Red Crow

紅姫

文字の大きさ
上 下
76 / 119

女帝と戦争と死にたがり35

しおりを挟む


Side ???


ポーン

と部屋にある古時計から音がした。

12時をさす時計を一瞥した。

いつの間にやらうたた寝していたらしい。
目を覚まそうと、強めに目をこする。
いつもなら、「いけませんよ」なんて声が飛んでくるのだが、今はそれがない。

椅子に座って寝てしまったせいで固まった身体を伸びをして解す。
ゴキリとどこかの骨が音を立てた。

立ち上がり、椅子の背もたれを肘置き替わりにしながら、背後にあった窓の方を見る。


他の部屋よりも少しだけ広く作られたその窓からは、高く登る太陽から降り注ぐ陽射しが入ってくる。
寝起きの目では少し眩しさを感じ、目を細めた。

目線を下にさげると、国を囲う塀とその先で動く点のようなものが見える。

あの点は、人だろう。
この国の兵と敵の兵が戦っているのだ。


「おされているようだな…」


戦線がコチラに近い。

フッと思わず笑い声が出た。


「…あと1日」


その呟きは誰の耳にも届かず、静かに消えていった。



















Side オリヴァー


岩陰に隠れて銃に弾丸を装填しながら、息を整える。

キツイ…。

コクッと唾を飲み込むが、カラカラに乾いた喉は受け付けず、咳き込む。


ボクにとっては初めての戦争だった。
先輩たちからヤバイとか辛いとか話は聞いていたが…ここまでとは…。



いや、以前のボクならキツイなんて思わなかっただろう。

死にたかったボクにとって、戦争はうってつけの死に場所だから。
戦争中はボクだって銃を撃つ。そうすれば、存在に誰かは気づく。

そこで死ねるなら…本望だと思ってた。




でも、今は違うのだ。
キツイし、辛い。
身体が叫んでる。


それでも、無防備な状態で敵の前に乗り出す事はできない。
体が震え、恐怖を感じる。

死にたかったボクが。







「生きたい…」

呟いた声は酷く掠れていた。
乾いた喉は痛みを訴える。

その痛みが、今、自分が生きていることを証明している気がした。


『君が死んだら悲しむ人がいる』


『レオノルは生きてる』


その声が頭の中に蘇った。


もう死んだと思っていた、ボクの家族が、生きてる。

会わせてくれると彼は言った。


近くで爆発音がする。
ボクはゆっくりと顔を上げる。

青い空が目に飛び込んできた。
高く登る太陽が見えた。


あと…1日。


「絶対、生き残ってやる…」 


ボクは呟き、戦場に目を向けた。




そういえば…。

ふと疑問が頭に浮かんだ。



ユウィリエは…今どこに?



