としか言いようがない。
「もう諦めたら?」
決闘を受け入れはしたが、殺すのは面倒くさい。私はさっさとMOTHERに乗り込みたいのだ。ナイフを無駄にするのも嫌だから、さっさと諦めて帰ってほしい。
「嫌だ!!」
叫びながら私に突進してくる彼女。
何がそこまで彼女を頑なにするのだろう。
「アラセリスさんの仇はワタシが取る!」
「いや、だから…」
死んでないっての。
と言う前に、伸びてくる短刀を避ける。
「グッ…」
避けたせいで、バランスを倒し地面に倒れる彼女。
ずれてしまった羽織っていたパーカーを直しながら、起き上がろうとするテレを見る。
「お前がアラセリスさんを…」
「殺してないってば」
全く…心外だ。
こちとら、名の知れたアサシンだ。人殺しのプロだ。
ちゃんと急所は外したし、まだ生きてる。
…まぁ、あのまま放置してたら、どうなるか知らないけど…。
「アラセリスさんは」
テレは立ち上がった。
「アラセリスさんは、負けて、それでも生きて…そんな状態で女帝のもとへ帰りたくないと言った」
「ほう」
なるほど、そういうことね。
「だからアンタを殺して、勝って、MOTHERに帰る!」
はぁ…とため息をつく。
どうやら、帰る気はさらさらなく、ここで殺すか、殺されなければこの場から離れられないようだ。
はやめに決着をつけなければ…。
この後は、MOTHERに乗り込んで…いや、その前に苦戦してるらしいフレデリックの方の手伝いをしなければ…。
私はチラリと地面に倒れるアラセリスを見る。
地面に伏してはいるが、その目の輝きはまだ失われていない。
その目を見ながら、私はアラセリスに、口を開閉させ、声に出さずに伝えた。
『スマンな』
「テレ…!」
必死に絞り出したアラセリスの声。
しかし、その声に返事はない。
私はテレの死体に近づく。
喉の…急所めがけて投げたナイフは寸分違わずその場所を貫いている。
ナイフにより出血点が止められているせいか、血は出ていない。
月明かりに照らされ、白き首にナイフを突き刺したその姿は、まるで1枚の絵のように美しい。
ナイフを抜くのは躊躇われたため、私はしゃがみ、しばし黙祷した。
立ち上がる。
そして、歩く。
アラセリスの息の根が止まっていることは、気配でわかる。
あの時、最後にテレを呼んだとき。それが、彼女の最後だった。
「やるせないな…」
もしも、アラセリスがテレに勝たねば女帝の前に立てないなどと言っていなければ。
もしも、テレがアラセリスの言葉を思い出さなければ。
もしも、テレがアラセリスの言葉を無視してでも彼女が生きることを望んでいたら。
彼女達が再び笑い会う。
そんな未来があったかもしれないのだ。
アサシンとはその未来を奪うのが仕事だ。
だが、時折、とてつもなくやるせなくなる。
はぁ…と一度息をつき、インカムを操作する。
「フレディ」
『ユウか』
フレデリックの声の後ろで、銃声やら怒声やら色々と聞こえてくる。苦戦しているようだ。
「こっちは片付いたよ。悪いが、ダドリーと、名前は知らないが従者の一人が殺された」
『そうか』
「そっちはどうだ?MOTHERに乗り込む前に、手伝いに行こうか?」
『手伝いか…。できれば、MOTHERの狙撃兵の処理をしながらMOTHERに乗り込んでもらえるか。MOTHERに入ったあとも、早めに遠距離狙撃兵を倒してほしい』
「分かった、乗り込む前にまた連絡を入れるよ」
『いや、大丈夫だ』
私は首を傾げる。誰も見ていないというのに…。
「なぜ?」
『多分、お前がMOTHERに乗り込む時、俺はまだ戦っているのだろうからな』
その声は、フレデリックの前にいるであろう敵を見ながら言われたものだとすぐに分かった。
現れたのだろう。
要注意人物が…。
「気をつけろよ」
私はそう言って、通信を切る。
「さて…」
死者数を減らすためにも早く行きますか。
私は走り出した。
Side フレデリック
『気をつけろよ』
と言い、切れた通信。
俺は彼女から目を離さずに、インカムの電源を切った。
「話は終わったか?」
少し低めの声がぶっきらぼうに俺に語りかけた。
小さな目に、逆立った髪。
頬の切り傷。
胸元をサラシで巻き、その上に紺色のコートをボタンをとめずに羽織っている。
「マリタ=オグレイディ…」
「へぇ、アタシの事知ってたのね。フレデリック=フェネリー」
俺のことを知っているのか…。
「俺のことを知っているのか、って思ってる?」
顔に出したつもりはないのだが、思考が読まれた。