その疑問は、近くで轟く銃声音でかきけされた。

















Side ユウィリエ


太陽が恋しい。

暗い階段を登りながら、そう思った。
途中何度か扉を見つけたが、近くにまだ上にのびる階段があった為登っているのだが…こう暗いと気が滅入ってくる。


「この階段、どこまで続いてるんだ?」

螺旋状にのびる階段を登りながら、後ろを歩くマノリトに聞く。

「この階段は、一般区の一番下まで続いてる」

「一般区?」

「オレらみたいな落ちこぼれじゃなく、普通の一般人…が暮らしてるエリアさ」

「さっきまで見つけた扉は?」

「…オレみたいな…落ちこぼれの溜まり場さ。入る必要は…ない」

「監視員の一人もいないじゃないか。上がっていって一般人に紛れりゃ、あんな所にいなくて済んだんじゃないか?」

「そうも…いかな…いさ」

途切れ途切れになるマノリトの言葉。
後ろを振り返ると、マノリトは膝に手をついてハアハアと息を荒げている。

「大丈夫か?」

「大丈夫…」

「意外と体力ないんだな」

「寝てる子供抱えて楽々階段登ってるアンタがおかしいんだ」

「アンタって…失礼な」

と呟いたが、よく考えれば名乗ってない。
忘れていた私も私だが、聞かないコイツもコイツだ。

「ユウィリエだ」

「あ?」

「私の名前」

「あ、あぁそういえば聞いてなかったな。名前なんてあの場所ではあってないようなもんだから…気にもとめてなかった」

ハハッと笑うマノリト。
だいぶ余裕は出てきたようだが、まだ進めなさそうだ。

「…」

私はマノリトに近づく。
なんだと言うように私を見るマノリトを無視し、ミリを抱えている腕とは逆の腕をマノリトの腰をまわす。
そして、持ち上げ、肩に担ぐ。

「な!なんだ!!」

「暴れるな、歩きづらい」

言いながら私は階段を登る。
まだまだ先は長いのだ。止まっている暇などない。

「降ろせ!!」

「黙って運ばれてろ。落としゃしない」

「重いだろ」

「軽すぎて驚いてるよ」

「疲れるだろ」

「体力には自信がある」

「…」

マノリトは呆れたように私を見て

「お前…人間じゃないだろ…」

と呟いた。







「ココか?」

階段を登りきり、マノリトに聞く。

「あぁ、ここからは一般区。ココの反対側にさらに上に行く階段がある」

「そうか」

私は、頷く。
マノリトが降ろせというように腰にまわした腕を叩くので、おろしてやり、扉に手をかけた。


開けた瞬間に目に飛び込んでくる光。

「うっ…」

とマノリトが声を上げた。眩しいのだろう。

「ん…?」

光のせいか、ミリも小さく声を出しながら目を覚ました。

「おはよう、ミリ」

声をかけると、目をこすりながら私を見上げ唸りながら、私の胸元に顔をこすりつける。

「この子はミリってのか」

「!」

驚いたように体をこわばらせるミリ。

「大丈夫だよミリ。味方だから」

背中をポンポンと叩くとミリから力が抜けた。


「自己紹介は後だ。先に行こう」


私が歩き出すとマノリトも続く。




扉を出た先は、ひどく殺風景な小さな部屋だった。
マノリトの住処をちょっと広くしたくらいしかない。
棚や机などはなく、ただ真っ白なタイルを敷き詰めた床と壁があるだけだった。
ちょうど正面には2つの扉。
右側の扉からは数人の、左側の扉からはかなり多くの人の気配がする。

「警備に穴しかないな…」

「戦争中だから、人が少ないだけだろ」

「それにしたってなぁ。敵がMOTHERに入ってきたら大変じゃないか。このまま登らせれば、上には女帝がいるってのに…。もう少し、警戒ってものをするべきだ」

「…それをお前が言うのか?」

「侵入者からのアドバイスだ。これじゃ張り合いが無くてつまらん」

これだけ話していてもやってくる気配のない監視員。
監視カメラやマイク的なものはこの部屋にはないのだろう。

張り合いはないが…今は好都合か。

私は正面の扉に近づき、左側の扉を開ける。
予想通り、一般人と思われる住人が右へ左へ歩いている。

「マノリト、急ぐぞ。住人に見つかって通報なんてされたら時間がかかっちまうからな」

「分かった」

「行くぞ」

マノリトの腕を掴み、扉から一歩踏み出すと同時に駆け出した。




















Side マノリト


本当に…コイツは何者なんだろう。

腕を引かれ、走りながら前を行く人物を見て思う。


ユウィリエ、と名乗ったコイツはどう考えても常人の域を超えている気がする。
さっきまで、子供とオレを抱えて階段を登ってたっていうのに、今度は子供を抱えて、オレを引っ張りながらとてつもない速さで走っている。
しかも、ちゃんと目的地には向かいつつ人目を避けれる道を選んで。
普通、そんな事できるだろうか。

フッ…。
思わず笑う。
普通、なわけ無いよな、と。

『MOTHERを潰しに来た』

なんて言う奴が普通なわけない。


チラッとユウィリエを見る。

なんと言うか…いろんな意味で目立つ奴だと思う。
オレがいた場所にユウィリエがやって来たときも、普段なら誰が歩こうが気にせず、見ない顔でも新人か、くらいしか思わない奴らが…。あんなにも注目した。

子供がいたのもあるかもしれないが、見た目だけでは女か男かも分からない子供に興味があった奴など少なかったろう。
何よりもアイツ等が注目したのは、ユウィリエなのだ。

女なら誰もが見惚れるだろうとても整った顔立ち。
それでいながら、ほのかに香る色気は男でも胸を高鳴らせるだろう。
そして何より、醸し出す雰囲気。
堂々として、気高い。その雰囲気を誰もが目で追ってしまう。



「マノリト、止まれ」

「え?」

ユウィリエが不意に言った。

暗い家と家の間。
ニャーと薄汚れた野良猫が目の前を通り過ぎる。
途中で猫は何もないところでぴょんっとはねた。
無論、ユウィリエが猫がいたから止まれといったわけじゃないことはわかっている。

「誰だ!」

と張り上げられる声。
オレは辺りを見回すが、誰も見つけられない。それに気配も感じない。
しかし、ユウィリエはある一点をを見つめ、動かない。

「そこに居るのはわかってるぞ?」

「はっ、やっぱりか」

ユウィリエが見つめていた所から、人が現れる。どこかで見た覚えがある気がした。

とても細い女だった。
体にあわせて作られたであろう鎧から覗く腕や足は細く長い。


「気づかれるとは思ったけど、こんなに早いとはね」

「ご丁寧に罠まで仕掛けていたくせに、わざとらしいぞ」

罠?
オレはまた辺りを見回した。

ふいに光が暗かったこの場所に入り、それを照らした。
ソレはオレたちが進もうとしていた道の上にあった。
ちょうど、あの猫がジャンプした場所。
そこには、細いテグスのような糸が張ってあった。ご丁寧に黒く塗られていた。

オレは気がつかなかった。
でも、ユウィリエはあの暗い中で、それに気づいたのか。

「おや?そこに居るのはギデオンの息子じゃないか?」

そう前に立つ女は言った。

ギデオン、それはオレの父の名。
オレの父の名を知ってる?なぜ?

「驚いてるねぇ?あたしは知ってるよ、アンタの父親。剣術を教えられたからね」

思い出すように女は呟く。

父親の教え子?

「よく褒められたよ、才能があるって」

この時、女がどんな顔をしていたのか…オレは分からない。
他のことであたまがいっぱいだった。

聞いたことがあった。
父親が生きていた時に、まだ軍に出入りしてた時に、優秀な奴がいると。
そして……。

「ウザかったのよねぇ。ちょっとサボっただけで超怒ってさ。だから、辞めさせたくってね」

そっぽを向きながら女は言った。

そう。
父親が、冤罪で連れて行かれた時言ったのだ。
審判者の隣に立つ女を、いま目の前に立つ女を見ながら言ったのだ。

一番、目をかけていたお前に嵌められるとはな

と。

コイツの名前をオレは聞いたことがある。
父親がいつも言っていたコイツの名前は…。

「ヒルベルタ=リックマン…!」

「へぇ、知ってたんだ」

ヒルベルタは、片方の口角を上げて笑った。




「まさかこんな形で会うとはね」

「…」

オレは奥歯を噛みしめる。
コイツのせいで親父は…。


トンッと肩を叩かれる。
服の上からでもわかる温もりと柔らかさを感じた。


「話はそれくらいにしてくれ」

俺の方に手を置いたまま、ユウィリエが言う。

「時間がないのは、そちらだって同じだろ?だから、こんな下層まで降りてきたんだろ?」

「…。まあ、確かに時間はないね」

「だろ?元指導者の子供煽ってる暇があったら、さっさと武器を取るんだな」

「…」

ヒルベルタは眉をひそめながら、何やら考えている。

ユウィリエは静かにそれを見ていた。
オレの話から、話をそらしてくれた?のだろうか。

「マノリト、ミリを頼む」

とミリをこちらへ差し出す。
それを受け止めると、ミリはオレの首に短い腕をまわして、しがみついた。


それを見て、ユウィリエは静かに地面を蹴った。



「!」

「遅いぞ」

ユウィリエが、いつの間にか持っていたナイフをヒルベルタに突きつける。
驚いた顔のヒルベルタ。
ヒルベルタの手は腰にある剣に伸びていたが、少しでも動かそうとすれば、ユウィリエのナイフが喉元を切り裂くだろう。


抵抗しても無駄。
そう思わせるだけの気配をユウィリエは醸し出していた。

実際、ヒルベルタは諦めたように手を力なく下ろした。




「時間がないんでね、こんな荒療治ですまないと思っている」

「フッ…」

ヒルベルタは笑った。

「久々の戦闘だってのに、アンタみたいなのを相手にするなんて、ツイてないわ」


その後、小声で二人は何かを言っていたがオレには聞こえなかった。

ユウィリエが構えた。とどめを刺す気なのだ。
オレは静かにミリの目を覆った。





「…ごめんなさい…」



本当に小さくつぶやかれたその言葉だけは、オレの耳に届いた。





その言葉を合図にするように、ユウィリエはナイフを喉元から離し、心臓に向かって突き刺した。





倒れたヒルベルタの目を閉じさせて、ユウィリエは立ち上がる。

「行こう」

オレを見ずにユウィリエは言った。




ミリの目を覆いながらユウィリエのところに行こうとヒルベルタの脇を通り過ぎた。
何故か柔らかな笑みを浮かべて死んでいるヒルベルタ。まるで、悔いはないというように。
視線を動かすとソレが見えた。
ヒルベルタの首元に輝くソレを。