「知ってるよ、見たからね。機械兵と戦ってるアンタを」
なるほど、機械兵にはカメラでも仕込まれていたか。
「もう一人の姿が見えないね。てっきりアンタの相棒だと思ってたんだけど」
もう一人、と言うってことは、ユウの身元はバレていないのだろう。
「アイツは俺の相棒だが、他のところで暴れてるさ。俺にこの場を預けてね」
「ふーん、もう一人のほうが強いって聞いたから、前線に出てると思ったんだけどね」
「悪いが、お前がアイツに会うことはない」
剣を構える。
「ここで死んでもらうからな」
「へぇ、言うねぇ。さすがは『聖剣』」
俺は思わず、顔をしかめた。
『聖剣』
それは、俺にとっての表の別名だ。
裏ではアサシン『青蜂』と呼ばれる俺。
だが、俺が青蜂だと知ってるやつはほぼいない。
その為、戦争で戦っていた時に、そんな異名をつけられた。
『国王の側にいて、敵を切り、国王を守るために剣を握り振るう。その姿はまさに聖剣の騎士と呼ぶにふさわしい』
と評価いただいた俺。
コレは俺にとっては大きな誤算で。
できれば、人目につかず王を守るためだけに存在したかった俺にスポットがあたってしまったのだ。
初めてそう呼ばれていると、774のメンバーに知られたとき、ある者は口元を隠し、ある者は同情の目を向け、ある者は顔を背け、ある者は机に突っ伏してドンドンと机を叩いていた。
何より、
『あはははははは!お前が?聖剣?誰だ、そんなユーモア溢れる異名をお前につけたのは?天才だと思うぞ』
とユウィリエは笑っていた。
『人が居ないからって、戦争に、ましてや前線に立つからそんなことになるんだぞ、Bee』
『お前だって、戦争に出れば、そういう異名をつけられるんだぞ』
『私の主は戦争なんてしないから、一生ないね』
せめてもの反論も、鼻で笑われながら返されたものだ。
アサシンである俺には重すぎる二つ名なのだ。
「そう呼ぶのはやめてくれ」
「あれ、この異名嫌いなの?」
「お前だって『王都の魔女』なんて呼ばれるのは嫌だろ?」
「そう?アタシは好きよ。その異名」
マリタは手に持っていた槍をくるりと回した。
「魔女って凄いと思わない?」
「凄い?」
「まぁアンタは男だし…。絵本なんて読んだことなさそうだしね。アタシは魔女って好きよ」
何かを思い出すようにマリタは言う。
「魔女って色々なことができるのよ。
姉にいじめられてる可哀想な女の子に魔法をかけて王子様と合わせてあげたり、薬をつくって医者に行けない人たちを救ったりね。
それって凄いと思わない?
アタシ、皆にそういう風に見られてたんだって…すごく嬉しかったわ」
「なるほどなぁ」
俺は頷く。
よく理解できた。
この女…。
「お前は何か勘違いしているみたいだな」
「勘違い?」
俺はマリタに言う。
「お前が魔女と呼ばれているのは、そんな可愛らしい理由じゃない」
俺は当時のことを思い出す。
「当時、お前が『王都の魔女』なんて呼ばれていた理由は、城の中に入っていった敵が二度と外へ出てこなかったからさ」
「!?」
驚いた顔をするマリタに構わず続ける。
「誰もお前が願いを叶えたり、人々を救ってるから『魔女』と呼んだわけじゃない。
城へ誘い込み、決して外へ出さない。そんな手法を見て、物語でよく出てくる、主人公を騙し、命を奪おうとする『悪い魔女』を想像するのは簡単だったろうよ」
マリタはうつむいている。
槍を持つ手がプルプルと震えている。
「自分を正義の味方か何かと勘違いしてるようだが、お前の手は武器は血で汚れている。
お前は、その事実を受け入れられていない子供のようだ」
「うるさい!」
マリタは目を見開き、俺を見る。
「うるさい、うるさい!!アタシはきちんと自分のことを分かってる!
アタシは国民のために、国王の為に力を使ってた。
皆、喜んでくれてたはずだ!」
「なら何故」
マリタの目をしっかりと見つめながら、俺は静かに問うた。
「皆、喜んでいたなら何故、お前は今、MOTHERにいるんだ」
「!」
「結局、お前は…国民から、国王から、捨てられたんだよ」
「うるさい!!!!」
叫びながら、マリタは俺に向かってくる。
冷静さをなくしたその動きは、単調ではあるが速く、隙がない。
俺も本気で立ち向かわねば…やられる。
自身の剣をマリタの槍に当て、攻撃を凌ぎながらそんなことを思った。
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