ソレはチョーカーだった。
太めの黒い布の中央に月桂樹の形をしたチャームがついている。


月桂樹のチャームのついたチョーカー。
オレの父親もソレをつけていた。
昔、嬉しそうに笑って、オレに見せてきた。

『愛弟子から貰ったんだ。勝利の象徴なんだってさ』

と。

『アイツも同じのつけててさ、俺にも持っててほしいんだと』

と、言っていた。






「なんで…こんなの…つけて…」

「ヒルベルタは、多分脅されてたんだろ」

「え?」

オレのつぶやきに答えたユウィリエを見る。

「歩きながら話そう」

歩き始めた、ユウィリエを追い、隣に立つ。



「ヒルベルタは、兵とは思えないくらい痩せてた。多分、幼い頃貧乏で栄養をとれなくて、今でも食べ物を受け付けない…拒食症なんじゃないかな」

ユウィリエは静かに話し始めた。

「そういう奴は…大概イジメの対象になる。きっと、MOTHERに来て兵になってもその環境は変わらないだろうよ。

そんな時に、見込みがあると言ったのがお前の父親だ」

その後、ユウィリエは何も言わなくなった。
あとは自分で考えろ、と言うように。


誰からも蔑まれていた時に、見込みがあると手を差し伸べた人物が居たなら…その人を慕うだろう。誰よりも信頼するだろう。

でも、その人よりも強い力を持つ人が、その人を陥れろと言ってきたら…しかも脅されたら…。
言うことを聞くしかないだろう。

そして、上の奴らはそのことの責任を持とうとはしない。
そうなったら…。


「演技をしてでも自分は本当にそう思っていたと、思い込もうとするだろうな」


思考を読んだようにユウィリエは言った。

先程、オレに話しかけていたヒルベルタの様子が思いおこされた。


『ウザかったのよねぇ』と言った時、顔を背けたその姿が。

『剣術を教わっていた』と言った時、懐かしき日を思い出すようだったその姿が。

『よく褒められたよ』と言った時、…思い出してみると、あの時…ヒルベルタは笑っていたじゃないか。とても、とても…嬉しそうに。



何なんだよ…。こんなの…。


「最後に…アイツ、言ってたよ。『首だけはやめてくれ』って。

何でも、首にしていたチョーカーは今は亡き恩師とお揃いの物らしい。

『酷い裏切りをしてしまったが、誰よりも信頼し、慕う恩師との思い出を傷つけないでほしい』ってさ」


なんで…なんで…。


「謝りたかったそうだ。裏切りをしてしまったことを、力になってあげれなかった事を…恩師の息子にね」


『…ごめんなさい…』


ヒルベルタが死ぬ前に聞こえたその声が耳に蘇る。


あれは…。



「なんで…今更…そんなこと……言うんだよ…」


「言わなきゃ、死ぬに死ねなかったんだろ」

「でも…!」

「良かったじゃないか、君の味方は居たんだ」

「…」

「悪いのは…ヒルベルタでも、お前でもない」


ユウィリエはそれ以上何も言わない。


オレは決意をかためて、ユウィリエの後を歩いた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

1人の男と魔女3人

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:440pt お気に入り:1

妖精のいたずら

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,499pt お気に入り:393

二番煎じな俺を殴りたいんだが、手を貸してくれ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:589pt お気に入り:0

追放された引退勇者とメイド魔王のスローライフ

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:9

中学生の頃から付き合ってる2人の話

May
BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

不撓不屈

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:2,385pt お気に入り:1

異世界で猫に拾われたので

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:242pt お気に入り:8

憂鬱喫茶

ホラー / 完結 24h.ポイント:468pt お気に入り:0

聖なる夜の天使と淫魔は何を話さんや?

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

スーサイドメーカーの節度ある晩餐

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

処理中です...